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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第一章 ~ 探索者という生き方 ~
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[16歳] エルネッタ暴れる

 ディムの準備の良さは神がかっていて、エルネッタの手を取ってそっと立たせると、玄関ドアのところまでエスコートして玄関に隠しておいた踵の高くない、藍色のワンピースに合う女性用の小洒落た靴を履かせてあげた。


「靴のサイズまで知ってるんだな……」

「お褒めに与かり光栄ですよお嬢さん」


「ぷ……ぷははは、なんだよそれ」

「あれー? 失敗したかなあ、笑わせようなんて思ってないんだけど」

「そんなの絶対笑うだろ! だれがお嬢さんだ」


 狭い玄関でそんな些細なことを言って笑い合う二人、エルネッタはいつの間にか身長を追い抜かれていることに気が付いた。


 エルネッタは毎日ディムを見ているようで、本当は少しも見てなかったのだ。

 ディムはずっと13歳の、河原で拾った時のまんまで、まだ無邪気さの残る子どもだと思っていた。


 いや、無意識のうちに自分を抑制して、成長し、いい男になりつつあるディムを見ようとしていなかったのかもしれない。16歳の若い男として見れなかった、それだけの話だ。



----


 マキシ丈ワンピースの自由にならない歩幅を思い出して辟易しながらも、静々(しずしず)と歩いて通りに出たエルネッタだが、さすがに貴族の娘だったこともあるので、ドレスの着こなし方は心得ている。こんな平民の女性が着るような服でもだ。


「エルネッタさんどこ行きたいですか? レストラン予約しとけばよかったなあ……」

「ギルド酒場以外ならどこへでも」


「んじゃあえーっと、レストランで葡萄酒ぶどうしゅでも揺らしながら、美味しいものをたべよう」

 エルネッタは『なんだかデートみたいじゃないかっ』と思って恐る恐る、ちょっと男を意識してしまったディムを一歩引いた位置から眺めてみた。


「おい……同じほうの手と足が出てるぞ。なあ、無理しなくていいと思うが」

「ああーっ、もうバレた。ほんと緊張しちゃってさ、歩き方を忘れたみたいなんだ……」

「ふははははは、ちょっと安心したよ。やっぱりお前はディムだな」


 ディムはエルネッタと二人、このまま濡れる夜の街にしっぽりと消えようと……、素知らぬ顔をしてギルドの前を通り過ぎようとしたとき、事もあろうにあのアルスちょうど出てきたのが見えた……。


「おおーっ、ディム発見! わははは、隠れんぼ勝負をしようじゃないか。あれっ? おま、奇麗なお姉さんを連れてるじゃないの、これはこれは美しいご婦人。ご機嫌麗きげんうるわしゅう。俺はここのギルドで傭兵などやってますアルス・ヘンドリクスと言います。このディムの兄貴分みたいな関係でして、なにか悩み事、相談事があればこのアルスに相談していただければいつでも駆けつけます。……ところでお前んトコの小汚い女狐はどこいった? まあいいや、あんなんほっとこうや。ってかお前もな、まだ若いから生まれた時の性別が女だったらなんでもいいと思ってるかもしれんが、あれは名前だけが女で他ぜんぶ男だからな。逃げ出したいならいつでも相談に乗ってやるからいつでも言ってこい。かくまってやるからよ」


「こ……この……」

「あーあー、わかった! ありがとうアルさん。ぼくらちょっと用があってさ……」

 咬みつこうとする大型犬のリードを力いっぱい引くように、エルネッタの手を引くディムだったが、そう簡単にはいかなかった。


「だれが小汚い女狐だって? 殺す、絶対殺す、いま殺す!!」


「ダメだってば、アルさんレベル33だし、マジ殴りしたら本気で死んじゃうから……」

「ええっ? いまエルネッタの声が聞こえたぞ? どこだ? どこに隠れてるんだ? もしかして隠れんぼはもう始まってんのか?」


 アルさんに引っかかってギルドの前で時間取られてたら、カエサルさんも出てきて、なにやら上機嫌な顔つきでこっちにきた。


「おおおっ、出てきたかディムくん。捜索者サーチャー昇格おめでとう。実はウェイトレスの可愛いコちゃんから、ディムくんからは絶対に逃げ隠れ出来ないって言われたんで、その実力をだな!……おおおっ、美しいお方ではないか、なんとディムくんさすがだな、もうこんな奇麗どころを探し出したと見える。ぐふふふふ、いつもあんなにガサツなゴリラ女の相手ばかりさせられてるんだもんな、本当にキツかろう……」



―― ブチッ! ブチブチッ!



