【15歳】指名依頼(35)タブー
エディタのコピペ失敗により、このお話の最後、2000文字超、ごっそりと抜け落ちておりました。
修正して6000文字超えになってしまいました、すみません。
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カスタルマンの奥歯に挟まって、なかなか言い出せないことがあるのをダービーは知っていた。
「なあシリウス、そいつ、6年前にはまだ騎士団に居たんだってさ、刺青は北方面隊のものだが、問題を起こした奴らばかり集められたような最前線のケスタール砦ってところでひと悶着あったらしい」
「6年前? ケスタール?」
シリウスはケスタール砦を知っていた。獣人たちの侵攻があって、長大な防護壁を築いて防衛線を敷いた最前線の砦だ。姉のギンガがそのケスタール砦を通って獣人支配地域に入ったことも知っている。そこに6年前、レッドベアが居たという……。
「そうだ。6年前こいつはまだ、騎士団に居たんだ」
カスタルマンの奥歯に挟まっていたものが、シリウスにもようやく分かった。
16年前、レッドベアが欲望に任せてエルフの村を襲い、略奪の限りを尽くし女を攫ったとき、ここの騎士団に所属していたということを。
「なるほど、レッドベアはバーランダーの部下だった。だけどいろいろと悪事を働いていて、何かがバーランダーの耳に入ったから、どこか別の砦に異動させたんだ。騎士団の砦にスパイが入り込んでいた理由も分かった。スパイを送り込まれたのではなく、最初からレッドベアの部下だった者が騎士砦にずっと居たということだね」
シリウスは腰のナイフを抜いてレッドベアの手下二人の袖を切り、こっちの二人の肩にも同じ刺青がある事を確認した。
「こいつも、こいつも北方面隊だし……バーランダーが大変な事になるよこれ」
「そのバーランダーさんって人が知ってた可能性は?」
「ないね。バーランダーはガチガチの石頭で融通の利かないゲンコツ騎士なんだ。嘘がつけない性格だしさ、駆け引きとか政治が苦手だからオッサンになってもまだ現場で砦の司令官なんかやってる。ソレイユ家の中じゃオレと同じで浮いた存在だよ」
落胆するシリウスの傍ら、パトリシアのスープで疲れた身体を癒しながら、カスタルマンとダービーの二人は困った顔を隠せずにいた。場がしんみりしはじめたところ、またもやパトリシアの広範囲気配察知に反応があった。
「あ!」
「どしたん?」
「南の関所のほうからも、ものすっごい数が森に入ってきてるんだけど?」
「誰よ?」
「私の気配察知じゃ誰かまでは分からないけど、南の関所方面から国境の王国側ラインに沿って100とか200入ってくるとしたら、たぶん騎士団だよね? そういえばバーランダーさん心配してたし?」
「いくら心配でも数えきれないほどの軍隊つれてこねえってば! 公私混同だし、常識疑うよ」
「でもこれ、順当にいくと北から侵攻してくるエルフ達とかち合うわよ?」
「ふうん、じゃあパーティーリーダーとして提案だ。もしエルフたちが敵だったら騎士団に任せて戦ってもらう、エルフたちが敵じゃなければ騎士団と戦闘にならないよう間に入って事情を説明する。これでいいんじゃないか?」
「どうしたカスタルマン、エルフに同情的じゃないか?」
「同情もするさ、こいつがここで悪さしなければ騎士団との紛争なんて長く続かなかったんじゃないか? これは騎士団のほうに非がある話だ」
「ほう、ではギルドマスターへの報告はカスタルマンに任せた」
「ちょっと待てや! あのガチ騎士に、ここで起きたことぜんぶ説明すんの? イヤだね、雷が落ちるに決まってるじゃねえか。あの女のことだ、頭から煙吹いて騎士団の本部に怒鳴り込みに行ったりしてな……。ときにシリウス、おまえそのショルダーバッグ、パンパンになってんな。それ何が入ってんの?」
