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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
【第二部】シリウス(15歳)サンドラ編
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【15歳】指名依頼(16)ゲリラ戦その2

「デニスさん、笛の音が聞こえた! 何かの合図だ。正面の3人はスキル遠隔! 左から2こっち近接! レベル37と39!」


「なんで私にその笛の音が聞こえないんだよ! ハーフエルフの姉ちゃん! 私の後ろに隠れてろ、守り切れんからな」


「私をハーフエルフと……」


「終わってから聞いてやる。いまは黙って後ろに隠れてろ!」



「正面から矢! くるぞカスタルマン!」


「よっしゃあ!!」


 ―― カカッ!!



 盾で矢を受けたカスタルマン、異変に気付き、サーっと血の気が引いてゆく。


「なんだこの矢……、盾が抜かれる!」


 鉄の騎士盾を抜いた矢尻はとても小さく、狩猟の矢にありがちな"かえり"もついてない。

 抜かれたと言っても矢が貫通したところで止まるのだが……。


「見せてみろ! ってか遠隔攻撃くるぞ! 狙いはシリとヒルダ!」


 シリウスとヒルデガルドを狙って放たれた矢は、特に不安も何もなく、シリウスが手で掴んだ。

 まるで正確なパスを受たかのように2本、真っ暗闇でランタンの薄暗い明かりのなか、それはヒルデガルドの目でやっと捉えられるほどのスピードで、いともたやすく、シリウスの手の中にあった。


「シリってなんだよ! 忙しいならオレは警戒いらないよ? ヒマなときだけでいいから」


 田舎者で経験も浅いヒルデガルドには信じられないことだが、熟練の冒険者には弓を引いたところで矢が当たらないと思い知った。


「これハガネの矢尻だ。ヤバいっすねデニスさん、鎧も抜かれるよこれ」


「盾も鎧も抜かれるような状況じゃあ騎士は囮にもなれんからな! 何とかしてくれえ」


「盾を斜めに構えて弾いたら?」


「後ろに人を守ってるときは弾かない! すべて受けるんだ!」


 シリウスは少しだけカスタルマンの騎士道をカッコいいと思った。だけど、ダービーはまさか敵がハガネの矢尻を使うとは考えてなかったせいか、カスタルマンでも盾や鎧が役に立たないとなると、作戦の変更を進言せねばならない。


「セインさ……」


 ダービーがパトリシアを呼んだ時、さっきまでそこに居たはずの場所には誰もいなかった。

 忽然と、いつの間にかもう、姿を消していた。


「あーダメだ、セインさんもう行っちまったみたいだ。カスタルマン! 自分で何とかしろ! 敵に正面から攻めても無駄だと思わせるんだ」


「いま敵が8人、後ろに回り込もうとしてますよ。パトリシアの思うつぼです」


「聞いたかカスタルマン! しっかり敵を引きつけろ」


「盾と鎧がアテにならんのにか、こりゃあ、マジで朝日を拝めないかもしれん……」


「カスタルマンよりもひとりで単独行動してるセインさんのほうが心配だぞ私は」


「だいたいカスタルマンさんレベル51もあるんだから接近戦のほうが楽でしょ。敵を懐に呼び込めばいいと思います。ただ心配なのはパトリシアですね。今日はだいぶ無理してるみたいだし。たぶんオレに実戦経験がないからだろうな、ちょっとでも楽させようと思って、いちばん大変なところを守ってくれてる」


「なにそれ? もしかして愛の力?」


「パトリシアはいつまでもオレのお姉ちゃんで居ようとして、無理をするんだよ」


「へー、そっかあ。なら頑張って楽させてやらないとな……って言ってる場合じゃない! カスタルマン、矢がとんできた後すぐ左側から奇襲! さっきの近接2人だ!、えっとレベルいくつだっけか」


「37と39」


「うおおおおぉぉぉ!」


 ダービーは『気配察知』スキルこそないが『警戒』スキルの応用で、奇襲してきた敵の位置が、大まかではあるが分かる。


 矢の数に限りがあるせいで無駄撃ちはできないが、チラッとでも敵の姿が見えただけでいい、ほんのわずかなチャンスを逃すことなく精密射撃で敵を射抜く。的を外すことはない。


 奇襲を試みた敵2人のうち片方は、茂みから飛び出した瞬間、首に矢が命中して倒れた。この暗闇の包囲戦で、襲ってくる敵に対してこれほどまで高い命中精度が出せるのは、パトリシアが提案した焚火が周辺を照らし出してくれているのと、カスタルマンがランタンを構えてくれているおかげで、敵の姿がほんの少しでも見えるからだ。


