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異世界人であるが故に(3)

 ヒカリはセイヤ渾身の告白を二度にわたって断った。

 セイヤはがっくりと肩を落としたが、すぐに立ち直って、その日はヒカリよりも先に帰ってしまった。


 二人はそのまま、少しの距離感を保ったまま中学を卒業すると自宅から一番近い高校に進学した。

 学力ではヒカリのほうが上。セイヤとは高校のレベルで言うと2ランクほど差があったけれど、ヒカリは自転車で通学できるという利便性を選んだ。

 奇しくもまた同じ高校に通うようになった二人が高校二年になった春、ヒカリの心が大きく揺れ動く出来事があった。


 ヒカリの友人にナオミという子がいた。ナオミはクラスでも目立ってモテる女の子で、ヒカリとは高校入学時からの親友だった。ナオミの彼氏は5つ年上の22歳で金髪、社会人だがガテン系のガッチリ体形で左腕にツタ植物のようなタトゥーが入っている。


 この男がどうという話ではないのだが、その男の友人というのがヒカリに目を付けた。

 ある日、ナオミに誘われて食事に行こうと言われ、変な男が乗ってきたクルマに乗せられたが最後、気が付けばそこは場末のバー。


 17歳の女子高生を酒場に連れ込むとは何事だと言ったところで、いまさら何の効果もない、客はヒカリたち4人のみ、あとショットグラスを念入りに磨くバーテンダーがいるだけの、薄暗い店だ。


 案の定ナオミは金髪の彼氏と酒を飲み、仲よくイチャつき始めたのを見て、もう一人の男はというとヒカリに狙いを定め、肩を抱いてきたり腰に手を回してきたり。何といえばいいのか、良く言えば己の欲望に対し、とても忠実な、分かりやすい男とでも言えばいいのかもしれない。


 世間一般でいうと、ただのゲス野郎だった。


 巧妙に恐怖心を煽るような空気を作り出す男たち。こんなところに連れ込まれてしまった事は迂闊だったが、ヒカリも下手に逆らうと無理やり何をされるかわからないから下手には動けなかったのだ。


 強引に酒を勧められ、断り続けるのも身の危険と察したヒカリは話を合わせながらトイレに入ることに成功し、困ったときのセイヤ頼みと言っては悪いが、この時ばかりは本気でセイヤの顔が浮かんだ。


 目に涙を浮かべながら、セイヤの事しか頭に浮かばなかった。

 こんな時になってやっと気づいたバカさ加減にほとほと嫌気がさした。ヒカリはセイヤのことが好きだったのだ。だけど自分には魅力はないと思っていたし、数か月でセイヤに飽きられるのが怖くて告白を断ったのだ。


 トイレ個室の外に男が来ているのを察したヒカリは声を聞かれてはいけないと察し、電話で直接助けを求めるでなく、携帯メールでセイヤに知らせた。お願いだからすぐに読んでと心から願った。


 トイレを出て時間稼ぎに何度も手を洗ったり、化粧直しをしたりしたが、男が入ってきてべたべたくっついてうっとおしいので席に戻ると、今度は本当に無理やり酒を飲まされた。


 喉が焼けるほどの強い酒で、たったグラス一杯のお酒を飲まされただけで意識は朦朧もうろう、席を立とうとしたら足に来ていて満足に歩くこともできず、床に転んでしまった。


 ナオミの彼氏が言うには『このままじゃ帰れないからバーの奥の部屋で休んでいきなよ』とのこと。

 後ろから脇を抱きかかえられた。ヒカリはもう抵抗することもできず、引きずられるようにバーのスタッフルームに連れて行かれようとしていた。


 実はヒカリもそこまでしか覚えていない。

 冷たいポカリを頬にくっつけられたことで意識を取り戻したようなものだった。



 ヒカリが目を覚ますとそこにはセイヤがいて、春の夜風は肌に冷たいというのに、そんな冷たい飲み物をもってくるなんて気が利かない奴だと思った。だけど、涙がとめどなく流れた。


