【15歳】指名依頼(32)レベル差
キツい戦いだ。42人の敵に囲まれないよう誘導する前哨戦からかぞえて、ダービーはギンガたちと共に獣人たちに支配されたランド領に潜入したときのことを思い出している。あの時も相当きつかったが、今回の依頼も同じぐらいにキツい。
いま倒した丸盾の男、レベルはいったいどれぐらいなのだろうか? ただ腹を蹴られただけのヒルデガルドが、なかなか起き上がることができずにいる。そんなひどいダメージを負いながら、よくダービーに矢をトスできたものだ。
地面にへばりついた頬を力づくで引きはがし、起き上がろうとするヒルデガルド。焦点の合わない視界にぼやっと盾を構える大男を見た。
レッドベアだ。
こんなとこで寝ていられるわけがない、いまこのチャンスを逃せば、レッドベアを倒すことなんて一生できないかもしれない。
ヒルデガルドは、自らのダメージを考慮せず、弓を杖にして覚束ない足で立ち上がった。
「強い子だ」
ダービーはヒルデガルドに負けじと膝に力を込め、ヨロヨロとゆっくり立ち上がった。
はあはあと肩で大きく息をしていたのが、いつの間にか溜息にかわったのがひとつかふたつ。
ダービーはもう一度気を取り直し、両手のひらでバシッと頬を叩き、気合を入れてみせた。
、ふらつきながらも斬り飛ばされた矢筒のほうに一歩だけでも移動しようものなら、レッドベアがそうはさせじと流動的に動く。レッドベアの目にもダービーの殺陣は脅威に映ったのだろう。
レッドベアの動きに対し、カスタルマンは盾を構えて剣を突き刺す構えでレッドベアの行く手に立ちふさがった。お互いに相手の動きを牽制する各々の思惑が交錯した。
カスタルマンがダービーの矢筒を拾ったら有利、レッドベアがそれを阻止したら現状維持だ。
こんどはダービーの矢筒を争奪するため、お互い同時に一歩踏み込んだ。
不意だったがお互い同時に間合いに踏み込んだ。
盾と盾を擦れ合わせ、押し合う両名、ことレッドベアは体格の有利を駆使すれば、本来の力押しでカスタルマンに劣るものではないが、さっき膝を傷つけられたせいでほぼ互角となっていた。
力押しで互角、なら残り2人が弓で狙うカスタルマンたち冒険者パーティーが有利。
ヒルデガルドは弓を引いたまま競り合うカスタルマンと盾の隙間、レッドベアを直撃できないかと狙いを定めつつも、隙あらば矢をダービーにトスできればと狙いを分散させている。
ダービーも同じく、あわよくばカスタルマンの足元に飛び込んで矢筒を拾えればよし、それが無理ならばヒルデガルドから矢をトスしてもらえばいいので、こちらもレッドベアの動き待ちだ。
カスタルマンはレッドベアを1歩でいいから下がらせたかった。
現在、盾同士ゴリゴリ擦り合わせる押し合いの状況にある。膠着状態を解く決め手は、足だ。
カスタルマンは押しの一手から身体を低く下げ、懐からレッドベアの盾を持ち上げる形で崩すと、傷つけたばかりの膝を鉄製のグリーヴでキックを試みた。これが案外効く。
レッドベアはカスタルマンの前蹴りを、傷ついた膝でなすすべなく受け止めた。
そう、腰を低く落とし、避けることができないと思った膝で、がっちり受け止めたのだ。
大きな誤算だった。カスタルマンが思っていたよりも、レベルの差が大きかった。
レッドベアの反撃!
まるで壁にぶち当たったかのような衝撃があった。
カスタルマンは、自らが装備する盾より数倍重いであろう大きな盾を持つレッドベアのシールドバッシュをまともに防御してしまい、体勢を崩された。
シールドバッシュは相手の姿勢を崩し、あわよくば吹き飛ばす技だ。ただ力任せに盾で殴っているわけじゃない。低い位置から腰を入れて盾で相手を叩くように見えるが、その実これは体当たりと言って過言ではないほど体重の乗った『崩し技』だ。カスタルマンも小さなほうではないが、レッドベアはカスタルマンよりも、ゆうに二回りは大きく、体重に至ってはおそらく倍はあろうかという耐格差がある。
レッドベアの狙いはダービーに矢筒を拾わせないことだ。弓使い二人に合流されるのも好ましくない。
仲間を倒され、一人になったレッドベアはひとまず矢を奪い、冒険者パーティーの経戦能力を低下させる狙いだった。
しかし立ち上がって敵を見据えたヒルデガルドは、カスタルマンの窮地に渾身の力を込めて矢を放った。
夢にまで見たレッドベアとの対峙だった。生まれてきて良かっただなんて思ったことがない、過酷な運命と決別するという決意の込められた矢が、レッドベアの盾に当たって、『カキィィーーン』と鳴り響く。
ヒルデガルドは、自分を縛り付ける様々なしがらみから、いま解放されたように心が軽くなったのを感じた。
レッドベアは盾で防御せざるを得なくなり、一瞬のスキができたことで態勢を立て直したカスタルマンは、ダービーの矢筒を踵で蹴ることにより確保することに成功し、いま矢筒はダービーの手に戻った。
じりじり下がるレッドベアだが、3人が離れて囲むように位置取りすると、一人ずつ確実に殺される。
だからこそ、二人はカスタルマンの傍を離れられない。
「カスタルマン、ダメージは?」
「痛い。マジで痛い……あいつあんなハンマーで殴りかかってくるんだぜ? しかもレベル55もあるんだ、強いだろうとは思ってたが、ガチで強ええ」
「レベル55? 誰に聞いたんだ?」
「ディムだ。6年前、ケスタール砦でこいつを鑑定してレベル55だった。今はもっとレベルあがってんだろ?」
「うまい手はあるか?」
「さっき膝を切ってやったが、もうそんなヘマしてくれねえだろうな。そっち、うまくしのいだようだな、頼りない盾で申し訳ないと思ってるよ。二人を守りながらだともうオフェンスのことを考える余裕がない。守りに徹するよ」
「レベル55か……そいつあ強敵だ。コンビネーションを考えよう」
「違うよ、そいついま58」
会話に割り込んできたのは、カスタルマンたちに勇気を与える声だった。
声のしたほうを見ると、いつ戻ったのか、木組みの椅子に腰かけ、さっきまで盗賊たちが食事していたであろうテーブルで、けだるそうに頬杖をついてるシリウスの姿があった。
カスタルマンたちレッドベア担当は心のどこかで『シリウスが妖精を保護して戻ってくるまで持ちこたえたら勝ちだ』と考えていたせいか、ダービーももうホッとして脱力してしる様子、レッドベアには悪いが、この戦闘、カスタルマンたち冒険者パーティーの勝ちだ。
戦況がどう転んでも、レッドベアに勝ち目があるようには思えない。
「シリウス!! おまえもっと早くこれたんじゃね? パーティーリーダーとしてお願いする、後ろの二人を守ってくれ、こいつはキツイ……」
「了解。でもオレ守るのに向いてないよ?」




