[16歳] 子どもたちの戦利品
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「おーいサラエ! セイジ! 無事か?」
「ディム? ディム兄ちゃんの声? 姉ちゃん、いまディム兄ちゃんの声がした!」
「こ、こんなとこにディムがくるわけ……」
ディムはサラエとセイジが逃れた木に足をかけ、ヒョイっと登ると、大きな枝別れしてるところにセイジがいて、姉のサラエを上に逃がしていた。どんくさいと思っていた弟のセイジが、いざって時になると、あんなにデカい動物から姉ちゃんを守ったのだ。半べそかいてたけど、大人が感心するほど強い子だ。
ようやく二人の無事を確かめる事ができた。いや、サラエは足にケガをしてるようだけど、転んでひざを擦りむいたのと、ちょっと強めに捻った捻挫だけのようだ。家に帰ったら消毒薬と痛み止めの薬草を分けてやろう。
「よっ。どうしたんだセイジ。こんな暗がりでお姉ちゃんとなにイチャついてんの? もしかしてお前ら、姉弟でそれはいけないんじゃないかな?」
いきなり後ろから声がしたことで驚いた二人だったが、名前を呼ばれたことで安堵感のほうが勝ったようだ。
「ディム? 真っ暗で良く見えないよ……助けに来てくれたの?」
「ああ、みんな心配してるぞ。帰ろう」
「ダメだよ、レッサーベアがいたんだ。すっごい大きかった。あいつがまだこの近くにいるんだ……」
「そんなのがいたのか! ぼくも見たかったよ。でも大丈夫だ、もういないから早く帰ろう」
「真っ暗で道なんか分からないよ! ランタンは? 松明は?」
「あっちゃー、そうか。ランタン持ってこなくちゃいけなかったな。忘れてたよ」
「バカだ。やっぱディムはバカだった……どうすんだよバカ」
「ディムって本当にヒモしかできないの?」
「子どもって本当に容赦ないんだな……」
どうすんだよって言われても思いつくのは、セイジをおぶってあげて、サラエはお姫様だっこして森を走って帰るぐらいなんだけど……。いや、さすがに両手でサラエを抱きかかえて背中にセイジというのは、きっとセイジの方がキツイ。
ディムはこの暗がりの中、子どもたちを抱いて木を降りると森を出て街に戻ることにした。
もっともセイジたちの目には地面なんて見えないだろうけど。
「セイジは歩こうか。ちゃんとついてくれば大丈夫。サラエは大サービスだ。ぼくが抱っこしてあげるけどエルネッタさんには言うなよ、あのひと若い女には容赦なく嫉妬深いからね」
「私を抱っこしたまま転んだらエルネッタに言いつけてやるんだから!」
「言いつけるって、何て言いつける気なんだよもう……」
「ディムに真っ暗な森で抱かれて、押し倒されたって言ってやる!」
「ごめんそれマジ勘弁して。転ばないようにゆっくり急ぐから……」
ディムは9歳の少女に精神的上位に立たれていることに頭がクラクラしそうだった。
さすが一枚壁のワンルームアパートに住んでるだけある。ディムのアパートは隣からも上からも、物音が丸聞こえだ。
だから男女の営みの声も容赦なく聞こえるという、あまりよろしくない環境で暮らしてるのだから。
「セイジ、そこ段差あるからな、ぼくの服を掴んでついておいで。転ばないようにな」
「兄ちゃん本当に見えてるの? 真っ暗で兄ちゃんの姿も見えないよ……」
「薬草集めのプロを舐めんなって言ったろ?」
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ディムたちが森の出口に近付くと、森と街道との境界線あたりでは松明どころか篝火が掲げられていて、風に火の粉が舞っていた。そこにはギルド長のダウロスさんと探索者が何人かいて、ディムが子どもたちを無事に連れ帰った姿を確認するとサラエとセイジのお父さんが泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
「ああああっ、サラエ! セイジ! うわああ、ありがとう、ディムくん本当にありがとう! 何と言ってお礼を言えばいいか……」