「ああ、これ金目の物! パトリシアに言われてあさってた!」
「はああああぁ! 私そんなこと言ってませんよ!」
「言ったじゃん。ほら、このショルダーバッグ預かった時にさ」
パトリシアは反射的に否定したものの、シリウスとの会話でそんなことを言ったのかどうか、頭の中で遡って記憶の糸をたどると、確かに誤解を招くような言い方をした記憶がある。
「あ、ああ、確かに言いましたけど……私はこの森に自生してる珍しい薬草や高価な滋養キノコを見つけたら取って帰ろうって言ったはずなんですけど……、さすがシリウスです! ちょっと中身みせて。私の分け前は!」
「おおお、ホッとしすぎて略奪するのを忘れてた! 私らもちょっと探しに行くか……」
「わたしも!」
ヒルデガルドが一番やる気出した。
というのも、いまここに200人規模のエルフたちが近づいてきてるらしいし、反対側からは騎士団が中隊規模で急速に展開している。何もしなければ先についたエルフたちがぜんぶ持って行ってしまうし、最悪の場合、この場が戦場になってしまうと金目の物を探すなんてこともできずに逃げるが勝ちになる。
こういうものは早い者勝ちというのがルールだ。もちろん、戦利品をめぐって更なる争いに発展することもあるだろうが、それでも先に取った者が所有権を主張できる。
騎士団よりも早く、エルフよりも迅速に、奪えるだけ奪っておくのがセオリーである。
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「こんなもんか?」
シリウスたちは厩に停められてあった荷車を見つけたので、ひとまず広場に引きまわしてきて、肩に刺青のある3人の死体と、あとパトリシアの糸にぐるぐる巻きにされて麻痺がキマっている一般人風の男が二人。パトリシアは麻痺が効いてて話ができないって言ってたけど、二人とも妙に着古したような黒のローブを装備していた。
「二人そろって黒のローブに、希少アビ【魔法使い】じゃん。こいつら絶対魔導大学院でしょ。賭けてもいいよ」
言いながら死体を積んだその上に転がして乗せた。麻痺していても身体が動かないだけで意識ははっきりしているのだから、死体と一緒にゴロンと転がされるのは、さぞかしイヤだろう。
「何も話さないなら次こうなるのはお前たちだし……。どうせ死ぬんだからそこに乗っとけ」
という脅しに、うまく話せもしないくせに、涙ながらに訴えられてしまって、仕方がないのでもったいないけれどパトリシアの鼻薬を突っ込んでやるとあっさりと吐いた。泣きながら何言ってるのかわからなかったけど、一生懸命説明してくれたのでパーティーメンバー全員なんとかギリギリ理解して分かった。
妖精族の密輸などという大それた犯罪を手引きしたのは王立魔導大学院で間違いなかった。
特にパトリシアとダービーに加え、ヒルデガルドも参加した尋問は、妖精の売買価格が2億8000万ゼノという目ん玉が飛び出るような価格だったため、金額を知った途端に3人とも発狂。尋問は拷問へとスムースにスライドしたけれど、この二人は品物を確かめに来たのと、安全に運ぶための魔導器を取り付けに来たのだという。
正式な受け渡しは3日後、飛行船の発着場だという。つまりカネは3日後まで届かないし、レッドベアの拠点がこの有様になっていて、いまもう騎士団が動き出してるってことで、当然魔導大学院がノコノコとカネ運んでくるわけがない。
シリウスとカスタルマンは、女たちの恐ろしさをイヤというほど思い知らされたところだ。
「しかし魔導大学院もいろいろとキナ臭いな……ダンス・トレヴァス学長が行方不明になったのはいつだっけか?」
「2年ぐらい前かな。いま発見の成功報酬いくらになってるっけ?」
「800万ゼノだな。だがもう依頼ボードから消えてしまってからずいぶん経つからな」
