【15歳】指名依頼(36)英雄を秘匿する理由
第221話【15歳】指名依頼(35)タブー にて、エディタのコピペ失敗により2000文字超、ごっそりと抜け落ちておりました。
そのせいでこの話の冒頭部分との接続がワケわからんことになっていました。ごめんなさい、修正しておきました。もしお時間が許されて、興味がおありでしたら221話、再読してみてくださいまし。
さかい
----------------------
「ディムのことか……、ん――、凄い奴だ……じゃあ伝わらないよな。たしかにシリウスも相当なもんだとは思うが、ディムにはまだ及ばないな。あの野郎、性格は悪いし、人をだますようなことを平気でするし、たった一人で要塞に突っ込んでいって獣人どもを皆殺しにするし、しょっちゅう勝手な行動をするからな。パーティーリーダーからすると厄介でムカつく野郎だけど、何日も背中を預けて戦って、何度も死線を潜り抜けて生き残るうち、私たちはもう深くかかわりすぎてしまった、仲間なんて言葉じゃ言い表せない戦友なんだ。それなのに私に何の相談もなしに王都に突っ込むような真似しやがった。これは許されないことだろう?」
ダービーもカスタルマンに続く。
「あー、私はギンガと以下同文なんだ。ギンガは私に何も言わずにどっかに行っちまった。水臭いよな、私たちの関係ってもっとこう、強い絆で結ばれたもんだとばかり思ってたんだけどな、寂しいよ。シリウスはギンガの行方について、何か知ってることがあるのだろう? ただの行方不明じゃないよな? 冒険者ギルドに捜索の依頼も入ってない。私はなにかあったんじゃないかと思ってる」
ディムや銀河のことを友達だと言って悔やむ二人に、パトリシアはちょっと念を押すように問うた。
「もしディムさんが相談してたらどうなんです? いっしょに王都襲撃しましたか?」
「やらねーな。あのバカ、アサシンのくせにやることがいちいち派手すぎんだよ。エルネッタが攫われて取り戻しに行くならもっと他にいくらでも手はあった。あいつのスキルなら誰一人殺さず、誰にも気づかれず、女だけを奪い返すことも出来たはずな……、私に相談してくれたら、もっとスマートにやれたはずなんだ」
「そうだったんですね……」
「ああ、おかげでディミトリ・ベッケンバウアーは世界の敵だとか悪魔だとか、不名誉な称号を与えられて、私たちの前から姿を消しちまった。今じゃ名前を呼ぶことすらタブーのようになってる。違うんだって、あいつは英雄なんだ。獣人たちの侵攻からこの国を守ったのに、なんでそんな仕打ちをされるんだ? 現に獣人の国ヨーレイカはディムの野郎を恐れて、みんな戦闘もせずに撤退してしまったじゃないか。あれ以来、ヨーレイカは王国にちょっかい出してくることもないしな。私たちはディムの戦いを見ていた。ヨーレイカの獣人たちが畏れを抱くのも無理はない。圧倒的な力で、これでもかっていうほど叩きのめしたんだ。何度も言うが、ディムの野郎は英雄だ。王国に平和をもたらした功労者だろ? 13年も家出したまま帰らなかった女なんて褒美にくれてやればよかったんだ」
カスタルマンは口惜しそうに悔しさを口にした。
パトリシアはこんなところにもディムの理解者が居てくれたんだと思って、ホッと胸をなでおろし、シリウスも銀河の惚れた男、ディミトリ・ベッケンバウアーについてほんの少しだけ理解した。
「そうですね、ディムさんはエルネッタさんと結婚したあと、ギンガさんとも結婚したそうですからシリウスの義兄にあたるんですよねー」
「オレは認めねえって言ってんじゃん! 絶対に認めないからな」
「「ほ――う」」
「やっぱり知ってた。何それ? あなたたち二人はギンガの行方を知ってるわけ? 私なんかどんだけ調べても影すら見つけられなかったのにさ、腹立つわー、……なんだかすっごい腹が立つんだけど……」
「ああ、私もだ。だがそう簡単に言えないんだろうな、わかった。聞きはしないよ、攫われたエルネッタを取り返して、いま幸せに暮らしてるなら何も言うことはないな」
「そうね、それを聞いて安心したし」
シリウスは見知らぬ男と姉が幸せに暮らしていると知ってもまだ不満そうな顔をしている。
