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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
【第二部】シリウス(15歳)サンドラ編
192/238

【15歳】指名依頼(6)浅い眠り

 倒れている女には見覚えがあった。さっき作戦会議室に食事を持ってきた3人の給仕係のうちのひとりだ。

 シリウスは鑑定を試みた。



----------


□カーラ・コーバッツ 39 女性

○聞き耳(発動中)

○気配消し(発動中)

●状態異常【麻痺】(強)

 ヒト族 レベル024

 体力:01420/16840

 経戦:-

 魔力:-

 腕力:1004

 敏捷:3302

【生産】C 金属細工D/鈍器D/弓

    聞き耳B/気配消しC/足跡消しD/


----------


 間違いない、聞き耳スキルと、気配消しスキル、足跡消しスキルまで持っている。

 シリウスは訝った。王立騎士団のアビリティ、スキル信仰は相当なものだ、こんな"いかにも"な奴が砦の中に紛れ込んでいられるわけがない。


 レベルが24というのはごくごく平均的な一般人レベルだが、【生産】アビリティを持っていて、金属細工スキルを持っている。だがしかし、職人系の仕事はしてないのだろう、なにせ聞き耳スキルと気配消しスキルが際立って高い。カーラ・コーバッツ、こいつは生まれついてのスパイだ。


「麻痺の深度は?」


「みた感じ痙攣なし、呼吸が浅い、脈拍は……少し早いか。あ、瞳孔が拡大してる、やばくね?」


「身体を横にして転がしといて大丈夫ね、一刻(約2時間)は動けないはずだから、逃げられたら分かるようにシリウスは気配だけ監視しといて。先にバーランダーさんたちに薬を……」


「先に飲ませとけばよかったじゃん」


「そんな時間どこにありましたか? 私ホンのちょっとって言ったよね、ほんのちょっとだけ開けて、ほんのちょっとの時間で箱を閉じただけで良かったのに……もう!」


「ごめんってば!」


 シリウスたちはこれ以上麻痺毒が流れ出ないよう、しっかりとドアを閉めたのを確認してから廊下に出たつもりだったが、すでに正面にある階段付近に騎士たちが数人倒れていて、廊下をぐるっと回り込んで戻る際にも、作戦会議室付近で巡回の兵士だろう、3人が倒れていた。


 大変を通り越して大惨事になってしまった。


 作戦会議室に戻るとバーランダーがなんとかギリで椅子に掛けたところで、カスタルマンとダービーはまだ床に座ったままだが、カスタルマンはいま手持ちのカバンから小さなアンプルを手に取ったところだ。


 解毒薬を飲もうとしているカスタルマンをパトリシアが止めた。


「カスタルマンさん、パラシアス胞子の麻痺は解毒薬じゃほとんど効果ありませんよ? ちょっと待ってくださいね」


「シリウフ、スハイは(シリウス、スパイは?)……」


「隣の部屋に転がってる。カーラ・コーバッツ、さっきごはん食べた時、食器を引き取りに来てくれた女の人だよ、『聞き耳』スキルと『気配消し』スキルを発動してた」


ちゅかまえにゃいと……」


「バーランダーなんで猫語なのさ? あははははは、ウケる!」


「うるさいにゃ! スハイをちゅかまえてこい」


「気配を監視してるから大丈夫だよ、バーランダーが動けないのに動けるわけないじゃん。一刻は動けないってさ」


 バーランダーはホッと胸をなでおろしたが、それでも思うように動かない足をひきずり、壁伝いで部屋を出てゆこうとしている。


「まだ動かないほうがいいですよ、いま薬を用意しますから」


 パトリシアはバックパックのサイドポケットから黄色い軟膏の入った小瓶と、麦の穂の先にボンボリ状の綿玉を巻き付けた綿棒を取り出した。


「はい、これを鼻から入れて、奥のほうにたっぷり塗り付けてください」


「へがほもふよーにふごかんから塗って欲ひいのらあ(手が思うように動かんから塗ってほしいのだが)」


「ご自分で!! あっ、それと鼻腔に塗ったら口呼吸をやめて、ゆっくり深呼吸してくださいね」


 バーランダーたちはパトリシアの軟膏は特殊で指にとったあと、それを鼻の穴に突っ込んで奥のほうに塗ることで粘膜からの浸潤と、呼吸によって直接肺から取り込まれるので、いったん飲み込んで胃に落とすよりも即効性がある。


「ソレイユ師団長! ご無事ですかああっ!」


 廊下、階段のほうからバーランダーを呼ぶ声がする。

 足腰は立たずとも舌は何とか回復したバーランダーは、ドアから顔を出し大声で応えた。


「ああ、大丈夫だ。ひとまずはお前たち全員この場を離れて安全を確保せよ。砦にもぐりこんだスパイを捕えるためやむなく仕掛けたトラップである」


「なんと! スパイが侵入していたというのですか!」


「ああ、だがすでに捕らえている。いますぐ飛行船の発着場に行って風魔法使いを2人ほど借りてこい! 大至急だ!」


「はっ! 大至急了解!」


 ヘイロー中隊長がぶっ倒れてから四半刻の半(15分前後)たっている。

 意識を失い、最初に倒れたヘイロー中隊長は自分で塗布できなかったので、パトリシアが綿棒を使って塗布すると、さすがに麻痺深度の浅いバーランダーたちと一緒に動けるようにはならなかったが、意識は取り戻した。


