【15歳】指名依頼(3)武者震い
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一方シリウスたちはギルドの建物を出る壁沿いに狭い路地に入り、納品専用のカウンターでネコイラーヌの納品を済ませた。
4~5日かかりそうな依頼なので、二人はこのあと学生寮に戻り、バックパックに着替えを詰め替えたりなどという準備をしなくてはいけない。
「荷物ありがとうね」
パトリシアはシリウスに預けていたパンパンのバックパックを受け取った。
「いいよこれぐらい」
「ねえシリウス、聞いていい?」
「なに?」
「オレって言ったでしょ」
「え?」
「シリウスいつも自分のことを"ぼく"って言ってたのに、さっき"オレ"って言ったよ?」
「あー、だってオレもう高等部だし、ぼくなんて言ってると舐められるからな」
「誰も舐めたりしないわよ。だってシリウスの学校って大学府の高等部でしょ? あそこたぶん戦士とか騎士なんて戦闘系のアビリティ持ってる人なんてホント少ないわよ」
「オレ【夜型生活】なんだけど? あと【羊飼い】だし、それに【人見知り】なんて言ったら舐められるどころか苛められるって」
「あはは、もしいじめられたらお姉さんの所に泣いて逃げてきなさい、カタキとってあげるから」
そういってパトリシアは握りしめた拳を見せつけた。よくよく考えてみるとパトリシアのレベルは30もある。いま冒険者ギルドの傭兵たちがたむろしている2階の酒場エリアを見たけど、レベル30というと、だいたいからしてシルバーメダルをぶら下げてる。傭兵でも主力を張れるレベルだ。
おまけに森に入ってもいないというのに敏捷性が12000もあって、その数値はシリウスの知る限り、敏捷A相当。これは狙って射られた矢を目で見て避けるのに十分な値だ。そんじょそこらの狩猟系アビリティもちにも負けてない。
その力でカタキをとってやるって言ってる。つまり、身長で頭一つ分追い抜かれても、パトリシアは依然としてシリウスのお姉さんなのだ。
――ぐいっ!
シリウスはなんだかムカついたので、パトリシアの頭のてっぺんのつむじをぐいっと押してやった。
……っ!
「なあっ! 何をするの!」
「便秘に効くツボ」
「だれが便秘ですって! ムカつく……、シリウスすっごい生意気になってきた」
プリプリと怒りながらも言葉少なに押し黙った。なんだか様子が変だ……。
「どうかした? パトリシア……」
「いいえ、ごめんなさい……」
「どうしたのさ?なんで謝るの?」
「私の依頼にシリウスを巻き込んじゃった……」
「なんで? 400万だよ? 巻き込んだって何さ? 便乗させてもらってラッキーだと思ってるんだけど?」
「そうなの、400万なのよね。妖精族を保護しろだなんて絶対お断りなんだけど、400万って言われて断れなかったの。もうコロリタケの季節も終わるし、このあたりはあんまり出ないしさ、収入が激減するところに400万ゼノだもの。400万ゼノあったら弟を軍学校に行かせてあげられるし……、ごめんなさい」
「気にすんなって、ギルドのトップランカーも来てくれるしな、不安なんてまったくないけど? パトリシア妖精が嫌いなの? オレ妖精さんと会ったことないからさ、一度でいいから会ってみたいと思ってるんだけど」
「妖精に変な期待をしないこと。危険だから」
「しないしない、マジか。なんだかワクワクしてきたよ」
パトリシアが危険だという妖精にますます興味を持ったシリウスであった。
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シリウスたちは着替えを取りに行ったあと合流し、軽い昼食をとってから飛行船の発着場のある、サンドラ北のはずれに向かった。パトリシアはいつものようにパンパンのバックパックではなく、着替え以外は荷物を選んできた。アッテンボローとの国境に広がる大森林、あそこは高価なエクスポーションの原料となるゼラフィナの蕾が採れる。
片道15日もの長い距離を移動するのにタダで飛行船を使わせてもらえるのだから、このチャンスを逃すわけにはいかない。ほぼ着替えしか入ってないバックパックがパンパンになるまで金目のものを持ち帰るつもりだ。
「んっ」
「なにこれ?」
「ショルダーバッグ」
パトリシアはシリウスに肩から掛けるタイプのショルダーバッグを押し付けるように手渡した。
使い込まれた革製の丈夫なカバンだ。
「なに? もしかして妖精以外も持ち帰るの?」
「金目のものを見つけたらシリウスも運ぶの手伝って」
パトリシアはサンドラ周辺にないタイプの珍しい薬草など、薬科素材を持ち帰るつもりで荷物持ちを頼んだのだが、シリウスは盗賊団のアジトを急襲し、目的の妖精さんを救出したあと、そこで何か金目のものを強奪するのだと理解した。
「そ……、そか、分かった」
気合を入れ、握りしめた拳がわなわなと震える。足もとのほうも、ガクガクと覚束ない。