 もう茂みから飛び出してきた敵は1人となり、レベル37程度ではカスタルマンに接近戦を挑んだとして勝負になるわけもない。不利な状況でランタンを持たされ、42人に囲まれた状態から戦闘スタートするという困難な囮作戦でなければ、レベル51の傭兵、デニス・カスタルマンはハーメルン王国が誇る冒険者ギルドでも最強の一角を担う。闇に乗じて襲い来る敵など、一刀のもとに切り伏せた。


「カスタルマン、盾に守られながらランタンで照らしてくれるなんて、サービスよすぎだな。私もいい仕事ができそうだ」


「ランタン役、代わってやってもいいんだが!」


 刹那、カスタルマンとダービーの背後からも矢が射られた。

 ヒルデガルドだ。



 ヒルデガルドは強盗を働こうとしたワルの一味にいたが、人に向けて矢を命中させたことはない。

 森に入る前、木の上からの射撃もカスタルマンの耳をかすめる威嚇射撃だった。


 人を殺す覚悟などなかった。しかし威嚇射撃でもなんでもしなければ、この場を乗り切れない。

 ヒルデガルドもダービーに倣い、気配を頼りに矢を射た。狙いは暗闇から姿を見せず、鋼の矢でこちらを狙っている3人の射手だ。


 覚悟を込めて射られた矢は、暗闇の中で虎視眈々と狙いを定めていた男の胸に命中した。ヒルデガルドは腕のいい狩人だ、自らが放った矢が命中したかどうかは手応えで分かる。人を狙って命中させたのだ、覚悟したとはいえ、同時に気配が消えてゆくのが手に取るように分かった。


「ヒルデガルド、頭を下げろ!」


 言われてすぐ頭を下げたつもりが、飛来した矢が屈み込むヒルデガルドの頭部に命中するかしないかというところでシリウスの手に掴まれた。


「もっと大げさに頭を下げないと当たるよ」


 仲間がやられた次の瞬間、射手を狙ってきた。それも狙いは頭だ、ダービーの『警戒』が教えても完全に避け切るのには瞬時の判断が必要になる。シリウスが居なければ、あるいはヒルデガルドの人生はここで終わっていたのかもしれない。


「危ないな! もっと頭を低くしてカスタルマンにくっついてろ!」


 言いながらもダービーはたったいまヒルデガルドを狙った射手を逃がさない。

 スパスパッと素早く2連射し、矢は闇の中へと消えていった。


 『気配察知』スキルがあれば先手を取ることができる、有利ではあるがダービーには『警戒』スキルがあるのだから奇襲を無効化することが可能だ。敵の奇襲攻撃は避けるなり防御するなり、あらかじめわかっているのだから、対処したあとで狙われた位置に向けて矢を射ればいい。後手に回るが、敵の先制攻撃を避けた後、正確無比な射撃で反撃するのだから、カスタルマンほどの盾もちがいてガードしてもらえるのだから、それほど不利を感じるものではない。


 ダービーが矢を発射するということは、確実に狙った的を射抜く。気配がゆっくりと消えてゆく、これで敵の前衛射手3人を倒した。盾を抜けてくる鋼の矢を射てくる敵の射手を沈黙させたのは、カスタルマンにとって助けとなった。


「じゃあオレ気配消すからデニスさんあとは任せた! 誘導よろしく!」


「キツいんだがな、任されてやるしかねえ!」


 シリウスはスキル『知覚遮断』を使った。これは『気配消し』と『視覚誤認』が同時に強く働くもので、敵の『気配察知』に掛からなくなった。また『視覚誤認』の作用で、目の前に居ながらも、フッとその存在そのものが不確かなものとなった。

 カスタルマンの眼前から消え失せ、ダービーでさえ、シリウスの存在を認識できなくなった。


「こいつは……想像以上だ」


「くっ……見失った! シリウスおまえ本当はディムだろ!」


 この感じ、カスタルマンには覚えがあった。

 遭難した勇者パーティーを捜索するため組織された指名依頼を受け、獣人の支配地域に入ろうとしていた時のことだ、夜も遅くなったし足を休めたくなりキャンプしていたとき出会った青年、ディミトリ・ベッケンバウアーに酷似している……としか説明しようがない、なんともイヤな感覚だった。


