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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
【第二部】シリウス(15歳)サンドラ編
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【15歳】指名依頼(4)いざこざ

 飛行船は追い風のおかげで予定よりも少し早く着いた。夜でも着陸ポイントは篝火が焚かれていて、上空からも見やすい。この飛行船技術はシリウスの父、レーヴェンドルフ・ソレイユがルーメン教会と共同で開発し、実用化したものだ。シリウスも少し誇らしく感じている。


 サンドラから北に、徒歩で15日の距離(約350km)を2刻(約4時間)という短時間で飛ぶ飛行船は、コストを度外視するならば伝書鳩よりも速く目的地に到着する。追い風の影響で少し早く着いたとはいえ、到着時刻は夕刻(19時過ぎごろ)になっていた。太陽は沈んでしまったが、西の遠くのほうにはまだ夕焼け空が残っている。


 飛行船が着陸すると、まずはその船体を空に浮かべていた風船がしぼむ。次におもりが繋がれ、地面から動かないように固定が完了すると、ようやくタラップがかけられた。

 船体の気密扉が開く。


 この飛行船発着場は民間のものではなく、王国軍が管理している施設だ。ここまでくるともう、王立騎士団が守る北の国境の砦まではすぐそこである。


 まだ日が沈んだばかりの夕刻とはいえシリウスはシャッキーンとしていて、その目は爛々と輝いている。【夜型生活】アビリティがシリウスの脳を活性化させていて『宵闇』スキルがすべてのステータスを上昇させている。眠そうでやる気のなさそうな青年が精悍で生命力に満ち溢れたオトコに変貌していた。


 その変わりようは、6年前、ディミトリ・ベッケンバウアーとパーティーを組んでいたカスタルマンが動揺するほどだった。


「シリウス? あの、その、ちょっと感じが変わったように見えるんだが……」


「いえ、オレ夜型なもんで。やっと目が覚めた感じです! めちゃくちゃ元気っすよ」


「そ、そうか。昔のちょっとした知り合いに感じが似てるなと思ったもんでな。ああそうだ、ここの砦に寄り道しなくちゃならない用があるんだが……、ひとつ、くれぐれも注意してほしいことがある。騎士というのはプライドが服を着て歩いてるようなもんだ。嫌味を言われたり、小バカにされたりするかもしれんが、絶対に相手にしないこと。できれば目も合わせないほうがいい、反抗的だと思われた必要な情報がもらえなくなるかもしれないからな、これだけは絶対に守ってくれ」


 こう見えてシリウスはソレイユ家の嫡男だ。シリウスに対してそんなぞんざいな態度で接するような騎士などひとりもいない。だからシリウスは騎士団を親切で気のいいオッサン集団が王国と市民の安全を守っていると本気で考えていた。少なくともシリウスの印象は極めて良好だった。騎士団と言えば法と正義と王国民の安全を守るものだからだ。


「騎士団にそんな悪い人いないと思うけど……」


「なあカスタルマン。大丈夫だと思うぞ? だってさ、ガチ騎士のギルドマスターが知ってるってことはさ、あれだ。シリウスは騎士なんだろ? 私の見立てでは、シリウスとギルドマスターとは騎士団の修練場で会ってる。だからギルドマスターはシリウスのことを知ってるんだ」


「俺は騎士じゃないけど騎士団の修練場にはよく顔を出してたよ。学校が始まったらなかなか行けなくなるけどね」


「ほらやっぱり、な。じゃあ心配ないな。シリウスはわきまえてるよ、だから騎士団とケンカになるなんてことないさ」


「それならいいんだ。だけど中にはガチでケンカするようなバカがいるからな。ほんと勘弁してほしいぜ」


「あはははは、その話は聞いたよ。勝ったんだって?」


「しーっ! この話は騎士団ではタブーなんだ。聞かれただけで怒らせるからな、話の続きはまた今度しようや」


 王立騎士団が守るここ、北の国境の砦は古い石造りの建物になっていて、昼夜を問わず厳しい監視の網が敷かれている。国境を越えての密輸や、指名手配犯の出入りを防ぐという役目を担うのはそもそも国境の関所の担当だが、王立騎士団も共同で摘発をしている。もっとも騎士団が砦を築いて駐留しているのには他にも理由がある。国境付近に広がる大森林に居住するエルフ族との紛争が百年単位で続いていて、今でもたまに小競り合いが起きているからだ。王立騎士団がエルフ族を亜人と蔑んで呼ぶのにも理由があるのだ。


