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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
【第二部】シリウス(15歳)サンドラ編
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【15歳】指名依頼(37)ヒルデガルドの矢

 自らの姿を隠さず、真正面から少し速足で冒険者パーティーに近づいてくるエルフ男は、先頭を歩いていた大柄の男、シリウスの鑑定で、名を『ガスト・セル』といい、144歳、レベルが42。アビリティは【弓師】なのに、剣をもち、スキルも『片手剣』を有している。


 そのガスト・セルに対して盾を構えず、自らを大きく見せるよう胸を張り、くいっと顎を上げて行く手を遮ったのはデニス・カスタルマン。自分より二回りは大きいエルフの戦士とプレートメイルの胸をガツンと合わせ、息と息が触れ合う距離で睨み合っている。


 不良のケンカだこれは。


 だが引けない。


「ヒトよ去れ、今なら追わぬ」


 頭一つ分大きいんじゃないかと思うほど高い位置から見下ろされ、去れと言われたが、はいそうですかと物分かりの良いことをいう訳がない。


「断る、お前らが帰れ。今さら何しにきやがった? 死体あさりなら朝からでもできるだろうが」


 と挑発交じりに答えてやった。これはケンカを売るなら買ってやるぞコラという意味だ。

 カスタルマンの言葉は周りを取り囲んでいるエルフの戦士たちにも正確に伝わった。ざわっとイヤな空気が流れたが、ガスト・セルが腕で遮り、皆を制止した。


「賢明な判断だ」


「荷車に乗った死体を見分したい、構わないか?」


「レッドベアが死んだかどうか確認するという意味か?」


「そうだ」


「構わんよ、ただし大勢で近付くのはダメだ。レッドベアの顔を知ってる奴を二人までなら」


 ガスト・セルが後ろのほうに声をかけると、すぐさま二人が出てきた。

 一人は男、シリウスの見立てで名はタング・シセル。年齢220歳でアビリティは【魔法使い】。

 もう一人は女で、レミアダリ・ハーヴェスター。32歳で【弓師】、鑑定するまでもなく、顔を見ただけで分かった。ヒルデガルドの身内だろう。シリウスの鑑定眼ではギンガのように血縁の者の名前までは見えない。だからレミアダリ・ハーヴェスターがヒルデガルドの姉なのかそれとも母親なのかちょっと判断がつかなかった。年齢もギリギリである。


 シリウスは目配せでダービーほか、カスタルマンやパトリシアに『万が一おっぱじまってもこの人は殺しちゃダメだからね』と伝えようと思ったが、ヒルデガルドと双子のような顔をしているものだから、みんなのほうこそ心得ていた。


 レミアダリ・ハーヴェスターは荷車に積まれたレッドベアを覗き込むと、すぐに目を伏せガスト・セルに小さく頷いて見せた。やらねばならぬことを一つ終えたレミアダリは、一瞬たりともヒルデガルドと視線を合わせようとはせず俯き手持無沙汰に立っていた。



 しかし【魔法使い】のタングル・シセルの見分が終わらない。

 それも直接カスタルマンに話すでなく、ガスト・セルに耳打ちをして、その後、ガスト・セルがカスタルマンに問うといったシチめんどくさいことを強いられている。


「ちょっと触れてもいいか? シセルが納得できないという」


「別に納得してほしいなんてこれっぽっちも思ってないが? まあちょっと触るぐらいならかまわんよ」


 これは自分たち冒険者パーティーがすでに得た、確定された報酬だ。

 それを後から出てきて、戦闘もせず、レッドベアを奪おうだなんて虫が良すぎるにもほどがある。

 カスタルマンが強気に出るのも当然だ。


 シセルというエルフ、【魔法使い】だが『氷結魔法』がCの評価だ、つまり、瞬間冷凍されたレッドベアと幹部たちの死体を見分して、確かにレッドベアに間違いないが、それよりもこちら陣営に自分を超える氷結魔法使いがいるという、そのことに納得がいかないと言っているらしい。