なかなか納得できる話じゃないのだ。
「フン、知らねえって……。パトリシア、そろそろじゃね?」
「そうですね、ディムさんたちの行方については、またサンドラに戻ってから話しましょう。エルフたちがこの拠点を包囲しつつありますが、やはり騎士団は足が遅いですね、南から四半刻(30分)ぐらい到着が遅れそうです」
「えらい急だな! もうちょっと前もって言ってくれると助かるんだが!」
「パトリシアはもう準備完了してるよ。この拠点の上、糸だらけだし……」
「マジでー? 私がしゃべってる間に準備してたのか? しゃあない、私もボチボチ準備せんといかんか……ところでなあシリウス、私のレベルはいまいくつだ? 参考までに教えてくれ、ちっとは上がったか?」
「デニスさんは53、ダービーさん61? すごいな。バーランダーを超えてるよ?、ヒルデガルド35、パトリシア57、オレ72、スクルドがレベル50。すごいなスクルド、まだ13歳なのにレベル50って!」
「あんなに苦戦したのにちょっとしか上がってねえのか。伸びしろが尽きたか!、いよいよ引退かな!」
カスタルマンは年齢が年齢なので成長が止まっていたとしても仕方がないし、スクルドは妖精族なので、もしかすると人と比べてレベルの上がり方が違うのかもしれない。そんな事よりも、ダービーがレベル61になっているのには正直驚いた。敵を倒した数は圧倒的にパトリシアのほうが多いのにもかかわらずだ。
------
□ダービー・ダービー 35歳 女性
ヒト族 レベル061
体力:67680/67680
経戦:114228
魔力:-
腕力:1720
敏捷:54400
【狩猟】S/弓術SS/短剣C/警戒B/足跡消しB/追跡A/視覚誤認C
------
「おや? ダービーさん、視覚誤認スキルが発現してるよ?」
『視覚誤認』スキルと聞いて、真っ先に食いついてきたのはパトリシアだ。
「ええっ、本当に? いいなあ! 私もそれ欲しいのにー!」
『視覚誤認』なんて激レアスキルなせいで一般の冒険者に聞いたことがないほど馴染みのないスキルだ。
発現した当のダービーも耳慣れないスキルであり、誤認スキルの有用性にもピンと来ていないようだ。
「なになに? 視覚誤認? なんだそれ? どう使うんだ?」
「シリウスって霞がかかったように消えて見えなくなるでしょう? あれ『気配消し』と『視覚誤認』の複合スキルなんですよ、だから本当は目に写っていても頭でそれと認識できなくなる、一種のデバフスキルです」
「気配消しと複合? んー、残念だ。気配消しなんて使えないのだが……」
シリウスは素早くダービーの懐に踏み込み、喉に短剣を突き付けた。スムーズ過ぎて、瞬きをするぐらいの僅かな時間で、脈打つ喉にナイフが添えられたのだ。
自然とダービーは伸びあがってナイフから逃れようとした。
「な? なにを……」
「はいこれよく見て」
シリウスが持っていたのは短剣ではなく、テーブルにあったスプーンだった。
「ね?誤認したでしょ?」
「よしてくれ、尿漏れするところだったわ!」
ダービーもいま『視覚誤認』の効果を身をもって知った。自分が使えるようになるまでそう時間がかからないだろう。
パトリシアはディムの『視覚誤認』スキルを傍らで見ていて、効果的に使うと敵を容易く翻弄することができるのを知っている。その手腕は傍で見ているパトリシアですら完全に騙されてしまって、ひとつも見破ることなんてできなかったほどだ。
「使い方は無限だし、他のスキルと組み合わせることでいろんな使い方ができるから、私も誤認スキルほしいんですよね。ダービーさんさっきの戦闘中に何か敵をだますような技術使いましたか?」
「はて? 何だろう。だがなあ、近接武器の間合いで戦うなんてこれまであまりなかったからな、それにガチで人を殺したのも勇者パーティーで獣人支配地域に入った時以来だ、レベルアップしたのが人を殺した結果だというなら、あまり手放しで喜んじゃいられないよ。あまり格好のいい話じゃないからな」
「でもパトリシアは『擬態』スキルがSだから、きっと似たようなことができるさ。そろそろ来るよ、もうだいたい囲まれてる。北門を開けてやろうかな?」
