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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
【第二部】シリウス(15歳)サンドラ編
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【15歳】指名依頼(19)ゲリラ戦その5「オセ」

 ダービーたちにはまだ闇の中で、パトリシアの姿は見えていなかったが、シリウスにだけは見えていて、パトリシアは薬草を一抱えもっているのが見えた。


 シリウスは両手を広げてパトリシアを迎えた。


「お帰り、怪我はない?」


 パトリシアは片手で持ちきれないほどの薬草を持っているせいか、ハグはなし。

 ただ、無理に作ったように引きつった微笑みが印象的だった。


「ただいま、ちょっと疲れたかな……」


 シリウスはそういってすぐさまカバンから乳鉢を取り出し、止血薬を調合するパトリシアに手渡そうとしたその時、疲労の色濃く、目を潤ませる涙の中に血が混じっているのを見逃さなかった。


「パトリシア! どうしたのさ、目に血が……涙?」


「えっ、なに? 私どうかした?」


「涙に血が混じってる……ちょっとまって、動いちゃだめだよ」


 シリウスはパトリシアの荷物の中、バックパックのポケットからハンケチを取り出すと、パトリシア本人ですら気付いていない血の涙を拭き取った。


「ホントだ、あれっ? どこかで引っ掛けたかな? でもさ、こんな時のハンケチは自分のポケットから出したほうがポイント高いと思うんだけど?」


「パトリシアもう戦うな! お願いだからもう戦っちゃダメだ」


「同感だ、セインさんはもう戦わないほうがいいと思う」


「私もシリウスに同意する、血の涙を流すなんておかしい。全員無事で帰るためにも作戦を練り直して、セインさんはバックアップに回ってくれ。ところでエルフの姉ちゃんはどうするよ? 今なら集落に帰れるかもしれないぞ?」


「ダメだよ、もう人を殺してしまった。矢の回収なんてやってる時間がないし、無事に依頼完了しても衛兵たちに報告する義務がある。ヒルデガルドの矢は狩人の矢だからな、誰が命中させたか分かるよう印があるんだ」


「騎士団の砦にスパイを送り込むような盗賊だからな、衛兵の中に紛れ込んでない訳もないか。じゃあどうすんだまったく。巻き込んでしまった以上知らんぷりはできんが、まさか連れていくのか? で、その後はどうする?」


「終わってから考えるさ、まずは依頼を終わらせる。セインさんは本当に大丈夫なのか?」


「いえ、何がおかしくてそんなに気を遣ってくれてるのかも分からないほど変わりありませんよ?」


「うそつけ! 無理してんじゃん、なんでそんなウソつくかなあ」


「セインさん頑張りすぎだ、パーティーリーダーとして忠告する。セインさんはしばらく後ろに下がって休憩してくれ。たのむ」


 パトリシアが無理をしているのはシリウスだけじゃなく、この場に居る全員が分かっている。

 あれほどの手練れが波状攻撃を仕掛けてきたのだ、それをたった一人、背後のいちばん困難な位置に居ながら18人も倒しきった。これは尋常ではない。


 戦力に余裕がないギリギリの状況ならパトリシアを下げようなんて考えられないが、これから盗賊団の拠点を襲撃するにしても、遠隔攻撃のスペシャリスト、ダービー・ダービーがいてくれるおかげで、作戦の立てようはいくらでもある。パーティーメンバーを信頼して、ちょっと後ろに下がってろと言っている。


「分かりました。次は楽をさせてもらいますね……でも、ちょっといいかな?」


「ちょっとなに?」



「なんでシリウスから女の匂いがするの?」



「「「「 えっ? 」」」」


「……な、何のことかなあ?」


 パトリシアはシリウスの胸から首筋をまるで舐めるようにくんくんと匂いを嗅ぐと、首筋からうなじにかけて何か違和感を感じ取った。


「こっちの胸からヒルデガルドの匂いがべったり、こっちにはダービーの匂いが……」


「ちょっとセインさん、違う。誤解なんだよ」


 パトリシアは取り繕おうと立ち上がったダービーの唇に人差し指をそっと押し当て、小さく首を横に振る。

 言葉ではなく威圧をもって黙らせた。"しゃべるな"という意味だと受け取り、この場に居る者たちみんな言葉を失い、ごくりと生唾を飲み込んだ。


 プラチナメダルの冒険者二人が、パトリシアの吐き出す異様な殺気に飲まれている。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように。


