【15歳】聖域のひみつ(2)
篝火の焚かれた霊廟の前にまできたダービーは聖域の森の醸し出す雰囲気に飲まれ、スクルドが上がっていった巨木を見上げて息をのんだ。
半分崩れたような霊廟の横に抱き着くように立つ樹木は、スクルドのほのかな光に応えるように、脈動して和かな光を発した。それはまるで夕日のように見えた。
目を凝らさないと見えないほどかすかだが、光る巨木から小さな光の粒がゆっくりと風に乗って落ちている。まるで今まで長い眠りについていた樹木が、スクルドの訪れにより目を覚ましたかのような気さえしてくる。だがしかし、その目覚めは老人のように緩やかで、長くは続かなかった。
霊廟の前、アンドロメダは入口に向かおうとするシリウスたちを制止した。
アンドロメダは上空、スクルドの光を見つめていて、どうやら話があるらしい。
ダービーもこの厳かな空気に、いびつな、場違いな、居心地の悪さを感じていた。
「な、なあシリウス。ギンガはここにいるんじゃないのか?」
そう、ダービーはシリウスがうっかり『姉ちゃんに報告……』と口を滑らせたからこそ、ここまでついてきた。霊廟の前までなら来ていいと言われ、現にここまできたのだ。
しかしダービーもさすがに霊廟の前まで来てしまうと、頭に浮かんだことが消えず、不安になってくる。
パトリシアの視線がシリウスに向く。その問いにどう応えるのか。
「姉ちゃんに会いに来たのか?」
「そうだ、さっき姉ちゃんに報告があるって言ったのはシリウスじゃないか、ギンガはどこにいる? 私が弟子をとったんだ、ギンガにヒルデガルドを紹介したいし、ヒルデガルドにもギンガを自慢したい。ギンガだって絶対に笑うって、何の弟子だ!って、絶対言うよ」
「ここに眠ってる」
「嘘だ、セインさん言ってたじゃないか。ギンガは結婚したって」
今度はシリウスの視線がパトリシアに向いた。どう応えたらいいのか?
「本当か嘘かなんて私たちに分かるわけないじゃないですか。ギンガさんはディムさんと結婚して、子どもを産み、育て、幸せに暮らしたと聞かされたから、私はそれを信じようと努力してるんですよ」
「もういいんじゃね? 行こうパトリシア。ダービーさんも、姉ちゃんのことが知りたいならアンドロメダに聞けばいい」
「そうですね、アンにはダービーさんをここまで連れてきた責任があります。でも何が狙いなんですか? 私にはダービーさんを巻き込もうとしているように感じますね」
「そうだよ、何考えてんだ」
二人してアンドロメダを責めるようなことを言う。
アンドロメダは二人の前、首をかしげた。
とぼけてみせたというよりも、何のことを言われているのか分からないといった表情だ。
パトリシアはほんの少しのイラつきを覚えた。ダービーを引き込もうとしているのは明らかだからだ。だからまたひとつ、意地の悪いことを聞いてやることにした。
「ねえアン、ダンス・トレヴァスってひと、どうなったの?」
アンドロメダは首を傾げたまま、視線をそらし指であごを撫でた。いかにも考えています!といった仕草をみせたが、わざとらしいポーズだということは、この場に居るもの全員に伝わった。
「ねえパトリシア、それを聞いてどうしたいのかな? 巻き込まれたくないなら、そんなことに首を突っ込まないほうがいいですよね?」
「ちょっとまてよ、そんな言い方ないだろ? オレさあ、アンドロメダのそういうところキライだよ。オレたち身内を遠ざけておいて、なんでダービーさんを巻き込もうとするんだ? ダービーさんは弟子をとったばかりだし、まったく関係ないヒルデガルドも絶対巻き込まれるからな。戦力が欲しいならソレイユ家を頼ればいいだろ?」
「戦力って何のことかな?」
「とぼけんなよ……。さっき渡した魔導器ふたつ、スクルドの頭にかぶせられていたヘルメットみたいなやつ、あれ魔法を使えなくする魔導器だろ? そんなもの、誰が作ったんだ? 魔導大学院は絶対にそんなもん作らないよな。魔法省を創設するんだとかで、陸軍省とはバチバチに仲悪いのに、こんなもん作ったら魔法使いの弱点を晒すようなもんだからね……。じゃあ誰が作ったんだ? 騎士団ではそんな話聞いたこともない。しかも妖精さんサイズだからスクルドのためだけに作られたんだ。ならルーメン教会じゃないよな。こんな高度な魔法技術をもってる組織って、他にどこがあるんだよ?」
「そう、王国諜報部しかないわね。知ってたでしょ? 騎士団が染みついてる正義漢のシリウスが、スクルドを買い付けに行った二人を捕えておいて、500万ゼノで売るなんて考えられないもの」
「あの時は事前にパトリシアと相談してたんだ。衛兵に突き出してもどうせ揉み消されるだろうってね。それとオレは今回の依頼で、騎士団なんてクソだということがよく分かった。いっしょにすんなよな」
「へえ、シリウスもようやく自分の目で物事を見られるようになったのね、お祝いしなきゃ」
「ハラ立つな! パトリシア行こう、アンドロメダはオレたちと真面目に話す気がないらしい」
「だあって、あなたたちを巻き込みたくないんだものー」
けっきょくそういってスッとぼけられてしまった。
昨夜から寝てない二人はもう追及する気力もない。
パトリシアの手を引いて、霊廟の小さな穴倉のような入口へ向かおうとすると、頭上からひときわ明るい、ちょっと青味がかった光が下りて来た。
スクルドだ。
スクルドはシリウスの傍ら、アンドロメダに問うた。
『ヴェルザンディは自らの王をみつけ、ここで命が尽きたのですね。それは分かりました、でもなぜこうなったのか説明してください』
「シリウスはパトリシアとお参りしてらっしゃい。その間に説明しておきます。ちょっと長くなるかもですが」
「スクルドも注意しろよ、変な勧誘されたら断れよ」
『はいっ、私はヴェルザンディが地に落ちた訳が知りたいだけです』
「そっか。じゃあここで話を聞いてればいい、きっとダービーさんの聞きたい話も同じことだ。オレたちはこの中に用があるからちょっと行くけど、すぐ戻るよ」
シリウスはスクルドに、アンドロメダから話を聞けと言った。ダービーの知りたいギンガの話はきっと1000年前に遡るから。
シリウスはこの場にスクルドを残し、パトリシアの手を引いて霊廟の中に入っていった。
篝火の前に残った3人はアンドロメダの言葉を待っていた。どう説明するのか。
「ダリアは何が知りたいの? スクルドは?」
「ギンガのことだ」
『私はヴェルザンディのことを聞かせてほしいです』
「聞いてしまったあとで記憶を消してくれって言われても消さないわよ? 面倒くさいし」
「思い出した記憶は辛いことばかりだが、父と母の笑った顔も思い出せた、これはもう私の大切な思い出だ。今さら忘れたいことなんてないよ」
「分かりました。ギンガ・ベッケンバウアーは私の母です。900年とちょっと前に亡くなって、いまここの霊廟に眠っていますよ」
……。
……。
……。
……。
「まってくれ! サッパリ意味が分からん。もうちょっとこう、順を追って分かりやすいように説明してくれ」