「カエサルさんはアビリティが狩猟だから一般人レベルなんだからね、殴ったらダメだからね……」


「あーもうダメだ、こいつらマジで殺さないと気が済まないわ。素手で首をもいで力いっぱい森に投げるからさ、ディムが探せるかどうか賭けよう」


「犬に取ってこいさせるような気軽さで首をもがないで!」


 エルネッタさんの肩と首のあたりから紫色の禍々しいオーラが立ち昇った……ように見えると両手でむんずと二人の首を掴んで持ち上げた……。


「まさかのダブルネックハンギングツリー!! ちょ、首絞めるのもダメだから! 握力ゆるめて。首の骨がミシミシいってるよ!」


 まるっきり感情のこもっていない冷徹な殺人ロボのような表情のエルネッタさんが万力のようにギリギリと締め上げる握力から二人を引き剥がすことが出来ず、慌ててギルド酒場に飛び込み、そして腕っぷしの強い男どもに手伝ってもらって泡を吹き始めた二人の首から手指を一本一本、丁寧に外して、ようやく二人を救出することに成功した。


「もう! せっかく雰囲気のいいレストランに行こうと思ってたのに、エルネッタさんの短気のせいで結局ギルド酒場になってしまったじゃないか」


「アルスが悪い。殺せなかったことが悔やまれるわ……」


「わははは、もう二人も助け出したのか、こりゃ凄い、予想以上だ。こいつは店のおごりだ、のんでくれ」


「ありがとうマスター。でも救う価値ありませんでしたけどね! エルネッタさんが殺人罪でお尋ね者とかイヤだから助けたまでですよ」


「あら優しい子。わたしが救われちゃったのね……」


 いつもはガラの悪いオッサンばかりのギルド酒場にこんな奇麗な紅一点が座ってるというのに、みんな対角線上の、いちばん遠い席に移動してしまった。


 酒が進んで酔いが回ると、美女に擬態したエルネッタさんに声かけないとも限らないとかで、意識のはっきりしてるうちにできるだけ遠い席にいるのだという。



 それからというもの、依頼から帰ってきてギルド酒場に入ってくる客のほとんどがエルネッタさんに絡もうとしたところであっちの離れた方からコップが飛んできたリ、海老の尻尾が飛んできたリ、果ては投げ縄がスポッとはまって攫われるように引きずられていく人までいた。


 いつもはジョッキになみなみとがれたビア-だけど、今夜はルージュの葡萄酒をグラスに揺らしながら甘い酒を楽しんでいる。

 恐れおののく男たちとは裏腹に、エルネッタさんはどうやらこういうノリも嫌いじゃないらしい。



「バカどものせいで遅くなったけどディム、ランカー昇格おめでとう。捜索者サーチャーってことはわたしが依頼に失敗して遭難したらディムが探しに来るって事なんだな……」


「そうだよ。だから遭難しないでね。ぼくは部屋でゴロゴロしてるのが好きなんだ。ぼくとしてはエルネッタさんに盾もって欲しいんだけどね」


「そうだな……わたしはディムに心配なんてさせたくないし、わたしのミスでディムを危険に晒すだなんてイヤだからな。……あーあ、盾はもう捨てたんだけどな。ディムがそう言うならもう一度拾い上げてみるか」


「うん。エルネッタさんならきっとそう言ってくれると思ってた」


 そしてエルネッタさんの肝機能の弱さを考えると、そろそろ酒が回ってきて、絡み酒が始まる頃だ。


「おいお前ら、うちのディムが昇格したってのに隅っこで何してやがんだコラ。こっちにきて、一緒に祝えや!」


「誰のせいだ! まずその擬態をやめろ! 騙されて死人が出るわっ!」

「そうだそうだ! 正々堂々と勝負しろ卑怯者!」


 なんて騒ぎになってしまったけれど、普段いつも男装しか見たことのないエルネッタさんの女性らしいで立ちは男たちには大好評だったらしく、文句を言ってる割には誰も帰らず、チャル姉の話によると、この夜、ギルド酒場は通常の2倍売り上げたというのだからこれはもうエルネッタさんの効果だ。


 おかまバーのような雰囲気だったのだろうけれど。

 しばらくはエルネッタ女装伝説として語り草となった。


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