【15歳】指名依頼(33)デッド・エンド!
二人を守ってくれと言われて、ゆっくり立ち上がろうとするシリウスの背後から、光を纏った妖精が舞うように飛び出した。
『このひとたちは仲間ですか?』
「そうだよ、んで、あっちが敵」
普通に何の変哲もない会話だ。しかし相手が妖精族となれば少し意味合いが違ってくる。
スクルドはいまここにいるヒトたちの中で、シリウスの味方は誰なのか? を聞いた。カスタルマンとの会話でだいたい状況はつかめているだろう。これは再確認だし、もちろんスクルド自らがシリウスの味方についたことを敵に知らしめる狙いもある。
スクルドはここに来てからというもの、目隠しをされていて実際に誰が自分を商品にして売ろうとしたのかまでは分からない。ただ、自分を売ろうとした者の醸し出す空気の匂いを忘れてやることなんてできない。たった今、盾を構えてありとあらゆる攻撃から身を守っている男こそ、スクルドを商品として売り飛ばそうとした張本人だ。
そしてあたりを見渡してみると盗賊たちの大半はすでに倒されていて、この男も追い詰められている。
スクルドはこの盗賊頭レッドベアとシリウスの戦闘力を値踏みしてみたところ、もう逃がすことはないと確信、美しいびろうどのように透き通った翅を休めるため、シリウスの肩にとまった。
「シリウスおま! ちょっと、妖精さんを出して逃げられないのかよ!」
「逃げないって約束した。大丈夫だよ」
『助けに来ていただき、感謝しています』
この声はこの場にいる全員に向けて発せられた思念通話だ。
「「「 おおおおおおおっ! 頭に直接響いた! 」」」
盗賊団のラスボス、盾とハンマーを構えるレッドベアを前にして、短剣も抜かず関節を回して温める準備運動をしていたシリウスの背後、何者かが動いた。
さっきまでそこにあったのは、大皿に盛りつけられた水牛の肉だったのに、いつの間にかパトリシアに姿が変わる。これはシリウスの『視覚誤認』スキルとは違った方法で自らの姿を見えなくさせる『擬態』スキルだ。これは本来、森の中に仕掛けた罠など、静物を見えなくするためのスキルだから、自分自身を見えなくするのにはイマイチ使い勝手が良くない。
スキルレベルの高い気配察知をもつシリウスは当然気付いていたが、他の仲間たちはようやくその目に見ることができる。
今回パトリシアは、テーブルにちょこんと座った行儀の悪い恰好で姿を現した。そしてぴょんとテーブルから飛び降りて、少し怒った顔をみせ、シリウスの耳を指でつまみ、すこし力を入れて引っ張った。
「痛いよパトリシア」
すぐさまパトリシアの手指に霜が降り、瞬間的に氷結してゆくのが見える。
反射的にシリウスの耳から手が離れた。
――痛っ……。
痛みを伴う氷結の魔法?