 しかしパトリシアが唇に触れた理由は、ダービーを黙らせるためじゃなかった。


 シリウスの首筋からうなじにかけて感じた違和感を確かめるため、いまダービーの唇に触れた指でなぞってみせた。


 シリウスのうなじに付着したべにと、ダービーの唇にあったべにを照合した結果、ふたつは一致した。これはダービーがシリウスのうなじにキスしたという、言い逃れのできない確たる証拠そのものだった。



「シリウス? あなたのうなじに、なんでダービーのべにがついてるのかな?」


「あ、あの、セインさん? それたぶん事故なんだ。つけようとしたんじゃなくて、ついてしまったというか……」


「わたし『聴覚』スキルがあって、これってよく聞こえるんですよね……、シリウスに惚れそうだとか、私に内緒でこっそり抱いて欲しいだとか……、私の聞き違いかなあ?」


「あっちゃあ……」


 ずん! と空気に重みが加わったような重圧感に襲われた。

 重厚な殺気が辺り一帯を支配する。


 ……。


 ……。


 沈黙が流れた。


 シリウスの心臓が早鐘を打つ。ダービーも口から心臓が飛び出しそうだ。

 振り返ったら闇に引きずり込まれてしまいそうな、異様、異質としか言いようのない殺気が濁流のように放たれていた。。



「なーんてね、知ってますよそんなこと。聴覚だけじゃなくて気配もずっと気にかけてましたから」


 パトリシアがペロッと舌を出しておどけてみせると、誰も動けなかった殺気は、まるで何ごとも無かったかのように消えてしまった。



「ふわ――――。私いい年してオシッコ漏らしそうだったんだけど……」


「何だよ今のは! すっごい威圧、パトリシア絶対おかしいよ! ……えっ? ちょ……」


 なーんてね、なんて言って微笑んだパトリシアの目から、また血が滲んでいる。


「パトリシア? 大丈夫? また血が出てる、どうしたのさ!」


 さっきシリウスが気付いて拭った血の涙は、外から目に入ったものだとばかり思っていた。だが今の状況からしてパトリシア本人の血が涙に混ざって流れている。いずれにせよこれは尋常ではない。

 シリウスは毒物を疑った。しかしパトリシアの状態状耐性はシリウスよりも強いはずだ、なんだか理解できないことが目の前で起きている。


「鑑定するからね!」


 後で怒られるのは覚悟したうえで、シリウスはパトリシアのステータスを鑑定した。

 状態異常にかかっているなら鑑定に表れるはずだ。



----------


□パトリシア・セイン 21歳 女性

○聴覚(発動中)

○嗅覚(発動中)

○状態異常耐性(強+)


 ヒト族  レベル045

 体力:164400/231840

 魔力:8192

 経戦:27460

 腕力:2610

 敏捷:262968

【薬草士】A/短剣B/錬金術S/緑の指S/状態異常耐性SS

『オセ』D(罠設置S/擬態S/吹き矢B/気配察知S/気配消しS/聴覚A/嗅覚A/威圧D)

『糸使い』C(霞糸B/水術E)


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 戦闘前34だったパトリシアのレベルは驚くべきことに45まで上がっていて、数値の跳ね上がりかたが尋常じゃない。特に俊敏の値なんてシリウスが同レベルだったころよりも高い数値だ。


 魔力の数値と水術師のスキルが増えていることにも驚いたが、いつもは『レンジャー』のある位置に『オセ』がある。『糸使い』はまだしも『オセ』という見慣れないスキルがシリウスを不安にさせた。


「オセって何だ?」


「「「 オセ! 」」だと!」


「知ってるの? デニスさん、ダービーさん、オセってなんだよ?」


「たしか森の魔物だっけか?」


「いや、私たちヒト族よりもエルフや獣人たちが畏れてる、森に住む悪魔とか悪霊とかのたぐいだ。嬢ちゃんに聞いてみるといいかもな?」


 視線がヒルデガルドに集まった。

 しかし、頑なに俯いたまま、名前を呼んでもパトリシアのほうを見ようともしない。

 話をする気がないというより、何かにおびえているようだ。


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