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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
【第二部】シリウス(15歳)サンドラ編
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【15歳】指名依頼(29)レッドベアの正体

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 シリウスがスクルドを保護し二人で泥棒を楽しんでいるとき、カスタルマンたちはようやく拠点内に侵入しようとしていた。


 カスタルマンの盾を踏み台に防護壁を飛び越えたダービーが中から門を叩くと、ノックの音が聞こえて、カギを開けたような金属音は聞こえなかったがかんぬきを動かすゴトゴトという音がシンとした森に響いた。シリウスは『聴覚』スキルを使って、騒がしく雑談しているようだと言った。しかしカスタルマンたちが南門と思しき両開きの扉の前に来ても、中の様子はしんと静まり返っていて、時折聞こえる虫の声しか聞こえない。


 ギイっと音がして門扉が開く。中から顔を出したのはダービーだ。


「大丈夫だ、だが念のため警戒は怠るなよ」


「大丈夫なのかよ、マジかあ……」


 最小限ひらいた門扉を避けるようにくぐりぬけて拠点内に侵入したカスタルマンは、麻痺によって身動きの取れなくなった盗賊たちが転がっているのを確認した。門の番をしていた4人だ。


「あまり気分のいいもんじゃないが……」


 カスタルマンは「すまんね」とひとこと謝ってから倒れている盗賊の首に剣を突き立てた。こいつらは有力な盗賊団の構成員だし、国軍と戦って退けたような奴らだ、捕えて衛兵に突き出したら公開処刑が待っている。しかし麻痺で身動きの取れない者のトドメだけ刺すのは気が引けるようで、ダービーも「なんか卑怯なことをしている気がするよ」などと言いながら、申し訳なさそうに短剣で喉を突いた。


「私は卑怯だなんて思いませんから」


 ヒルデガルドは決意を言葉にして、短剣を抜いたが、ダービーはそれを止め、シースに納めるよう言った。


「42人で包囲してたった5人を殺そうとするような奴らだ、私も卑怯だなんて思わないが……、これは後味が悪くて、汚い仕事だ。夜眠れなくなるからな。こういうことは大人に任せておけ」


「そうだぞ。敵が生きてるか死んでるか分からないようなときは、それが死体でもこうやって突き刺すんだが、お姉ちゃんは『気配察知』あるから敵の生死が分かるんだろ? 楽でいいよなあ」


「さっきシリウスに言われたろ?『気配消し』スキルもちだったらそれが油断になる」


「うへえ、そうだった」


 盾を構えて、隅っこの壁沿いを移動しつつ、広場に出ると一気に視界が広がった。


 麻痺毒にかかりピクリとも動けない盗賊たちがそこかしこに倒れている。

 昨夜の騎士団の事故でもそうだったが、麻痺とはこれほどまでに恐ろしい。パトリシアがその気になりさえすれば、騎士団の砦ひとつまるごと一夜にして壊滅させることだってできる。その効果はいま、カスタルマンの目の前で、如実に表れている。


 戦闘して倒し、結果相手を死なせてしまうのと、あらかじめ敵陣を麻痺毒で汚染しておき、敵の実動きを封じた上で止めだけ刺して回るのとでは、心の持ちようがずいぶんと違う。やはりいくら盗賊とはいえ身動きのできない状況に追い込んで止めだけ刺すのは、あまり気持ちのいいものではない。


 しかしそれが卑怯かと問われると、カスタルマンは卑怯ではないと答えるだろう。

 素手に対して剣を持つことの卑怯、軽装に対してプレートメイルを装備することの卑怯。近接攻撃しか持たぬ者に対し、遠隔攻撃で戦う卑怯、弱き市民に対し、国家権力を振りかざす卑怯、身体の小さな者に対し、身体の大きなものが戦う卑怯、1人に対し、複数人で囲む卑怯。


 競技や武道大会でもなければ、命のやり取りをするのに卑怯、卑劣など存在しない。

 麻痺して動けない相手に、剣で丁寧に止めを刺してゆく簡単な作業も卑怯ではない。


 カスタルマンとダービーは手分けして、ひとりひとり止めを刺す作業に追われる。

 気配察知を担当し、生き残る者がいないようチェックする役目をいただいたヒルデガルドも直視できず、さすがに目をそらしてしまう殺戮が静かに、粛々と執り行われている。


 レッドベアの拠点は丸太を地面に突き刺す形で建てられた塀の中にあり、カスタルマンたちが入ってきた門から入ると、射手の総攻撃を受ける構造になってはいたが、たった4人しかいない冒険者パーティーを迎え撃つのに43人も出した用心深さが見られない。森を知り尽くし、地の利をもって戦える精鋭たちが43人もいて、たかがパーティー単位の冒険者などに敗れるとは思っていなかったことは明らかだ。


 広場中央、焚火というより組み木がされたキャンプファイアーのような篝火に、不必要なほど激しく炎が燃え盛っている。それも薪がまだ新しい、火に投入されてからまだ時間がたってない。


