【15歳】指名依頼(9)ヒルデガルド・ハーヴェスター
シリウスたち冒険者パーティーは談笑しながら王立騎士団北の国境の砦から西の大国アッテンボロー方面へ旅立った。途中、関所へ向かって情報収集する予定だったが、騎士団からの情報だけで十分と判断し、砦を出てから一刻半(3時間程度)で関所と森の分かれ道に差し掛かり、右側、つまり国境の森へと直接向かうルートを選ぶことにした。関所なんてアッテンボロー側の衛兵もいるし、シリウスたちは越境する許可がないのだから面倒ごとが増えるだけ損という判断だ。
昼食は森へ向かう丘陵地帯の途中でキャンプすることにした。
カスタルマンは乾燥の戦闘食、つまり栄養がたっぷり練り込まれたクッキーを味気なくムシャムシャと頬張り、ダービーは乾燥レーションほどではないが黒パンにチーズを挟んだサンドウィッチを出して軽い食事とした。しかしパトリシアはリュックから焚火ストーブを取り出すとその辺に落ちてる木の枝などを折って器用に火をつけた。ふかふかの白パンに焼きベーコンと、クラムチャウダースープまで作って見せた。シリウスがパトリシアの依頼についてゆくと、だいたいいつも野外バーベキューなみの料理を作ってもらえる。今日はクラムチャウダーが絶品だった。
「これちょっと食べてみて。お湯に溶かしただけでスープになる素を試作したの」
そして試作品の味見もシリウスの大切な仕事の一つでもある。
「うおっ! これうまいな! またうちのコックが嘆くよ」
「お出汁をとる手間が省けるからね、うまく商品化できれば儲かるかも!」
「おいおい、戦闘区域に入るともう火は使えないぞ? 乾物もってきたのか?」
「パトリシアと森に入るときは食べ物なんて持ち込む必要ないよ?」
「生肉派か!」
「ええっ? 違いますよ。果実や野草は現地でどうとでもなりますから。私狩人もランカーなので森で動物を獲ることもありますけど、お肉は持って帰るか組合に出しますね」
「おお、それを聞きたかったんだ。セインさんはライセンス2つ持ってるんだよな、いいなあ、私さあアビリティが【狩人】なんだよね。狩りは得意なんだけど、ライセンスが捜索者だから肉を売れないんだ。私もラールに行けば狩人ライセンス取れるかな?」
「えっと、たぶん無理です。ラールでは冒険者ギルドと狩人組合ってむちゃくちゃ仲が悪いんです。年に一度は必ず抗争起こしますし……、私たち探索者は森で狩人と鉢合わせになること多くて」
「抗争? 穏やかじゃないな」
「そうなんですよ。だいたい抗争で真っ先にケンカするのは傭兵なんですけど、森に入っても顔を合わせたらダメですね、こっちが争いごとを避けたい探索者でも、相手はお構いなしに全力で絡んできますから」
「マジか! 森でパトリシアとケンカして勝てるわけないじゃん! そいつらアホだろ?」
「まあねー、それで私がハンターライセンスを勝ち取ったというわけです。力ずくで!」
「ケンカして?」
「まあ、そういうことになりますね。ちなみにプリマヴェーラもダブルライセンスもってますよ?」
「聞いたかダービー。な、ラールの冒険者ギルドじゃあ、こんな可愛い探索者の女の子でも武闘派なんだぜ? そこにあのアサシンのディムと地獄のエルネッタが加わる。おまけにトールギスと妖精ちゃんもだ。そこいらの盗賊団なんか目じゃねえ」
「ディムさんとエルネッタさんの抜けた穴はダグラスとプリマヴェーラがしっかりフォローしてくれてますからね? 狩人組合なんて目じゃないです」
「ちがいねえ!」
昼食の焚火ストーブを仕舞って雑談しながらピクニック気分で街道を歩いていると、さっきの分かれ道と森の中間点あたりに、小さな集落が見えてきた。家の数は50程度の小さな集落だ。いまの季節は麦の種まきをしている頃か、自然の丘に生えてる草をはむ乳牛が放たれている。
そして小さな集落のその向こうに広がるのは、隣国アッテンボローとの国境に広がる山脈をぐるっと覆う、深い森、正式に『ハセ大森林』というらしい。
