【15歳】指名依頼(11)パトリシアはベロチューを賭けた
「悪かった。だけど名前を知らない。名を教えてはくれないか」
「名を名乗れというならそっちから名乗るのがスジだろ?」
「そ、そうだな、失礼した。ダービー・ダービーという」
「ウソだそんな名前……」
「そうなんだ、変な名前なんだろうな。だが偽名じゃない。お前も同じなのかもしれないが、その、何というか私は望まれずに生まれてきた子でな、親の顔も覚えてない。ただダービーと呼ばれたことと、手のぬくもりだけを覚えている。だけどそのダービーが姓なのか名前なのか、それとも愛称だったのかも分からないんだ。だからダービー・ダービーだ。覚えやすいだろ? こんな名前を聞いただけで、世の中のひとには孤児院の出身だということが分かってしまうし、だいたいは成人したら名前を変えるんだがな、私はこの変な名前が気に入ってて、いまだにずーっとダービー・ダービーなんだ」
……。
……。
ハーフエルフの少女は、この凄腕のプラチナメダルが自分と似た境遇に生まれたと知り、言葉が出なかった。自分は母の顔も知っているし、付けてもらった名前もある。
ダービーは言葉を詰まらせ押し黙る少女の沈黙を許さなかった。
「どうした? お前は名無しか?」
「ヒルデガルド……」
「へえ、いい名前じゃないか。誰が付けてくれた?」
「母だ」
「ならお母さんを大切にしてやらないとな」
「母は私を捨てて森に帰った」
熟見捨てられる運命なんだと、ここにいる皆がそう思った。
「そっか……、じゃあいまは誰と暮らしてるんだ?」
「ひとりだ」
よそ見をして話を聞いてない振りをしていたカスタルマンたちも、まさか14歳の少女がひとりで生きているとは思わなかったので、さすがに『ひとりだ』と言われたときには振り返ってしまった。
「強いな! そして不幸には同情してしまうよ」
「同情なんかいらない!」
「いや、同情を施しといっしょにするなよ? 同情は自分と比較して思うところがあったからするものだ、要る要らないは関係ない。だから同情させてくれ。だけどな、生まれが不幸だからと言って、生き方まで不幸である必要なんてないんだぞ?」
「……お前なんかに何が分かる」
「さあな、お前の気持ちが分かるのかもしれないし、まるで分かっちゃいないのかもしれないな。まあ、どうせお前の人生だ、好きに生きるといいさ。私たちはそろそろ行くよ。あ、そうだ、弓の腕もなかなかのもんだったぞヒルデガルド。あんなゴロツキなんかとは縁を切って狩人として真っ当に生きろ……とだけ忠告しておくよ」
「ど……どこへ行く気だ!!」
ヒルデガルドは『そっちに行くと森だ、危険なんだ』と言いたかった。
しかし誰も忠告を聞こうとはしない。
「仕事だよ、私らはこれから盗賊退治なんだ」
「盗賊退治? もしかして『レッドベア』を倒す気か? 頭大丈夫か?『レッドベア』はアッテンボローの国軍が攻めてもどうすることもできなかっんだ。殺されてから死ぬほど後悔すればいい」
「あははは『殺されてから死ぬほど後悔すればいい』か、うまいこと言うな、いつかチャンスがあれば使わせてもらおう」
そういうとダービーは立ち尽くすヒルデガルドに最高の笑顔で手を振り、冒険者パーティーは寄るつもりだった村を素通りして森へ向かった。シリウスはそのあとちょっと後ろを振り返り、ヒルデガルドと目が合ったので、爽やかに微笑んで、手を振ってやった。
ダービーはチーズを補給できなかったのが不満らしくカスタルマンに不服を言ったが、これ以上のもめごとがあると作戦の遂行に支障を来たすので致し方ないと言い訳をしているように見えた。
「ねえダービーさん、あの子ついてくるよ? ぴったり追跡されてる」
「あはははは、追跡スキルもってたっけか?」
「さっき言ったじゃん『気配探知』も『気配消し』もあるってば」
「へ――っ、言われて振り返っても見えないんだけど! マジでついてきてるのか?」
「がっちり一定距離を保ってる。けっこうやるよ? あの子。どうしようかな……」
「どうもしなくていいだろ? なんだ、シリウスは女の子に追いかけられるの慣れてないのか?」
