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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
【第二部】シリウス(15歳)サンドラ編
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【15歳】指名依頼(34)レッドベアの最期

 ソレイユ家のボンボンを一発殴ってやろうと思って、素早く繰り出した右ストレートの腕が伸びない、


 何か後ろに引っ張られる気がしたレッドベアは、力ずくで腕を前に出そうと腰を入れた瞬間、パリン!とガラス細工を粉砕したような音が聞こえると、右の肘から肩にかけて激痛が走った。


 レッドベアは丸太ほど太い腕がいつのまにか完全に凍り付いていて、背後から糸に引かれた張力ちょうりょくに抵抗し、パンチを前に出そうとしたことで関節に無理を生じさせたのだ。


 自らの状況を正確に把握することができなかったツケは思いのほか高くついた。

 バリン!とカン高い音を立てて腕が割れてもげてしまったのだ。


 レッドベアはここにきて、やっと自らの異変を確認するため、痛みの走った右肩に目をやった。

 そこにいつもあるはずの腕がなかった。


 もげた腕は白く凍りつき、しなやかさを失った糸のようなものに引かれて、ブランコのように振り子運動をしている。

 頭上の木の枝をはじめとする数か所から何十本もの糸が見えた。いや、凍り付いて白く光を反射しなければ見えないような細い糸だったが、凍り付いているため、蜘蛛の糸が見える程度には肉眼にも見えた。


 殴ろうとしたのを咄嗟に止めていれば、少なくとも腕が折れてもげるなんてことはなかったのだろうが、ガラス片のように割れて折れてしまった今もう、どうやっても戻らない。


 パトリシアは姿を現す前、すでにレッドベアに糸をかけていた。

 加えてレッドベアが動いた時、威圧も効果を見せていた。パトリシアはまだレッドベアを殺そうとまではしなかった。別にこんな最低の盗賊に対して慈悲の心があったわけじゃない。ただ捕えた一般人ふうの男たちが万が一、妖精族の買い手と関係がなかった場合の保険になるからだ。


 きっとあの右ストレートが届いていたら、同等の力で自動的に反撃を行うアイススパイクが発動したのだろう。当然シリウスにはそんなパンチに当たってやる気はない。ちょっと腕をとって一本背負いで投げてやろうかと思って一瞬だけ身構えたが、結局シリウスの出番はなかった。シリウスの前にスクルドが報復したからだ。


 レッドベアは右腕が凍って、肩から首にかけても氷結し始めたことに驚き、もうシリウスを人質にしたところでどう幸運の女神を微笑ませれば生きながらえるのか分からない所まで状況は切迫している。


 シリウスはレッドベアが話せるうちに……と、先ほどの問いを繰り返した。


「おいおい、ひとに名乗らせておいてそれはないだろ? はやく答えろってば、本当にお前がレッドベアなのか?」



―― ドス! ドスドス!


 すでに右腕を失ったレッドベアの胸に3本の矢が刺さった。


 シリウスが背中越しに振り向くと、「このっ! このっ!」と怒りを掛け声に変えたヒルデガルドが、次々に矢をつがえ、レッドベアの胸に、喉にと、寸分たがわぬ急所を狙って、3本、4本、5本と矢を射続けている。最初の3射だけでもう致命傷になっていて、放っておいてももう死んでしまうのに、レッドベアがまだ立っているせいか、攻撃の手を緩めることはなかった。


 シリウスが「ヒルデガルド」と名を呼んで、つがえた矢を放てないよう手で制止するまで、ヒルデガルドの攻撃は続いた。


「もう死んでる」


 立ったまま意識を失ったであろうレッドベアは、やがてバランスを崩すと脱力して膝をつき、そのまま横になるように身体を伸ばして倒れた。


 極悪非道を誇ったレッドベアは大して苦しむこともなく、静かに息を引き取った。いろんな感情に押しつぶされ、嗚咽する声を殺しながらも涙に暮れるヒルデガルドの気持ちを推し量ることなど誰にもできはしないが、そんな彼女を放っておくこともできず、ダービーがそっと抱きしめていた。


 レッドベアが絶命したと知り、ガチャンと崩れるような音を立ててへたり込むカスタルマンも、相当ダメージを受けていて、歩いて帰れそうにない状況だ。


「なあちょっとスクルド、できればでいいんだけどさ、傷ついてる仲間に回復魔法してやってほしい」


『はい、分かりました』


 スクルドの身体がランタンのように明るく輝くと、カスタルマンも、ダービーも、ヒルデガルドも、暖かい血潮のぬくもりを感じ、身体的ダメージだけではなく、消耗しきった体力まで回復させてみせた。


 ダメージ回復、体力回復、そして経戦値スタミナまでをも回復するという、奇跡のような多重回復魔法だ。これはかなりヤバい。妖精族を保有する軍は、無限に戦うことができるということだ。


「うお、マジか! すごいな、体力まで回復するじゃないか……」


 神官のもつ回復魔法というのは、身体的ダメージを治療することに特化しているため、キズを受けても瞬時に治療される。大量出血したときなど心強い魔法だ。だけどケガまでは治療できても体力もスタミナも戻らないため、じり貧に追い込まれるとどうしようもないといった欠点があった。