このハセ大森林はエルフの集落が知られているだけでも5つあるというから、うっかり足を踏み入れるとエルフの支配領域でした!ってこともあり、それこそがここの森を緩衝地帯とする土地柄というもので、問題を複雑化させている。エルフ族は国境のこちら側にいても、王国民であることを認めない。とうぜん、国境の向こう側にいても、アッテンボロー国民であることを認めない。エルフ族はエルフ族、ヒト族はヒト族と、エルフたちは自らの縄張りに内側から線を引いて、他種族との交流を拒む傾向にある。
エルフ族は森の外に干渉することはない。しかし、森は自分たちの領域だという縄張り意識を強く持っているせいで、この近くの国境付近では、100年の単位で小競り合いが続いている。
だいたい国境を超える街道は、関所を設けることで入出国の審査を行うし、国境を越えての貿易も盛んにおこなわれている。だがしかしエルフ族はヒト族の国家という括りの外にいる。つまりヒト族と敵対するエルフ族は盗賊団と大して違わないのだ。だからこそ、王立騎士団にしても、にらみ合っておくのが一番、下手に手を出すと藪蛇ということになりかねない。非常にややこしい土地なのだ。
「さてと、この集落を抜けて四半刻(30分)も歩けばハセ大森林に足を踏み入れるわけだが、集落で何か補給していこうか」
「畜産農家が多いようだ、うまいチーズが手に入ればいいな」
「そっか、ダービーはチーズに目がなかったな」
「チーズはそのまま食べてもよし、火にかけてもよし。栄養価が高いから非常食にもいい。ただしそのまま布袋に入れてしまうと『嗅覚追尾』スキルを持ってる奴には格好のマトになるからね、そんなときは完全密封袋が必要だ。シリウスは『気配察知』のほかに何か『追尾』系のスキルあるのか?」
「あるよ」
「じゃあ探索者がシルバーメダルに昇格したら捜索者になれるかもな」
パトリシアがシリウスのショルダーバッグを引っ張って悔しそうな表情を滲ませる。
「うっ……シリウスむかつく。わたし頑張ってるのに追尾スキルがないせいで捜索者昇格できないんですよ……」
「頑張ってるって? 訓練してるのかい?」
「はい、ちょくちょく教会にお邪魔して訓練してるんですけどね、森から一歩出るとダメなんですよ」
「じゃあ何? 森の中なら?」
「気配も追尾もばっちりです!」
「なんだとー! 私も『気配察知』スキルほしいぞ! 訓練でどうにかなるかな!」
目の色が変わったダービーを尻目に、シリウスはドヤ顔を決めた。
「気配察知? じゃあさ、ここから見えてる手前のあそこの木の上に人ひとり潜んでるし、小屋のなかに4人いるけど、こういうのは言ったほうがいい?」
集落に入る手前の小屋だ。
「おおっ、助かる。ぜひ言ってくれ。できればもっと早く言ってもらえるともっと嬉しいな」
カスタルマンは背中に背負っていた盾を左手に装備し、ダービーは歩きながら弓の弦を張りつつ、戦闘準備を始めた。二人の手慣れたところだ。日暮れまでまだ二刻半(5時間)ほどあるのでシリウスは武器を使うより素手のほうが強いし、パトリシアもまだ森に入ってないからスキルは発現していない。
「シリウス、戦闘準備しろよ? おまえも騎士なんだろ、盾は?」
「持ってないし! 持ってても使えないし」
「カスタルマン、シリウスの装備してる短剣はいいものだぞ? ハッキリいって駆け出しの扱えるようなもんじゃない」
「パトリシアからもらったんだ」
「だって難しくて使えなかったんです。高かったのに」
「ミセリコルデな! 私も買ってみたけど扱いづらくてなあ、もうちょっと細身のスティレット派なんだ」
「ミセリコルデ? くーっ、スピードで勝負するタイプかよ! 騎士にあるまじき男だな」
装備してても昼間はスキルがないから使えないのだが、下手は下手なりに薬草を摘んだりするのに役立つ。
シリウスたちが丘の上の小屋に差し掛かると、ダービーが小声で注意を促した。
「カスタルマン! 来るぞ」
これは『警戒』スキルの為せる技で、敵の攻撃タイミングを読み、パーティーメンバーの誰が奇襲を受けるのか事前にわかるといったものだ。
―― トスッ!