 バーランダーが廊下に出ると、廊下で倒れた者たちを救助するため集まってきた騎士たちが次々と連鎖的に状態異常を訴え、動けなくなっていた。いまや騎士砦の一角は酷い有様ありさまだ。


 隣室のドア前のほうも兵士たちが地べたに這いつくばっていて、バーランダーの姿を見るや否や、すぐさま立ち上がって敬礼しようとするのだが、足がもつれて思ったように立ち上がれない。麻痺とはこれほどまでに厄介な代物であった。


「非常時に敬礼などせんでもよい、お前たちは建物から避難せよ! これは命令である」


 隣室のドアを開けると、がらんとした部屋の隅っこ、通気口の下に女性が倒れていた。

 パトリシアが横にしておけと言ったので、シリウスが横に寝かせたままの姿勢を動かすことができずにいる。麻痺の特性上、意識はあるが身体が動かせない。つまりバーランダーと目が合ったスパイの女は、たった今自分が捕らえられたことを知った。


 バーランダーは女の側頭部に手のひらを被せるように触れた。

 自らも接触鑑定を行う必要がある。


「カーラ・コーバッツ? 知らんな、だが『聞き耳』スキルの発動を確認、『気配消し』スキルの発動も確認した。では聞こえているかどうかは分からんが、きめられた手順なのでな、カーラ・コーバッツ、お前をスパイ容疑で逮捕する」


 とは言ったものの、手枷てかせもない状況だし、担ぎ上げるなり引きずるなりして警備の取調室に連れて行っても、この状態じゃあ話なんか聞けるわけがない。どうせ一刻はなにも話せないのだから、先に事態の収拾を図ったほうが得策だ。


「これは……酷いことになったな……」


「すみませんすみません、すべては私の責任です。この度は騎士団の方々に多大な迷惑をおかけしました」


「構わんよ、どうか気になさらず。しかしセインさんの状態異常耐性はすごいな……、それってどう鍛えたらいいのか教えてほしい。しかし、いやはや、なんというか恥ずかしいところを見られてしまったよ。さて、どうするかなあ、こりゃあ始末書ものだ……」


「本当にすみません!」


「いや、セインさんに責任はないよ。説明するとだな、まず軍事施設にスパイが潜入していた時点で大問題なんだ。最初からスパイが潜入していたのならまだマシか。だが私はこの女に見覚えがない。まずは見覚えのない女が砦に居ることを見逃していた不手際がある。恐らく給仕の従業員と入れ替わったのだろうな、だとしたら単独でそんな事ができる訳ないから、スパイの潜入を手引きした者も当然居るってことだ。しばらくは寝る間もないだろうな……だがセインさんのおかげで、こうして捕らえることができた。ひとつ借りができたね」


「借りだなんてそんな……」


「いや、これは王立騎士団の失態であるし、私の失態でもある。だからひとつ借りだ」


「そうですか、じゃあその借りをチャラにするので、ひとつ教えてほしいことがあります」


「なんでも」


「5日後って何ですか?」


「5日後? ああシリウスとの話のことかな?」


「そうです」


「セインさんの生理」


「はあ?」


「セインさんの生理が始まる日が5日後」


 女の子が勝手に鑑定されるのを嫌がる理由の最たるものがこれだった。

 パトリシアが目をこれでもかってほど細め、横目でシリウスを睨みつける。


「ほーう、なるほど。シリウスは後で殴ります。じゃあ『健闘を祈る』って言ったのは?」


「私はシリウスとセインさんを応援している。既成事実を作ってさっさと結婚してしまえばいい、だいたいシリウスは元服したというのに、まだ許嫁いいなずけの一人もいないじゃないか。フィクサ・ソレイユ家は勇者の家系だからね、うちを窓口にして縁談の口利きをしてくれと言ってくる貴族もいるぐらいだ。もっともシリウスは縁談なんて受ける気はないそうだが」


「ありがとうございます。私にとってもシリウスは可愛いですし、好きですよ。なんか最近は背も伸びて、すっごいイケメンでかっこよくなってきたので私もたまにドキッとするんですけどね、でもそんな関係にはなれません」


「でもなぜだろう、シリウスはまだ若いが、将来有望だと思うのだが?」


「シリウスの将来は光輝いてますよね、私のような者にでも希望に満ち溢れた明るい未来が見えます。私もシリウスを応援します。絶対幸せな結婚をして、たくさんの家族に囲まれて、歳をとってゆくのがふさわしいです。だからシリウスの相手は私じゃダメなんです」


