[16歳] ベラ・イサク 行方不明案件(2)
「その依頼を受けるか受けないかは別として、気になった依頼はまず受付カウンターで詳細を確認してみるのをおススメするよ。えっと、その依頼はパッと見200万でウマそうに見えるが実はそうでもない。まず依頼を達成したら30%がギルドへの手数料として差っ引かれるから、実際にもらえるのは140万だ。経費込みと書かれてある以上、結局この対象者を見つけることができず、依頼を達成することが出来なかったらゼロだ。つまりそれまでの経費は1ゼノも返ってこないことになる。初期経費のことが第一のリスクだ」
「はい。あまり経費をかけちゃうと後に引けなくなっちゃうんですね?」
「そうだ。それで破産するやつもいるから気を付けるんだぞ。もうひとつのリスクが、誘拐の可能性だ。営利誘拐の場合、ほとんどが単独犯ではない。おおよそ、3~5人ぐらいの人攫いや盗賊が組んでることが多い。となると探索者だけでは手に負えないから傭兵を集める必要があるんだが……」
「ああ、それも経費になるわけですよね」
「ぶっちゃけこれもカネの話になるんだが、そう単純な話でもないんだ。ギルドの傭兵ってのはだいたいが隊商の護衛やってるだろ? エルネッタもメインが護衛だからよく知ってると思うが、実際に盗賊が襲ってきて戦闘になることなんてほとんどない。それは傭兵の存在自体が抑止力になるからだな。だからまる2日護衛で長い距離を歩くような依頼でもひとり12万ゼノとか安い賃金で傭兵を雇えるが、もし万が一ディムくんが誘拐犯にまでたどり着いて救出のミッションを募集するとなると、戦闘は確実だ。最低でもひとり20万は出さないと誰も見向きもしてくれない。5人集めると100万が飛ぶからな。ここまでで何か質問は?」
実はこう見えて日本人として生きていた頃は保険会社から外部委託される査定会社の社員として働いてたことがあるから、経費に対する意識はそれなりにもっている。超ブラックな仕事だったが、まさか転生先の異世界でそんな知識が役に立つなんて思ってもみなかった。
上からガミガミ言われるようなストレス職場じゃない分、気が楽だ。
赤字になりさえしなければいいんだから。
「要は経費削減なんですね」
「そうだ。だけど傭兵を雇うときは必ず調査結果をすべて報告すること。キミにはエルネッタが付いてるから心配はしてないがな。どうだ? ちょっと詳細情報だけでも見てから考えればいい」
それではこの依頼の詳細を見ていくとする。
ベラ・イサクという29歳の女性が、葉の月20日、ってことは2日前の午後、行方不明になった。
ちょうど48時間ぐらい前だ。
イサク商会という毛皮を扱う中規模商家に3ヵ月前に嫁いだ。
29歳で新婚? ということは晩婚だ。この女性のほうも離婚歴を調べて、前の夫がどこに住んでいるかを把握しておく必要がある。なかなか面倒なことだ。
依頼者の情報は……えーっと、ダレント・イサク58歳……。58歳?
えらく年の離れた夫婦だった。
行方不明になったときの状況。
2日前の午後、革装具の工房に商品を納入し、代金を受け取ってから店に戻ってない。
心当たりも前兆と思しきこともなかったことから誘拐の可能性が否定できないが、身代金の要求は今のところなし。商品を納入した代金を持ってたってことは強盗に襲われたって線は残るけど、一緒に出掛けたはずの従業員とは別行動だったという。大金を持ち帰らなきゃいけないのに、なんで男の従業員と別れて別行動になったのか、この従業員も証言を取る必要がある。
身代金誘拐なら攫った日の夜に要求するはずだ。騒ぎが大きくなって衛兵や探索者に捜索願が出されたら厄介なことになるから、誘拐犯の気持ちになって考えると、ギルドに依頼達成金を出させるよりも、その金を身代金の一部としてもらったほうが安全だし、絶対効率がいい。
ってもまあ、営利誘拐となると身代金の受け取りが最大のネックになるのだけど。
こういう依頼は受けるだけならタダだ。ちょっと試してみて手に負えなければギルドに戻ってきて『お手上げ宣言』をして依頼を返上すればいいだけ。
やってみよう。
「ねえダウロスさん、これ情報はオープンだよね? 家族や店の従業員に追加で情報を聞きに行ってもいい?」
「もちろんだ。どうする? 試しにやってみるかい?」
「はい。お願いします」
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ディムは捜索者としての初陣に、ベラ・イサク行方不明案件を選んだ。
受け取った情報からは、なにもピンとくるところがない。こんな時は実際に現場までいって足跡を見つけるなどして、手がかりをひとつひとつ追っていくという地道な調査が求められる。
このベラ・イサクってひとが行方不明になったのは2日も前の事だ。街の外ならいざ知らず、街中で上からたくさんの足跡が重なってるとすると、もうとっくに足跡は消えてる。ってことはチートなしでゼロから情報集めしなくちゃいけない。