 とにかく目の前にいるはずなのに、そこに居ないように感じる。存在そのものがあやふやになっている。

 じっと見ていないと、瞬きほどの時間でも目を離すともう見失ってしまうという不確かさだ。

 当然、カスタルマンよりも圧倒的にレベルの低い盗賊たちの目には、たとえ網膜にその姿が映っていたとしても、それをヒトとは認識することができないであろう。


 その時カスタルマンは、パーティーメンバーをひとり失っている。その時も、すぐ傍らに居たというのに、誰もその存在に気付いてはいなかった。


 カスタルマンはシリウスのアビリティについて、容易に推測することができた。

 戦況が不利になり、危険度が増すほどにシリウスを頼ることになる。出発前はブロンズメダルにも達してない駆け出しのヒヨッコだったはずが、百戦錬磨のデニス・カスタルマンも畏怖する男となった。


 カスタルマンには余裕など最初からなかったのだが、信頼していた盾と鎧が抜かれると知り、泣き言を言い出す余裕すら失ってしまった。ダービーもプラチナメダルの意地を見せ、着々と敵の数を減らしつつ、敵を誘導しながらゆっくり後退を指示した。


「第一波はしのいだ! 焚火からは離れていいだろう、ランタンの明かりを頼りに下がろう、ヒルデガルド、後ろセインさんのほう気配探れるか? どうだ?」


 ヒルデガルドはしばらく固まっていたが、やがて震える声で答えた。


「背後には誰もいない……、たけど遠巻きに8人が回り込もうとしている……、このままだと囲まれてしまっ……」


「どうした?」


「3人消えた……いや、5人、7人……」


「なるほど、セインさん凄いな……っと、カスタルマン! 前から3人近接、同時に来るぞ!」

「腕は2本しかないんだがなあっ!」


 カスタルマンは先頭の男にシールドバッシュを当て、その背後にいた盗賊を剣で突き刺した。しかし1人はカスタルマンが剣を突き刺したそのすぐ脇をうまくすり抜け、背後にいるダービーとヒルデガルドを狙った。


 いけない!


 刹那、剣を振りかぶりダービーに襲い掛かった男は、ぐるんと一回転させられ脳天から地面に叩きつけられ、その剣を奪われた。今までそこに居なかった不確かな存在にだ。


 シリウスだ。


 ダービーたちの目に見えないだけで、シリウスはしっかりパーティーを守っている。

 だけどシリウスは男をすぐさま殺せなかった。投げた後、剣を奪えば流れのままその剣をどこでもいい、急所と思しき場所に突き刺しておくべきなのだが、これは致命的な甘さだった、やはり人を殺すというのは極めてハードルが高い。


 剣を奪われ、切っ先を突き付けられた男は、態度を豹変させ、命乞いを始めた。


「うわあっ助けてくれ、俺には娘がいるんだあっ……」


 情けない顔だった。今の今まで人を殺しにきていた男が、立場が入れ替わった瞬間、今にも泣きそうな顔で助けてくれと懇願する。シリウスは迷う、この男は自分の行いを悔いている。命乞いをする者を無碍に殺すことなど、できるはずがなかった。


 しかし騎士団では、いまシリウスたちの置かれているような、極限の状況下は『仲間を殺されるよりは殺人者の汚名を受けよ』と教えている。敵は殺せるときに殺しておかなければ、生かしておけば次は仲間が殺される、だからこそ敵を殺すことに躊躇するなという教えだ。


 例えば戦闘で敵のほうが強く、自分の力が及ばなかったとする。

 剣を折られ、もう戦えないことで命だけは見逃してもらえたとしても、次の瞬間、別の男に自分の友達が殺されようとしていたら、再び剣をもって立ち向かうであろう。


 敵にも守るべき仲間がいるのだ。殺せるときに殺しておかなければ次に死ぬのは自分か、仲間だ。


 では実際に命乞いをされ、生殺与奪の権を与えられたとして、助けてくれと懇願されたとする。

 この場面で無慈悲にも剣を突き立てるということは極めて難しい。それが初の実戦を経験するシリウスであるなら尚更のことだ。


 頸動脈を狙う剣の柄をぎゅっと握りしめると、眼前の男を殺すことを強くイメージした。

 イメージが鮮明であればあるほどに、奥歯を噛み締め、腕は止まる。


 一瞬の躊躇があった。シリウスは男を殺すのをためらった。

 シリウスが未熟であったがために仲間を危険にさらすことになる。


 敵の波状攻撃はまだ続いているのだ、考えている時間などない。

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