「訳ありなんだね」


「はい、そうです」


「差支えなければ、その理由わけを聞かせてほしいな。私でよければ力になるよ」


「すみません、それは話せません」


「わかった。これ以上詮索するのはすよ。でも力になると言ったのは本当だからね、困ったことがあったら何でも相談してくれ」


「ありがとうございます」


「シリウス、おまえまた振られたな」


「うん、でも今日はこれで十分だよ」


「シリウスは後でぶん殴ってやりますから」


「わかった。あとでね」


「はい、またあとで」


 この後風魔法使いが到着したことでシリウスたちが居た作戦会議室付近の廊下は強制的に空気の入れ替えがなされ、安全が確認された。


 立ち入り禁止が解除されると廊下や階段で死屍累々と動けなくなっていた者たちは救出され、砦の中庭に並べられていたが、パトリシアが鼻の粘膜から吸収する例の塗り薬を提供したことにより回復した。


 スパイとして捕らえられたカーラ・コーバッツは給仕係だったため、同僚たち8人を含めた配食関係者全員、つまり食堂の職員たちを纏めて身柄を拘束した。この時点ではまだ参考人という扱いだが、この砦では、明日の朝はまともな食事が出ないことが確定したようなものだ。下手をすれば昼も、夜もということになる。


 バーランダーはシリウスたち冒険者のパーティに来客用の部屋を提供した。部屋に入ると脱いだ鎧を収納しておく鎧棚が備え付けられていて、ベッドもその辺の町の宿屋よりいくらもいい。騎士団の砦に来客として迎えられるような人物はだいたいからして軍の高級官僚か貴族と相場が決まっている。思わぬVIP待遇にカスタルマンもダービーも恐縮しきりであった。


 部屋は砦の中庭から後方にあって、3階のちょうど4つ並びになっている。壁面が南向きになっていて窓からは月が昇ってくるのがよく見える。


 夜半を過ぎたころ、シリウスは、パトリシアが窓際で佇んでいるのを気配で知ると、窓辺にフワッと降り立った。


「やあ」


「あのさあシリウス、ドアから入ってきてもいいのよ?」


「パトリシアはオレが窓からくることを知ってて、窓辺で待ってたじゃん」


「月を見ていただけです」


「殴られに来たよ」


「あら? ちょっとは反省してるのかな?」


「バーランダーの真っすぐさを忘れてた。あの人、ごまかしてくれないんだよなあ……、ちょっとミスったね、反省してる」


「反省するポイントが違いますからね」


「ごめんなさい、殴っていいよ。避けないから」


「避けないの?」


「避けない」


 ……。


 ……。


「じゃあ殴らない」


「なんだそれ……。まあいいや、ねえパトリシア、妖精ってどんなの?」


「そっち? 私はまたきっとあっちのほうかと思ったのだけど」

 あっちというのは、当然バーランダーと話していた、シリウスとは恋人の関係になれない理由のことだ。だけどシリウスは敢えてそこに触れず、妖精の話を聞きたかった。


「パトリシアはオレのことを好きって言ってくれたからね、今日のところは上出来でしょ。満足してる。そして次は大好きって言わせるよ。その次が、抱いて! その次は もっと抱いて!」


―― ブン!!


「うっわ、すっごい風切り音……」


「避けた……、避けないって言ったのに避けた……嘘つき……」


「殴らないって言ったじゃん! てかいまのガチだったよね! 体重乗せてたよね、腰入ってたよね、お手本みたいな右ストレートだったよ」


「アンに教えてもらったの、ギャラクティカマグナムっていう護身術よ」


「それアンの必殺ブローじゃん! 護身術じゃないからね!」



----


 いつものように、いつものごとく、二人の間柄はあと数ミリといったところで付かず離れず、絶妙の距離感が保たれている。この夜もせっかくベッドのある部屋に二人っきりだというのに、パトリシアがこんこんと語る『妖精の恐ろしさ』などという、くだらない雑談ばかりで夜は更けてゆく。シリウスはこんな時間が好きだった。


 睡魔に襲われたパトリシアがベッドで横になると、シリウスは静かに椅子を移動させ、さっきよりもずいぶんと高く上がった月を眺めていた。シリウスの目に夜空はとても明るく、極彩色に輝く。今夜はやけに月明りが眩しい。


 パトリシアが静かに寝息を立て始めた。シリウスはパトリシアの顔を覗き込み、そっとケットを掛けてやると、テーブルランタンの蝋燭を吹き消した。自分は椅子に掛け、斜めに降り注ぐ月明りをシャワーのように浴びながら、そっと目を閉じた。


 アビリティ【夜型生活】を持つシリウスは夜になると神経が高ぶり、思考はクリアになる。

 なかなかぐっすりとは眠れない、しかし世界の人は朝起きて、夜には眠る。社会そのものが昼型なのだ。

 シリウスも学校に通い、街で生活している以上、ある程度は合わせなければならない。だからこそ、こうやって浅い眠りを短時間だけこなしている。


 明日は妖精と会える。そう考えるとワクワクして余計に眠れない。


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