「シリウス、私言いましたよね?」
シリウスはスクルドの表情が少し不機嫌になったのを察した。
「スクルド、この人も味方だからね、ケンカしたらいやだよ」
肩に妖精をとめておいて、シリウスは落ち着き払ったっま『ケンカしたらいやだよ』なんてことを言う。
パトリシアは「はあ――――っ」と大きく、とても深いため息をついた。
だけど、さっき指に走った痛みは、おそらく氷結の魔法だし、パトリシアの目にはこの妖精が自分よりもシリウスを守るために魔法を使っていることが分かった。
あんなにくれぐれも、口酸っぱく"妖精を出しちゃダメ"と言ったのにこの体たらくである。
シリウスはチラッと横目でレッドベアを見て、この程度なら大丈夫だと思ったのか、肩に乗ったスクルドを誇らしげに見せびらかし「そっちはどうだったん?」と、パトリシアの戦利品を問うた。パトリシアの担当は妖精の買い手の情報だった。
パトリシアも一瞬横目でチラッとレッドベアを見ておいて、「一般人っぽい人が2人いたので捕まえてます。麻痺してて尋問できなかったので分からないけど、十中八九買い手ですよ……」
などと言いながらも、パトリシアはシリウスの肩に座っている小さな妖精の顔をじーっと見つめているところだ。
いまカスタルマンたちはレッドベアと対峙していて、命のやり取りを続けている最中だというのに、このマイペースっぷりである。
「私はパトリシア。あなたのお名前は?」
『スクルド』
「スクルドね、ありがとう。あなたは自分ではなく、シリウスを守っているのね?」
スクルドは返事をせず、無言のまま、その小さな胸を張ってみせた。その時パトリシアは妖精のドヤ顔というのを初めて見た。しかし大声を出して喜んだのは、シリウスに守ってもらえと言われてレッドベアから少し距離を取ったダービーだった。
ダービーもレッドベアを注意深く観察して、まるでもう戦闘が終わったかのように振る舞う。
「ワーオ! 妖精さんを見たのは二度目だ。もしかしてシリウスは妖精さんもいけるクチなのか? ほんと笑っちまうよな、守ってるってどういう事なんだ?」
「なんだかとっても見えづらいけど、シリウスに反撃魔法がかけられてるんですよ。たぶん、攻撃したのと同じぐらいの力で反撃するタイプだと思う」
スクルドはパトリシア洞察力に感心したように何度も頷いてみせた。
2年前パトリシアは、ルーメン教会聖域の森が醸し出す違和感で魔鏡を見つけたが、魔鏡が出すマナの波動を実際に目で見て、見つけ出したのはシリウスだった。それも昼間に。
それからというもの、パトリシアは暇を見つけてはルーメン教会に通い詰め、アンドロメダに協力を願い、魔法を使っている者を肉眼で見分けるための訓練をしていたというわけだ。もちろん戦闘訓練も何度かしたが、パトリシアが持っていた『レンジャー』スキルはサバイバルスキルであって戦闘スキルではない。
パトリシアはアンドロメダの助言により、サバイバルに特化するか、探索者として観測を究めるかの選択を迫られ、パトリシアは後者を選んだ。
その訓練結果が、魔法をかけられたものがうっすら見えるという目だ。
これは技術でもスキルでもなく、パトリシアの目と感覚が研ぎ澄まされることで、ようやく見えるようになった。視力が良くなった程度のことだが、一瞬気付くのが遅れると大変な結果を招くゲリラ戦では、たったこれだけの差が大きく大きくなる。
『あなたもヒトではありませんね? これはアイススパイクの魔法です。攻撃を受けたとき、受けた分の攻撃力で反撃します。簡単なプログラムの自動反撃魔法ですけど、見破られたのは初めてです』
とはいえパトリシアのほうも森の中じゃなければ見破れた自信はない。人の使う魔法なら街中でも見えるが、魔法生物である妖精族がわざわざ見えづらいようカモフラージュした魔法をそう簡単に見破れるものじゃあない。
「すごい! でもダメージを受けないようにはできないのかな?」
『ギリギリで躱すか防御すればダメージ受けずに反撃だけ行われます。もしダメージを受けてもその分はわたしが回復させますから実質ゼロにします』
「回復魔法もあるの? この子もしかしてヴェルザンディと同じぐらいすごいかも!」
『ヴェルザンディを知っているの?』
「うん! 一回だけしか会ったことないけど、凄かったんだよ? 悪夢にうなされるぐらい……」
