【15歳】指名依頼(26)ノブレス・オブリージュ
封建制を敷くハーメルン王国は、初代国王ステイメン・ハーメルンが弱小の土地領主から国を興す際、力を貸してくれた者たちに地位を与え、領地を割譲した。
そして建国時、土地領主たちと共に『ノブレス・オブリージュ』を宣言した。
これは領主や貴族など、平民の上に立って権力と財産を保持する者には、義務と責任が強制されるという意味であり、簡単にいうと『偉そうにするなら、その身分に見合った責任を果たせ』ということだ。
つまりシリウスはこの土地を治める領主「カールトン・ソレイユ」が国王より賜った領地のたとえ一部であっても、隣国の盗賊に支配されていて、責任を果たしていないことに憤りを感じている。
王国憲章では領地を侵そうとする侵略者、力なき領民の、つつましやかな生活を脅かす野盗の類に対しては、領主自らが剣とって戦うことを義務付けているのにも関わらずだ。
「シリウス、心苦しいだろうが、今見ているこれが現実なんだ。騎士団は王国民を守らないし、田舎の貧乏貴族は自分たちが食っていくだけで精一杯。私は22の時、現実を見て騎士団をやめた。冒険者やってるほうがみんなの為になると思ったんだ。何より気楽だしな。お前がどういう考えで冒険者なんかやってんのかは知らん。だがここのような見捨てられた土地を見ておくのはいいことだと思うよ」
「騎士団は何を守ってるのさ?」
「言ってる事とやってる事が違うと言いたいんだろう? さあな、現役騎士団員のシリウスに分からんもの、私に分かるはずがないんだが。10歳で【騎士】アビリティを得て15で騎士団に入り、22でやめるまでのたった7年間だが騎士団に居て、自分の目で見た経験から言わせてもらうと、騎士団はでっかい盾を並べて『プライド』を守ってると感じたよ」
シリウスはたった15年しか生きていないが、王立騎士団に所属し、騎士たちがどれほど厳しい訓練を受けていて、毎朝毎夕『剣は王のために、盾は仲間のために。一人は皆のために、皆は一人のために』という掛け声を聞いてきた。
厳しい訓練を耐え抜き、任地に出向いていった騎士たちは、当然、王国民を守るため命を懸けて戦っていると思っていた。
……それがどうだ。
シリウスは王都から辺境にきて、考えもしなかった現実を見せられた気分だった。
騎士も特別なものではなく、ただの職業のひとつだった。目の前に盗賊の拠点があり、周辺の集落では住民が苦しめられているのを知りながら、自分たちの仕事じゃないからと見て見ぬふりをしている。
「どうした? ショックだったろうが……」
「んー、そうだね。ちょっと落胆した。でもそれだけだよ」
「いちいち落胆してたらキリないぞ。そんな事よりも、シリウスがこうして現実を知ったことについて、私は少し期待している。私ら一介の冒険者が何をしたところでこの国は変わらない。だがシリウスがその気になってくれたら、ちょっとだけでもいい方向に変わるんじゃないか? ってな」
「私も期待してるぞ、シリウス」
「……期待……か」
シリウスは幼いころから周囲の者たちの『勇者であれ』とする無茶な期待に応えようとし、その悉くを裏切ってきた。期待されるということに重圧を感じこそすれ、今のシリウスにとって、騎士団を含む国軍が弱い物を守ろうとしないことに深い憤りを感じている。期待に応えたいという思いよりも、シリウス自身、国軍は一度襟を正すべきだと強く思っている。
カスタルマンはシリウスの決意めいた表情を見て少し嬉しそうな表情を浮かべた。
「っしゃ、じゃあ、そろそろ作戦とか立てようや。セインさん、気配どうよ?」
「あ、はい。敵の集落では戦闘態勢を組んでるようには思えないけど、このままいくと見張りの目の前に出てしまいますね。さっき3人倒しましたから、いま『レッドベア』の拠点に居るのは71人、うち1つの違和感すごい気配がきっと妖精なので敵の数は70です。シリウスは妖精の位置を確認した? ヒルデガルドは?」
「なんか絶対ヒトじゃなさそうな気配が混ざってるね」
シリウスは気配で妖精族の位置を特定した。だがしかし、
「私は分かりません。見張りの4人は分かりますけど、その向こう側は数が多すぎて、判別も……」
気配察知スキルの未熟なヒルデガルドはまだ分からないという。ここから先はスキルを磨かなければならない。パトリシアはちょっとしたコツを教えてやることにした。
「イメージがぼやけているから気配が重なるといくつあるか分からないのです、ぼんやりしている気配を頭の中でピント合わせて、クッキリ映像化するように訓練すれば分かるようになりますよ」
「は、はいっ」
「カスタルマンさん、どうします? 殲滅しますか? それとも麻痺だけさせて妖精だけ連れ去りますか?」
