[16歳] エルネッタは、また酒でやらかす準備が整った
「んー、これでオッケーっと。いい感じにステータスアップしましたぜお客さん」
エルネッタさんを寝かせて背中周りのメンテナンスが終わり、古傷周辺の筋肉もほぐれたところだ。
メンテナンス時間はざっと二時間。ステータスが限界より上げるのにたった二時間、エルネッタさんにしてみれば肉体強化に他ならない。
「肩が軽い……身体が軽い。古傷があることを忘れてしまいそうだよ。マジでディムは天才だな。アリガトアリガト。んじゃあ、Bランク昇格おめでとうの酒盛りでもしますか。あーあ、ディムに追いつかれてしまったなぁ、わたしらシルバーシルバーだな」
「老人夫婦みたいで素敵じゃん」
ディムは強めのスピリッツを少しお湯割りで口当たりを良くし、エルネッタさんはちょっと甘めの蜂蜜酒を片手に、傭兵たちのバカ話を肴に飲んでる。
今夜の酒の肴はラールでトップ取るため田舎から出てきたという自信家のアルさんが隊商の護衛中、死体を見つけたぐらいでその夜のキャンプはガタガタに震えて、物音がしただけで泣くほど怖がったという話だった。転生者がいるってことは魂とか霊とか、そういったものは必ずあると思う。幽霊とは一度会ってみたいものだ。
「エルネッタさん、幽霊っていると思う?」
「いる。だけどそれは出来るだけしちゃいけない話だ。夜に墓地行けば土を掘り起こして出てくるというぞ? 河原でおまえを拾った時も、迷える魂を弔ってやらないといけないと思ったんだ。無碍な扱いをすると取り憑かれるからな」
「悪い男を拾ったね。生きてても取り憑いたよ?」
「わはははは、しかし取り憑いた先が "行かず後家" の傭兵とは、おまえも話が違うって枕を濡らして泣き明かしたんじゃないか?」
談笑していると酒がうまく感じるからアルコールが進む。夜は更け、ディムはともかくとしてエルネッタのほうはそろそろ泥酔して記憶が途切れ始める頃だった。
「あのなあディム、捜索者はズルい。賞金首とか挙げんのズルい。わたしら傭兵は護衛ばっかりだし貢献度ポイントなんか定額の10ゼノ硬貨をコツコツ毎日貯金箱に入れるみたいなもんさ。スカーフェイスのドラムってオッサン、65まで傭兵やって引退したんだけどな、50年傭兵やってシルバー止まりだったんだぜ? 捜索者ズルいわー」
始まった……。
ちなみに10ゼノ硬貨っていうのは、10円玉みたいなものだと思ってもらえれば丁度いいぐらいだ。
エルネッタさんはお酒に弱い。このまま蜂蜜酒をチビチビやりつづけても徐々に酔いが回って、へべれけになるまで、あと一時間といったところ。それから20分ぐらいの間、機嫌が良ければ笑いながら服を脱ぎ始め、機嫌を損ねてしまったら大暴れするという非常に危険な時間帯になる。
さっき「褒めろ」と言われてなぜ後回しにしたかと言うと、いまこの時間のために取っておいたのだ。
別に服を脱いでもらってどうするわけでもないけど、へべれけになってから20分ぐらい褒め続ければ、きっとそのうち潰れてくれる。
だけど今夜のエルネッタさんはいつもの段取り通りにはいかなかった。
少しだけ、様子が違ったのだ。
「なあディム、もしも、そうだな、もしもの話なんだが……、もしもわたしがディムに惚れちゃったらどうする?」
これって普通、もう惚れちゃった人に対して様子見するための言葉か、それか、思わせぶりなことを言って指名もらおうとする美人酒場のお姉ちゃんの営業でよく使われるセリフだ。
ちなみにまだ美人酒場には行ったことがない。アルさんが連れて行ってくれると約束したから期待してるところなんだけど……。
よし! こういう時はこちらも様子見の意味も含めて、エルネッタさんの顔色を窺いつつ返答するのがいい。
「付き合って、恋人同士になって、いつか結婚して……うーん、子どもを育てるとかどう?」
どう出るかな? ストレート過ぎたか……。
「10も年上の女と結婚? おまえアホだな、考えてみろ、ディムが26になったらわたしは40だぞ?」