 セイヤは何も言わず、何も聞かずに、ヒカリが涙するのに縋る肩を貸してくれた。ヒカリはそれが嬉しくて、セイヤに甘えて、ただその肩に顔をうずめていた。



 どれだけ時間がたったろう、15分か、30分か。携帯電話の着信音がけたたましく鳴り響いた。

 ヒカリが夜10時になっても帰ってこないことを心配した母親からの電話だった。


 受話ボタンを押して電話に出ることを躊躇するヒカリの手から携帯電話を取って、電話に出たのはセイヤだった。


 ヒカリが電話に出ず、代わりにセイヤが出たことで母は状況を訝ったが、セイヤが「ごめんなさい」と謝ってくれたことで、だいたい察してくれたらしい。幼馴染の男がついてくれてるというのは、年頃の娘をもつ親として心強かったのだろう。ヒカリのほうはというと、受話器のスピーカー越しにガミガミ怒る母の声を聞いて、逆に少しホッとしていたのだが……、その時ヒカリは街灯に映し出されたセイヤの顔を見た。それはヒカリにとって見慣れた顔だった。子どものころ、ケンカに負けて帰ってきたときのような、何発も何発も執拗に殴られたような傷跡が残っていた。


 セイヤの顔を見たことで、やっと脳みその活動が元に戻りつつあった。ヒカリは白のブラウスが血にぬれてることにも気が付いた。何度もセイヤの歪んだ顔をみて、一瞬ホロリとして、再び涙がこぼれそうになったが、心の底から湧き上がってくる歓びのほうが勝った。セイヤは5つも年上の男たち2人と殴り合ったのだろう、ボコボコにシバかれても自分を助けてくれたのだ。


 ヒカリは生まれて初めて、セイヤのことをカッコいいと思った。イイ男だと意識して、いまもう心臓がバクバクいってることにも気が付いている。セイヤの顔が恥ずかしくて見れない。頬が上気する。ヒカリはもうこの悪い男に心を奪われてしまったことを理解した。


 心の底からこの不愛想で面倒くさがり屋の男のことが愛おしくてたまらなくなった。

 セイヤの腫れ上がった頬をさすりながらも、ヒカリは気分が悪くなって吐いた。


 優しく背中をさすって介抱しながらセイヤも吐いた。もらいゲロというやつだ。


 これからいい雰囲気になるかもしれなかったけれど、二人がまるで競い合うようにゲロゲロと胃の内容物を吐き出したせいで、ロマンチックな雰囲気などどこかへ吹っ飛んでしまった。地べたに這いつくばって、涙目でゲロを吐くセイヤの背中をさすって介抱したのは他でもない、ヒカリだった。


 何も言わない、何も聞かない。

 まるで我慢大会のようで、ヒカリが言いたくないことは、セイヤも聞かなかった。

 だけどそんな二人の間に流れる空気を、なんだか微妙なものにしていた。


 先に耐えられなくなったのはヒカリのほう。

 ヒカリは身も蓋もなく明け透けの質問を投げかけた。



「何も聞かないの?」


「何か聞いてほしいのか?」


「んー、じゃあ何も言わないの?」


「何を?」


「いま口説かれたら私ヤバいかも……。だってセイヤがカッコよく見えるし……」


「ええっ? マジか! ちょ、えっと、……」


 セイヤは言葉を準備してなかったようでしどろもどろになりながら頭を掻きむしっていた。

 まさかいま告白しろなんて言われるとは思わなかったから何も準備してなかったのだ。


 ヒカリはなぜこんなことになったのか、その原因も経緯も聞こうとせずにただ側に寄り添うセイヤのことが心底頼りになると思った。


「助けてくれてありがとうね……」



 少し上目遣いになって言いづらそうにお礼を言ったヒカリのほうを見ることもせず、ちょっと雲に隠れてしまいそうな月を見上げながらセイヤは勇気と声を振り絞った。


「ひかりのことが好きだ。俺さ……、ひかりが泣いてたら、絶対に助けに行くから……」


 それはヒカリがセイヤと交わした、最初の約束だった。


 上出来だった。

 ヒカリは満足な言葉を聞けてひとり何度も頷いていたし、セイヤはただベンチに座って寄り添う女に肩を貸していた。



 ヒカリとセイヤが肩を寄せ合って座る公園のベンチ。そこは奇しくも12年後、ヒカリが異世界に転移してしまうガソリンスタンドの隣の公園だった。



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