「カスタルマン、殲滅すると言え。皆殺しにしないとレッドベアの支配は続く」
「そうだな。お嬢ちゃんと関わっちまったのも何かの縁だ。どうせレッドベアには賞金がかかってんだろ? この戦力でやらない手はない。お嬢ちゃんにも分け前を渡してやりたいしな。じゃあ決めた! 無理しない程度に殲滅、逃げる者は追わない、レッドベア本人は殺す。しかし忘れんなよ。優先度は1が妖精。2は妖精の買い手。3、レッドベア本人だ。異論があるなら今のうちに言ってくれ」
「「「「 異議なし 」」」」
「じゃあレッドベアの賞金の分け方も決めとこう」
ダービーだけでなく、ここにいるみんな同じく、当然レッドベアを倒して賞金までもらおうという腹積もりだ。
「お姉ちゃん、山分けでいいかい?」
「私はレッドベアを殺せるならそれでいいです」
「よし、実はパーティーの労働量に差が出て困ってたトコなんだ。囮だけやって帰ったんじゃプラチナメダルの名折れだ。ギルド酒場で笑い話のネタにされるのはゴメンだしな。だから『レッドベア』は私とダービーと、お姉ちゃんの3人が担当する。シリウスとセインさんは妖精の保護をヨロシク」
「りょーかいだ。たまにはいいこと言うじゃないかカスタルマン」
「私はだいたいいつもいいこと言ってんだが?」
レッドベアとその取り巻きに掛けられた賞金は5人で山分けと決まった。
パトリシアはグッと拳を握り締め、まだ勝ってもいないのに小さくガッツポーズをみせた。
今からレッドベアの賞金がいくらなのか楽しみで仕方ない。有力な盗賊団の首領ならば500万ゼノは下らないだろうし、幹部もまとめて倒せば桁が一つポンと跳ね上がる可能性すらある。ガッツポーズを握る拳に力が入るのも当たり前のことだ。
「決まったようなので、私が先行して麻痺毒を仕掛けますけど……、対策されてたら数人は動けるかもしれませんよ?」
パトリシアはバックパックのポケットからドロッとした液体の入った瓶と、鼻の穴にやっと入るぐらいの大きな綿棒を取り出し、カスタルマンに手渡した。
「盗賊団の拠点攻略なんてこれまで数えきれないほどやってきたさ。大丈夫……」独り言のように呟きながら、手渡された瓶と綿棒を見てしまうと、露骨にイヤそうな表情を隠すことができなかった。
「うわ、またこれか……。これ苦手なんだよな……」
「うむ。喉の奥がすっごく苦くてな……ヒルデガルドもこれを」
綿棒を手渡されたヒルデガルドは困惑の表情を浮かべる。
「えっと、私これをこれをどうすれば?」
綿棒に浸した薬品を鼻の奥の粘膜にたっぷり塗り付けるような薬、都会育ちのカスタルマンでも生まれて初めてだったものを、こんな田舎の集落から出たこともないヒルデガルドが知っているわけもなく……。
「ダービーさん、ヒルデガルドにそれお願いします。私は風上から麻痺毒を撒きますから、シリウスは妖精族の保護を最優先に。ほかにもやることがあるの分かってますよね?」
パトリシアは妖精族の買い手情報を探すように言ったはずなのだが、シリウスは未だに金目の物を探して戦利品にするのだと理解していた。出発前、パトリシアにくれぐれも金目の物を持ち帰るためとして、割と大容量のショルダーバッグを渡されているのだから。
「分かってる! 任せて」
「んじゃあ私たちはいつものようにカスタルマンの後ろから射撃に徹するつもりだが、敵が麻痺毒の対策を講じている可能性は?」
「情報を持った鳩が飛んだのは昨夜です。パラシアスキノコの麻痺毒を緩和するため安全な解毒薬は私が見た限り、この森にはありません。でも副作用が強く出ることをいとわないのであれば、普通に薬草師であれば少量の耐性薬を作ることができます。なので対策できたとしても数人分ですね。さっき戦闘になった2人にはちゃんと麻痺が効きましたから大半は動けないと思いますけど……。万が一、動ける敵が多かった場合、いったん離脱してもらえると致死毒に切り替えますが……周辺にどれだけ被害があるか分かりません」
「致死毒なんか持ってきてるのかい?」
さすがのカスタルマンも開いた口が塞がらない。
パトリシアは、さながら歩く危険物といって過言ではない。
「はい。殺鼠剤に使うコロリタケを揮発性にして風に流れるよう改良したものです。ただ、軽すぎるのが難点で、風下に向かって遠くまで流れますし、無毒に分解されるまで半年以上かかりますから、なるべく使いたくはないですね」
「被害は計り知れねえか……、そんな恐ろしいモンはナシにしよう。数人ぐらいなら当初の作戦通り、正面から行くか」
「そうだねえ、シリウスたちに一目置いてもらわないといけないからな。ルーキーが有能すぎるとロートルは厳しいねえ」
「ああ、腰痛と神経痛が出てきたよ、半ばマジで……」
「あはははは、そうこなくっちゃな。よし、いこう!」




