[16歳] ベラ・イサク 行方不明案件(4)アンデス・ゲッコー
月食を見よう!
空を、夜を見上げましょう!
ここで張り込んでいてもよかったけど、お腹が減ったので近くの定食屋で飯を食うことにした。肉とポポト芋を絶妙のタレで煮た肉ポポトに、オリオン河でとれたプール海老のムニエル。それにちょっともっちりとした食感の白パンを一緒に、ひと口かじる毎にバターを塗りながら食べると至福の一時を味わえる。
しかしこのプール海老というのがまた香ばしくて美味い、日本でいうところのアメリカザリガニの大きな奴ぐらいにしか見えないけれど。
腹ごしらえを済ませ、定食屋を出るころには非常にまずいことになっていた。
空模様の機嫌が悪い。【ホームレス】アビリティの加減か、気圧が下がってきたことが分かる。これはもうすぐ雨が降るという前兆だ。
実は『羊飼い』アビリティの『羊追い』スキル、雨に降られてしまうと足跡の追跡が困難になってしまうという弱点がある。
ディムは頭をバリバリ掻きながら考えた。
さあ、どうしようか。
雨に降られようがズブ濡れになろうが、実際に酒場の出入り口の扉が見える位置に張り込んで目視で尾行するか、それか今日はもう諦めて帰るかだ。ちなみにこの雨は明日の午前中にはもう止む。
正直いってこのフェデロってやつが聖人だろうが極悪人だろうが、皮屋の従業員だろうが盗賊団の幹部だろうが、正直いってディムには関係ない。かなり確率は低いと思うけど、改心して真人間になろうと努力してるのかもしれないのだし。
このまま雨が降ってきてズブ濡れになりながら目視で張り込むとしても、もしこの部屋がフェデロってやつのヤサだった場合、酒食らって上機嫌でソファーでおねんね。
だとすると朝、目が覚めるまで出てこないだろう。
もう雨が降りそうだと考えると、心折れてしまって、濡れたくないももんだから、ここに張り込んでも無駄だから帰ろうと……、思考を誘導する方向にしか頭が働かない。夜でとても脳が冴えていても、ギンギンに冴えた脳でありながら帰りたいとしか思わないのだからもう仕方がない。
これ以上無理に張り込んでもストレスだし、ストレスは頭皮にだってよくない。
ディムはポンと膝を打ち、帰ることに決めた。
明日できることは明日すればいいのだ。
という訳で、ディムは早足で雨に降られる前に、エルネッタさんの残り香のする部屋に帰ってきた。
本当のことを言うと雨に濡れるのはそんなに嫌いじゃないんだけど、ずぶ濡れになって泥をはね上げてぐちょぐちょになった靴やズボンや服を誰が洗濯するのか? って言うと、もちろんディムしかいない。
その洗濯する時間をゴロゴロして過ごしたいという欲求が勝ったのだ。
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いつものように遅い朝。いや、もう午後。
ディムの天気予報通り、午前中には雨が止んだらしく、外に出てみると水たまりは残っていたが、ディムはぴょんぴょんとそれを避け、とりあえずギルドへ行ってみた。
ギルド長のダウロスさんは忙しそうだったところに仕事を割り込ませて悪いのだけど……
「ごめんなさい、いまちょっと忙しそうですね? またちょっと2人分ほど人物検索していただけたらと……」
「ああー、いまちょっと忙しいな。名前だけ聞いとくわ。あとで調べとくからまた聞きに来てくれや」
「はい、じゃあまずえーっと『アンデス・ゲッコー』39歳の男と……」
「なんだと!! もう一度言ってみろ!」
「ひいいぃっ! ……すっ……すみません! ぼ、ぼく何か間違ったことを?……」
「あっ、ああ、悪かった。いまの名をもう一度ハッキリと言ってくれ」
「はい……『アンデス・ゲッコー』39歳の男なんですけど、忙しいならいいですよ、このひと特に関係ありませんから」
「予定変更だ、ゲッコーと聞いて黙っていられるか。この街にいるのか? いるんだな!」
「は、はい。昨日のあの、フェデロ・ディラスコと一緒にいたんですけど……ダウロスさん、なんだか機嫌が悪そうですね。また出直して来ます」
「エルネッタの左肩に短剣を突き刺した男の名が、アンデス・ゲッコーだと聞いても、ディムくん、キミの機嫌は悪くならないのか?」
……っ!
