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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
【第二部】シリウス(15歳)サンドラ編
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【15歳】指名依頼(28)スクルド

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 一方こちら先行したシリウスとパトリシア、ひとまずレッドベアの拠点を取り巻く巨木の枝に立ち、気配でしか知ることができなかった敵の配置などを肉眼で確認するとともに、麻痺毒を風に流しての先制攻撃を仕掛ける。


 パトリシアは糸使いのスキルを得たことと、水魔法が使えるようになったことにより、風上の木の枝と枝を自らの糸で繋ぎ、その糸に麻痺毒をなじませることで、そよ風に乾燥すると麻痺の胞子を地上に満遍なく降らせるという方法を考えた。これなら小箱から胞子の粉を直接こぼすより、広範囲に隅から隅までくまなく汚染させることができる。


 初めてで分量が分からなかったせいか、失敗を恐れたパトリシアは、麻痺毒の分量を多めに見積もり、おかげで麻痺の効果は思ったよりも早く、強く作用し、盗賊たちは次々と、うずくまるように倒れていった。


 目が開いていれば周囲の異変は子供にだってわかる。当然おかしいと思う奴も出てくる。

 中央のテーブルに居た3人が何かを察したらしく、左奥の、小屋のように見える粗末な建物に入っていったのが見えた。


 樹上のかなり高いところから拠点を見下ろしていたシリウスは、


「あいつがレッドベアかな? レベル58もあるし、先に倒しておかなくていいかな?」


「カスタルマンさんはいくつだっけ?」


「さっきの戦闘でひとつあがって52になってたけど、6レベルの差はそう簡単に埋まらないと思うよ?」


「アビリティはやっぱり盗賊?」


「違う。あいつ騎士だった」


「はぐれ騎士でしたか…」


 パトリシアの脳裏にはエルネッタとダグラスの顔が浮かんでいた。

 騎士は剣技にも防御にも優れているので、敵に回すと手ごわい相手に違いない。しかもレベル58なんて、実戦を経験していない王立騎士団員では太刀打ちできないレベルだ。


「厄介だけど相手の手の内も知ってるでしょうから、そう簡単にやられることもないでしょ、カスタルマンさんは私たちに妖精族の保護と顧客の情報を任せると言ったわ。まずは信頼に応えるのが先。彼らの心配は、私たちの仕事を終えてからでもいいんじゃない?」


「まあ、ダービーさんがついてるから大丈夫か……」


「へえ、シリウスったらダービーの評価高いじゃないの? 抱いて欲しいって言ってたわよ?」


「いや、そっちはこれっぽっちも評価してないし!」


「ふうん、怪しい……。っと、とりあえずこれぐらいでいいわね、シリウスは気配を頼りに妖精を。くれぐれも気を付けること。たぶん何らかの耐魔法処理がされてるはずだから、そのまま連れてくることね。妖精が本気になると街ひとつぐらい簡単に滅ぶからね」


「マジかよ! そんな強いの? 妖精さんって……」


「私見たの! あんなの絶対に手に負えないからね、箱に入ってたら箱から出さないこと。檻に入ってたら絶対檻から出さないこと、くれぐれも注意して、分かった?」


「わかったよ」


「敵については、見るからに盗賊風の奴は先制して倒していいからね。ぱっと見、シリウスの判断で一般人のように見える人が居たら、生かしておいて。もしかすると取り引きに来たお客かもしれないから」


「うんわかった。でも室内はまだ麻痺毒が回ってないからみんな動けるよ? 注意してね」


「うん、実はここ、森の中なんだ。私は大丈夫……シリウスこそ気を付けてね」


「ありがと、でもね、いまは夜なんだ。オレのほうも大丈夫」


 言うとシリウスはパトリシアの目の前からフッと姿を消した。気配察知スキルでもうすぼんやりしているので、逆にシリウスを見失うことはない。パトリシアはひとつ、気配の感じ方で少し他と違う二人組に注目していた。なぜかは分からないが、気配の出どころに、なんだか蓋をしたような感じがする、気付かなければそれまでだが、気付いてしまえば違和感を払拭できない類の、微々たる違いなのだが……。


