【15歳】指名依頼(42)聖職者コンスタンティン・ソレイユ
これは2年前、魔導大学院に仕掛けられ、聖域内部の映像が流出した元凶の魔鏡だった。
ルーメン教会の技術力により、この2年の間に録画機能を付けることに成功している。これをアンドロメダに手渡すと、コンスタンティンが管理していたはずの魔鏡を、なぜシリウスが持っていたのか? を特に訝り、ぎゅーっと眉間にしわを寄るのが見えた。
「準備がいいわねコンスタンティン。なぜこんなのをシリウスが持っているのかな。仕事が早いわね、ちょっとだけ見直したわ」
眉間に何本も盾のしわが刻まれた顔で『見直した』だなんて方便である。そんなことあるわけがない。
アンドロメダはギルドマスターに部屋を暗くするよう言って、壁から少し離れた。
暗幕のカーテンが引かれ、明かりが消されると、まだ外は夕刻であっても室内は暗闇になる。
アンドロメダの手から光がほとばしった。
壁に投影される映像。
それも今朝、関所の前でひと悶着あったときの、魔導師を引き渡すときの交渉の映像だった。
初めて見る者たちにとって、それは異常な体験だった。ヒルデガルドなどは驚いて地べたに尻もちをついてしまうほどの体たらくであった。
「ふーん、なるほど、この糸で縛られてる二人が盗賊団の拠点に居たのね?」
「この糸が見えんのか! そう、糸はパトリシアの水魔法」
驚いた顔でパトリシアと目を合わせたアンドロメダは、パトリシアが親指を立ててドヤ顔を決めたことでおおまかなことが理解できた。
「シリウス、この男たちの名前は?」
「左が アレアドル。37歳でレベル30、右はドイラス、32歳でレベル30、どっちも【魔法使い】だよ。こっちの飛行船に乗せないといって押し問答してるオッサンはエルソン・トルケイ、45歳で、こいつも【魔法使い】だし」
「へ――、よくこんな使い方を咄嗟に思いついたわね。驚いちゃった。シリウスにひとつ預けておくのもいいわね」
アンドロメダは映像を早送りのように進めながら、ほぼ完璧に唇を読んで会話内容を理解していた。
そして場面は次の動画に移った。レッドベアの拠点で、スクルドの値段が2億8000万ゼノだと知れた時の女たちの発狂具合と、尋問が拷問に変わった瞬間の一部始終が収められていた。
これは自白の決定的証拠だ。
「おや? まだ動画ファイルが2つあるわね……」
唐突に画面が切り替わった。
壁一面に映し出されたのは今にもはちきれんばかりの胸の谷間を見せつけてくねくねと迫りくる酒に酔った女たちのセクシー映像だった。ちなみに撮影場所はいまいるギルドの階下、ギルド酒場だ。
全員言葉もなくドン引きの様相を呈している。
だがこの動画に出演している女たち、パトリシアには覚えがあった。
そうだ、シリウスと一緒に食事をするため夜のギルド酒場に寄った時、シリウスがにこっと歯を見せて笑っただけで釣れた3人の女たちだ。もう泥酔していて上着がはだけ、天女の羽衣のようにヒラヒラさせながら、たわわに実った豊満な胸を見せつけながらシリウスに迫る映像である。
パトリシアの顔から表情が抜け落ちてゆくのが手に取るように分かった。
「スクルドさん、アイススパイクを解除してください」
『はい、分かりました』
「パトリシア? あのさ、夕方だけどまだ太陽が沈み切ってないんだ。糸出してるよね! 何か腕が上がんないんだけど!」
「どんな毒を使えばシリウスを殺すことができるか試してみたくなりました」
「誤解だから落ち着こうか! パトリシア森じゃないのに威圧使ってるよね! 使ってない?」
シリウスが糸にからめ取られて身動きが出来なくなると、映像のほうはまたシーンが切り替わった。
壁に魔鏡をくっつけて、コンスタンティンがシリウスに使い方の説明をしているシーンだ。