 ガスト・セルはまた後ろのほうから人を呼んだ。

 こんどはとても戦闘員とは思えないような老エルフが顔を出した。

 名をネディット・ロウ、344歳の【シャーマン】で『鑑定眼』Bのスキルを持っていた。

 非接触で鑑定する厄介な奴だ。


 ネディット・ロウは最前列に出てくるや否や狼狽え始め、


「オ……、オセじゃ……、オセがおる!」


 と叫んで踵を返し、全速でこの場を離脱しようとしたが、逃げようとしたその足が糸に絡まった。

 無防備に激しく転倒したネディット・ロウは顔面を強く打ち、まるで見えないゴムに引っ張られ、はじけ飛ぶようにパトリシアの足元へと転がされた。


 エルフたちはきょろきょろと周囲を窺いながら、いや隣の者と顔を見合わせながら一斉に身をかがめ、そろそろと退いてゆく。よくよく考えてみればあのレッドベア盗賊団をたった数人のパーティーで攻略し、壊滅させてしまうなど考えられないことだ。ここに来たのも、気配察知スキルをもった見張りの男が、深夜であるにもかかわらず里に戻ってきて『レッドベア盗賊団が襲撃されているぞ』と大騒ぎを始めたからだ。


 真夜中に集められた者たちは半信半疑だった。しかし本当に『オセ』が出たというなら、ここに居る冒険者パーティーが戦ってレッドベアを壊滅させたというヨタ話よりもずいぶん合点のいく話だ。


 地上に居るものはオセに備えた。森に棲む悪霊相手にどう備えればいいか知っている者などタダの一人もいなかった、だがしかし勝手知ったるエルフの住む森に、よくわからないが『おどろおどろしい』雰囲気が漂っている。エルフたちは己の肌を粟立て、小刻みに震えている己の直観を信じた。


 近くに居るものと背中を合わせ、お互いを守り合う隊形をとる。包囲されたときなどにとる陣形だ。包囲しているのはエルフたちだというのに、真っ暗な森にいる得体のしれないモノを恐れるように、仲間の背中を守った。


 散開して樹上に待機していた弓使いたちはすぐそばに仲間がだれもいなかったせいで、極度の緊張にさらされる。

 中には緊張感に耐え切れない者も中には居た。


 時に恐怖というのは想像もできない事態を引き起こす。木の枝の中段に身を潜めて、弓を引いたまま冒険者パーティーに狙いをつけていた男から矢が放たれた。


 その矢は狙いすまされたものではなく、構えていた弓から指が滑ったものだ。

 だがしかしそれでも殺傷能力のある武器を扱っている以上、手が滑ったなどという言い訳は通用しない。


 その矢が不幸にもシリウスに向けて放たれたものだったせいで、考えられないような惨事が起きた。


「シリウス! 矢だ!」


 ダービーが急を告げた!


 当然シリウスには見えていたし、よほど油断でもしていなければ、そんな矢に当たるなどということもない。だがシリウスを守るスクルドにとって矢を射た男の事情なんて知ったことではない。

 包囲戦を仕掛けられていて、殺気で充満したこの状況、ごく自然に敵から攻撃を受けたと判断した。


 矢はシリウスに到達する前に 凍りつき、ゴトッと音を立てて地面に落ちた。同時に行われたアイススパイクの自動反撃が不意討ちの矢を射たエルフの胸を貫いた。エルフの弓使いは瞬間的に冷凍されると枝から滑り落ち、グラスが破砕する様を見ているように、ぐしゃっと砕け散った。


 スクルドはシリウスのポケットから飛び出すと瞬時にいま弓を引いて矢を撃ってきた方面にある、木の枝と言う枝すべてを広範囲に氷結させ、次の瞬間には、友軍の誤射を認識しながら、まだピクリとも動けずにいるガスト・セルたち3人の足を氷で地面とつなげて動けなくした。


 スクルドは自らの周囲に何十本もの氷の槍を作り出し、地上にいる者たちに向けて威嚇する。


 何が起こったのか正確に状況を把握できている者など、エルフたちの中には居ない。

 大勢で取り囲んでいるほうがバタバタと音を立てて倒れてゆく。


 何が起こっているのか? 簡単だ。

 パトリシアが背後にいる者たち全員糸で縛って地面に転がしただけだ。


 凍り付いたエルフたちが、巨木の高い枝から次々と落ちて壊れてゆく。


 カスタルマンは、ガスト・セルに問うた。


「これは先制攻撃を受けた報復なんだが……。で、一戦交えるかね?」


 ガスト・セルはパトリシアの足元に転がされたネディット・ロウを見下ろしオセとはどういう意味かと問うと、ネディット・ロウはパトリシアを指して「この女がオセだ」と答えた。「間違いないのか」と念を押すように問いを重ねたが、これまでネディット・ロウの鑑定が間違っていたことなどない。