 カスタルマンたち冒険者パーティーは国境の関所に向かわず、まずは王立騎士団の砦へと向かった。


「なあ、シリウスは探索者シーカーとして、これまでどんな依頼をやってきたんだ?」


「薬草とかキノコとか。パトリシアの手伝いだね。俺の仕事はだいたい荷物持ちだよ」

「なるほど、ということは、見習い時代からシルバーメダルの仕事をこなしてきたということか」


 だいたい、プライドが高く、同業者が並び立つとだいたい背比べして、ちょっとでも背伸びをするのが冒険者ってものだけど、カスタルマンはこれまで大した仕事をしていない駆け出しの若者に対してもぞんざいな扱いなどせず、親切であり、寛容だった。これでこそパーティーリーダーに選ばれる。


「よし、じゃあここでパーティー会議を兼ねてやらなければならないことの説明をするぞ。まず、これから私たちが行くところは国境の緩衝地帯であり、目的地が国境のこっち側にあるのか、向こう側にあるのか分からないうえに、捜索範囲はしらみつぶしにすると何年かかるか分からないような大森林だ。足りないものはたくさんあるが、圧倒的に不足しているのはズバリ情報だ。まずは必要な情報を集める必要があるんだが、こいつがなかなか面倒なところにある」


 そういってカスタルマンが指し示す方向にあるのが、王立騎士団の砦だった。


「あれが面倒のもとだ。私たちは右も左も分からない状態で、困難な依頼に向かおうとしている。まずは情報収集をして、最低でも目的地を絞ることから始めないと、どこから手を付けたらいいか分からないだろ? そのために何をすべきかということだが、最初の一歩として、ここ王立騎士団の砦で情報を仕入れるしかない。仮にも騎士団なんだ、盗賊団の拠点の情報ぐらいもってるだろうしな。ついでと言っちゃなんだが、朝まで端っこでキャンプさせてもらうと思ってる。うちのパーティーには女性もいるんだ、トイレぐらいあったほうがいいだろ」


 そういって立哨りっしょうの門番に声をかけるカスタルマンの傍ら、シリウスが要らぬことを口走った。


「パトリシアは2、3日ぐらい平気だよ……」


 シリウスのこの発言、パトリシアが便秘だと言ってるようなものだった。

 それに便秘に効くというツボを押された恨みを忘れてはいない。



 ――ブン!!


 ものすごい風切り音が聞こえた。パトリシアの手加減されてない全力の右ストレートを見もせず、頭を半分ずらすだけで華麗に躱して見せた。


「ぶん殴ってやる……。シリウス……、朝になって森に入ったら覚えてなさい……」


「な、なんでだよ!」


「うるさい! 絶対殴ってやるんだから……」


 お姉さん気質で接するパトリシアと、最近とくに生意気になってきたシリウスの攻防は、非常に高度な立ち回りなのだが、裏を返せばただの痴話喧嘩だった。


 カスタルマンは見てなかったせいで気付かなかったが、後ろで一部始終を見ていたダービーは無意識に立ち止まってしまうほど驚いた。咄嗟に死角から音もなくガチで殴りかかったパトリシアのスピードにも驚かされたが、それを見もせず、背中を向けたまま最小限の動きだけで躱して見せたシリウスの回避技術にこそ驚いた。背後からの奇襲攻撃を躱すなんて、ダービーの知る中では、ギンガとメイリーンにしかできない芸当だ。Dランクの駆け出し冒険者とはいえ、ギルドマスター、マリーア・ケーニヒのお眼鏡にかなう実力があるだろうこことは予想していたが、それでも半信半疑だったせいか、想像以上の実力に驚かされた。