確かに矢は飛んできたが、カスタルマンの足元に突き刺さった。これは止まれという意味合いが強い。
小屋の陰からゾロゾロと男たちが4人出てきた。木の上に潜んでいる奴は息をひそめて動かない。隠れておいてフォローする作戦なのだろうか。
4人は粗末な布の服を着ていて、ズボンも皮革部分なし荒い麻ヒモで締めている。これは農民の出で立ちだ。
前の男がぶらぶらとナイフを出して見せつけるようにしながら口を開いた。
「道を間違えてないか? 関所はあっちだぞ?」
「ぐははは、見たところ関所破りだな。こそこそ森を抜けてアッテンボローに密入国したいです! って顔に書いてあるじゃないか」
「そうか、じゃあ通してやるから通行料を払えやオッサン」
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□ ラック・ビュート 27歳 男性
ヒト族 レベル022
体力:09972/12887
経戦:882
魔力:-
腕力:544
敏捷:829
【栽培】E/短剣F
□ テレピン・ビュート 24歳 男性
ヒト族 レベル020
体力:10022/12460
経戦:740
魔力:-
腕力:699
敏捷:864
【算術】E
□ ハイノ・ダブリス 19歳 男性
●流行性感冒(軽度)
ヒト族 レベル019
体力:08244/10533
経戦:920
魔力:-
腕力:720
敏捷:1076
【狩猟】D/短弓D/短剣D
□ トキサク・マカリスター 31歳 男性
ヒト族 レベル029
体力:15450/18229
経戦:764
魔力:-
腕力:1005
敏捷:1076
【栽培】C/短剣D
シリウスはため息をついた。
こいつら4人、揃いも揃って一般人レベルだった。体力の現在値と最大値に差がある、これは戦闘に備えて身体をベストな状態に保つという基本ができていない証拠だし、25歳まではおよそ年齢=レベルになることに気付いたシリウスの所見としては、戦闘訓練も受けてない。身体も鍛えてない。その辺の村にいるガラの悪い兄ちゃんたちに他ならない。
ただ、【狩猟】アビリティもちのハイノ・ダブリスが弓に矢をつがえて、これ見よがしにこちらに向けているのと、レベル29の【栽培】アビリティをもつトキサク・マカリスターが『短剣』スキルを持っているくせに、ポケットに手を突っ込んでニヤニヤ笑っているだけ。こいつら盗賊じゃないかもしれない。
そして木の上でじっと息を殺してこちらを伺ってるのが……、
□ ヒルデガルド・ハーヴェスター 14歳 女性
○気配消し(発動中)
エルフ族xヒト族 1/2 レベル19
体力:9887/10065
経戦:710
魔力:820
腕力:708
俊敏:2492
【弓師】C/弓術C/短剣C/気配消しC/気配察知E/足跡追尾D
シリウスは「へー」と感嘆の声を上げた。
木の上、たぶん3番目の太い枝にいる。葉っぱの陰に隠れてるから顔までは見えないがハーフエルフの女……というか、シリウスよりも年下の表示だ。もしかすると同い年かもしれない、ずいぶん若いが、エルフ族にしか発現しないという【弓師】アビリティを持っている。年齢とレベルを比較すると際立って高いし、敵に回したら厄介そうなスキルを持っている。気配消しは昨夜砦で聞き耳を立ててたスパイの女よりも効果が高い。この中で警戒すべきはこの女だ。