「いえすみません、ぼくが森で白トリュフを取ったって言わなければこんなことにはならなかったです。本当にすみませんでした。これはぼくの責任です」
「いいえ違うんです、あさって妻の誕生日で、きっとこいつらなりにカネを稼ごうとしやがったんですよ、このバカどもが……まったくケガまでして、お前らいったいどこでなにしてたんだ、ほらみんなに謝れ、お前たちを探してくださってたんだ」
セイジはゴツンと聞こえるぐらいのゲンコツをもらった。でもそれは仕方ない、もう子どもたちだけで森に入るようなバカはしないだろう。もしこれがメイとダグラスだったら、ちょっと大人たちに心配かけたぐらいじゃ1ミリも懲りないのだから。悪ガキの気持ちは悪ガキにしかわからない。きっとセイジはもう同じことを繰り返すことはない。
「怒らないでやってください、セイジは強かったんですよ。ケガをしたサラエをずっと守ってたからね」
ディムは抱いてたサラエを父親に預けると、ポケットの中にいれてた白トリュフを取り出し、いま怒られてちょっと泣きそうになってるセイジにこっそり、内緒で渡してあげた。
「セイジ、お前たちが登ってた木の下でこのトリュフ見つけたんだ。これはお前たち二人の戦利品だよ。怒られても怒られ損じゃなかったな。母ちゃんに何か買ってやれ」
「う、うん!……やった!」
あと、サラエが足にけがをしてるからと、後で家に帰ったら薬草を……と言ってサラエたちと一緒に街へ帰ろうとしたら、ギルド長に呼び止められた。
「ディムくん。今日はもう帰るのかい? だいたいこういうときはギルド酒場で祝杯を上げるもんだが……」
「すみません、ぼくちょっとそういう席は苦手なんです」
「そうか、そうだろうと思ってたよ。なら帰りにギルド寄って達成の報告だけ忘れないようにな。あと、明日の午後、ギルド二階にある私の部屋に来るように」
「は、はい。分かりました。帰りにギルド寄ります……」
これはちょっとやばい……かもしれない。いろいろ手順すっ飛ばしたし、エルネッタさんなら指をボキボキ鳴らしながら怒るパターンだ。
ギルド長を怒らせたのだから免許取り消しにでもなったらどうしよう、薬草取りができなくなったらマジでマッサージ師しか生きる手立てが残ってない。エルネッタさんみたいな奇麗な女の人ばかりならいいけど、太ったオッサンの脂ぎった身体を揉みしだくなんて考えただけで鬱だ。
いや、いざとなったら、本当にいざとなったら『拾い食い』スキルが……。
でもそれはもう望むスローライフじゃなくなってしまう。
なんてことを考えながらディムはセイジの手を引いて、サラエを抱いて家に帰るオジサンのあとをついて歩いた。このオジサン、子どもたちにまずは大目玉食らわせていたけれど、いまはもう安堵感の塊のような表情でサラエを抱いている。ディムは自分の境遇と照らし合わせて、家族の温もりというものを懐かしんでいた。
ギルドに寄って報告を済ませ、家に帰るとまずは薬草のストックからサラエのケガに使ってくれと言って湿布用の薬草を渡そうとしたけど、ボロボロに泣いて二人を抱き締めているサラエのお母さんは話ができないので、お父さんのほうに預けておいた。
依頼を達成してから知ったのだけど、この依頼の達成金は77万3000ゼノ。
もちろん事情を説明して、あの二人が森に行ってしまった事自体がディム本人のせいでもあることを説明して、ディムが受け取るはずだった報酬は謹んで辞退した。それでもギルドは達成金のうち30%を手数料として請求されるのだとか。なんだか気の毒に思えたので、その30%はディムが自分の借金にしといて欲しいと言ったんだけど、サラエのお父さんがギルドの皆にお礼言いすぎなぐらい、重ね重ねお礼を言いながら手数料を払ってくれた。
ディムは本当に申し訳ないことをしたと心から反省しきりだった。
あんな小さな子供に白トリュフを自慢すると、森に行くかもしれないという危機感が不足していた。
たとえ薬草取りだといっても、冒険者という職業を甘く見ていたのだ。