エルネッタさんの左肩には古傷があって、たしか4~5年ほど前に盗賊のアジトを急襲したときに付けられた名誉の負傷だと言ってた。盗賊団は壊滅させたと聞いてたのに……。
それだけ教えてもらえば十分だった。
いまもエルネッタさんは古傷を庇って背中の筋肉がこわばったりして、後遺症に苦しんでいる。
「十分です。ありがとうございました」
ディムはソファーから立ち上がるとギルド長にひとこと礼をいって踵を返し、小走りで急角度の狭い階段を駆け下りた。ギルドを出ようとドアを開けたところで、背後からいきなり掴まれるような形になった。
大柄な筋肉質の男にタックルされて地面に組み伏せられたように、身動きが取れない。
「まて、待つんだ。まずは話を聞け!」
「すいません、ちょっと用事を思い出したので」
「何の用事だ! ひとりでは絶対に行かせないぞ。アンデス・ゲッコーはギルドメンバー8人を殺した賞金首だ。キミひとりにやらせる訳がないだろう。頼むディムくん、ゲッコーが相手なら、ここは私に仕切らせてくれ。これは意地なんだ」
ギルド長が捜索者のルーキーを取り押さえるような騒ぎになり、酒場で飲んでる傭兵たちも何だ何だと注目する中、どうあっても聞き捨てならない名前が出たことで2人が外まで飛び出してきた。
「ギルド長! いまゲッコーがどうとか聞こえたんですがあ?」
「俺もだ。その名前を聞いただけで腸が煮えくり返っちまう。俺にも一枚噛ませろ」
アンデス・ゲッコーは5年前、ラールの街から徒歩で2日ほど離れたところにアジトを構えていた盗賊団『闇夜の蝙蝠団』の副団長で、これまでの罪状は強盗、強姦、人攫いに、人身売買。恐喝、襲撃、殺人などなど、罪状の出ている分だけでも5回は死刑になるぐらいの一級犯罪者だった。
泣き寝入りされてる犯罪や被害者死亡などで明るみに出ていない犯罪を含めたらどれだけの罪状になるか計り知れないらしい。
まあ、獣人と大差ないわけだ。
「5年前の話だ。うちのギルドだけじゃなく、3つのギルドが共同戦線を張って30人の傭兵ランカーが集まり、売り出し中の盗賊団のアジトを急襲したんだ。盗賊どもの抵抗は激しく、こちらにも犠牲者を出したが盗賊団は壊滅、盗賊の棟梁も副団長のゲッコーも捕らえたはずだった。だが捕らえたはずのゲッコーは手枷も足枷もいつの間にかすり抜けてな」
当たり前だ。だってあいつ開錠のスキルもってたし。どうせ終身刑か死刑になるような奴なんだから、捕えた時点でスキル鑑定できないなら手指を全部落としておかないからそんなことになる。
「恥ずかしい話だが、うちのギルドの責任でそのときまた3人の犠牲が出た。ゲッコーひとりに8人も殺されたんだ。やつは速いぞ。電光石火とはああいう奴のことを言うんだ。見つけたというなら絶対に逃さない。包囲戦を仕掛けようと思う」
「じゃあ今夜また。ぼくは様子を見てきます」
「ダメだ。護衛を二人付けさせないならギルドから出ることは許さない」
「こんな傭兵ルック丸出しのひとたちを連れて様子なんか見に行けないってば。一発でバレるよ」
「じゃあ大人しくメンバー集まるまで酒場で待ってろ。ディムくんの分は私の驕りだからな、なに頼んでもいいぞ。ただし今夜いくなら酒は飲まないほうがいい」
「マスター、一番高いのを! ギルド長のツケで! なんでもいいから一番高いのを!」
「わはははは、ほらみろ! ディムくんも不機嫌になっただろう」
「うるさいよホントにもう……」
なんでみんな笑うのか。ひとがイライラしてるのにそんなに面白いのか……。
ディムはギルド長に請求書を回して、いちばん高いイチボのステーキから順番に食べてやることにした。




