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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
【第二部】シリウス(15歳)サンドラ編
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【15歳】指名依頼(21)スキル「糸使い」

「んー、それが朝方になるとたぶん風がなくなりそうな空模様なんですよね……、なので急いでいまのこれぐらいの風がそよそよ吹いてるうちに敵拠点に食い込めれば、もしかするとけっこう楽に勝てるかもしれません」


 カスタルマンはようやくパトリシアの思惑に気付いた。


「もしかしてあの麻痺毒とか使えるの?」


「そのために持ってきたんですけど……」


「よし! ずっと走ることはできないが急ごうか。セインさんこのランタンもうちょっと貸してもらえないか、明るくて頼りになる」


「おおっ、カスタルマンが走る気になったか! じゃあ仕方ないな、私のランタンをセインさんに渡しとこう。小さくてお世辞にも明るくはないが、倒してもオイル漏れが少ないし、炭鉱でも使える防爆仕様だ」


 パトリシアはダービーからずっしりと重い真鍮製のマイナーランタンを受け取ると、いろんな角度からまじまじと、穴が開くほど見ている。どうやら気に入ったようだ。


「どっこいしょ! っとお、束の間の休息だったぜ。でもあの麻痺毒な、身を持って体験してないと走る気までは起きなかった。あれが使えるなら是非もない、走って死にそうになるか、戦闘で死にそうになるかってことだろ? この差は大きいぜ。ちょっとでも走ったほうが安全だろ? フルプレートの鎧を装備している私だけ酷い目に遭うだろうが、みんな無事に帰れるほうがいい」


「女の子は? ここで待っててもらったほうがよくね?」


「いやだ! こんな死体ばっかりのところに置いていくな!」


「そうだった!」


 とりあえず夜目のきかないカスタルマンはパトリシアのランタンを手に、ダービーはパトリシアに松脂を分けてもらって松明たいまつを作った。ヒルデガルドはエルフの血が半分でも混ざっているおかげで、手に明かりを持たずとも、前を行く二人のもつ明かりがあれば躓くことはない。


 足元に不安のないところでは速足で急ぎ、足元の悪いところでは転んでケガをしないよう、一歩一歩確実に歩く。さすがにパトリシアの予定通りとはいかないが、トラブルなく着実に進めている。


「拠点から3人出てきたね。たぶん様子を見に行くと思うんだけど」


「接敵するのに半刻(1時間)以上かかるから、ルート変更なしでいきましょう」


「敵の位置がモロバレ、逆に相手からこっちが見えないってのはこんなにも有利なんだな……」


「ああ、私も『気配察知』スキルが欲しい。敵を避けることも簡単だし、ほんと楽なのな」


 冒険者パーティーは周囲に人がいないことを気配と音と匂いで確認しながら、慎重に急ぎつつ、雑談も交えながら深い森の中に分け入ってゆく。

 ジョギング程度のスピードで駆ける冒険者パーティー、フッフッと息遣いが粗くなったカスタルマンたちの傍ら、パトリシアがひとつ


「たぶんこの先に42人が待機してた拠点があるはずだから、ちょっと見てきますね、なにか文書が残されているかもしれませんから。ダービーさんはこのまま所定の道を進んでくださいね、ついでに地形も見てから適当に合流します」


「あ、オレも行く」


「エッチなことしに行く気だな」

「しませんっ!」


 パトリシアはダービーが茶化したのを瞬時に否定し、シリウスはペロッと舌を出してお手上げの仕草をしてみせた。


「シリウス、敵の拠点みつけたら矢が抜けてこない鋼の盾が欲しい重くていいから大きめなのがいい。あったら持ってきてくれ」


「ん、わかった。でも盗賊はそんな大きな盾もたないと思うよ」


----


 一時的にパーティーを分割して先行し、偵察に出たシリウスとパトリシアは、巧妙に擬態され、谷沿いの岩稜にへばりつくフジツボのような建物を見つけた。基本的に石造りでありながら、地形をうまく利用し、自然の要塞のように使っている。だいたい盗賊団の拠点なんて、小規模であれば洞窟や山小屋のようなかんたんなもの、中規模であれば木で塀を作って城壁にし、拠点を囲い込む。大規模な有力盗賊団ともなると前線基地のような別棟の建物をたてておいて、最も有利な地点から敵を迎え撃つ。


 パトリシアは、建物の扉の前に立ってドアに耳を付けて中の音を聞いたり、建物の周囲をぐるっと回ったりして、安全を確かめてからじゃないと中に入らない。自分が罠の有効性を知っているからこそ、罠をかけて有効な場面ではまず罠を疑うのだけど、シリウスの鼻には、ミートスープのいい香りが漂っている。


