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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第一章 ~ 探索者という生き方 ~
20/238

[16歳] 戦い死んでいった男たち

少し可哀想な過去が語られます。

20180206改訂


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 ディムが捜索者サーチャーライセンスを受け、ブロンズメダルを受け取った翌日の夕刻(18時前後)だいたい予定通りに護衛を終えてギルドまで帰っていたエルネッタたち傭兵マーシナリーパーティはカウンターで依頼達成の報告を終え、報酬を受け取るとまずは乾いた喉を潤すためギルド酒場奥のボックス席に陣取った。


「マスター、わたしはビアーを。アルスは?」

「俺もビアーがいい。喉が渇いた」


「あいよっ、ところでエルネッタ、お前んトコの若いの凄いな。あんな秘蔵っ子だったとはみんな知らなくてさ、昨日も大騒ぎだよ」


「はひ? 何の話だ?」

「お前んトコのボウズだよ、あのトシで捜索者サーチャーに一発昇進なんて聞いたことがない」

 エルネッタには寝耳に水だった。


「うちの? ディムがあ?」

「なんだあ? 護衛に行ってて知らなかったのか。あそこ見ろ、壁に新しい捜索者サーチャーの名前が貼り出されてるだろ? お前んトコのディムが、ギルド長と一緒に深夜の森に行って腕を見せつけたらしい。帰ったら聞いてみな。一昨日の深夜からもうシーカーやら荒くれどもが大騒ぎだ」


 エルネッタは依頼ボードの上に張り出された昇格者の名前を見て唖然とした。

「ほんとうだ……。ディムが? 捜索者サーチャーブロンズのランカー? だと?……うそだろ」

「はいっ、ご注文おまち。ビアーですよっ! 初めましてチャルといいます。今日からここで働くことになりました。あれっ? あなたは確か、酔い潰れてたのをディムが迎えに来たヒトですね。ディムの彼女さん?」


 チャルは前の職場でエルネッタと会っていた。

 ディムと再会したときのことだ。エルネッタはそのとき酒が入っていたのでチャルの記憶がない。


「はああああああ? あんた誰よ? なんでディムを知ってんのさ? なんか若いし……なんか若いし!」


 早速エルネッタが新人に絡んだことでマスターが割って入った。

「おいおいエルネッタ、この子はうちのニューフェイスなんだ。新しいウェイトレスだよ。やっと来てくれたんだからな、また虐めてやめさせでもしたらお前にエプロンつけさせるから覚悟しとけよ」


「いや、そこじゃなくて!!」

「ディムのことですか? 小さなころから知ってますよ? 近所でしたし……」


 いきなり降って沸いたようなディム情報に身を乗り出した。

「ディムと同郷なのか? ええっ?」


 エルネッタはディムがどこから来たのかを知らない。ディムと呼んでいるだけで、それが本名かどうかも知らない。お互いに過去も知らずに、一緒に暮らし続けてもう三年だ。


 ステータス鑑定のできるディムにはとっくにバレてるってことを知らないけど、エルネッタ本人もその名は偽名だし、過去は知られたくないものであったし、出身地がどこなのかなんて誰にも話していないからディムにも聞くことができなかったのだ。


「はい、あなたのことはディムから聞いてますよ。すっごく優しい、いい人だって」

「はああ? いつ会ってるの? わたしにはそんな、同郷の人がこの街にいるだなんて言わなかったのに。あの秘密主義め」


 酒場の新人ウェイトレスが若い女性だと、チャルを狙う傭兵たちはしっかり聞き耳を立てている。話に入らないまでも聞いてないわけがないのだ。


「おいおい、エルネッタが優しいって聞こえたぞ? おまえら聞いたか?」

「わははははは、マジか、エルネッタの甘えた声を聞いてみてえな!!」

「おいおい、エルネッタおまえまさか本当にディムを囲ってたのか……いくら若い男が好きでも、歳の差ありすぎて、それは犯罪レベルだぞ……」


 ディムは16歳でもう大人なのだから同棲してても誰にも文句を言われる筋合いはないのだが、倫理的なモラルの問題を指摘された。あちこちの女を口説いてまわるくせに結婚しようだなんて雰囲気すらないアルスにだけは言われたくない言葉だが。


「まて、まつんだ、そんな変態を見るような目でわたしを見るんじゃない! 誤解だって。……そんな事よりもなんでディムが捜索者サーチャーになってるんだ? 探索者シーカーになってまだ1年の駆け出しだぞ? 一昨日おとといは一緒に薬草の依頼を見に来てたんだ。たった2日の間に何があった?」