 背後で何があったか知らず、カスタルマンは門番にプラチナメダルを見せたあと、懐から厳重に封のされた封書を取り出して事情の説明を始めた。


「サンドラから来た冒険者でデニス・カスタルマンという。夜分すまないが、これは情報提供の依頼書だ。ここの砦にいるデクスター・ヘイローに取り次いでもらえないか」


「ヘイロー中隊長は早番でな、もうお休みになられている。朝の担当に伝えておいてやるから、明日の朝また来るがいいよ」


 門番の男は上司の中隊長がもう就寝中であることを理由に、朝になって中隊長が起きてきたら取り次いでやると言った。これは朝まで待っていろという意味だ。


「なあ、ちょっと話を聞いてほしい。私たちも指名依頼でここに来ているんだ、朝まで待たされると情報提供を受けて現地に向かうのが昼過ぎになってしまう。森に行かなきゃならないから、こっちとしては朝のうちに出発したいんだが……」


「そうか、冒険者ふぜいの依頼など騎士団の関知するところではないのでな。朝まで待てないというのなら、今すぐ行けばよかろう。北に向かって一、二刻ほど歩けば森につく」


「そ……そうか。仕方ないな、では朝まで待たせてもらうが、あそこのスミでキャンプを張らせてもらってもいいかな?」


「いや、ダメだ。私にはそれを許可する権限がないし、報告書に記載するのも面倒だ。関所のほうに行けばよかろう。隊商の護衛やら何やらで、傭兵のキャンプ場も整備されているしな」


「じゃあ、明日の朝にでもまた来るとするよ、失礼した」


「ちょっと待って、冒険者が指名依頼で情報提供の依頼書を持ってきたら、騎士団には迅速に対応しなくちゃならないっていう協定があるじゃん。なんだよそれ? なんで朝まで待たされるのさ」


 不満を口にしたのは横で話を聞いていたシリウスだった。

 ソレイユ家はアビリティの有無にかかわらず、強制的に騎士団に所属させられることになっている。だから王立騎士団と冒険者ギルドの間で結ばれた協定などという、面倒くさいルールを知っていてもおかしくはない。


「なんだと小僧……」


「おおっと!! 悪い、うちの駆け出しが失礼なことを言ったようだ。悪かったよ……、さあ引き上げるぞ」


「ダメだよ、何言ってるのさ。デニスさんはプラチナのメダルを見せて身分を証明したし、ギルドマスターから預かった正式な書面を見せたじゃん。なら騎士団は、担当が寝てようが食事中だろうが、すぐに対応する義務があるんだよ。なんで取り次がないのさ、それ明確なサボタージュだよね。問題になるよ」


「サボタージュだと? 小僧、もう一度言ってみろ!!」


 夜の静寂を吹き飛ばすような怒声が響きわたった。何かトラブルがあったと知り、周囲に散っていた見張りの騎士たちが駆け足で集まってきた。


 もちろん大声を出すというのは、仲間を集めるという意味が多分に含まれている。


「はあ? 聞こえなかったの? 何度でも言ってやるよ。サボってないで仕事しろって言ったんだ」


 何事かと集まってきた騎士たちの面前で、シリウスは無遠慮に門番の男の対応の不実さを糾弾した。

 15人ほど集まっていただろうか、門番の男は仲間の前でバカにされたと受け取った。


「お、おい、もめごとは困る、さっき言ったろう? 騎士団はプライドが服を着て歩いてるような奴らなんだって……」


「自分の仕事に対してプライドを持つべきだよ」


「ガキが……。侮辱罪を適用する。牢に入って生意気な言動を反省しろ!」


「まてまてまてまて、ちょおっと待ってくれー! な、いいだろ? これはちょっとした行き違いだ。パーティーリーダーとして謝罪する。シリウス!! おまえも謝るんだ」


 集まってきた騎士団の面々がざわつきはじめた。


(シリウス? おい、ちょっと見てみろ、あいつシリウスって……)

(シリウスってあの?)

(ああ、間違いない、見たことある、あのシリウスだ……)

(ナジークのやつ、侮辱罪? バカだろ、どっちが侮辱罪になるかわかったもんじゃない……)


 周りを囲むように広がり、シリウスたちを包囲する騎士たちは、剣の柄に手をかけていたのを素早く戻した。もっともシリウスを侮辱罪に問うた門番の男はまだ周囲の異変に気付いてはいない。