 パトリシアが向かったのは、シリウスが入っていった建物とは直角に立てられた別棟にあたる。近い場所からではなく、まずは自分の直感を信じて捜索を始めた。



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 シリウスは気配察知スキルを発動し、この建物の中に居る十数人の中にひとつ、強く黄金色に光る気配を求めて、堂々と入口ドアから入っていった。


 薄暗い部屋で、木の机にロウソクの炎、壁に掛けられたオイルランタン。薄暗いのだろうが、常時暗視スキルが発動するシリウスにとっては真昼間の野外と変わらないほどの明るさで、シリウスの顔を見て、やっと机の上で干し肉を刻んでいたナイフを手に取るという慌てふためきようを見せる二人の盗賊たち。


 シリウスは盗賊たちが声を出す前に二人の喉を狙ってミセリコルデを突き刺した。

 男たちはうめき声ひとつあげることもできず、床に崩れ落ちた。


 造作もなく奥の部屋に続く扉を開けると、1,2,3、合計6人の男たちが待機していたが、気配の数合わせをしたにすぎない。鑑定してみると職人系と狩人と、あとは盗賊だった。


「みんな盗賊?」


「誰だ!」


「んだこのガキ!」


 ここは盗賊団レッドベアの拠点だ。パトリシアの言う一般人を探す手伝いをしたかっただけなのだが、ぱっと見で一般人ならそいつを生かしておけばいいだけの話。それ以外は殲滅しておかないと、シリウスたち冒険者パーティーが依頼を終え、この地を去ったあと、盗賊たちはまた雑草のように根を張り始める。


 皆殺しにする必要なんてない、逃げるような奴は別に追う必要もないだろう。だがしかし、目の前にこうして短剣を抜いて構えているやつについては、同じく命を奪うにしても、麻痺して動けない者たちと比べて、ずいぶん罪悪感も感じなくて済む。


 壁に円弧を書くように血しぶきが舞い散ると、つぎ、また奥の部屋につながる扉を開けた。


 ここには人の気配はない。


 ただ、人間の発する気配とは明らかに違う、黄金色に光る違和感の塊があった。

 それは気配の発する部屋の奥の隅をにあった。

 金属でできたカゴに、なんだか封印の魔法がされているようだ。



 シリウスがひょこっと顔を覗かせると、女の声が頭の中に響いた。


『誰?』


 空気の振動として伝わり、鼓膜を震わせて声を聞いたのではなく、頭の中に直接だ。

 その声はとても怯えていて、落ち着きのない、とても不安に駆られたように神経質に響いた。


 シリウスは真っ暗闇を見通す目で、この小さな妖精さんが捕らわれたカゴを見て絶句した。


 妖精は糸で厳重に縛り付けられた上に、なんだか粘液状の液体をかけられ、身動きが取れなくされている上に、頭に金属製の、よく分からないが器具のようなものを取り付けられていて、それは顔を覆い、視界のすべてと、おそらくは聴覚のほとんどを奪っている。


 同時にシリウスは鑑定を試みた。


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■スクルド 13歳 女性

妖精族ピクシー レベル50

 マナ阻害:効果(強)

 感覚阻害:効果(強)

