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聖域(3)緩やかな時間

 ……。



 ……。



「き、消えた?」


 映像が終わったのと同時にライトの魔法が起動された。


 光がふわっと舞い上がり、辺りを照らし出した。目に優しい柔らかい明かりだった。


 映像はわずか18秒ほど。それでもレーヴェンドルフやヒカリたちにとって貴重な体験だった。



「映像はこれでおしまいです。たったこれだけですが、皆さんに見せることができました」


「今の魔法は? 魔導器だろう? 映像というのか」


「はい、今のは投影器といって、父さんの知ってる異世界の魔導器をプロキオン兄さんが魔法で実現したものです。だからきっとヒカリも知っている技術ですね。撮影は魔鏡を使っているので、映像は左右逆の鏡像なんですけどね」


「ほ、ほう。なるほど。そんなものがあるのならもっと早く見せてほしかった。もう一度お願いする、成長したギンガの顔をもう一度見せてほしい」


「ごめんなさい。すぐには無理なんですよね……」


「すぐには? では次見られるのはいつ? いつになったら見られるようになる?」


「最短で16か月後ですね」


「16か月後? 最短でもそんなにかかるのか?」


「作られた当時は連続で見ても平気だったんですよ? でも古くなってくると動作が怪しくなってきちゃって……。ほかにもいくつか映像を記録した魔鏡があるんだけど、他のは壊れたのかもしれないし、もしかするといつかチャージが完了して見られるようになるかもしれません。今はさっき見た映像記録しか見られないんです」


 レーヴェンドルフは少し残念だったが、それでもギンガの成長した姿を見られたことがうれしかった。


「そ、そうか。ではまた見られるようになったらぜひ見せてほしいな」


「はい、そうですね。また次に見られるようになったときご招待しましょうか。次はアルタイルちゃんもですね、じゃあお祈りも済ませたことですし、ヒカリのお薬の時間もありますしね、そろそろ帰りましょうか」


 のぼってきた階段通路を引き返す一行、足元が暗い事をいいことに、パトリシアの手を握り、階段を踏み外さないようにエスコートしている。


「シリウスえらいですね、女ったらしの未来が見えます」


「アンドロメダは見えるんだから手を貸す必要ないでしょ。でもさ、さっきのアレ、ギンガお姉ちゃん? さ、おばちゃんになってたね」


「それ聞かれたら勇者パンチ飛んできますよ?」


「お姉ちゃんそんなことしないよ、優しいし」


「勇者パワーで私のお尻つねったの見たでしょ? お尻の肉がもげたと思ったわ。あの指、ペンチと同じなんだから」


「あははは、勇者パワーの使い方間違ってるよね」


「そうなの、すっごく怖かったんだからね」



 いま見た映像のことで談笑しながら、霊廟の湿った、かび臭かった空気は和気あいあいの空気に変わった。

 アンドロメダは薄暗い中、シリウスに手を引かれ階段を降りるパトリシアがなんだか嬉しそうに微笑んでいることに気が付いた。鼻歌でも聞こえてきそうなほどの笑顔だった。


「パトリシアどうしたの? お父さんの顔が見られたのがそんなに嬉しい?」


「んー、幸せそうだなあ……って思いながら、ぼーっと見てました。出てた人、みんな家族なんでしょ?」


 ディミトリ・ベッケンバウアーは少年期に獣人の侵攻を受け、家族を失い孤児となったことをパトリシアは知っていたから、たくさんの家族に囲まれて幸せそうな姿を見て、嬉しかったという、ただそれだけのことだった。



「ええ、そうですよ。みーんな家族です。お母さんたちを怒らせて勘当された二人は映っていませんが、これはこのとき集まることができた家族全員です」


「そうなんですか! よかったです、なんだかホッとしますねぇ」


「ん? パトリシアってお父さんのこと好きだと思ってたんだけど? それ本心なんですかあ?」


「本心ですよ? そりゃあ初めて出会った頃はね、命を助けられたこともあってムチャクチャ惹かれたこともありましたけど、エルネッタ(ディアッカ)さんすっごい美人だし、お姉さんじゃなくて恋人だって言うし、破綻した性格を除けば完璧美女じゃないですか。二人はまんまとくっついちゃいましたからねー。私こう見えて独占欲が強いんですよ、一人の男性に、二人も三人も女性がくっつくなんてイヤです、私だけを見てくれる人じゃないとね、やっぱ」


