【15歳】指名依頼(8)名探偵パトリシア
バーランダーについてゆくと、砦中庭の一角に別棟で建てられた石造りの建物へと案内された。
パトリシアの目的は牢番の二人が話していた "甘い匂い" のする神経毒だ。
「牢番の二人はどこに立っていましたか?……、あっ!」
パトリシアはバーランダーの回答を待たずして、牢番の立ち位置の頭上付近に何かを見つけた。
そよ風に吹き飛ばされる前のタンポポの綿毛のような……柔らかそうなボンボリだった。。
「シリウス、あれ取って。そっとね、壊さないように」
「ダメだ、毒でも塗られていたら大変だ、警備兵!」
「シリウスは毒に耐性ありますよ? それに牢番の二人に状態異常を与える程度の軽い毒物ですから、シリウスをどうこうできるようなものじゃないです」
「そ、そうだったか……」
シリウスはひょいっとジャンプしてパトリシアの指さしたタンポポの綿毛のようなものを取った。
壁に刺さっているわけでもなく、付着していただけのようだ。シリウスの手に簡単に取れたが、別にべたつくといった妙な感覚はない。
パトリシアはシリウスの手から綿毛を受け取ることなく、ただ手のひらに乗せられた綿毛に顔を近づけ、手で扇いで匂いを嗅いでみた。
「ヒュプノアイリス? これヒュプノアイリスの花粉ですね!」
「聞いたことがないな、それはいったい?」
「ヒュプノアイリスの花粉は昏睡薬の素材として知られています」
「昏睡薬? それは睡眠薬のことかな?」
「睡眠薬の一種ですが、作用点が違います。睡眠薬は文字通り眠らせる薬なので、使われると寝てしまいます。ですが昏睡薬は意識だけを混濁させます。具体的には睡眠薬を使うと、目を覚ました後で本人は眠っていたという自覚が残りますが、昏睡薬だとその自覚がありません。そして、ヒュプノアイリスは非常に高価なものです。サンドラ薬科大学でも標本しかありませんでした。それをこんなことに使うなんて、もったいないですね」
「もったいない?」
「だって睡眠薬を使えば済む話じゃないですか? 昏睡薬って高いんですよ? 粉末のちょーーっとしか入ってない小瓶が70万ゼノもするんです。睡眠薬なら5000ゼノも出せば手に入るのにですよ? 考えてもみてください、死体を残していくのですから、カーラ・コーバッツが死んだことは遅かれ早かれ発覚しますよね。襲撃者は70万ゼノは下らない昏睡薬を使ってでもカーラ・コーバッツに取り調べを受けさせたくなかった。睡眠薬を使うと牢番も眠らされていたことを自覚するから牢の外部から侵入者があったことがバレますよね? もっと言うと刃物で突き刺せば確実に死なせることができるのに、首を絞めた。しかも力任せに首を絞めたわけじゃなく、痕が残らないよう力加減をして殺害してるんです。これは死因を偽装する必要があったということです。たぶん私の麻痺毒の作用で窒息死したと見せたかったのでしょうね。ということは、今後もこの砦に素知らぬ顔で居続けたい者の犯行です。そうじゃなければ牢番の二人も、カーラ・コーバッツもみんな殺して、とっくに逃げちゃってますよね」
「セインさん、あなたいったい……」
「どうってことないです、私じつは探索者からステップアップして捜索者を目指してるんですよね……。腕のいい捜索者なら当然これぐらいは推理します。ところで昨日、作戦会議室で倒れていたカーラ・コーバッツの一番近くに居たのは誰ですか。給仕係があの部屋に入って、ゆっくり聞き耳を立てているのはおかしくないですか? すぐ近くで見張りをしていた者がいると思うのですけれど」
「そうだな、今すぐ調べさせよう」
「たぶん麻痺毒に巻き込まれていると思うので、その人の持ち場と照らし合わせて、会議室の付近に居る必要があったかどうかも考慮してください。シリウスはカーラ・コーバッツが殺害された牢に残された足跡を追尾してね、そいつの足跡と照合して合致すれば容疑者確定です」
「あー、オレ無理。夜のうちに言ってくんないとさ、朝だし。こんだけ踏み荒らされてると分かんないよ」
「もうっ! シリウスほんと夜しか役に立たない」
「変な誤解されるからね!」
「女の子に言われるなんて最高の誉め言葉だと思うぞシリウス」
「はっ! そうだったのか」
「褒めてませんからね!」
「あははは、足跡追尾は私にまかせてくれ。セインさんすごいな、教会が名指しで指名した理由がわかったよ」
北の国境の砦で起きた、スパイ事件は殺人事件になってしまったが、ダービーが『足跡追尾』スキルを使って、昨夜の麻痺毒騒ぎのとき、会議室ドアのすぐそばに倒れていた兵士(ユディル・ヘスス42歳、王国陸軍兵士)の足跡と照合し、それがパトリシアの推理通り見事に合致。ユディル・ヘススはバーランダーの権限で即時逮捕された。
パトリシア・セインはソレイユ家にとってすでに恩人であったが、次期当主となることが決定しているバーランダーにも、その能力を見せつけた格好となった。それでもあのソレイユ家きっての頭脳派を標榜するレーヴェンドルフをして天才と言わしめたその才能のごく一部を見せつけたの過ぎないのだが。