 カスタルマンが立ち止まり、無言で二人の行く手を遮った。


「どうした? カスタルマン」


「警戒スキルに反応はないか? イヤな予感がする」


 カスタルマンは倒れた盗賊たちに次々と止めを刺しながらも、警戒を促した。

 ダービーも気が付いた。


 野外に持ち出された移動用のテーブルに乗せられた一番豪華な食事は普通なら5人前ぐらいあるのではないかと思われる、巨大な肉の塊だ。それがレアの焼き加減でテーブルの皿の上に乗っていて、まだ熱々のまま強烈に食欲をそそる香りを放っている。


 食べかけのまま、また、酒の注がれたジョッキも飲みさしのまま、テーブルの上に置かれていて、その辺に転がっている盗賊どもは食事の最中、食い物を握ったまま、または頬張ったまま倒れていたが、テーブルの周辺には誰一人倒れていなかった。


 食事の途中、席を立ったまま、まだ戻ってきていないかのように。


 どうやらテーブルに並べられた料理と、倒れている人数が違う。

 ざっと見たところ3人だ。


 カスタルマンが3人足りないというところまで分かったところで、無粋にもダービーが急を知らせた。


「カスタルマン! 左から何か遠隔攻撃!」


「よっしゃこいやあ!」



―― ドッゴアアァァァ!!


 何か巨大なものが飛んできたのが見えた。

 反射的に素早く盾で防御し、低く身を沈めたカスタルマンの目に映ったものは、矢でも石でもなく……、いったい何が飛んできたのか脳で理解することができたのは、防御した盾ごと後方に吹き飛ばされた後だった。


 カスタルマンは重いプレートメイルを装備しているせいで、すぐには立ち上がることができずにいる。


 軽装のダービーとヒルデガルドは初撃を素早く横っ飛びで緊急回避したが、騎士はプレートメイルと盾を装備し、防御力に特化しているため、素早い攻撃を避けるということができない。いざというときには、鎧と盾のトータル防御力に頼ることになり、防御力を超えた分の余剰ダメージは、もれなく自身で受け取ることになる。


 今回は踏ん張りが効かず、吹っ飛ばされたことでダメージをいなし、軽減できたが、それもそうしようとしてやったわけじゃあない。単純に騎士ひとり容易に吹っ飛ばす質量をぶつけられ、それを馬鹿正直に受け止めようとして吹っ飛ばされただけだ。


 いったい何が起こったのか?、どれだけのダメージを受けたのか、カスタルマンは受けたダメージを確認しながら、いま何に襲われたのか? 後ろを振り返って見渡すと、そこに丸太が転がっていた。どうやら丸太を投げられたようだ。


 プレートメイルを着込んでいるとはいえ、吹き飛ばされ地面に打ち付けられると、そのダメージは深刻となる。カスタルマンはヘルメット越しではあったが、頭を強打していて、朦朧もうろうとなる中、抜いた剣を杖にしてヨロヨロと立ち上がった。


 左の暗闇、筋肉を伸ばし、首をコキコキ鳴らしながら大男が近付いてくるのが見える。まるでクマのような大男だ。この男がレッドベアに違いないだろうが、カスタルマンには3人に見える。別に分身の術なんか使っているわけではない、単純にカスタルマンのダメージがまだ回復していないだけだ。


 手に何か大きな武器を持っている……。


 カスタルマンは徐々にハッキリしてくる脳みそをフル稼働し、最良の選択肢を探す。

 レッドベアと思しき男の背後、焚火の明るさでは薄暗すぎて顔までは見えないが、あと二人が続いて現れた。こっちもそうだ、手元から反射する光と、見覚えのあるシルエットで分かる、二人とも軽量の丸盾バックラーと片手剣を装備している。丸盾バックラーは攻撃を受け止めるのではなく、角度を付けて跳ね返し、敵の攻撃を受け流すといった使い方が主流の、軽装向きの盾だ。矢の攻撃を防御するのに向いていて、機動力を犠牲にしないことから国軍の軽装歩兵が好んで使うほか、長距離を移動する傭兵にも支持されている。


 つまり後ろの二人はダービーの遠隔攻撃を想定しているということだ。


 思索を巡らせながら、ふらつく足で一歩二歩と左回りに間合いを保ちつつ、さっきの丸太の一撃を紙一重で躱したダービーたちと合流し、前に立つと軽く膝と腕をストレッチでグルグル回して、準備運動でもする素振りを見せながら、ダメージの程度を確かめている。


 素早く後ろに回り込んだダービーが問う。

(カスタルマン、ダメージは?)