「おおっ、現実的な恋愛観でございますこと。でもそれなら早いうちに結婚しておかないと、トシいっちゃうと声もかかりませんよ」


「た……確かに。いい話が舞い込んできたのは16、17ぐらいまででした……ちなみに980歳をこえてまだそんな浮いた話あるんですか?」


「ないっ!(きっぱり) もう何百年もないです」


「まったく? これっぽっちもですかあ?」


「そう、まったく! これっぽっちもないですよー」


「アンは見た目若いんだから、まだまだ大丈夫なんじゃ……」


「私より先に死なない男が居たら考えるかもですね。私はこの王国の歴史をずーっと見てきて知ってるんです。遥か昔から現在に至るまで、男という生き物は、常に絶対的に若い女が好きなのです」


「が――ん! えっと、私まだ若いくくりにいますよね?」


「パトリシアいくつ? たしか19だっけ?」


「はい。"まだ"19です」


「"もう"19か、ギリはみ出してますよ」


「え――っ! マジですか!」


「マジです」


 シリウスは誰にも気づかれないようパトリシアとアンドロメダの会話を盗み聞きしていた。素知らぬ顔をしながら横目でパトリシアをチラチラ見ながら、今ふたつの耳でしかと聞いたことをしっかり心に刻み込んだ。これは意中の女性が自分のパートナーとなる男性を選ぶ条件、つまり今のシリウスにとってとても重要な情報だ。ここは勇気を振り絞って立候補しておくべきだ。


 シリウスは心臓がバクバクと鼓膜を叩き口から出そうになるのを感じつつ、一世一代の告白を試みた。


「い……、いいじゃん、パトリシアが行き遅れたらぼくがもらうからさ」


「イヤです」


 コンスタンティンに続き、またもや見事なカウンターが決まった。夜になると相当いけてるシリウスも、パトリシアにかかってはバッサリと一刀両断だった。



 ……っ。



 ……。


 儚いものだった。シリウス一世一代の告白は、わずか数舜で散ってしまった。

 パトリシアの手を引いて歩きながらも、頭の中は真っ白、エスコートしているはずが、自分の足も覚束なくなってしまった。初恋なんて往々にして散るものだといわれていて、あまり学校にも行ってないシリウスもそれぐらいの知識はあったのだが、振られたときのショックの大きさは、計り知れない大ダメージだった。


 夜であっても真昼間のように行動できる目が、真っ暗闇を映し出す。

 頭がクラクラする。呼吸の仕方を忘れてしまったかのように息が苦しい。


 何も考えられない。脳が機能停止を起こしたようになってしまった。



 そう、パトリシアは鈍いのだ。いまの『イヤです』は、シリウスの『いいじゃん』に対応した言葉であるし、その言葉を省いて『パトリシアが行き遅れたら』という言葉から入ったとしても、きっと『イヤです』といって断っていただろう。


 いまのシリウスの言葉が愛の告白だとは、これっぽっちも思っていないのだ。


 とはいえ、ちゃんと向き合って、目と目を合わせて、跪いて求婚したとしても、上位貴族サマの長男であるシリウスの立場上パトリシアが首を縦に振るかどうかは微妙なところではある。


 何しろシリウスはフィクサ・ソレイユ家の長男だ。


 レーヴェンドルフが側室をもらっていないのはソレイユ家の次男であることと、加えて騎士の家系であるソレイユ家に生まれたのに戦えない学者アビリティを受けた味噌っかすの扱いをされていたからだ。ソレイユ家本家を継いだアンダーソン・ソレイユはいい年してまた若い嫁をもらったという。


 しかし分家したとはいえレーヴェンドルフが勇者をめとったことにより、勇者の家系となった。3年前、ソレイユ家の本家でアサシンの襲撃から弟王ルシアンの命を助けた功績があり、名門として堂々と上位貴族の名簿に名を連ねることに不満を言うものはいない。それだけの実績を積んだのだ。そのフィクサ・ソレイユ家を継ぐシリウスは当然、何人も奥さんをもらう必要がある。


 普通ならアビリティの加護を受けた10歳になると親同士の取り決めで許嫁いいなずけが決められてしまうところだが、シリウスはアビリティを隠しているせいか。そのおかげで、幸か不幸か、13歳になる今でも縁談は来ていない。むしろ弟のアルタイルのほうがチラホラと縁談が舞い込んでいるというのに。


「あっらー? シリウスどうしたの? 振られちゃった?」


「う……うるさい! アンドロメダなんか嫌いだ!」



 こうしてフィクサ・ソレイユ家のお墓参りは無事? に滞りなく完了することができた。

 レーヴェンドルフは今見たばかりの映像の中に、大魔導師プロキオン・ソレイユが映っていたと聞いて、その顔をはっきり見てなかったことを悔やんだ。


 そしてプロキオンの立ち位置のすぐ隣には、二代目ハーメルン王家に嫁いだ、スカアハ・ソレイユもいた。更にはディアッカ・ソレイユの正統な後継者として騎士団を引き継いだ現ソレイユ家、直系のルーツ、アケルナル・ソレイユも映っていたという。