依頼の詳細を見ていて気になったのは、まだ新婚3か月の新婦が行方不明になっている点と、新婦の年齢が29歳ということ、そして依頼者の夫が58歳ということだ。
そんなのまず一番最初に疑うのは、新婦が元カレと駆け落ちした? というありがちな昼メロ展開だ。
それにまずその線からいくと経費も掛からないし、うまくすれば経費ゼロで見つけ出すことができるかもしれない。犯罪組織に関わる情報は情報屋から買うことになるっていうから費用かかるし、そもそもまだ駆け出しなのに、情報屋とか、そんなコネクション持ってるわけない。
まずはイサク商会に向かうことにした。依頼者の家であり、行方不明者の家でもある。
ラールの街は南北よりも東西に長く広がっていて、中心地の繁華街はそこそこ賑やかだけど、イサク商会は外郭の工房などが多くある工業区画に居を構えていて、いまのような夕刻前はさすがにひっそりとしている。荷車が丸ごと入る横開きの引き戸と、ひびの入った古い看板が目印の建物がイサク商会だった。
ドアをノックすると中から事務員と思しき年配の女性が出てきて、ディムを中に招き入れた。
ギルドの依頼を受けて依頼者に直接会いに来たのはもう3人目なのだとか。
応接間に案内されたけれど荷車倉庫で毛皮の積み込み作業をしている男と目が合い、その時はチラッと見ただけなんだけど、ちょっとした違和感を感じたので、そのまま積み込み作業を見学させてもらうことにした。違和感というのは、この男のステータスだ。
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□ フェデロ・ディラスコ 45歳 男性
ヒト族 レベル034
体力:20580/22340
魔力:-
腕力:C
敏捷:C
【狩猟】/短剣/弓術
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こんな所で荷車を引いている割には強すぎる。一般の傭兵なみかそれ以上のステータスだ。
【狩猟】アビリティ持ちで『短剣』『弓術』スキルがある。そのくせ腕力Cってなんだよって思った。それが違和感。
正直言ってステータスだけ見るとこの人、現役で護衛に出ている傭兵のアルさんと素手で殴り合ったとしても割と余裕で勝てるぐらい強いくせに、なめし皮をロール状に巻いた荷物の積み込み作業をわざと大変そうにしている。
そんだけステータスがあればそんな荷物なんて羽毛布団のように軽いだろうに。
「あっ、お待たせしました。お世話になります。私が依頼を出しましたイサクと言います。妻を見つけ出していただけるなら何でもするつもりです」
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□ ダレント・イサク 58 男性
ヒト族 レベル023
体力:6222/12050
魔力:-
腕力:E
敏捷:E
【鑑定】/皮革/貴金属
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「初めまして。ギルドから来ました。捜索者のディムといいます。よろしく。早速ですがちょっとお伺いしたいことがありまして……」
まず聞きたかったのは3ヵ月前に結婚する以前の結婚歴。
ダレント・イサクは過去にも結婚歴あり。前妻は1年前に死別。死因は病死ということだけど、何の病気かは分からないそうだ。ある日急に倒れてそのまま亡くなってしまったらしい。子どもはいない。
新しい奥さん、行方不明になったベラ・イサクさんとの出会いは、1年と少し前、ずっと事務を任せていた事務員のおばちゃんが来られなくなったんで、新しい事務員を募集したところ、ベラさんが応募してきたんだそうだ。ついでにベラさんの旧姓と実家の住所も聞いたけど、距離にして徒歩3日かかる町だった。
遠すぎてちょっと行って確かめてみようとは思わない距離だ。こんなのいちいち確かめてたら200万なんてすぐ飛んでしまって経費倒れになってしまう。
傭兵で隊商の護衛に行くなら、商人側が食事ぜんぶ持ってくれるという利点があるけど、こっちは最初から最後まで、動いた分そのまま経費が掛かる。
エルネッタさんの経費なんて装備品ぐらいなのに。
なるほど、捜索の仕事も楽じゃない……。
さてと。
「倉庫でいま荷車に積み込み作業してる人が、工房まで一緒に行って、奥さんと最後まで一緒にいた人ですよね? ちょっといいでしょうか」
「そうです、ぜひ話を聞いてやってください。エイナス!、何度もすまんが、ギルドからきてくださったんだ。どんな小さなことでもいいから思い出して、そして話してくれんか」
依頼者のイサクさんが呼んだ名前はエイナス。ってことは偽名を使っているということだ。
どうやら雲行きが怪しくなってきたらしい。