(頭を打って足元がふらつく程度だ、足は動く、腕も上がる。身体はなんともない)



 一番明るい焚火を背に位置取りを決めたカスタルマン。この位置は敵の姿がよく見え、よく動きが分かり、逆に相手からは逆光になってよく見えない配置だ。少なくとも混戦になる前の最初の一撃だけは有利に戦えるところに陣取った。


 レッドベアは騎士団に潜らせたスパイから冒険者パーティーが来ていることを知り、麻痺毒を風で流すという戦法まで報告を受けた盗賊頭レッドベアは、わざわざ解毒薬を作ることまではできなかったが、数人分だけなら解毒薬を持っていたおかげで、最高戦力の3人は麻痺の影響を最小限に食い止めたまま、招かれざる客、カスタルマンたち冒険者パーティーの訪れを待ち構えていた。


 だがしかし、中央に立つ大男、カスタルマンにはどうにも見覚えのある男だった。

 ちょっと信じられないという表情で、ひとまずヒルデガルドに確認をとってみた。


「お姉ちゃん、もしかしてあいつがレッドベア?」


「はい、そうです」


 カスタルマンはレッドベアにも見えるよう、はあーっと大きな溜息をついた。あからさまに、まるでレッドベアに見せるため、呆れ顔をしてみせた。


「お前が盗賊頭レッドベアかよ、クソが……」


 レッドベアのほうもカスタルマンの顔を見て目が据わった。


 明らかに知っている素振りで、己の左の袖を引きちぎり、これ見よがしに肩の刺青いれずみを見せつけると、右側にいた男が壁に掛けていた大型の騎士盾を抱えて、レッドベアに手渡した。


 翼の盾を模した刺青いれずみだ。その王立騎士団北方面隊の誉ある紋章を上から×印で消すようなことをしているくせに、たったいま受け取った騎士盾には、何か樹脂のようなもので消されてはいるが、知っている者にははっきりと見える、翼の刻印が施されている盾だった。


 『女神の両翼』これは王立騎士団北方面隊の小隊長以上の役職持ちが使うシンボリックシールド、樹脂のようなものを上から塗って消したつもりだろうが、そんな特徴的な文様、騎士団を知るものならば誰でも分かる程度の偽装だ。


 つまりレッドベアは元騎士団に所属していた団員で間違いないし、騎士団で同じ部隊に配属された仲間たちと一緒に彫った刺青いれずみをしていたが、それも×印で否定している。


 この男、会ってるも何も、6年前、カスタルマンたちが遭難した勇者パーティーを捜索に向かった先、途中の騎士砦でエルフのプリマヴェーラが侮辱されたことでトラブルとなり、カスタルマンは当時のパーティーメンバーだったディミトリ・ベッケンバウアー(ディム)を止めることができずケンカになった。


 ディムが丸腰だったにもかかわらず、チェーンメイルに騎士盾を構え、刃引きの剣を使ってマジ殺す気だったように見えたが、威勢がいいのはセリフと顔と、あと剣を振る風切り音だけで、ディムの徒手空拳に手も足も出せずあっさり負けた男だ、名前は何だったか……。


「たしか、カルタスといったか? グリューデン・カルタスだな。えーっと、どこで会ったっけ? 私の記憶が確かなら、騎士団を追われる寸前の訳あり騎士ばかり集められた最前線の砦だったか?」


「知っているのかカスタルマン」


 申し合わせたかのようにダービーが問うた。さっきの攻撃で受けたダメージを徐々に回復させるため、冷静に時間を稼いでいる。


「知ってるも何も、こいつ6年前にケスタール砦に居てさ、私たちが獣人支配地域に向かう途中でディムに突っかかって一発で負けたやつ。おまえ話聞きたがってたろ? 騎士団の砦でケンカ吹っ掛けて大恥かかせてやった話さ、サンドラ南のギルド酒場じゃあ結構な有名人で、人気者なんだぜ? ありゃあいい見せモンだったよ、私らはかぶりつきの一等席で観戦できた、幸せもんだ」


「そいつあイイ! だが6年前って言ったか?」


 ダービーも『6年前』という言葉に引っかかった。

 ダービーの口から『へえ……』と失笑が漏れる。


 カスタルマンはレッドベアを挑発してやるため笑い話のように語っちゃいるが、レッドベアが元王立騎士団員、グリューデン・カルタスだったなんて考えてもみなかった。何しろこいつ、6年前、確かに騎士団に居たはずなのだ。


 ちょっと考えれば分かる、計算が合わない。

 ヒルデガルドは今年15歳だと聞いた。エルフの妊娠期間は2年近いという、ならばレッドベアがエルフの村を襲撃し、女たちを奪ったのは17年と少し前のことだ。


 この男、騎士団に在籍していたとき、ここでエルフの村を襲撃し、略奪したという事だ。


 元騎士団所属の騎士崩れだとしても盗賊堕ちとは恥ずかしいことこの上ないのに、現役時代から日常的に盗賊行為を行っていたとは、恥ずかしいを通り越して呆れてしまう。


 だが今はそんなことを咎めている時間はない。レッドベアは現にカスタルマンたち冒険者パーティーの前に立っていて、これから戦闘が始まろうとしている。



グリューデン・カルタスは、

94話[19歳]勇敢なセイカの戦士(1)

95話[19歳]勇敢なセイカの戦士(2)に出ております。

興味のある方はどうぞ、ご一読くださいまし。


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