 レーヴェンドルフはギンガの顔に見惚れていたせいで、ほかの偉大なるソレイユの顔をまったく見てはいなかった。歴史学者として痛恨のミスだといって、何度も何度も同じことを言いながら惜しい惜しいと繰り返した。


 帰りの馬車、フィクサ・ソレイユ家が雇っている馬番兼御者が王国諜報部の手の者であるという情報があったので、雑談の内容をありがちなダミーにすり替えておいた。ヒカリに回復魔法を施していただいたので、そのお礼をしにいったのだと、わざとらしい口実を伝えたが、来るとき土産もお礼の品も持たず、ほぼ手ぶらで来ていることから諜報部への報告でどう伝えられたのかはわからない。



 それからわずか10日後、パトリシアはヒカリに完治の太鼓判を押した。ヒカリ・カスガ・ソレイユは死の病を克服することができたのだ。ヒカリのほうはこれまで寝込んでなまった筋力を戻すため、すぐさま騎士団の修練場へ出向き、シリウスやアルタイルを相手にして訓練することになった。


 パトリシアはというと、ヒカリが完治したことでディムとの約束を果たした。

 ソレイユ家の恩人となったパトリシアは、レーヴェンドルフの提案するお礼の一切を受け取る気がないと辞退してラールの街へ帰るつもりでいたが、ヒカリの命を救ってもらったのに手ぶらで帰してしまうのはそれこそ名門貴族の名折れだ。


 いくら何でも気が済まないということで、まず外堀を埋める意味で、先にパトリシアの母親に掛け合って許可をもらった。パトリシアの母親は目を丸くして驚いたが、娘が人助けをして、感謝されているのだからとサンドラに一人暮らしをすることに同意した。


 パトリシアはソレイユ家の推薦で首都サンドラにある薬科大学院に通うことになった。ちょっとトシはイッてて同級生からは浮いた存在となったが、1年の途中から編入したにもかかわらず、筆記試験ではベスト3に入り、森に入っての実技では教員を遥かにしのぐ成績をただき出すというハイスペックぶりを見せつけた。もともと薬草取りを生業なりわいとし、様々な調合を独学で学んでいたパトリシアにとって、薬科大学の最高学府といえども難しいものではなかったのだ。


 パトリシアが開発に成功した抗生物質については、ヒカリが死の病を克服し、完治したことから、宮廷医師たちが押し寄せて聞き取り調査と検査を繰り返したが、薬剤師免許を持っていないパトリシアの作ったクスリは、結局クスリだと認められなかった。


 抗生物質の製法は特許申請中であるが、パトリシアとアンドロメダ以外は誰も再現することができなかったので、これも認められるかどうかは分からない、微妙な線だが、パトリシアにしてみるとどうだっていいことだ。


 一方、シリウスは学校でもずっとアビリティなしという無能力者で通した。どうせ【夜型生活】だの【人見知り】だの言ったところで影でバカにされることには違いないのだ。


 とにかく鑑定を阻害するスキルをオフにする方法がわからないので、アビリティがあるといったところで、それを証明する手立てがない。無能力者ということにしておけば、少なくとも学校では誰もアビリティの件に触れてこない。学校への報告は鑑定阻害スキルをオフにして、自らのアビリティを見てもらえるようになってからでもいいんじゃないか?というのがフィクサ・ソレイユ家のファイナルアンサーだった。


 勇者の息子であり、フィクサ・ソレイユ家の長男ということもあり、アビリティがなくとも、面と向かって誰かにいじめられたりなどということはなかった。ヒカリとアルタイル、家族に二人も勇者がいるおかげで戦闘訓練には困ったためしがないし、夜は夜で、いたずらついでに、こっそりルーメン教会の壁を乗り越えて敷地内に侵入すると、世界一手ごわいアンドロメダを相手に鬼ごっこできるという、非常に高度な戦闘訓練もこなしている。


 もちろんサンドラに下宿しているパトリシアの部屋を頻繁に訪れ、変な男に言い寄られてないか? など、こっそり影ながら護衛することを忘れてはいない。


 一方、魔鏡という魔導器を仕掛けて聖域の森を監視していた魔導大学院でも少しゴタゴタがあった。

 レーヴェンドルフたちがルーメン教会でギンガのお墓参りをした日の夜を境に、魔導大学院のダンス・トレヴァス学長が失踪した。失踪当初は着替えなど、短期間の旅行や調査に出るときの旅行セットが持ち出されていたことから、急な調査に出かけたのだろうと考えられていたが、1年たっても、2年たっても、ダンス・トレヴァス学長が王都ゲイルウィーバーに戻ることはなかった。


 世界の時間はゆっくりと流れていた。


 しかし激流のような時代は目前に迫っている。


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