【15歳】指名依頼(10)ハーフエルフの少女
シリウスは鑑定したが、カスタルマンのほうは一目見ただけでこいつらの素性を、この集落に住むゴロツキであると理解した。先制攻撃を仕掛けて怪我でもさせたら集落の住民たちといざこざになるかもしれないから、今は不要なもめごとを全力で回避するのが望ましい。
「しゃあないな、通行料か。いくら払えばいい?」
「そうだな、お前らカネ持ってそうだから……ひとり3万だ。3万ゼノ払えば通してやる」
「3万ゼノ!! なんでそんなに払わなくちゃいけないんですか! イヤです。私は払いませんからね」
パトリシアが即決で断った!
いつもそうだが、パトリシアはお金を払う段になると相当細かいのだ。
「はあ? じゃあお前は通さねえ! チビのお姉ちゃんだけ引き返せ」
「ちび?……」
「ちょ、ちょっと待とうか。セインさん、全力でケンカ買わないでもらえると嬉しいのだが……」
「この道を通るだけなのに何で3万ゼノも払わなくちゃいけないんですか! じゃあそこに直れ、お前ら全員そこに直れ! わたしの遅効毒で紫色の泡ふかせてやります。ちなみに解毒剤が欲しければ10万ゼノ添えて土下座したら売ってあげなくもないです」
「シリウス、ちょっと止めてくれ」
「わ、わかった」
「何するんですかシリウスのアホ! こいつ私のことをちびって……」
「やっぱそこ? 知ってたけどさ、ここはデニスさんに任せよう、な、な」
「ちなみにこいつらのレベルは?」
ちびと言われたパトリシアの怒りは治まることなく、毒を取り出せないようバックパックを奪ったシリウスのファインプレーが際立った。
「レベルは低いよ。戦闘系のスキル持ってるやつもいるけど、鍛えてないから脅威じゃない。パトリシアが素手で全員相手して楽勝ぐらいのレベル。ただ木の上に隠れてる奴はハーフエルフで【弓師】アビもってるけど、ダービーさんこれって狩猟系じゃなくて戦闘アビリティだっけ?」
「弓師か……種族適性ってやつだな、狩猟より一段上なんだが……ハーフエルフか」
「うん、ハーフエルフの女で、14歳。アビは【弓師】だけど、まだ14歳なのにレベル19ってけっこう高いよね。スキルは弓術、短剣、気配消し、足跡追尾と気配察知まで持ってる。レベルは低いけどこの女が一番強いと思う、こんだけスキル持ってる奴はサンドラのギルドでもあまり見かけないよ」
「14歳でそこまで? すごいな、それをハーフエルフが?」
「そうだけど? 何?」
パトリシアもハーフエルフと聞いて、急激に怒りが冷めていった。
カスタルマンはひとつ大きな溜息をついた。
「ハーフエルフときたか……、こりゃあ払ってやるべきかな……」
カスタルマンがお金を払おうかと言った瞬間のことだった。
木の葉の間隙を縫って、矢が飛来した。狙いはカスタルマンの耳をギリギリかする一点だった。
だが警戒スキルを持つダービーがそれを許さない。予めそこに矢が飛来することを読んでいた。
放たれた矢がカスタルマンに届く前にダービーが素手でキャッチし、すぐさま自分の弓につがえて撃ち返した。
シュパッ!
木の上で身を隠していたハーフエルフの少女は、特徴的に尖った耳のすぐそばに命中した矢に反応することすらできなかった。
カスタルマンの耳を狙った矢を、そのままやり返された形だ。
幹に深々と突き刺さった矢は、耳のすぐそばに命中したため、ビイイィィンと振動する音が耳にけたたましく響く。そのとき木の葉の隙間から矢を撃ち返したダービーと目が合った。
ハーフエルフの少女は殺気とは違う、圧力のようなものを感じ、気圧されバランスを崩すと、
ドサッ!!