 気配は感じない、だけどミートスープがあることは確かだ。


「クリア。人の気配はなし、罠もいまのところなし。中に入ってもそこらにあるもの勝手に触っちゃダメだからね」


「わかってるよ」


 建物の中に入ると、まずキッチンがありテーブルが4人掛けのおおきなテーブルが5つも並べられている。やはりここは前線基地というものなのかもしれない」


 とはいえパトリシアの目的は、何か情報が書かれた書類やメモの類だ。だいたい読んだら焼いてしまうのが常なのだが、念のため見ておくに越したことはない。


「ざっと見たところ何もないわね」


「騎士団では命令書なんて使わず口頭で伝えろっていうね。もし書面できたときは読んだらすぐその場で燃やしてしまえと教わったよ」


「だよねー、盗賊っていうとやっぱ、そういうところユルい気がしたんだけどなあ」


 ……と言ったあと、シリウスがよそ見をしているのに気が付いた。


「何かあった?」


「これ……」


 シリウスが指さしたのはカギ。

 夜の森で明かりなしに探し物できるほどの視力を持たないパトリシアはダービーから借りたマイナーランタンで周囲を照らしているのだが、壁に掛かっているとは盲点だった。


 そして鍵のひもに木札が付けられていて……ご親切にどこのカギか書いてあった。


「なんて書いてある?」


「南門」


「盗賊の拠点の門って外側からカギで開け閉めするのかな?」


「ないない。ノックして合言葉だろ普通は……」


「古っ! それこそないわ。騎士団はどうしてんの?」


「門番が立ってるから声をかけて入れてもらうんだけど……そういえば変な奴もいたな」


「あー、そうだったわ……でもまあ、ちょっと借りていきましょう」


 結局、シリウスたちの捜索では特に有効な手掛かりは得られなかった。ここから谷筋を北に向かって登ってゆくと盗賊の拠点だ。時間にしてカスタルマンの足で四半刻(30分)といったところ。

 谷筋は南から吹き上げる風が思ったより強く吹いていて、このままだと麻痺毒で盗賊団のすべてをしびれさせるという作戦は使えない上に、風上に位置するので、盗賊の中に『嗅覚』系のスキルを持ったものがいると、ずいぶん早期から接近がバレてしまう。この風の強さを計算に入れて作戦を立て直す必要がある。


「あ、そうだシリウス。ちょっと聞いていい?」


「いいよ、なに?」


「ねえシリウス、オセって私のことでしょ?」


「そうだよ。『レンジャー』が『オセ』に変わってるよ。今もそうだから、きっと『レンジャー』はユニークスキルだったんだね。『オセ』が上位スキルってことかな」


「具体的にどう変わったの?」


「えーっと、どうだっけかな。『オセ』のスキルは『レンジャー』に加えて『威圧』スキルがD評価。ダービーほどの冒険者でも動けなかったし、オレは嫌いだな。パトリシアには威圧なんて似合わないよ。あと、魔法が使えるようになってる」


「魔法! 本当に? もしかしてわたし世紀の大出世しちゃったかも」


「うん、実は【魔法使い】じゃなくて『糸使い』っていうスキルの中に『水術』があるんだ。ステータスアップスキル加算後だと思うけど魔力も1万近くあるから魔導大学院の教授クラスかそれ以上だよ」


「水の魔法が使えるってことね、やだ、ワクワクが止まらない……『糸使い』は心当たりあるんだ! スキルを獲得したの? やった、頑張った甲斐があったわ」


「糸使いスキルの中に『霞糸』と『水術』があるから、どっちも関連スキルだと思う。『糸使い』も『霞糸』も初めて見た。帰ったら一緒に教会いこうよ。魔法使いの中でも水術使いってけっこう珍しいし、だいいち『糸使い』ってなにさ?」


「さっきの戦闘中さ、『聴覚』スキル使ってた?」


「使ってた」


「音聞こえなかった?」


「あの高い音の事かな? 何度もキンッ!ってすごいおとがしてたけど、たぶん人の耳には聞こえない音で、スキル持ってないと気付かないと思うんだけど、逆に『聴覚』か『聞き耳』スキル持ってたらよく聞こえるから戦闘では使わないほうがいいかもしれないよ?」


「それ、私の張った糸に敵がかかったときの音なの」


 さっきの戦闘でパトリシアが使用した罠は3種類、その中で最も効果的だったのがげんの罠だった。普通の狩人ならロープなどで罠を作るが、パトリシアはロープよりも遙かに細く、しなやかでありながら最低限の強度をもった鋼線こうせんで罠を張る。狩人組合に所属してごくごく短期間でシルバーメダルにまで昇り詰めた理由はここにある。


 パトリシアの目には動物の通り道が見えるのだ。だから獲物を探して延々と森を歩いたりしなくても、動物の通り道に罠を仕掛けておくと非常に効率がいい。罠に使うにはもってこいの素材だった。


 鋼線こうせんの正体は、弦楽器の最も細く、はかなげに高音を奏でる金属弦。

 パトリシアは巧妙に角度を付けて切れやすくしたりなど工夫を凝らして、木々の間に張っただけだ。


 斜めになぞる。ただ仕掛けて罠にかかるのを待つだけでなく、弦を弾いて爪弾く。

 キン!と美しい音を奏でて倒れ逝く盗賊たち。気配でダービーたちの動きを察知すると、先回りするように移動して弦を張る。ダービーの背後に回ろうとする動きを先回りして弦を張る。


 人が触れる場所によって様々な音程で高周波が奏でられる。

 長く張った弦、緩く張った弦では低い音、短く張った弦、強く張った弦では高い音、それらはさながら音楽を奏でるように人を食ってゆく。


 このように視界の悪い夜の森で乱戦になる中、罠師はしばしば味方を傷つける。

 だがパトリシアは『気配察知』スキルで敵と味方を認識しているからこそ、味方を傷つけることはない。

 ただし、罠師とは仕掛けた罠を放置しておいて、離れていてその発動をもって敵、もしくは獲物を倒すが、パトリシアの弦は必然的に近接戦となる。


 近接戦闘の術を持たないパトリシアにとってそれは、鋭く喉に突き付けられた諸刃の剣だった。


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