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アンとの再会(2)

 ヒカリとシリウスはカリス医師長と看護師が動きを止めたことに驚き、反射的に鑑定したのだが、どうやら心配しなくてもよさそうだ。2人は状態異常スロウが強くかかっている。スロウとは麻痺と並ぶデバフ魔法の超強力なもので、ここまで強力なものになるともはや時間停止と言って過言ではない。


「夜ならサクッと記憶消去しちゃうんですけど、こんな朝っぱらからそんなシチ面倒臭いスキル使えないからスロウかけておきました」


 状態異常耐性のあるヒカリにはスロウがどのようなものか? まったく知る由もなかったが、スロウとは要するに脳の処理を極端に遅くする魔法なので、会話を聞かれたところでスロウのかかってる2人にはごく短時間の出来事すぎて会話内容を理解することなど到底できることじゃない。


 加えて『時間を飛び越えた』としか認識できない脳の違和感を、アンドロメダの『知覚遮断』『擬態』スキルを駆使することで更にあやふやなものにする。つまり短時間でればいくらでもごまかしは効くので、ここでは自由に話をしてもいいという事だ。


「ふうん、なるほど。これでゆっくり話ができるのかな?」


「短時間なら記憶が飛んだことも分からないようにできますけど、あまり長時間このままにしてると消せない違和感が残りますよ? 朝だったのに、ハッと気が付いたら夕方でした!とかだと誤魔化しきれません」


「なるほど、記憶に残させない訳ね、さすがギンガの娘。安心したところで、じゃあ改めてお礼を言わせてくださいアンドロメダ。パトリシアさんが抗生物質つくるの手伝ってくれたんでしょ? ありがとうね、本当にいい子。こっちに来て、ハグさせて」


 レーヴェンドルフも礼を言おうと思ったが、アンドロメダは言葉よりも先にヒカリの胸に飛び込んでいった。そしてヒカリはちょっぴり涙ぐみながら、パトリシアにアンドロメダを紹介することにした。


「シリウス、パトリシアさん、今日はあなたたちに真実を話すため、アンドロメダに来てもらいました。まさかパトリシアさんの知り合いだとは思わなかったけど、あらためて紹介するわね、この子がアンドロメダ。わたしの可愛い銀河と、悔しいけどあのバカの間に生まれた娘。私の自慢の孫になります。シリウスもほら、改めて挨拶しなさい、アンドロメダはギンガとディミトリ・ベッケンバウアーの娘だから、シリウスからすると姪にあたるわね」


「改めてご紹介に上がりました、アンドロメダ・ベッケンバウアーといいます。ごめんね、パトリシアもそんな苦虫を噛み潰したような顔しないでくださいよ……、黙ってたことは謝りますから」


「そりゃあ渋い顔にもなりますよ! 苦虫も噛み潰そうってもんです! なんですか? ええっ? アンあなたディムさんの娘だったの? 意味わかりません!」


 パトリシアでも信じられないデタラメな告白を受け、意味が分からないといったのに、シリウスに事態が把握できるわけもなく……。頭からはいくつも『?クエスチョンマーク』が出まくるぐらい理解不能で、パトリシアに助けを求めた。


「どういうこと?」


「アンはギンガさんの娘だって言ってるんです」


「は? なんでアンドロメダが姉ちゃんの子どもになるんだよ! もしそうならアンドロメダ3歳じゃん!」


「じゃあ鑑定していいですよ、鑑定阻害スキルは解除してあるから……」


 シリウスは目を凝らして鑑定スキルを起動し、アンドロメダの見られるだけ全ての情報を表示させた。


----------


□ アンドロメダ・ベッケンバウアー 987歳 女性

 ヒト族


 体力:1274500/1274500(FULL)

 魔力:2756445/2756445(FULL)

 腕力:0927500

 敏捷:2420000


【ヴァンパイア】/自己再生/知覚/知覚遮断/短剣/二刀流/盾術/片手剣/短槍/耐火障壁/耐光障壁/足跡消し/気配消し/気配探知/状態異常無効


----------


 シリウスの鑑定スキルではいまのところこれだけしか見ることはできないが、これだけ分かれば勇者であるヒカリやアルタイルよりいくらも強いことが分かった。


「アンドロメダ……ベッケンバウアー! 本当だ! うっわ、987歳!! ババアじゃん。【ヴァンパイア】って何? アンドロメダ凄い、こんなの見たことない。この数字いくつ? いち、じゅうひゃく、せんまん、じゅうまんひゃくまん! ひゃくにじゅうななまんよんせんごひゃく! なんだそれ! お母さんやアルタイルより強いじゃん!」


