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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第二章 ~ 古傷の疼き ~
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[16歳] ベラ・イサク 行方不明案件(解決)不審死


 冒険者ギルドがプライドをかけて捕えようとした、盗賊アンデス・ゲッコーは、予め用意していた逃走経路をスルスルとよじのぼり、あっけなく、いともたやすく追手の追跡を逃れた。


 冒険者ギルド、ラール支部長、スカジ・ダウロス一生の不覚だった。


 ダウロスの苦悶の叫びは夜のしじまに溶けて消えても、まだ諦めきれないとばかりに、アンデス・ゲッコーがとっくに通り過ぎた逃走経路に、必死でしがみつき、よじ登る。


 ダウロスの手が、ようやく建物の屋上にかかったとき、絹を裂くような女性の悲鳴が響き渡った。



―― キャアアァァァ!


 通りが騒然となった。

 寂れた繁華街に集まった野次馬たちが口々に悲鳴を上げて、波が引くように現場から離れていく。


 ゲッコーが屋上にのがれたのを追うのに手こずっている間、建物の外側を包囲して固めている傭兵たちが待機していた石畳の歩道に、大量の血液が流れ出てきたのだ。


 出どころはすぐに分かった。建物の屋上から繋がる雨どいのパイプからだった。

 抜剣している傭兵たちが封鎖している通りの石畳を真っ赤に染めたことで一帯は騒然となり、刃傷沙汰があったとして、衛兵事務所に駆け込む者もいて、一層の混乱に見舞われたが、逃走したアンデス・ゲッコーを追って、ダウロスが屋上まで到達したのは、この騒ぎを聞きつけ、衛兵たちがけたたましくホイッスルを鳴らしながら辺りを閉鎖したのと、ほぼ同時だった。


 ダウロスがようやくたどり着いた屋上には、ただ一体の死体が転がっているだけだった。


 近寄って調べてみると、倒れていたのは確かに取り逃がしたはずのアンデス・ゲッコーで、短剣を抜いて戦闘した形跡が残っていた。


 ダウロスは言葉を失って、一瞬呆然自失となったが、すぐに死体の検分を始めた。


 アンデス・ゲッコーは、鋭利な刃物で首をひと突きにされたようだ。

 先日のアッシュベアの死体と同じく、たった一撃で。


 ダウロスは力が抜けたようにその場にぺたんと座って、空を仰いだ。



「まったく……あのバカ、殺しちまいやがって……」




----


 今回の功労者のはずのディムは、イゼッタ・カルカスがベラ・イサクだというのが当たり、経費なしの140万ゼノまるまる掌の上に乗ることとなった。結果的にとてもウマい依頼だったという事だ。


 さらに、アンデス・ゲッコーは3つの街のギルドが合同で懸賞金をかけていたため、賞金300万ゼノが支払われることとなった。


 ギルドに戻ると早速、美味しいところをかっ攫われてしまったダウロスがディムを捕まえて悪態をついていた。


「まったく、ムカッ腹が立つぜ!」


「いやあ、ぼくもう出番が終わっちゃったから、あの建物の屋上で気持ちいい風を浴びて涼んでたんですよ、そしたらいきなり襲われて……」


 当のディムの証言がこれだった。そんな事を真に受けるようなダウロスではないし、こんなしょうもない言い訳したところで衛兵も騙せない。


 ダウロスは屋上に何者かが居たということを、敢えて衛兵には報告しなかった。

 面倒なことになるばかりで一つもメリットがないことは火を見るよりも明らかだからだ。


「おいディムくん! まったく気に入らねえ! なにが気に入らねえって、キミにしてやられたことが気に入らねえ。じゃあなにか? 私たちは全員、キミの提灯ちょうちんもちか? 12人も雁首揃がんくびそろえてお膳立ぜんだてか? ほらみんなも言ってやれ、やっていいことと悪いことがあるってな」


「そうだそうだ」

「許さないからな」

「まず打ち合わせとか相談とか、あってもよかったんじゃないか?」


「ごめんなさい。してやったりなんて思ってませんよぉ、ほんとごめんなさい。反省してます……」

「よし、じゃあ許してほしかったら、いちばん高い肉と旨い酒をおごれ」


「えええええっ、マジっすか! もしかしてアレを根に持ってたんスか!」

「私は記憶力がいいんだ。いま忘れておかないと一生覚えてるかもな。さあ、忘れてほしくないのか?」


「分かりました。忘れてください。今すぐわすれてくださいよー」


「よっしゃ、マスター! いちばん高い肉と高い酒をディムのツケでありったけもってこい」

「タダ酒なんだから、どんな酒でもウマいでしょうが。……マスター! いちばん安い酒でいいよ!」


「ディムどうしたの? なんでいきなりお金持ちになったの?」

「チャル姉たすけて! マジ助けて!」


 みんなディムばかり金持ちになったかのように言うが傭兵のオッサンたちもギルドの依頼で集まったんだから依頼に対する報酬は当然ある。


 ちなみにゲッコーのところまで案内したディムには賞金が出たし、戦闘する予定じゃなかったので依頼を受けたという扱いにはしてもらえてなくて、その件はゼロという悲しいお知らせを言い渡された。