地面に落ちた。
「いた……」
少女が顔を上げた時、ダービーはすでに次の矢をつがえていて、眉間に狙いを付けていた。
王国でも最高の弓使いと言われるダービー・ダービーがレベル50にもなって、まだレベル19の女の子にガチ殺すぞという威圧をかけている。カスタルマンはあたふたし始めた。
女の子は白銀の髪を編んで一つにまとめ、スマートな肢体だった。むしろその姿は華奢に見えたが、ずいぶん手足が長く、ヒト族とは違うことは容易に見て取れる。
また顔立ちも美しく、将来は必ず美人になることが約束されているかのような、可憐な姿をしている。さすがに【弓師】だからか、手作りと思われる革の装備一式を付けてはいるが、それでも少女であることに違いはない。
「ダービー、ちょっと、ちょっと落ち着こう。お前までなにを」
カスタルマンが二人の間に割って入るとハーフエルフの少女は木につかまってヨロヨロと立ち上がり、カスタルマンを睨みつけた。
「施しなんか要らない!」
「いや、施しなどと……」
「そんな気の毒な子を見るような目で私を見るな!!」
「いや、そういうわけじゃない……、ああ、面倒くせえな。どうすりゃいいんだよ!」
「というわけだカスタルマン、謝っといたほうがいい」
「ええっ? 私が? なんでだ? え? ダービーおまえそっち側なの?」
結局、ハーフエルフの生まれを気の毒に思ったカスタルマンが、3万ゼノぐらいめぐんでやろうやと言った、ハーフエルフの少女はお金をめぐんでやるといった事に対して怒っている。少女は強盗の類であるが、乞食ではない。施しを受ける側はそれを屈辱と受け取った、そういうことだ。
「ああもう悪かったよ、これでいいか? なんだよ、矢を撃たれただけ損した気分だ」
カスタルマンは訳の分からないまま謝りたくもないことで謝らされた挙句、こんな野郎共に3万ゼノ払おうだなんて気持ち、これっぽっちもなくなってしまった。要するにけったくそが悪い。
そしてデニス・カスタルマンはこう見えて女にだけ優しく、男にはこれっぽっちも容赦しない。
いい年こいて若いチンピラに八つ当たりをするなんてことを、恥とも思わないのだ。
「かかってくるか? ああん? 手加減してやるけど骨の何本かはへし折ってやるからな、武器を使うなら命をかけろよオラ」
「ねえデニスさん、こいつら最高でもレベル29だし。サンドラにいるケンカの強いオッサンよりだいぶ劣るからね、殴ったらマジで死ぬよ?」
「おう! 死にたい奴だけかかってこんかい! プラチナメダルの冒険者ナメんなよ」
「「「「 プラチナメダル? 」」」」
「おう! これがそのメダルだ、実は依頼を受けていてな、プラチナともなると依頼遂行中、邪魔するやつらは殺してもいいってことになってる。つまりこのメダルは、お前らを殺してもいい殺人許可証だ……」
「「「「 ひいいいぃ、逃げろお! 」」」」
シリウスはカスタルマンの嬉しそうな横顔を見ながら、よくそんなウソを思いつくと感心してしまった。
案の定、とても分かりやすくプラチナメダルを見せつけたカスタルマンの恫喝ひとつで問題のひとつは解決した。脱兎のごとく退散するゴロツキどもと、この場に残されたハーフエルフの少女ひとり。なんとも情けない構図だ。
カスタルマンはやっぱりこの少女のことが気の毒に思えた。だけどそんな顔を見られると、またかみつかれるかもしれず、仕方なく背を向けて先を急ごうといった。
「そろそろ行こうや、日が暮れちまう」
この国でハーフエルフなんて混血は、非常に珍しいと言われている。
エルフ族は掟に従い、掟の中で生きて、ヒト族とは接触を持たないからだ。
ごく稀にプリマヴェーラのように、人と共存するエルフ族もいるがそれはかなり特殊で、大多数のエルフは他種族と交流を持たず、閉鎖的に森の中で暮らす。純血主義が幅を利かせる厳格なエルフの村では、他種族との結婚どころか恋愛すら許されてはいない。当然ヒト族との間にハーフの子どもをもうけるなどタブー中のタブーであり、ハーフを生んだ母親も子どもと一緒に追放されることが多いと言われている。
特にここハセ大森林には知られているだけでエルフの集落が5つあり、レッドベアなどという有力な盗賊団も拠点を構えている特殊な立地である。稀にエルフの村が盗賊団に襲撃されるといった不幸な事件も報告されていて、エルフ族とヒト族との争いごとは絶えない。
ヒト族の集落にハーフエルフの少女がいるという時点で、その子は望まれずに生まれてきた子であることは、言われなくとも想像に難くない。世間知らずのシリウスにはまだ分からないことだが、残酷なことなんて、珍しくもない。そこら中どこにでもあることなのだ。
いま目の前には仲間に置き去りにされたハーフエルフの少女が不安そうな表情を隠すこともできず、ダービーによって追い詰められていた。ちょっと強がりを言うと、少女はあんなゴロツキたちのことを仲間だなんて思ってはいなかった。だけど、その目には涙がにじむ。
「どうしたハーフエルフ。仲間に見捨てられたか?」
置いて行かれたハーフエルフの少女を斜に見て、ダービーはつがえた矢をおろした。
仲間がいなければただのレベル19、こちらに危害を加えようとしても、恐らくは何もできずに取り押さえられる。
「うるさい! 私をハーフエルフと呼ぶな」