 妖精の回復魔法は教会の回復魔法より遥かに高性能だ。


「ありがとうなスクルド、みんな目の色が変わったよ、びっくりしてるけど、感謝してるよ」


 スクルドはちょいと胸に手を当ててお辞儀をしてみせた。どういたしましてという意味だ。

 回復魔法を受けたカスタルマンたちは、どういたしましてに対し、会釈で応えた。なんだかとてもなごむ、ちょっと他人行儀なお辞儀合戦を繰り広げていた。


「さあてと、体力も戻してもらったし、キリキリ働くか。あと半分ぐらいトドメ刺してまわろうか」


 また気乗りしない仕事が残っている。

 だけどパトリシアがそれを否定した。


「とどめはたぶん……いらないわね。だってエルフが大勢でこっちに向かってるし」


「マジか! オレまた気配察知の範囲外かよ! マジ分かんねえ」


「朝まで目を覚まさないように殴っときなさいって言ったエルフは今どこに居ますか?」


「えっ? ええっ? ちょっとまってね。えっと、うーんと、いない……いないな!」


「居ないじゃないわよ、手加減のさじ加減を間違えたんです。次からもうちょっと強めに殴りなさい。エルフたちは、いま200人ぐらいの大軍でこっちに向かってきてます。仲間呼ばれたのね。私たちどうすればいいかな? まだここにくるまで一刻(2時間)ほど時間ありますけど、どうします? 逃げます?」


「いーや、こんなに苦労したレッドベアの賞金をエルフたちにくれてやる気はない。セインさん、麻痺毒はまだあるのかね? その、なんだ。200人前ぐらい」


「やけに好戦的だなカスタルマン、まずは平和的に解決するのが良いと思うが? なあ、ヒルデガルド? いまの状況でエルフは私たちの敵になると思うか?」


「近くのエルフの里はレッドベアと激しく敵対していますから、敵の敵は味方という考え方が通用するならば味方だと思いますけれど、ヒト族そのものを嫌う風潮がありますから、そういう意味では敵になるかもしれません。ちなみに私のようなヒトでもエルフでもない忌み子は交渉の役には立ちません。森で会っても話したことはありませんから」


「話もしないのか!」


「私とは話すことも目を合わせることも禁じられていましたし」


「ひどい話だ」「まったくだ」


「じゃあそうね、敵に回りそうだったらその時にでも麻痺毒を使うので、接敵する寸前にまた鼻薬を」


 そういってパトリシアはリュックの中からコンソメの元を取り出し、広場中央の焚火に鍋をかけて新しいスープを温めた。レッドベアの拠点に食材がたくさん残っていたがそんなものには目もくれず、パトリシアは自分がバックパックに詰めて持ってきた食材を使うか、罠で捕獲した野生動物しか口にしないことにしている。自分が毒を好んで使う毒使いだからこそ、他人の使う毒に対して神経質になる。


 いまもテーブルの上には手つかずの肉がまだ冷めずに残っているというのに、新しく料理を作ろうとしている。いま現在、焚火の火にかかけられた鍋の中に、いくら美味しそうなものがぐつぐつと良い匂いをさせて煮立っていても、パトリシアはそんなものに目もくれないし、シリウスも依頼などで森に入ったときは、パトリシアの出したものしか口にしないようにしている。


「おおっ、またいい香りがしてきた。セインさんのパーティーはいつもこれが食べられるのか?」


「パトリシアのアウトドア料理はおいしいよ。スクルドは何を食べるのさ?」


『ひとが食べるものなら』


「コンソメスープだからお腹はふくれないけど、暖まるよ」


『はいっ』


 パトリシアがリュックに入れてた根野菜を刻んで、鍋に沸かしたお湯に投入して、開発テスト中のスープの素を混ぜるだけだから、手っ取り早くできて、しかも美味しい。


 カスタルマンたちに好評だったパトリシアのスープはヒルデガルドもひとくち含んだだけでびっくりするほどおいしいと反応していたし、驚くべきことにスプーンにちょっとだけ掬ったスープを熱い熱いと苦労しながら飲んだスクルドが一番気に入った様子だったことだ。


『これすっごく美味しいですっ! こんなの生まれて初めて食べました!』


 大喜びでパトリシアの周りをぶんぶん飛び回ってじゃれつくスクルドと、ガッツポーズを隠さなくなったパトリシアの姿が印象的だった。


「よしっ! 妖精さんが美味しいって言った! 商品化したときは妖精のスープと名付けようかしら」


「ごちそうさま、美味しかったよ」


 シリウスは礼をいってカップを返し、レッドベアの遺体の前に立った。


 見たかったのは左肩に施された刺青いれずみだ。


「袖を破り取って刺青いれずみを露出させている。誰かに見せたかったのか?」


――ブォッフォ!!


 カスタルマンがスープを喉に引っ掛けた。

 シリウスには酷な話だから、しないでおこうかと思っていた話だ。


 カスタルマンが恐る恐るシリウスのほうを見てみると、シリウスはレッドベアの盾をじっくり見ているところだった。

 騎士団に居たのなら誰でも気付く、雑な仕事で消し損ねた、騎士盾の文様にも当然気付いた。


 顎を上げたシリウスはカスタルマンと目が合った。

 シリウスはちょんちょんと左肩に彫られた刺青いれずみを指さして問うた。


「もしかして知り合いだったの?」


「いんや、顔見知り程度だよ」


「このひと強くなかった?」


「すっげえ強かったよ、正直あのままやってたら……まあ、認めたくはないが、たぶん負けてただろうな」


「レベルだけならバーランダーと同格なんだよこいつ。強くないわけがないじゃん。でもなんかデニスさん、こいつとサシでやるのに拘ってた気がしたんだよね、だってデニスさんらしくないじゃん。パーティーリーダーは常にパーティー全体の安全を考えるべきなのに、全員で囲んで戦うではなく、ダービーさんとヒルデガルドを守れと言われた。なんかおかしくね?」


「……そうだな、私にはそいつが、……グリューデン・カルタスが許せなかったんだ」


「オレだってこの刺青いれずみを見たら、きっと許せなかったと思うよ……」


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