『暴れたんですね……すみません姉が粗相を……』
「ちょっと話の腰折ってスマン、あのなあ! パーティーリーダーとして提案するのだが、雑談より先にこっちの戦闘終わらせないかね?」
「いやそれがもう戦闘は終わってる気がするのだが? でもまあ私もその意見に賛成だ。さっきのはちょっとキツかったからさ、喉乾いてしまって、何か飲みたい」
「というわけでレッドベア、残念だがこの二人が合流するまでに私たちを倒せなかったお前の負けだ、おとなしくお縄につけ。いまなら騎士団に突き出すだけで許してやる」
実はパトリシアが姿を現す前から『擬態』スキルを巧みに使って、戦闘中のカスタルマンにも、レッドベア本人にも気付かれないよう、すでにパトリシアの糸が何十本もかけられていて、おそらくはもうレッドベアは一歩も動けない。
「実はもう終わってるんだけど?」
何も気付いてないのは、カスタルマンとヒルデガルドと、あとレッドベアだけだ。
しかしいまチラッとヒルデガルドのほうに盾を向けたレッドベア、ちらっと肩の刺青がシリウスの目に入った。
「ちょっと待ってストップ。デニスさん、こいつ本当にレッドベアなの? 間違いないのか?」
あれは王立騎士団北方面隊のマークだった。
「本人に聞いてみろ」
シリウスは粗末な木組みの椅子から立ち上がると、有利と不利が完全に入れ替わってしまったグリューデン・カルタスのほうに向かってゆっくりと歩いて近付く。
大きな体を小さく丸めて盾に身を隠そうとするレッドベアに、シリウスは問うた。
「あんた本当にレッドベアで間違いないのか?」
レッドベアは盾から頭半分顔を出して答えた。
「先にお前が名乗れ」
「シリウス・ミルザム・ソレイユだ。お前も……」
レッドベアは現在の不利を逆転する手立てとして、手っ取り早く、かつ最も思慮に欠けた悪手を思いつき、それを実行に移した。シリウスを人質にとろうとしたのだ。
騎士団の砦に潜らせていたスパイから受け取った情報には、以下のことが書かれてあった。
・冒険者パーティーが捕らえた妖精族の奪還をするのにそっちへ向かった。
・人数は四人、騎士1、弓使い1、薬草士1、探索者1。
・探索者は駆け出しのメダルなしだが、直系ソレイユ家の御曹子。
・薬草士はパラシアスキノコの麻痺毒を風に流す戦法を得意としている。
・パーティーリーダーの騎士と弓使いはプラチナメダル冒険者。
この情報を見ると誰もが『間抜けなソレイユ家のボンボンが、盗賊団の拠点解放という名声が欲しくて、カネを積み、プラチナメダルを雇ってノコノコやってきた』と思うだろう。実際、レッドベアもそう考えた。
そしていま、名を名乗れと言われて、バカ正直にソレイユ家を名乗るボンボンがいる。
レッドベアにしてみればカネの匂いしかしない。
危機感も警戒感もなく、自分の間合いに入ってきたのだ。とりあえず一発殴っておいて、首根っこ引っ捕まえてヘッドロックで締め上げてやればすぐ泣きが入るだろうと。そんな浅はかな考えだった。
自分が愚かであれば愚かであるほど、その愚かさには気付かないものだ。その証拠に、シリウスを人質にとるという浅はかな考えをすぐさま実行に移した。ソレイユ家のボンボンが目の前にいるのだ、不利になろうかという戦闘の流れで掴み取れば勝利する可能性がグンと上がる金星だ、掴まない手はない。
とはいえ相手は『脅しや恫喝に屈服しない』ことを是とするソレイユ家直系の男子だ。
もし仮に人質にとるのに成功したとしても身代金なんて絶対に取れるわけがなく、翌朝には勇者ヒカリ・カスガが鬼の形相で拠点を制圧するだろう、なんてことまで思慮が回るはずもなく。
まさかこれほどまでに広範囲かつ強力な麻痺毒だとは思いもしなかった。レッドベアの考えでは、森に潜ませた42人の待ち伏せ部隊が皆殺しにして終わる簡単な話だと思っていた。だがしかし現に拠点は襲撃され、手下の者たちは全滅してしまった。さらに2億8000万ゼノで売るはずだった妖精は麻痺毒の対処が遅れたせいで奪われた。それがならばソレイユ家のボンボンが稼ぎ出してくれる身代金で我慢してやろう、そう考えた矢先だった。
レッドベアは気が遠くなってゆくのを感じていた。立ち眩みに近い感覚だ。
視界の下部分が暗くブラックアウトしてゆく。