まさかこんな所まで撮影しているとは思ってなかったコンスタンティンは、そっと音もたてず、スキルももっていないのに気配と足跡を極力消して、抜き足、差し足、忍び足……と、この場から逃れようとしたが、当然といえば当然の結末なのだが、パトリシアの糸がコンスタンティンの足にまで絡まっていて、ギルドマスターの居室から姿を消そうとしたコンスタンティンは足を引っ張られるように転倒し、ぐいぐいと引き寄せられて、シリウスの横に並べられたところだ。
アンドロメダは足元に転がったコンスタンティンを、ドブに浮かんだネズミの死骸を見るような目で一瞥したあと、唇を読んで動画のアフレコ実況を始めた。
「操作法は以上だ、簡単だろ? じゃあここからがシリウス、お前にしかできないことだ。気配を消してこれを女子寮のシャワー室や着替え室に仕掛けるんだ。なあに、お前のスキルなら簡単だ、絶対に誰にも見つからずに任務を遂行することができる。あとそうだな、夏の制服から透けて見えるブラひもの背中とわきの下部分を撮ってきて欲しい、あれ大好きなんだよなあ……」
……。
……。
……。
「……死刑」
「まってください教育長! これには深い事情があるのです!……」
「いや、何も聞きたくない。お前はそれでも聖職者か!! コンスタンティンは即刻死刑執行する。シリウスは何か申し開くことはないのか?」
「オレ? 聖職者じゃねーし、15歳の男ってこれぐらい普通じゃね? 同級生にはもっと酷いのいくらでもいるよ。今の動画で読み上げられた通りさ、だって依頼を受けただけだし、女子寮にはパトリシアが住んでるんだからこんなの仕掛けたら絶対バレるじゃん。魔鏡だよ? 誰が仕掛けるのさ? 一番最初に思い浮かぶのオレでしょ? そんなもん追及されて絶対怒られるし、さっきの映像はほら、先週の酔っぱらいの女たちを試しに撮ってみただけじゃん。消し方が分かんなくてそのまま残ってたけどな」
「ヒルデガルド、よく見なさい。あなたがちょっとカッコイイと思った男の本性がこれです」
「でもパトリシアさん、その言葉ってカウンターで返ってきませんか?」
「言わないで!」
転がされたコンスタンティンに対し、憐みの視線でも怒りでもない感情を抱く女がひとりいた。
ダービーこと、ダリアだ。こんなバカバカしい話になってしまったというのに、まだ涙が止まらず、目をこすりながらコンスタンティンの傍らにしゃがみ込み、20年ぶりに会った男の顔をまじまじと見つめた。
「いろいろ思い出して、悲しくて、涙まで出てきたのに吹っ飛んだよ。みんなに聞いて欲しい、私さ、15歳の頃、コンに言い寄られてさ、求婚されたんだよ? コンは年上で、ちょっとイイ男だったしさ、私もガキだったんだよね、顔真っ赤にしてさ、本気で考えて、悩んで悩んで、三日三晩寝ずに考えに考えまくって、ほんとうに申し訳ない気持ちでお断りしたんだよ? 今のでそれも吹っ飛んだ。せっかくいい思い出だったのに何てことしてくれんだ、このバカコン!」
「コンちゃんは誰にでも求婚する病気なんです! 私だってこれまで5回も求婚されました。5回分全部合わせて一瞬も考えてませんけど、お断りです! ヒルデガルドも先に言っといたほうがいいですよ」
「は、はいお断りです」
シリウスはともかく、主犯格のコンスタンティンはまだ未遂であるにもかかわらずアンドロメダの怒りを買い、あとで酷い目に遭わされることが確定した。シリウスは実行犯になる予定だったが未遂に終わったおかげで、パトリシアの毒 vs シリウスの毒耐性という対戦は実現しなかった。
ギルドマスター、マリーア・ケーニヒはこのドタバタ騒ぎの中、眉も動かさず着席したままお茶の香りを楽しんでいるカスタルマンがなぜそんなに落ち着いているのか不審に思えて仕方がない。運よく騒ぎの中心から外れたのだ。
「カスタルマン、パーティーリーダーとして止めてやらんのか?」
「あー、この展開は慣れた。私は巻き込まれたくないので嵐が収まるのをじっと待ち、報告が終わったら下で肉を食って、ジョッキのビアーで喉を潤してから帰るつもりだよ、もう仕事なんてしたくない……」
「お前も苦労するな……」
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