「なんだよ知らないのか? アッシュベアーを短剣でひと突きだったらしい。真っ暗な森に一人で入ってな。昨日は獲物が運ばれてきて、人だかりができてたよ」


「アッシュベアーだと!! 猛獣じゃないか。誰がそんな危険な依頼を許可したんだ!」


「えーっと、ディムがどうかしたんですか? もしかして……また何か問題でも起こしたんですか?」

「ああ、ちがうちがう、あのな……」


 奥のカウンターで飲んでいた探索者シーカーの男、ディムに先を越されたフェルナンド・カエサルが状況をよく飲み込めていないエルネッタとチャルに、一昨日何があったのかを説明した。

 何のことはない、この男もチャルとエルネッタの話に聞き耳を立てていたのだ。


 カエサルは小さな子供二人が行方不明になったという捜索依頼があったこと、それを深夜に走ってきて受けたディムがランタンも持たずに夜の森に入ってしまい、ギルド長が心配して追いかけたけど、わずか四半刻(約三十分)という短時間で子どもたち二人を探し出したこと。そして翌朝、確かに短剣で首をひと突きされて倒されたアッシュベア―が見つかって、昨日ギルド長がディムと面接をして正式に決定したのだと。


「ランタンも持たずに夜の森ぃ? あのバカ、どれだけ無茶を……」

 護衛に行ってて昨夜の現場に居なかった者はみんな驚いて開いた口が塞がらなかったが、ただ一人、チャルだけが " なぜ驚いているの? " という表情で客席を見回している。


「ディムは昔からそうでしたよ? 家の戸を開けたらすぐ森の入り口みたいなトコに住んでましたし、同い年の悪ガキ3人トリオが本当に手に負えなくて、8歳のときワイルドボアに追い掛け回されたまま村に逃げ込んできて、すっごい大騒ぎになったんですよ。あと、いつも肩に白いタカがとまってたし」


「タカ! タカってマジか! そんな童話みたいなこと本気でするやつ見たことねえ」

 アルスの馬鹿笑いが酒場に響く。やっぱりタカを肩にとめて歩いてるような少年なんて、童話ぐらいでしか見たことがないのだ。


「ぶわっははははは! そいつあゴキゲンだ。そんなワンパクには見えなかったが、エルネッタおまえ知ってたのか?」


 ブルンブルンと大きく首を横に振るエルネッタ。ディムの物腰の柔らかさから、きっと小さなときはずっと家で積み木とかをして大人しく遊んでたのだとばかり、勝手な想像をしていたのだ。


捜索者サーチャーって、人探しなんですよね? でもディムならきっとそういう仕事に向いてると思いますよ」

「な、なぜだ? 捜索者サーチャーの仕事は戦闘地域に行くことも多い。危険だよ。ディムは戦いを好まない」


「はい、昔からディムは平和主義でした。自分がいじめられることはあっても、ケンカをして相手をやっつけてやろうなんて考える子じゃなかったです。アビリティも戦闘向きじゃないですし、何かとバカにされて笑われてましたからね。でもなんだかうまく言えないなあ。だいたい男の子って、ケンカして相手よりも強くあろうって考え方が本能的にあるじゃないですか。ディムはそういうのがなかったんです」


「そうだ。うんうん。ディムはそういう性格だよな」

 チャルはエルネッタが同意したところでひとつポンと膝を打った。


「でもそれなら、ディムと隠れんぼしてみてください。鬼ごっこでもいいです。ディムからは誰も逃げられませんから。もう一つ付け加えるなら、ディムは誰にも見つかりません。私たちがディムを探すときは、直接は絶対無理なので、いつも一緒にいるタカを目印に探してたぐらいです。多少危険な場所でもディムなら誰にも見つかりませんよ」