 何しろビルの屋上で涼んでいたところをいきなり襲われたと証言したのだから、働いたことにはならない。


 そしてみんな酔いつぶれた夜半過ぎ、チャル姉から手渡された伝票は40万ゼノという高額請求書だった。ひとりひとりの単価はそれほど高くなかったけど、今夜だけはギルド酒場に来る客はみんなディムの奢りってことになったのだから仕方がない。


「これでも端数の数万ゼノ切捨てた大サービスらしいわよ?」

「はい、値引きしてもらってありがとうございます。でもぼくの涙で支払っちゃだめですか?」


「ダメ。いつもニコニコ現金払いでお願いします!」



 それから何日か後の話になるが、衛兵たちはアンデス・ゲッコーの死体発見現場を実況見分し、不可解な死の原因は、ギルド長スカジ・ダウロスに屋上まで追い詰められた事から、もう逃げきれないと判断し、自害して果てたという、まったくもってスカタン極まりない捜査結果があげられてきた。


 そして長らく指名手配だったフェデロ・ディラスコを逮捕したという実績と合わせて、日ごろの傭兵活動が治安維持にも繋がっているとして、今回のお手柄も含めてギルドには感謝状を、ギルド長スカジ・ダウロスさんには黄金十字勲章が授与されるという運びとなった。



「ディムくん、明日の午後、私の部屋へ」

「またー、怖いこと言っちゃイヤですから。ほんとマジでぼくギルド長との密室で二人っきりって、ストレスが耐えられなくて禿げる思いなんですけど」


「なに、キミのギルドへの貢献度がいきなりマックスになったからメダルがシルバーになるだけだ。つまりBランク昇格おめでとう。この調子だと来月にはSランクになる勢いだな? うちのギルドじゃBランク以上はいないからBランクでトップランカー確定だぞ」


「おおおっ、Bランクになったら何かいいことあるんですか?」

「えっと、ギルドで偉そうにできるかな」


「ぼくが偉そうにして、だれか本当にえらいと思ってくれる人いますか?」

「んー、ディムくんいちばん若造だし……偉そうにしたら嫌われるかもな」



「……」


「……」



「そんなことだろうと思いましたよ。でもやっとエルネッタさんに追いついたんだなと思うと、ちょっとだけ胸が熱くなりますね」


「エルネッタが抜かれるまいと思って無理しなければいいけどな。あいつは張り合ってくるぞ?」


「いやだなあ、そんなことって……」

「ないと思うか?」


「いいえ、目に浮かぶようです……」



 またもや行方不明者の捜索依頼をスピード解決したディムと、いろいろ大きなオマケつきで過去からのしがらみを解決してしまった冒険者ギルド。


 ディムは金持ちになったしギルド長のダウロスは、フェデロ・ディラスコ逮捕の貢献を讃えられ勲章もらうことになったし、傭兵たちはディムからさんざんタカったし、みんなハッピーで終わったと思われがちだけど、この依頼にはひとつ大きなオチがついた。



 ベラ・イサク 29歳の正体が、イゼッタ・カルカス 48歳だったこと。


 つまり29歳だと思っていた若妻の正体が、ただ厚化粧でごまかした48歳の美魔女だったことが白日のもとに晒された上に、ようやく帰ってきた妻は7年前、首都サンドラである資産家を狙った知的盗賊団の一味だったということで衛兵に逮捕されてしまい、結局のところイサク商会に戻ることはなかった。

 今回の件は未遂に終わるかと思われたが、イサク氏の前の妻を毒殺した嫌疑が掛けられていて、仲間のフェデロ・ディラスコと共に、厳しい取り調べを受けている。


 もっとも、この二人の裁判はまず氏名鑑定を要する。接触鑑定であっても氏名まで鑑定できるほどの鑑定官はラールの街にはいないので、首都から牢馬車が到着すれば、二人仲良く首都に護送されることになる。特に衛兵を二人殺害しているフェデロ・ディラスコに至っては死罪は免れないらしい。


 依頼者だった夫のダレント・イサクは、ギルドに200万ゼノ支払った上で、ようやく発見された妻が盗賊団の一味であると知らされ、本来なら感動の対面であるはずの再会イベントも鉄格子に阻まれた。また現在進行形で自分の資産が狙われていた知的盗賊団の大規模な計画だったと知るや、原因不明の高熱が出て倒れ、悲しみに暮れながら寝込んでしまったらしい。


 それが実は29歳だと思っていた妻が、実は48歳だったということがショックで、枕を濡らしながら泣き明かしたというのが、後のギルド酒場で大爆笑される鉄板の小噺こばなしとなった。


 ダレント・イサクを慰めてくれるような人は、居なかったらしい。



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