体力 5892/6061

経戦 5200

魔力 2487700

腕力 88

俊敏 148215

【魔法使い】SS/低温魔法(氷結)SS/風術A/回復魔法B

『飛行術S』『思念通話A』



----


 間違いない。妖精だ。

 シリウスの胸は高鳴り、興奮を禁じ得なかった。

 絵本の中でしか会えなかった妖精と会えたのだから。


 シリウスははやる心を抑えきれず、思わず返事をしてしまった。


「オレはシリウス。キミが攫われた妖精さんだね、助けに来たんだ」


『助けに? わたしを助けてくれるの? あなたは何者ですか』


「冒険者だよ。キミを無事に保護したら、ひとまずルーメン教会に行くことになってる。いいかな?」


『ルーメン教会?』


「そうだよ。ルーメン教会のえらい人は『ヴェルザンディ』って妖精さんとは友達らしいからね、きっとキミを助けてくれる」

 知り合ったとき、その人に近しそうな友達の友達の名前を出すのはどこの世界でも同じだ。

 シリウスは直接は知らないが、ソレイユ家とはゆかりのある妖精ヴェルザンディの名を出した。


『ヴェルザンディの友達! 本当に?』


「本当らしいよ。これのべたべたしてるの、外していい? なんだこれ?」


『松脂を固めた樹脂です。マスクをはずして、この忌々しい紐を切っていただけると助かるのですが』


「わかった。でもお願いがあるんだ。オレたちはキミを無事に保護する約束をしてここに来た。だからキミがオレたちを信じられなくても、逃げられてしまうと、やっぱり困ってしまう。だからさ、オレたちと一緒に国境を越えて、いったんサンドラという街まで来て欲しい。ルーメン教会は絶対にキミの安全を保障するからさ」


『私が一人で飛んで帰るより安全そうです、分かりました。助けていただけるなら』


 シリウスはひとまず半固形になった樹脂を剥がし、スクルドをカゴの底からひっぺがすことに成功した。


この糸はスクルドの身体を拘束するというよりも、樹脂を盛るための触媒として使われているようで、巻きかたはずいぶんと緩い。ミセリコルデを上手に使って、ぐるぐる巻きにされている紐を切り、樹脂によって固定されていた薄い金属の鉄仮面のような器具もタイトにくっついていたが、まずはスクルドの拘束を解き、自分で外すことができるぐらい手足を自由にした。


 頭にかぶせられたキャップはスクルドの力ではどうしようもなく『ちょっと引き抜いてもらえませんか?』とお願いされたので、「痛くしたらゴメンね」と言い、そっと外した。


 二人はお互い、初めての顔合わせとなった。


 シリウスの目には、このポケットに入るほど小さな妖精の瞳に、宇宙ほどのきらめきを感じ、引き込まれてしまった。まるで宝石のように光を湛えて奥深く、どこまでもどこまでも沈んでしまいそうな錯覚にとらわれ、一抹の不安感に駆られ、ハッと我に返った。


 まるで宝石のように美しい。


 手に持った頭にかぶせる器具の重量が自分の想像よりもずいぶんと軽いことにも違和感を覚える。

 この金属には覚えがある。2年前、ルーメン教会に仕掛けられたという魔導鏡に使われていた金属に似ている。シリウスはこれをひとまずポケットに納めた。そんな事よりスクルドのダメージが心配だった。


 拘束は解けたものの、スクルドの美しい透明のはねは拘束によって折れ、一部は失われていた。

 スクルドはまだ立ち上がれもしないのに持ち前の回復魔法を使うと、折れたはねはみるみるうちに伸びて回復し、艶がでるまでピンと張った。


 シリウスは目を見張った。スクルドが回復魔法を使うとき、身体全体から柔らかな光を発するのが感動的だった。

 そしてその光からは、暖かな温度が感じられた。妖精の放つ光は、ほのかに熱を持っていることに気が付いた。


「優しい魔法だね、あったかい」


 思ったことを考えなしに口にするシリウスの悪い癖が出た。

 しかし、ここで状況は良い方向に転んだ。


 スクルドは回復魔法を優しい魔法だなんて思ったことはなかったし、周囲の水分という水分を片っ端から凍らせてしまう低温魔法の使い手であることから、風使いが好まれる同族からも疎まれる存在であった。もちろん、暖かいだなんて言われたこともなかった。ただ魔法生物である妖精族は、まるで息をするように魔法を使う。空を飛ぶのも魔法で身体を空中に浮かべているのであって、はねのはばたきは、主に姿勢を制御するために使われる。