 いまにも剣を抜いて真っ二つにしてやるぞと言わんばかりの威圧をかけていて、シリウスに手を出そうとしたそのとき、


「何の騒ぎだナジーク」


 肩章が3本で襟に星がひとつ、横からしゃしゃり出てきた男は中隊長だ。


「ハッ、この小僧が騎士を愚弄する発言をしたので、逮捕して牢に入れてやるところです。おい小僧、泣いて謝るまで出してやらんからな。しっかり反省するんだ」


 中隊長は落ち着いて対応を進めた。


「で、そちらの……冒険者の皆さんですな。ご用向きは何でしょう」


「私はサンドラで冒険者をやってるデニス・カスタルマンという。ここへは指名依頼で来たのだが、この砦のデクスター・ヘイローってひとに取り次いでほしいと、そうお願いしただけなのだ。これがギルドマスター直筆の情報提供依頼書で、私の身分証明がこのメダル……」


「確認した。さっき発着場に飛行船が着いたのも確認している。身元と目的を疑う余地はないだろう。では、ヘイロー中隊長に取り次がねばならんな。ケストレルはヘイロー中隊長にすぐ報告!寝てたら叩き起こすんだ。ドレスデンは師団長に報告だ。シリウスが来ていますが、いかがなさいますかって聞いてこい」


「「 ハッ!! 」」


「ナジーク! おまえその剣を抜いたら大問題になるところだったぞ?」


「え?…… そ、それは……いったいどういう……」


「柄に手をかけるなと言っている!!」


「ハッ!」


 ナジークと呼ばれた門番の男はビシッと直立不動の"きをつけ"の姿勢で動きを止めた。"やすめ"の号令がかかるか、別命あるまで朝まででもあの姿勢で立っていなければならない。


「さて、冒険者の皆さん。申し遅れたが、私はここの砦で警備隊の指揮を任されているガストル・ゲールマンというものだ。まったく、恥ずかしいところをお見せして申し訳なかった。部下の不手際は私の不徳の致すところです。ナジークには懲罰としてむこう1か月の間、便所掃除を言い渡すので、問題になどせず、ここであったことは忘れていただけると嬉しい」


「オレは構わないよそれで」


「私も、そっちがそれでいいなら不満などないが……、シリウスおまえ何モンだ?」


「……さっき言ったじゃん。オレも騎士団員なんだ。一応、登録してるだけだけどね……」


「マジかよ! 騎士団員だなんて言わなかったじゃねえか、先に言えよ、こんなことなら交渉は最初からシリウスに任せたらよかったぜ……」


 カスタルマンが今回こそ無事に騎士団の砦を出ることができそうだと考えたそのとき、砦門の横にある小さな通用口から騎士服の男が身をかがめて出てきたことで、音を立てて空気が変わった。


 この場に集まった者たちは速やかに二列横隊の隊列を作り、ビシッを踵を鳴らして敬礼で迎えた。

 それから微動だにしない。


「よいよ、やすめ」


 "やすめ"の号令がかかると、また一糸乱れぬ靴音を鳴らし、ビシッ!と"やすめ"の姿勢に変化し、そのまま石像のように動きを止めた。瞬きをすると死ぬ病気にでもかかってるんじゃないかって勘ぐるほどに常に緊張していて、身体から力を抜くことがないのに、どこが"やすめ"なのかと突っ込みを入れたくなってくるのだが、この男こそが王立騎士北方面師団長、つまりこの砦で一番偉いどころか、王立騎士団の中でもナンバー3の地位にいるバーランダー・アーソム・ソレイユその人だった。


 シリウスとはまるで親子のように年が離れているがイトコの関係にあたり、エルネッタ(ディアッカ)の実兄である。イトコなのでお互いに名前を呼び捨てという、とてもくだけた関係だ。


 パトリシアとはシリウスの元服式でも会ったし、ヒカリの快気祝いでも会ったし、実は6年前、ラールのギルド酒場の一件でも会っているので、顔見知り程度には知っている人である。


 バーランダーはさっそくシリウスとパトリシアを見つけ、厳しく眉間にしわを寄せていた難しい顔を綻ばせた。


「おおおっ! シリウス。こんな辺鄙へんぴなとこに何用だ? あれっ? セインさんも? もしかしてデートか? ああ、そういえばお前ら付き合ってるんだったな」


「うん」


「うんじゃないでしょ! うんじゃ! 違います違います、私たち付き合ってませんから……」


「え? シリウスは結婚するって言ってたけど? 違うのか?」


「するよ」


「しませんっ! なんでそんな話になってるんですか!」


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