どっちがアホだってツッコミ入れてしまいそうになったけど、これは10足すだけの簡単な足し算を間違え始めたわけじゃなくて、正確には『ディムが26になったらわたしは四捨五入して40だぞ』という、いつも使う定型文のようなセリフが原型になってる。定型文を端折って間違え始めたという事は、10足すだけの簡単な足し算を間違える次ぐらいにヤバい。
ちなみにシラフの時には間違えずに言えるけど、26も四捨五入したら30だし今と変わらないよ? という定型文で返せば切り抜けられる。
「子どもって? もしかしてわたしが産むのか? 無理だろ、わたしが妊娠したら誰が働くんだ? 子どもを産むのはディム、お前の役目だ」
無茶を言い始めた。
「なあディム、お前も稼げるようになってきたから、そろそろ自立するか? ずっとこのままってわけにもいかないだろう?」
せっかく二人が結婚した前提で、どっちが子どもを産むかなんて異次元ファンタジーな話をしているのに、いきなり現実的な話に変わった。まだちょっと酒が足りないようだ。
「んー? お金なんかないし、エルネッタさんが迷惑だというなら出て行くけどさ……」
「まーたそんな卑怯な。わたしが迷惑だなんて言うはずがない事を知ってそんなことを言ってんだろ? だけどさ、おまえワンルームのアパートでさ、こんなおばさんと暮らしてて何か思うところないの?」
このパターンはいつものように、また別居して自立しろって話になる。
これは面倒だ。
というわけで、ディムも強めのスピリッツをストレートでグイッと飲むことにした。
シラフで相手するのはしんどいタイプの話だ。
「なに? もしかしてエッチな気分になったりしないかってことを聞きたいの?」
「ちがうわっ! でも風呂から出てきた時なんか目のやり場に困らないか?」
「困ってるのはエルネッタさんでしょ? ぼくの風呂上りには露骨に背中向けて壁の方見てるしさ。何なのあれ。降霊術でもやってるのかと思うよ。……ああっ、そうだ、褒める約束だったねー、んー、何を褒めたらいい? 顔が美人ってこと? 嘘偽りなく美しいよ」
「なっ……なに言っちゃってくれちゃってんのさディム。いきなりそんなこと言うか普通……」
「でもさ、エルネッタさん変わったよね。ぼくのことを弟みたいに言うけどさ、最近はわざわざ口に出して褒めろなんて言う、これは間違いなく女性の願望だ。エルネッタさんは女になりたがってる」
「はあっ? 誰がだバカ者」
「あーっ、ぼくのことをバカ者って言ったな?」
「言ったがどうした」
「ぼくはいつもエルネッタさんをエッチな目で見てるんだよ? あんなことしたり、こんなことをしたり、ずっと頭の中で考えてるんだ」
「酒の席ではまだまだ子どもだなお前は。こんな行き遅れの生娘にそんなことする勇気があるならしてみろ。わたしは泣いてしまうからな」
「そんなこと言ってさ、今日は勝てると思ってるんでしょ?」
「思ってる。この話になった時点でわたしの勝ちだ。だってディムはわたしのヒモだからな。わたしが悲しむようなことをするわけがないんだろ?」
「悲しむとか泣くとか卑怯だし」
「よし。わたしの勝ちだ。じゃあディム、お前は恋をしろ。この世界には可愛い年下の女の子がいっぱいいるんだぞ?」
「うるさいよエルネッタ!」
「はあ?」
「ぼくの夢はね、エルネッタさんを呼び捨てにすることだ。グダグダ言ってないで、早くぼくの彼女になってくれたらいいのに、なんでいつまでもお姉ちゃん面するかな」
「小さい夢だなおい……。てかお前本当に大丈夫か? 悪酔いしてるだろ? ああっ、お湯で割ってないじゃないか! そんな強い酒をホントにもう、ストレートで飲んじゃダメだろ」
「んー、それがおかしいんだ。お酒の味がしなくなっちゃられ」
「あーあー、もう世話の焼ける……」
エルネッタは初めてディムの絡み酒を経験した……だけど『たまにはいいかもしれないな』と思ったのが運の尽きだった。
「エルネッタさんのお酒なくなった? さっきから飲んでないよね、ほら、飲んで飲んで……」
「待てって……んぐっ、ごくっ……お前これ、喉が焼ける、熱い、強いんぐっ、んぐっ、ぷっはぁ!! でぃむなにしてくれてこしれ……火がでそうめちゃれら? がふぉんぐっ、んぐっ。ぶはああいー!」