 スクルドは背中のはねが動き、はばたくのに無理がないことを確かめると、フワッと浮かび上がり、シリウスのすぐ近くに顔を近づけてきた。


 シリウスはここでも感動した。

 妖精が飛ぶとき、美しく透明なはねから星屑がこぼれるように光の粒が飛散するのだ。


「うわー、きれいだ」


 きれいだと言われたスクルドは、すこし頬を赤らめ、ちょっとだけ気分を良くしたのか、シリウスの周りをぐるぐると回ったあと、肩にとまって腰を下ろした。


「ん、そこにいてくれると嬉しい。たまに素早く動くけど、落ちたらゴメンね」


『大丈夫です、わたしは落ちません。そんなことよりも、わたしをカゴに入れないの?』


「そりゃあ逃げられたら困るけどさ、カゴなんてイヤでしょ? 逃げないでほしいな」


『カゴなんかイヤです。だから、あなたがいい人でいる間は逃げません』


「わかった、オレのことはシリウスって呼んで」


『はいシリウス、わたしはスクルド。わたしを助けてくれるという、あなたに従います』


「えっと、この建物を出ると麻痺の胞子がばらまかれてるんだけど、もし麻痺したらカバンにいれてやるからさ、そのきれいな翅に傷をつけないよう気を付けるから、ごめんな」


『麻痺の胞子? パラシアスキノコの胞子ですか?』


「たぶんそう」


『わたしたち妖精族は森に暮らしています、森から生まれた毒なら耐性があるので、大丈夫です』


「そうなの? じゃあいいか。ならさっさと金目の物を探そう」


 シリウスは決め顔で歯を光らせた。


 スクルドは笑いをこらえられず噴き出してしまった。

 いまさっきシリウスがいい人でいる間は逃げないと約束したにもかかわらず、その舌の根も乾かないうちに、泥棒しようというのだ。スクルドの笑いは、このシリウスのあっけらかんとした間抜けさを楽しんでいる笑いだ。


『シリウスは泥棒なのですか?』


「違うよ、オレはキミを助けるよう依頼されてきた冒険者だってば。で、いまキミを見つけたんだ。でもここは盗賊団の拠点だし、盗賊たちをみんな倒してしまったらここにあるものは、誰の物でもなくなるでしょ? 札付ふだつきの盗賊団を倒したら、そこにあったお宝は倒した人が自由にしていいというルールがあるんだ。このルールのおかげで盗賊団は狩られる運命にある。これが正しいことかと聞かれたらちょっと分からないけど、間違ったことじゃないよ?」


 上機嫌に笑っていたスクルドは、シリウスの話を聞いて溜飲を下げたようで、なるほど! 手を打つと、どうにも止まらない様子で、コロコロとよく笑った。シリウスの言ったことは泥棒なんてレベルの話ではなく、ざっと見積もって終身刑に問われるような強盗殺人なのにだ。


 相手は札付きのワル、泣く子も黙るレッドベア盗賊団であり、スクルドを捕え、松脂の樹脂で身動きが取れないよう拘束し、更には魔道具を使ってスクルドに魔法を使わせないよう処置した上で、どこかに売り飛ばそうとしていたような奴らだ。


 スクルドもその案には手放しで賛成、むしろ望むところなのだ。


『わたし見ました! この隣の部屋です。わたしも少しだけそこに入れられてましたから』


 そうだ、妖精にはムチャクチャ高価な値段が付けられていると聞いた。

 だとすれば一番厳重な、宝物庫のような場所に捕らえられていると考えるべきだった。つまり、いまシリウスの肩に乗ってるこの妖精スクルドこそが最高のお宝だったというわけだ。


「キミもワルだな!」


 シリウスがスクルドの乗ってる肩に拳を差し出すと、


『あなたほどじゃありませんわ』


 スクルドは小さな小さな拳を合わせて応えた。


 シリウスたち冒険者パーティと出会ったことで、ヒルデガルドはその人生観を大きく変えたのと同じく、森に棲む一介の妖精だったスクルドも、シリウスとの出会いで、その人生は大きく変わる。


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