[16歳] エルネッタの動揺
20180206改訂
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エルネッタは頭の中を整理することもできず無言のまま自宅のドアを開けた。
頭がぐちゃぐちゃになって、いったいどうすればいいか分からないまま、まずはディムの顔を見たいと思った。
玄関前でちょっと呼吸を整えて、いろんなことが頭の中に浮かぶのを振り払ってドアを開けると、中からは部屋の温かい空気と一緒にディムの声が響いた。
「お帰りなさい……ん? どうしたの? 今日はお酒飲んでないの?」
「ああ、酒はちょっとしか飲んでない。えっと……ディム?」
部屋に入るとテーブルの上にちょっと大きな箱があった。これ見よがしにわざと目立つように置いてあるとしか言えない箱で、プレゼント用の包装と、そして赤い、大きなリボンが掛けられていた。
見るからにプレゼントの入った箱だ。
「ディム? えっと?」
「うん、ぼくからエルネッタさんにプレゼント。白トリュフがちょっとした臨時収入になったし、エルネッタさん服を買えって言ったし」
「服? もしかして服?」
エルネッタはディムから畏まってプレゼントの箱を受け取り、ビリビリと大袈裟な音を立てて包装を解き、箱を開いて見ると普通の町娘の着るような服だけど、大人の雰囲気を醸し出す深い藍染めのマキシ丈、重ね着風のシックなワンピースと、花がいくつも彫られた光沢のある青瑪瑙の髪留めが入っていた。
「ちょ、えっと。これは女の着るものだろ?」
「えっ?」
ディムはエルネッタがなに言ってるのかちょっと分からなかった。
「これは女の服じゃないか……もしかしてわたしにこれを着ろと?」
「だってエルネッタさん、こういう服ひとつも持ってないじゃん」
「気持ちはありがたいけど、女の着るような服は私には」
「なに言ってんのさ、エルネッタさん間違いなく女じゃん」
「わたしは女だよ。だけどわたしは男として生きたいと思った。女なんかイヤなんだ……だから」
ディムは少し寂しそうな表情で肩を落としたけれど、今日は諦めなかった。
「じゃあウソでいいから。いまだけ、ウソでいいから」
頭が混乱していてどう話せばいいか分からないと思いながら、まずディムの顔を見たくて帰宅したエルネッタに、いつもなら簡単に引き下がるはずのディムが今日に限って絶対に引き下がらない構えで食い下がる、へんな圧力のようなものに気押されてしまった。
ディムが初めてプレゼントを買ってくれて、本当なら飛び上がって喜びたいところなのだが、それが女の着る服だという事に少し抵抗がある。
無碍に断ってディムが悲しそうな顔をするのも見たくないという心情もあり、言われるがまま、エルネッタは大人の女性の服を着せられてしまった。
強引に服を着せることに成功したディムはと言えば、いまいつものボサボサ髪をひとつに結わいていた紐を解き、背後から丹念にブラッシングをしているところだ。
エルネッタはひとつ腑に落ちないことがあり、どうあってもディムに聞いておかなければならないことがある。
「ちょ、ちょっといいか? なんでこう誂えたようにぴったりサイズなんだ? わたしは試着もしてないのに……」
「ぼくを誰だと思ってるの? エルネッタさんの身体のメンテナンスはぼくがひとりで受け持ってるんだよ? きっとエルネッタさんの身体のことなら、エルネッタさん本人よりも、ぼくのほうが良く知ってる」
ディムが眉一つ動かさずそんな恥ずかしいことをいうものだからエルネッタは頭がクラクラする思いだった。もしアルスなんぞに知られたら一生変態の烙印を押されてしまう。
「ディムおまえ、そんなこと絶対に他の奴には言うなよ、ぜったい誤解されるんだからな。今日だってお前、チャルって子がわたしのことを彼女だって……」
「えええっ!? なんでチャル姉を知ってんのさ」
「ギルド酒場に居たんだ。今日からウェイトレスとして働いてる」
「うっわ、来んなって言ったのに時給に負けたのか。……で、ぼくのこと何か言ってた?」
「ん。いろいろ聞いた」
「そっか」
短く返事をしたディム。これですべて伝わり、それから息が止まるほどの沈黙が流れる。
先に音を上げたのはやはりエルネッタのほうだった。
「えっと、ディム……ごめんな、わたしもちょっとディムのことには興味があって、聞いちゃいけないと思いつつ、聞いてしまった。そうなるとディムが私のことを知らないのは不公平だよな、なんでも聞いてくれ。答えられることなら……」
ディムは返事をしなかった。
エルネッタは間違ったことをしてしまったのかと、少し後悔し始め、心にモヤが掛かるまで、そう時間はかからなかった。
ディムは無言のまま、女性の着る服を着て、髪をとかしたエルネッタの言い分を半ば聞き流すようにスルーしながら、一歩引いた位置に下がって視界のフレームにその美しい姿を映し出した。
「ふう、まっすぐこっちを向いてみて。うわー、すっごい奇麗だ。エルネッタさん貴族の生まれだからかな? 気品というものに気圧されてしまって、近寄りがたくなるよ」
「……えっ?」
エルネッタはディムに " 貴族 " と言われ、言葉を失った。どう答えたらいいか分からない。まさかディムの口から " 貴族の生まれ " だなんて、そんな言葉が出てくるなんて考えてもいなかったのだから。