 半信半疑ではあったが、パトリシアの顔と、スクルドを何度か交互に見返した。

 彼我の戦力を比較せずとも、先頭を続けると短時間で全滅もありうることは分かっている。妖精族とオセを相手にして生きて帰れるわけがないのだ。


 ガスト・セルは観念した表情で構えていた剣をカスタルマンの足元に投げた。


「降参する。我が名はガスト・セル! ヘーベルの里を治める長の息子だ。号令を待たずに矢を射た未熟者を連れてきたのも我の責任だ。この首もっていけ。ただし、他の者は敵対の意志がない。里に帰してやってほしい」


 ダービーがスクルドの氷の槍を遮り、前に出てきた。足取りはずいぶんと軽い。


「へー、あんたも賞金首ってクチかい?」


「いや、そんな話は聞いたことがないが……」


「はあ? じゃあ私たちがその首もって帰ってどうすんのさ?」


「いや、それはもう好きにしろとしか……」


「いらない。金にならないような首これっぽっちも興味ないわー、スクルドちゃん魔法解除してあげて、こいつらには帰ってもらいましょう」


『はい、そうですね』


 スクルドの氷は解除されると水になって溶けた。

 しかしパトリシアの魔法が解除されない。


「んー、どうすればいいのかな、えっと……」


「どうしたのさ?」


「糸を解除ってどうすればいいのかな? てへっ、解除したことがないから分かんないの」


「「「 えっ? 」」」


 『てへっ』なんて笑ってごまかしちゃいるが、パトリシアはいまさっき魔法が使えるようになったばかりだ。ここに来るまでの間に練習して糸の出し方までは使えるようになったが、その糸を解除する必要があるなんてこれっぽっちも考えていなかったのだ。


 シリウスは小さなため息をついたあと、大きく息を吸い込み、大声で叫んだ。


「はい注目! エルフさんたち戦闘おわりな! じゃあこの中で魔法を使えるひと挙手!!」


 足元で転がっている【魔法使い】で『鑑定眼』の持ち主、ネディット・ロウをはじめ、パトリシアの糸に縛られているものの中からも声があがり、実に24人ものエルフが魔法を使えることが分かった。


 『鑑定眼』でパトリシアを『オセ』だと見破ったネディット・ロウがいちばん協力的であり、まるで下僕になったかのように見えたのだが、森に棲むエルフ族が森の悪魔とされる『オセ』と、精霊・妖精族に対して、これ以上敵対することすらも愚の骨頂と、早々に白旗を上げてくれたのはありがたいことだ。建前上は、いまも転がされている戦士たちをスムーズに助けるためにもパトリシアに糸の解除法を習得してもらう必要があるというが、突然の手のひら返しを見ると、それだけじゃないことは火を見るよりも明らかだ。


 パトリシアはいまエルフたちに手取り足取り魔法を習っているところだ。


 ガスト・セルたちエルフの戦士たちが糸の解除をまつ傍ら、ヒルデガルドはレッドベアに致命傷を与えた3本の矢のうち、最初に心臓を貫いた矢を引き抜くと、それをレミアダリに差し出した。


「これはレッドベアに致命傷を与えた、最初の矢だ」


 いまのいままでレッドベアの心臓を貫いていた矢だ。

 狩人の矢は誰が命中させたのか分かるよう、矢に名を刻む習慣がある。これは紛れもなくヒルデガルドの放った矢だった。


 レミアダリは手を出せなかったが、その矢はガスト・セルが受け取った。


 ガスト・セルは確かにヒルデガルドの矢であることを確認すると、握った矢を天に突き上げ、大声で叫んだ。


「みなの者よく聞け! 宿敵レッドベアは、エルフ族の手によって討たれた!! レッドベアは、エルフ族の手によって倒されたぞ!!」


「「「「「「「 うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!! 」」」」」」」


 夜の静寂を駆け抜け、木霊する歓声は盗賊団に支配されていた集落の開放を意味する勝鬨だった。


 レミアダリ・ハーヴェスターは反射的にガスト・セルの顔を見て、目が合うと、口を押さえてグッと声を押し殺し、涙を流した。


 念願が叶った。


 これまでヒトでもエルフでもなかったヒルデガルドが、エルフ族として認められたのだ。


 ヒルデガルド・ハーヴェスターは、この森のほとりに生まれて14年、誰にも望まれずに過ごした。しかし自分を産み落とす元凶となったレッドベアを討ち果たし、力を証明することで、世界のどこにも用意されてなかった自分の居場所を得ることになった。


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