800万ゼノと聞いてパトリシアがピクンと反応した。
「え? 私知らないんですけど……」
「犯罪組織絡みかもしれないってんで、ゴールドメダル以上しか受けられない専用のボードにいまでも貼られてるはずだよ。セインさんも戻ったらきっとゴールド昇格してるだろうから見てみるといい。探索者も捜索者も総出で探したんだが、満足に手掛かりも見つかってない。もしかするとセインさんなら見つけるんじゃないか? その時はぜひ呼んでくれ、組んでくれたらありがたい」
パトリシアとダービーの話を聞きながら、人差し指でこめかみを掻きつつ、シリウスは喉のところまで出そうになりながら、どうやっても思い出せない。
「ダンス・トレヴァス? ダンス・トレヴァス……聞いたことあるんだけどなー、誰だっけ?」
「魔導大学院のほら、教会の聖域に魔鏡を仕掛けてたひと。アンが魔鏡を逆手にとって、相手の顔をみたとき映ってたじゃないの」
「あ――っ、思い出した! あの人って行方不明になったんだ。いつの話?」
「えーっと、あれいつだっけか? 私らも探したんだけどな、たしか2年ちょっとまえ?」
パトリシアはハッと息をのんでシリウスの顔をじーっと見つめた。
眉に力を込めて難しい顔をしている。これはヤバいと感じた。
シリウスもなんとなく分かった気がした。
もしかすると……。
「んー? どうしたんだシリウスもセインさんも。もしかして心当たりがあるのかなあ?」
「核心は持てないけど、もしかしたら?ってトコロですけど」
「へー、それちょっと私に話してくれない?」
「やめといたほうがいいですよ? 下手に首突っ込んでダービーさんの捜索依頼がボードに貼られるようなことになったら嫌ですし……」
というシリウスの傍ら、パトリシアも腕組みをしたままうんうんと頷いている。
何かを察したダービーは、糸に縛られて荷車のところに転がされている魔導大学院の使者を横目で見ながら、訝るように眉をひそめた。
「あいつらが妖精族を密輸しようとした理由って何なんだろうね?」
「あいつら下っ端すぎて何も知りませんよ」
「じゃあセインさんの推理では? 魔導大学院が大金を積んでまで妖精族を欲した理由、どう考える?」
「わたしの推理ですか? そんなの決まってるじゃないですか。目的はスクルドの戦闘力そのもの。もしかすると妖精族を自分の思った通りに操る技術を研究しているのかもしれませんね」
「ほう、捜索者の血が騒ぐね。もうちょっと突っ込んで聞かせてくれ。魔導大学院がなぜそんな力を欲する?」
「たぶん、国王の命令だと思います」
「そこまでにしとこうや、話がタブーに近づいてるぞ」
「カスタルマンさん、タブーってなんです?」
カスタルマンは頭を抱えて大きな溜息をついた。
「その……、なんだ。ディムたちのことだ」
そういえばみんなディミトリ・ベッケンバウアーとは何らかの関係があるのに、誰もその行方について話そうとはしなかった。パトリシアとシリウスはタブーだなんて知らなかったのだが。
「ディムさんたちがどうかしましたか?」
カスタルマンは脱いだヘルムの汗をぬぐいながら仕方ないなとでも言いたげな素振りでパトリシアの問いに答えた。
「6年前、王都を襲撃したアサシンは、大勢の犠牲を払ったが、討伐したというのが国軍の発表だ。だがあの時、国軍にディムを倒せるような奴が居るとは思えないんだ。ディムだけじゃない、グリフォンも妖精もだ。ロクに実戦経験もない王国軍に止められるわけねえって、私たちは声を上げたさ。ウソだってな。だが冒険者ギルドに衛兵たちが押し寄せてきて緘口令が敷かれた。アサシンはもう死んだ、勇者によって倒されたとな。これ以上市民の不安を煽るようなことを言うと騒乱罪で逮捕するって脅されたよ」
『妖精って? ヴェルザンディのことですか?』