「いんや、仮にもエルフだ。みんな木の上を渡って移動できるだろうから、門を開けてやる意味がないだろ」
「違いねえ。で、私の配置はここでいいのか?」
カスタルマンは広場中央、焚火の勢いが少し収まったすぐ隣、冷凍済みのレッドベアの死体を含む戦利品をたっぷり積み込んだ荷車にもたれている。
ダービーとヒルデガルドは念のため、いつでもカスタルマンの背後に隠れられるようポジションを決め、シリウスとパトリシアも前衛、つまりカスタルマンと同じ前列に出た。
大勢に囲まれていることは気配で分かるヒルデガルドは落ち着かない様子で弓に矢をつがえたまま狙いを下げて、弓を下ろしている。この、弓に矢をつがえてはいるが、弦を引かず、弓も下げている状態、これは警戒の構えで、まだ話し合いができるギリギリの状況を示す。
この状態から弦を引き絞り、ただ狙わず弓を相手のほうにむけないという状態があって、これは相当緊迫した場面である。一触即発と言って過言ではない。ヒルデガルドやダービーが矢をつがえてはいるが、下を向けて弦も引いてない状態、この姿勢をもって敵と相対するということで、できることなら争いは避けたいというこちらの意向を伝えることができる。
大木から真横に伸びる枝のあちこちから殺気を感じる。シリウスとパトリシアはすでに何人ものエルフたちと視線が交錯を済ませたところだ。シリウスは気配を微弱にしながらも姿をさらし続け、パトリシアもシリウスに追随するスタイルを継続している。
スクルドはひとまずシリウスの胸ポケットに待機することとなった。
拠点のおよそ半分、円の180度分を囲むエルフたちの数はおよそ200.
あちらさんも配置が完了したのだろう、丸太を並べて打ち込んだだけの簡素な防護壁意を飛び越えて侵入してきたエルフ族の戦士と思しき集団が弓を構えながらこちらににじり寄ってくる。
数はどんどん増えてきた。3人、5人、10人。
エルフ族の先行隊の後ろを走って閂を外し、門を開けると、剣を抜いた戦士たちが大声を上げながら雪崩れ込んできた。
いきなり大勢が剣を抜いて向かってきたのだ、身の危険を感じないわけがない。
ビクンと反応し、弓を引こうとしたヒルデガルドに、シリウスは小さな声で落ち着けと諭した。
「大丈夫だよヒルデガルド、あいつらのレベルは30から35ぐらい。ヒルデガルドが素手で殴り合っても勝てそうな奴らだ、こう言っちゃ悪いけど、オレたちをどうこうするだけの力はないよ」
先頭にいる一番でかいやつでもレベル42、その脇を固める二人はレベル40、男だけじゃなく、女も弓を引きながら拠点に侵入すると、毎日しっかり訓練でもしているのか? スムーズに展開を済ませた。
地上と木の枝の中段、そして上段。エルフたちは麻痺で動けない盗賊たちに対し、近くを通りかかると生死を確かめず、とりあえず至近距離から矢を放った。生きているか死んでいるか分からないなら、ぜんぶ止めを刺すのに躊躇はない。今回動員されてきたエルフの戦士たちは自分たちの集落を守るためだけでなく、いつかレッドベアを倒すため訓練していたのだろう。動きにも所作にも迷いがない。
よくよく考えてみれば、レッドベアの一味は通常時50人以下と聞いた。森と言う圧倒的有利な状況で、200人も動員できるのだから、エルフ族に負ける要素はないと思っていたのだが……。
その疑問に対する答えが、このレベル差だったのだろう。
エルフ族の戦士も、レッドベア盗賊団の最初に出てきた42人の盗賊たちや、冒険者ギルドの傭兵たちとレベル的に対して違わない。レッドベアたちが本気になったら3人で集落が皆殺しにされるほどのレベル差だ。
森に暮らすエルフ族は掟に従い、争いごとを避ける傾向にあるという。
闘争を避ける温和な性格であった。
こんな近くにレッドベアが拠点を築いていても、手を出すことなどできはしない。
下手に手を出せばどんな報復を受けたろう。
エルフたちは高レベルの盗賊たちと戦うすべを持たず、集団戦闘で集落を守るだけで精一杯だったのだろう。そいつが今、どういう訳かレッドベアの拠点が攻撃されていることを知った。
エルフたちにとって、レッドベアを倒す絶好のチャンスなのだ。