シリウスは今もうレベル62だ。アンドロメダという最強のヴァンパイアと戦闘訓練をしているおかげで、スキルの発動していない昼間の時点でもヒカリやアルタイルと素手で立ち会って引けを取るものじゃない。シリウスに足りないものは実戦経験。生まれて初めての実戦があるんじゃないか?と考えただけで手が震える。武者震いというものを初めて経験している。
「どうしたのシリウス? もしかして震えてる? 大丈夫、森に入ったら私から離れないようにね。約束よ、ぜったい無事に、一緒に帰ろう」
パトリシアはそんなシリウスを、ただ単純に"カワイイ"と思った。
シリウスのほうは"まったく、どんな大規模な盗賊団が関わっているかも分からないのに、パトリシアは肝が据わっているな"……と、そう思った。
「そ、そうだね。うん、絶対無事に、一緒に帰るぞ」
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飛行船に乗るには、王都ゲイルウィーバーとの境界にあるマゼラン河を向こう側に渡る必要がある。
学校の集まる学び舎の区画から直接河を渡ろうとすると渡し船に乗らなければならないので、渡し賃がかってしまう。それがひとり2000ゼノと、ちょっといい飯を3食たべられるぐらいの金額なので、学生などは遠回りになるけれど、ひとまず中央の大通りに出てから北に向かい、王都にかかる石造りの大橋を渡る。
ぐるっと河沿いに回り込んで、半刻(一時間)歩けば、飛行船の発着場だ。
実はこの頑丈な石造りの大橋はおよそ1000年前にかけられたという王国の重要文化財であり、世界でも最大かつ最古の橋なのだとか。
飛行船の発着場は王国軍が管理していて、巨大な倉庫の中から船体が引き出されたところだ。
空は快晴、南西の風が弱く吹いていて、飛行船には都合のいい追い風であった。遠くまで見渡せる好天と緩やかな追い風は飛行船乗りにとって旅を容易にすることから、縁起がいいとされている。
シリウスたちが発着場に到着すると、ベテラン冒険者の二人はすでに来ていて、ウィスキーの瓶を片手に手を挙げたカスタルマンと軽い挨拶を交わした。
「よっ、ボウズ。来たな」
ダービーはトレードマークのカウボーイハットの形をうまく整えながら、軽く手を挙げて会釈をしただけだが、笑顔でルーキーたちを迎えた。
冒険者なんてものはだいたいこんなくだけた感じで良いのだろうが、パトリシアはきちんとした挨拶をしなければいけないと思ったのか、シリウスの耳を引っ張って、ベテラン二人の前に立った。
「よろしくお願いします。はい、シリウスもちゃんと言う!」
「よ、よろしく……」
「あー、いいよいいよ、カタっ苦しいのはナシにしよう。依頼完了してギルドに報告するまで、私たちはパーティーだ。一人は皆のために、皆は一人のために。くれぐれも全員、ケガ無く、無事に依頼を達成する。これは目標じゃなくて、ノルマだと考えてくれ、ところでパーティーの依頼を受けたからには、リーダーが必要なんだが、その役目、このデニス・カスタルマンがやらせてもらっていいかな?」
「んー、異論などあるはずがないだろう。私もカスタルマンを推すよ」
ダービーが異論なし。もちろんシリウスたちも異論などない。
「はい、カスタルマンさんにリーダーお願いします。シリウスもいいよね?」
シリウスは「ん」と言葉少なに頷いた。
「覇気がないなボウズ! 元気よくいこうや!」
「はい、でもオレ元服したんでボウズじゃないです」
「おお、悪かった。じゃあシリウスと呼ぼう。私のことは気軽にデニスと呼んでくれ」
顔も名前も知らない人とパーティーを組んで、お互いに命を預けるのだ。少しでも打ち解けておきたい、少しでも相手のことを理解しておきたい。わだかまりや遠慮なんて邪魔なファクターを少しでも除外しておかないと、いざというとき、壁にぶち当たったとき、乗り越えることができない。
カスタルマンはそんな些細な努力を、何十、何百と積み重ねることで、他人どうしの寄せ集めから、困難な依頼に立ち向かい、達成する冒険者パーティを作り出す。プラチナメダルは伊達じゃあない。
「んじゃ、ちょっくら妖精さんを助けにいこうか」
「了解」
「はいっ」
「ん」
シリウスたちのパーティが飛行船に乗り込む。タラップはトントントントンと、軽い音を立ててシリウスたちを迎えた。小型だが新型の速い船だ。今日はルーメン教会がチャーターした貸し切りなので、乗客は4人だけ。パイロットから機関士を含め、乗組員が25人も居ることを考えると、シリウスたちは相当なVIP扱いであることが伺える。
タラップが切り離され気密扉が閉じられた。
発着場からの手旗信号が離陸OKを出すと、コックピットの機長が汽笛を鳴らす。
これが離陸の合図だ。
飛行船を地面に繋ぎ止めていた錘が切り離されると、シリウスたち冒険者パーティーは、ゆっくりと空に向かって昇っていった。
……高く。