「ああそうだ、冒険者ギルド所属のメダリストたちは依頼でもないのに、王都の治安維持と都市機能を復旧させるためゲイルウィーバーに入ったが、酷い有様だったよ。酷い火災だった。水魔法使いの数が足りなくて、消火もままならなかった。三日三晩消えない炎なんて、強大な魔力で作り出された炎に違いない。あれはきっとヴェルザンディって妖精がやったんだと思ったよ。噴水の広場じゃあでっけえドラゴンの死骸を片付けるのに難儀してた。ドラゴンだぞドラゴン! 。聞けばグリフォンと空中戦やらかして簡単に落とされたそうだ。生き残りの衛兵が言ってたよ、ドラゴンが泣き叫ぶ声を初めて聴いたってな。王国最強と言われてた近衛騎士団長のガルベリーも、大賢者ホーセスも死んでた。この国の最高戦力がだ。セインさんはディムの弟子だってんだから別に言ってもいいだろう? ディムの野郎は絶対に生きてる。根拠もあるぞ?」
「それだけじゃないさ、ギンガも6年前の襲撃のあった日から行方不明なんだ。そもそもここだけの話、ギンガはディムって野郎にいかれてたからな。ツンデレと言うらしいが、見ていて健気だと思ったよ。あの二人が剣を抜いて殺し合うなんてこと絶対ないと言い切れるし、あのギンガがそう簡単に死ぬわけがないし、母勇者のヒカリなにがしは当時すでに死の病に侵されていて、戦う事なんてできなかったというのは誰もが知ってる。あのアサシンを倒すことなんてできるものか。私もギンガたちはどこかで生きてるとしか思えない」
「エルネッタもな! やつら絶対どこか外国に逃げおおせているよ。だろ? セインさん」
パトリシアはなんだか嬉しくなってしまって、お腹の底から湧き上がってくる清々しい気持ちを我慢できなくなり、とてもいい笑顔でにこやかに笑っていた。世界の敵とまで言われ、この国じゃあ悪魔と罵られるディムが行方不明になって6年、それでもまだこうして無事を信じてくれてる人がいる。パトリシアが嬉しく思わないわけがない。
「いいですねこういうの。じゃあ根拠というのが何なのか、教えてもらってもいいでしょうか?」
「これ笑うトコか? まあいい、あのエルネッタっていう暴力女な、実はソレイユ家本家のご令嬢なんだわ、あれで」
「ディアッカ・ライラだね。バーランダーの妹で、会ったことはないけどオレのイトコなんだ」
「そうだったか……、でな、そのディアッカ・ライラというエルネッタは、弟王の婚約者で正室に収まるはずが家出してな、10年以上行方知れずだったのさ、それが私にも責任あることなんだが、内緒で遭難した勇者パーティーの捜索に行って、帰った時にはもうバレてた。王国は女を連れ戻した上で、ディムの野郎を始末するのに王国軍精鋭部隊を三個小隊も派遣するとか頭おかしいことやりやがった。エルネッタが王都に連れていかれたというところまでは確認が取れてるんだ。でもそれからほどなくしてアサシンの襲撃があり、王都では応戦に出た国軍と衛兵の死者併せて2000とも3000とも言われる大惨事となり、翌朝には襲撃者を討伐したと発表があった。襲撃者とは王国を崩そうともくろんだアサシンだ。だがここからがおかしい、弟王ルシアンは正室の席をあけたまま四人の側室をハーレムに迎えた。未だエルネッタと無事に結婚したなんて話は聞こえてこない。なあシリウス、そこんどこどうなんだ?」
「ディアッカのこと? さあ、会ったことないってば」
「な! ってことはアレだろ、ディムの野郎はまんまと女を奪い返して、どこか外国に逃げたってことだ。ギンガも行方不明? んなもん一緒になって逃げたに決まってる。弟王ルシアンはそんなことが明るみに出たら大恥かくからな、ご丁寧に緘口令まで敷いて、ウソで塗り固めてフタをしましたってことだ……異論、反論、間違いがあったら指摘してほしい」
「ねえデニスさん、よければディムって人の事、教えてくれないかな。 オレさ、よく知らないんだけど、その人のことを知りたいんだ」