「おおっ、いいね乗ったぞお嬢ちゃん」

「俺も乗った。ついこの前まで駆け出しだった小僧に抜かれて悔しかったところなんだ」


「決まりだエルネッタ。ディム呼んできてくれ。俺も逃げ隠れするのは得意なんだ」

「わははは、そういえばアルスおまえこの前、ガーゲインの野郎が探し回ってたぞ。逃げ隠れするならケンカなんざ売らなきゃいいのになあ」


「あんなノロマに捕まるわきゃねえって!」


 みんな口々にディムとのかくれんぼに参戦してきたけれど、エルネッタは頭がいっぱいになったように口をつぐみ、視線を落とした。


「やってろ……わたしは帰る……」


 酒を飲む気分じゃなくなったと言い、エルネッタはディムの待つ部屋に帰るため席を立つ。

 早足でギルドから出たところで、後ろから呼び止められた。


「あのっ! ディムの彼女さん!」


 エルネッタに声を掛けたのはディムと同郷の幼馴染、チャルだった。


「えーっと、まずはその呼び方をなんとかしてくれ。わたしはエルネッタだ」


「はい、えっと……」

 チャルは喉まで出かかった言葉を出すべきか出さざるべきかを考えているようだった。


「で、店を飛び出してわたしを追いかけてきて、何の用かな?」

「あ、はいエルネッタさん。実はディムの家族のことで……」


「なぜわたしに話そうとする? ディムに直接いえば……」


 エルネッタは口をついて出そうになった言葉をグッと飲み込んでしまった。

 3年前、護衛の仕事中、見晴らしのいい河原でキャンプしてたときに少年が倒れているのを見つけたことを思い出した。致命傷かと思われるような深い刺し傷、数えきれないほどの骨折箇所。長い間傭兵稼業で飯を食ってきたエルネッタには分かった。少年はなぶり殺しのような酷い目にあわされて、河に捨てられたのだ。生きていること自体が奇跡のようなものだった。放っておいたら今にも死んでしまうような切羽詰まった状態だった。河原に遺体が転がってるなんて、この国じゃ珍しくもないことだけど、そんなひどい状況だったディムを、小さな頃からよく知る同郷の子が、わざわざ店の外まで追ってきて、折り入って話したい家族の話なんて、だいたい窺い知れる。


「あの、実は……ディムは戦死したことになってるんですよ……そして私はディムがここで生きてるってことを、村の連絡網に知らせていません」


「なんだって! なぜそんな……まて、戦死? いま戦死と言ったか?」

 チャルは戦死と言った。エルネッタは耳を疑い、聞き返した。

 ディムの体中にある深い傷跡、あの傷は戦闘による傷だったとでも言うのだろうか。


 その傷の具合は拷問でもされたのかと思うほど酷かった。


「もしかして知らなかったんですか? 私たちはセイカの出身です……ディムは村人たちを逃がすため、最後の最後まで勇敢に戦ったそうです」


「あのとき13歳だぞ? ディムはまだ子どもだった!」


 セイカはニュースになった。傭兵稼業で飯を食ってる者なら知らない者はいない。

 この国でいちばん最初に獣人たちの侵攻を受け、滅ぼされた村の名だ。


 ディムは戦って死んだという。


 13歳の、あんなに幼かったディムが騎士団でも苦戦するという獣人たちと戦い、あんなに深い傷を負いながら、村人たちを逃がしたという意味だ。


「ディムが戦死したと聞いたディムのお父さんは、避難先のリューベンに獣人が迫ったとき、避難民を逃がすため最前線で戦って亡くなったそうです。お母さんはオーセラル市まで逃れたあと家族を失ってしまったことを知り、失意のあまり川に身を投げたそうです。だけど命だけは助けられ救護施設から行方が分からなくなっていたのですが、去年、ここから比較的近いサンドールの町で生きてるのが見つかりました」


「母親は生きてるんだな、そのことをディムは?」


 チャルは無言で首を横に振ったあと、小さな声で話を続けた。


「私には言えませんでした。ディムのお母さんは記憶をなくしてしまって、いまは小さな雑貨店を経営する男の人と結婚し、娘さんが生まれたんだそうです」


「なっ……それは……」


「もし母親おばさんに会ったら、きっとディムは傷つくと思いました。そして万が一、ディムの顔を見たお母さんの記憶が戻ったら? お母さんは自分を責めるんじゃないでしょうか。いまある温かい家庭の、娘さんや新しい旦那さんは、ただ幸せに暮らしているだけです。……私はディムには言えません。何も知らないほうがいいとも思いませんけど、それでも私はディムには言えませんでした。私には何が正しいことなのか……」


「じゃあなぜそれをわたしに聞かせる?」


「あなたがもし、ディムの家族になってくれるのなら。きっとディムの心の支えになってくれると思ったからです」



 エルネッタはディムの事が少しわかった気がした。


 あの子の心は誰よりも深い悲しみを湛えている。



「そうか。ありがとう。ディムと話すよ……」


 エルネッタはチャルの縋るような眼差しを背中で断ち切り、ディムの待つ部屋へと帰って行った。



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