砦での騒ぎはひとまず一件落着した。シリウスたちは準備を整え、軽い食事を食べさせてもらったあと予定通り朝のうちに砦を出立することにした。
砦門の横にあるちいさな通用門の扉から出たところでバーランダーが見送りに出ていた。
パーティーリーダーのカスタルマンが低調にお礼を言い、これから北に旅立とうとしたところ、砦の中からバーランダーに宛てて伝令の兵士が駆け付けた。急な報告がある。
スパイ容疑で逮捕したユディル・ヘススの宿舎を捜索したところ、空っぽの鳥かごがあり、中の様子から今の今まで鳥を飼っていたと推測される。また、鳥かごの中に散らばっている羽根から、入っていたのは鳩である可能性が極めて高いという。
つまり、情報はすでに外部へと漏れていると考えたほうがいい。
「敵はとっくにお前たち冒険者パーティの動向を知っている。シリウス、お前のことは心配してないが、実戦経験のなさが心配だ。人を殺すことになるかもしれないが、判断を間違うなよ? わかったな」
「人なんて殺したくないよ。だけど仲間を殺されるよりは汚名をかぶったほうがマシでしょ? その辺は騎士団で教わったことを忠実に守るよ」
「そうだ。騎士とはアビリティでも職業でもない、生き方だからな。お前も騎士団の一員だということを肝に銘じて行動すること」
「分かってるよ」
「うむ、ではセインさん、カスタルマンどの、ダービーどのも、どうかシリウスをよろしくお願いする」
「長いよ! もう行くって!」
「心配なんだよ! 忘れ物はないか? 道中気を付けるんだぞ! 女神の加護のあらんことを」
「鋼の意志あれ」
「おおっ、そうだ。鋼の意志あれ」
バーランダーに手を振り、シリウスたちは国境の森、ハセ大森林へと向かった。
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「バーランダーしつこいし」
「シリウスことが心配なんだよ?」
「元服式にも出たくせに、まだ子ども扱いだしさ」
「てかシリウスおまえ、ソレイユ家だったのか! それならそうと早く言ってくれたらよかったのにな! でも姓を隠してた理由もわかったよ。バーランダー・ソレイユっていやあ、次期当主だろ? おまえそのイトコってことは……」
「私に当てさせろ! ソレイユ家で黒髪の男子なんてそういるもんじゃないからな、ズバリ! ギンガの身内だな、さしずめ弟ってとこか?」
「うん正解! デニスさんには銀河お姉ちゃんが遭難したとき、すっごくお世話になったと聞いたよ、ありがとう」
「いやあ、実はアレ、泣きべそかきながら置いて行かれないようギリ付いていっただけだからな! 気にすんな!」
「私はギンガといっしょに遭難したほうのパーティーメンだからな、そう言われると心が痛むよ」
「誰もダービーを責めない、ありゃあ無理だ!」
「無理だよねー、マジムリゲーだったわ」
「だがしかし、セインさんもアレだろ、よくよく考えたらラールの街のギルドに所属してたんだよな?」
「はい。そうですね、私プリマヴェーラと友達なんです。カスタルマンさん、たしか組んでましたよね」
「マジか! プリマヴェーラの友達? すげえな、あいつ友達なんて絶対いないと思ってたけど、いまラールにいんの?」
「ダグラスと付き合ってますから、ラール市とフェライの間を行ったり来たりですねー」
「あいつらまだ付き合ってんのか! じゃあセインさん、もしかしてあの、ディムとエルネッタも当然……」
「はい、よく知ってますよっ」
「オッカネエエエエェェ! なんだよ、セインさんもディムと仲間なクチ?」
「まあ、そうなりますねえ」
パトリシアは自分が凄いって言われることに慣れてないらしく、言葉がいちいち斜めに逸れているように感じた。なんだかこう、歯がゆい感じがしたシリウスは、ストレートに核心を言ってやることにした。
「パトリシアはディミトリ・ベッケンバウアーの弟子なんだ」
「「 アサシンの弟子!! 」マジかよ!」
「そんなもんじゃありませんよ。私はディムさんに森との付き合い方や、薬の作り方を教わっただけですよ。プリマヴェーラとは森との距離感のことや、木々の声を聞くことで意気投合したんです。マブダチですね」
「ディムの弟子でプリマヴェーラのマブダチだと? おいおい、どうするよダービー、ちょっと膝がガクガクと震えてきたんだが」
「んー、私は依頼達成金の400万ゼノが現実味を帯びてきたんで嬉しいよ」
ダービーが依頼達成金400万の話をもちだした。
しかしシリウスはさらに欲張る気満々だった。
「400万でいいの? 確か妖精を買うやつの情報でプラス査定だったよね? もしかすると砦に捕まってるやつ締め上げたら100万増えるかもよ?」
「「「 おおっ! それだ! 」」」
「じつはこっそりバーランダーに頼んどいた!」
「「「 さすがシリウス!」」」