「いや、ちょくちょくルーメン教会に忍び込んで怖い姉ちゃんにガチ追われてるけど、追われるならあの子のほうがいいよなぁ、だって可愛いじゃんね?」
シリウスはこの時、ルーメン教会に侵入したときのアンドロメダの鬼人っぷりと比べて、ヒルデガルドなら生命の危険もないだろうし、まだいいと言いたかった。ちょっと鍛えてもらうためルーメン教会に行くと、だいたい酷い目に遭わされるのはパトリシアもよく知っていることなので、ただ同意を求めただけだったのだが。
……。
……。
「パトリシア? どうしたのさ? あの子のこと嫌いなのか?」
しかしパトリシアは初対面の女の子に対し、可愛いと言ってしまうシリウスに対して怒りを覚えた。
確かにヒルデガルドは、女のパトリシアが見ても息が止まるほど可愛かったのだが、だからこそ可愛いだとか言ってしまうシリウスのことが許せない。そんな細かい女心をシリウスが分かるわけもないのだが。
「あの子かわいくてよかったわね!」
「えええっ! なんで怒ってんのさ!」
「「 どわはははははっ 」」
「シリウスおまえ女心わからなすぎだろ」
「あはははは……、愉快だ! おまえらもっとやれ」
「訳わかんねえわ」
----
ダービーはたった今素通りした集落から煙が立ち昇ったのを見た。風向きから冒険者パーティの向かう方向ではないが、やや森に向かって黄色く着色された煙がたれこめている。
「なあカスタルマン、あれをどう見る?」
「うっわ、もしかして狼煙か? えらく古風なやつがいるな」
「のろし? なにそれ」
「シリウスは知らないか。ギリギリ目を凝らせば見えるぐらいの距離を通信する手段だな。いまは鳩や手旗で通信してるけど、昔は煙を立ちのぼらせることで情報を送ってたんだ。赤い煙や青い煙、今のアレは黄色い煙だ。関所からこっち方面には4つほど集落があるからな、黄色の狼煙はもしかすると『いま冒険者パーティーがここからそっちに向かっていきました』という意味かもしれない」
「アホのする所業だと思う」
「ほう、じゃあシリウスは今からどうすればいいと思う?」
「オレならいま合図の狼煙が上がったのなら、ダッシュで隣の集落に行って、知らん顔してそっちでも狼煙をあげさせて、また隣の集落行って、以下同文かな」
「体力無限大かよ! その発想はなかったな……。そりゃあ情報受け取ったほうは混乱するだろうけど、私らはその体力をどうやっても捻り出せない。だから却下だ」
「シリウスだけ行けばいいですね」
「パトリシアが辛辣だよ、なに? なにか機嫌悪いの?」
パトリシアはなぜか機嫌が悪いようで、以降シリウスとは一言も口を利かなかった。
日も傾き、涼しい風が頬を撫で始めたころ、冒険者パーティーはようやく森の入り口についた。
街道もほぼ消えてしまって踏み痕も見つからないが、ダービーの地図読解力により現在地点を精密に観測することができた。ここから一歩でも前に進めば森だ。
「さてと、森についた。私ら冒険者パーティーは黄色い狼煙を上げられ、情報戦じゃあすでに一歩遅れを取っている。どうすっかなあ、ここから素直に森に入っていいものかな。さすがに待ち伏せされてないとは思うが」
「オレの気配察知にはかからないなあ」
「察知に掛からない? そっか、じゃあ賭けようかシリウス。私は待ち伏せされてるほうに愛しのパトリシアのキスを賭ける」
「マジか! 賭ける賭ける。オレは何を賭ければいい?」
「ちょっとまってください、なんでダービーさんが私のキスを賭けるんですか!」
「イヤなの?」
「イヤですよそんなの」
ダービーはパトリシアの耳元で、誰にも聞こえないぐらいの声で言った。
(じゃあ私がキスしてもいいの? むちゃくちゃノリノリでべろちゅーしちゃうけど? チューだけじゃなくて、一晩しっぽりと二人で、シリウスって夜すごそうだし。ああん、もっといろんなことしちゃうかもしれないけど……本当にいいの?)
「……だ、ダメです」
「だよねー、では私はパトリシア・セインのベロチューを賭けよう!」
「ハードルあげないでください」