 もちろん騎士団の誰よりも強い。今のところ、シリウスの目で見た限りではアンドロメダが世界最強だった。


「あはははは、シリウスくんババアは余計ですからね、口の利き方に気を付けないとお姉ちゃん怒っちゃうかも……」


 シリウスは直感的に鑑定したアビリティとそのステータスの数値を見て感嘆の声を上げたのだろう、比較対象としては少々頼りないが、ついパトリシアのステータスを無断で覗いてしまった。


--------


□パトリシア・セイン 19歳 女性

 ヒト族  レベル030

 体力:24220/24400

 魔力:-

 腕力:520

 敏捷:12880

【薬草士】/短剣/調合/緑の指/状態異常耐性


--------


「ほっ……パトリシアが普通の女の人で良かったよ」


「女の子のステータスを勝手に見ちゃダメですよっ」


 とシリウスの鑑定に釘を刺したあと、パトリシアはすぐさま別の意味で理解したことを問うた。


「ところで、ちょっといいですか? ディムさんたちはみんな1000年前にいったってことは私もヒカリから聞かされて知ってました。でもあれから考えてみたんです。1000年前に行ったのなら、いまはどうしてるんだろう?って……」


 パトリシアの声のトーンが変わった。真面目な話をしていることはシリウスにも理解できるし、パトリシアの問うた疑問がどれだけ重大なことなのかということを、この場にいる者はみんな知っている。


「父も母も、1000年前を生きました。激動の時代だったんですよ? 父は2人の妻と、8人の子どもと、30人の孫に囲まれて、幸福のうちに人生の幕を閉じました。いまから942年前のことです」


 パトリシアはしばし瞑目し唇を真一文字に結んで口惜しさを押し殺した。

 つい3年ほど前まで辺境の街で一緒にキノコを採ったり、ミントで育毛剤を作ったりしてたディムが1000年前に転移していて、もうとっくの昔に死んでいただなんて、おいそれと納得のいく話ではない。

 もしそれを認めてしまえば、パトリシアがディムと一緒に森に行ったとき、すでにディムは死んでいたことになる。


「ディムさんは死んでるなんてウソですね。第一、あなたに言われても説得力がありません」


「そう言われると見も蓋もないのだけど……」


「じゃあ、ディムさんのお墓は? 残っていますか?」


「もちろんありますよ。なんでしたら今日、このあと参られますか? パトリシア・セイン。あなたには聖域にはいる資格があります」


 パトリシアはディムがとっくの昔に亡くなっていると言われても半信半疑、いや、疑いの方が大きい。頭では分かっていても、まるっきり実感がわいてこないのだ。当然今からでも聖域とやらに行って真実を確かめるのにやぶさかでないのだが、ひとつ引っかかった。


「資格? なんですかそれ?」


「あなたが私のお父さん、ディミトリ・ベッケンバウアーの弟子だからですよ」


「へー、そんなことまで知ってるんですね?」


「個人的に見せたい物もありますしね」


「もちろん、そういう事でしたら喜んで。いまもディムさんはそこにいるんですね?」

「はい、あなたが来てくれたら父も喜ぶと思います」


 パトリシアは周りの視線が自分に集まっていることに気が付いた。



「えっ? なに? どうかしましたか?」


「本当なの?」


「何がです?」


「あのバカの弟子? 本気?」

「そうだよ、アサシンの弟子ってどんな修行するのさ?」


「あ――、鑑定スキル持ってるひとには隠しようがないですけど、わたしムチャクチャ弱いです。だから戦い方を教わったことなんてないんです。ちょっと逃げ足が速いぐらいの探索者シーカーですから、黙っててごめんなさい。弟子なんて言っても私が勝手にディムさんのことを師匠って呼んでただけなんですけどね? 今の私があるのはディムさんからいろんなことを教わったからなんです」


 シリウスは訝った。

 パトリシアは19歳でレベル30に達している。レベル30というのは一般の冒険者で言う、Cランク(ブロンズメダル)の傭兵マーシナリーぐらいの強さだ。確かに腕力の数値は低いけれど、敏捷性は腕力の低さを補ってあまりある。こんだけ敏捷性ステータスが高ければ、攻撃が見えてさえいればかすりもしないだろう。