驚いて瞬きもできなくなったエルネッタに向き合い、ディムは少し伏し目がちに目を逸らすといたずらっぽくクスっと鼻を鳴らし、ただエルネッタと見つめ合ったまま呼吸を読んで、少し落ち着いたところを見計らって話し始めた。
「謝るのはぼくの方だ。ごめんなさい、今まで言わなかったけど……ぼく鑑定? に似たスキルもってて、エルネッタさんの本名も実年齢も、レベルも、アビリティもスキルも……最初から知ってたんだ」
「えええっ? 本名? 実年齢? どこまで鑑定できるんだ! レベルって何!」
「ディアッカ・ライラ・ソレイユ 26歳 ヒトの女性でレベル41……すごいよ、レベル41なんてギルド長のダウロスさんと同じレベルだ。体力もレベルの割に高くて43000もある。この体力はオークの戦士なみだよ? マジ凄いんだってば。たぶん【聖騎士】アビリティのおかげで体力が高いんだろうなあ。魔力はE判定、腕力がAで腕っぷしは相当強い。大盾を片手で扱わないといけないからだよね。敏捷がD。あとスキルが4つ、【聖騎士】らしく『短槍』と『片手剣』と『盾術』をもってるのに、なんでいつもは【両手剣】なんか使ってるの? ぼくとしては護衛にに出るときは盾を持ってほしいと思ってるんだけど」
「なんでそこまで? ……わたし……丸裸にされてたのか……」
「丸裸はお互いさまでしょ。二年ぐらいいっしょにお風呂入ってくれないじゃん」
「ダメだぞ。天然っぽく振舞ってももう騙されないからな。じゃあわたしが貴族の生まれだって情報はどこから仕入れたんだ?」
「チャル姉から聞いてると思うけど、ぼくたちの村は獣人が侵攻してきたせいで家族がバラバラになってしまったんだ。ぼくは探索者だからね、公開されてる行方不明者リストぐらいみるよ。ディアッカ・ライラ・ソレイユは10年前から行方不明になってて、発見者に3000万ゼノの報奨金が懸けられてる。3000万だよ? すごい額じゃん、王族でも殺したの?」
エルネッタは自分の出自が看破されていることに驚き、たじろいだ。何かの間違いであってほしいと願い、狼狽えながらも確かめずにはいられない。
「なあ、お前は本当にわたしの知ってるディムなのか?」
「そうだよ。親が付けてくれた名前はディミトリ。エルネッタさんのことが大好きな16歳。隠し事はあるけれど嘘はないよ」
「嘘つきで悪かったな……くっそ、しかし腹立つ。好きだなんて言えば許してもらえると思ってるんだろ」
「うん。だってぼくヒモだし」
エルネッタはディムのこの勝ち誇ったような顔が不愉快だった。
そういえば勝てると思ってるのが我慢できない。
「許さないって言ったらどうすんだ? 出てけって言ったら?」
「出てけって言われたら本当に出ていくしかないから、エルネッタさんはそんなこと絶対に言わないよ」
「ちがうだろ! そこはイヤだからごめんなさいって言うのがわたしの知ってるディムだ、ああ、どうしてしまったんだディム……」
「でもさ、エルネッタ・ペンドルトンってひと13年前に亡くなってるじゃん。ソレイユ家の家臣でアクセル・ペンドルトンってのひとの娘さんでしょ? これマズくない? すぐにバレて見つかっちゃわない? みつかったらどうなるの? 帰ってしまわないよね?」
まさかディムにそこまで調べ上げられているとはこれっぽっちも思ってなかったエルネッタは、目の前が暗くなるのを感じ、クラクラとバランスを崩して倒れそうだ。
壁を背にもたれかかったままズルズルと滑り落ちて、その場にぺたんと座り込んでしまった。
「はあっ……ダメだ参った。わたしの負けだディム。もうどうにでも好きにしてくれ。通報すればすごい額の報奨金が入るぞ。でもそうなったらわたしは本家に連れて帰られてしまうから、ディム、おまえとはもう会えないな」
「……はい、ぼくの勝ち。じゃあこれ口紅ね、あまり赤くないの選んでみたから」
「口紅まで買ってきたのか?……本当に準備がいいというか」
―― パチン。
いい音がした。
この音はエルネッタの髪をとかしていた櫛を止めて、髪留めの位置がバッチリ決まった音だ。
「おおっ。完璧! じゃあエルネッタさん、ぼくといっしょに夜の街を散歩しませんか?」
「ええっ? この格好で外に出るのか? 勘弁してくれ……」
「もうどうにでも好きにしてくれって言ったじゃん、だから好きにしてやるさ。それともこの部屋にこもって朝まで気持ちイイことしますか?」
「なっ、それはダメだろう? 朝まで気持ちイイことって……いったい何をする気だ。おまえ本当にディムなのか?」
「え? マッサージに決まってるでしょ? それ以外に何すると思ったの?」
「……く――っ、この! 今日はお前ほんとうにどうかしてるぞディム」
「違うってば。どうかしてるのはエルネッタさんのほうで、ぼくじゃない。本当にどうしたの?」
エルネッタはハッとした。
指摘されるまで気が付かなかった。
そうだ。ディムの言う通りだ。エルネッタはようやく理解した。
16歳になった少年の、まだあどけない表情の中に、いい男の気配を感じて戸惑っているだけ……。
「い、いや……なんでもない」
「どうする? 散歩? マッサージ?」
マッサージなんていつもしてもらってることだ。
エルネッタはどういうわけかこの時ディムを男としてビンビンに意識してしまっていたせいか、この部屋にこもって朝までマッサージなんて選択肢を選べるわけもなく……。
「さ、散歩だ。散歩にしよう」
こう言った時、エルネッタはもうディムに対して、白旗をあげたも同然だった。