 そんなパトリシアにヒカリが問う。


「あいつ人にもの教えることなんてできないでしょ? 変なこと教えてないでしょうね」


「いえ、ディムさんに言われた通りしてれば必ず結果が出ましたし、どんなことでも身をもって体験することでより深く理解することができました。たとえば、おなかが痛いといって苦しんでいる人がいたとして、手掛かりはそれだけ。だけど放っておいたら死んでしまいそうなとき、何を食べたのか、毒なのか食あたりなのか、毒ならどんな毒に冒されているのか、それを正確に知る必要がありますよね。ディムさんは私に『実際に毒キノコを食べてみるといい、その毒が人にどんな状態異常を及ぼすか分かる』って言ったんです」


「食べたのかい……、毒キノコを……」


「さすがにコロリタケのような猛毒キノコは絶対食べちゃダメって言われましたけど、ちょっと食べただけで死ぬもの以外はだいたい、ほんの少し、致死量に足りないよう注意して食べました。毒草も手に入るものはだいたい食べました。おかげさまで解毒薬にはちょっと自信があります。無資格なので大っぴらに売ることは出来ませんけどね」


「パトリシアさん、あなた……、自分がモテない原因わかります? ギルド酒場でだれも口説いてこない理由も、なんとなく私には分かったような気がするのだけど?」


「えっ? 本当ですか? あとで教えてください。わたしモテたいです!」


 そりゃあ好き好んで毒食うような女を口説こうなんて物好きがそうそう居るわけがなかった。

 どっちかというとラールの冒険者ギルドでは恐れられているのだが、パトリシア本人はその事実を知らない。


「あのバカ、ほんと人にもの教えるのに向いてないわよね……」


 実はシリウスもヒカリもパトリシアのスキルに【状態異常耐性:強】があるのを知っていたが、まさかこの耐性スキルが自ら毒を摂取して得たものだとは思いもしなかった。


「うーん、コロリタケから殺鼠剤を作るのにいろいろヒントもらったりしたけど、森との距離感というか、森との接し方のようなものを教わったのが大きかったかな。とても役に立つわ、こんどシリウスにも教えてあげるわね」


「うん! 絶対だよ! 約束な!」


 ここまで口を出さなかったレーヴェンドルフも資格という言葉には引っかかっていて、どうしても知りたいことなので、問い質し、引くことは出来ない。


「横から済まない、教会の聖域にはギンガも眠っているのだろう? なぜ私にはその資格がないのか教えてほしい」


「ねえアンドロメダ! パトリシアだけ? ぼくには資格がないの?」


 もちろんシリウスも声を上げたし、ヒカリも当然、教会の聖域に眠っているというギンガの墓を参りたいと思っている。


 アンドロメダは返答に困り、とても申し訳なさそうな表情で詫びた。


「家族にとっては資格の問題じゃないのよね。レーヴェンもヒカリも、ついこの前まで一緒に暮らしてた家族が、実は1000年も前に人生を全うしていたといわれて、納得できますか?」


「納得できるわけがない! だけど理解はしているつもりだ。私たちは家族だ。娘に会いたいというこの願いをかなえるために、どんな資格が必要なのだろうか?……」


 教会の聖域はディミトリ・ベッケンバウアーとその2人の妻の墓所となっていて、厳しい立ち入り制限がされている。年に一度の豊穣の祈りを捧げるという名目のイベントが毎年執り行われ、ソレイユ家の本家の者だけが聖域に招かれるというのが慣わしなのだが、その実、豊穣を祈願するのが目的ではなく、ソレイユ家の始祖、ディミトリ・ベッケンバウアーの命日を悼む法要が営まれる。要はディミトリ・ベッケンバウアーの命日に、こっそりお参りしているだけだ。


 そしてディミトリ・ベッケンバウアーと二人の妻が眠る墓所には大魔導師プロキオン・ソレイユが作ったと言われる魔法陣が設置されていているのだが、この魔法陣はヒカリ・カスガをこの世界に召喚したことでその使命を終えた。しかしその転移魔法陣がまだ生きているからこそ、ルーメン教会は保存しなければならない。


 ……という建前もあるのだけれど、聖域を閉ざしたのには理由がある。子孫であるソレイユ家の者であっても厳しい立ち入り制限をしなくてはならないほどの深い理由が……。


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