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異世界人であるが故に(2)

 ヒカリは夫と息子を寝室から追い出しパトリシアと二人っきりになった。

 不満げな表情でレーヴェンドルフに肩を抱かれ出てゆく長男シリウスに対し、訝し気な視線を送るパトリシアの思考の先を読んで優しく語りかけた。


「あの子はシリウス。私の長男で、歳は今年13歳になります。計算してみてください、あなたの考えていることとは違いますよ、間違いなく私とレーヴェンドルフの子です」


 先手を打たれてしまったパトリシアは唇に少し微笑みを浮かべながらトランクを開き、中からガラスの容器を準備し始めた。

 なぜ勇者ヒカリの長男からディムを感じたのか? それに疑念を持たなければ女ではない。


「私の聞きたいことなんてお見通しですか? それも勇者のスキルなんですか?」


「うふふ、女なら誰でもわかるわよ。それにもう一つ分かった事があります。あなたセイヤのことが好きなのね……妬けるわ、あのバカ、あなたみたいな可愛いコまで手籠めにして……」


「手籠めにされてません。それにディムさんのことをバカと言うのはやめてください。あの人は私の恩人なんです。だいたい、あなたはディムさんの何なんですか? セイヤって誰の事なんですか?」


「酒場での話は聞いてなかったの?」


「はい、私たちはあの、毒がたっぷり染み込んだ手の処理に追われてましたから……、気が付いたらエルネッタさんが大勢に連れ去られて、そのあと、軍隊が来て……。あなたとディムさんの関係も聞かせてほしいです」


「セイヤと私の関係? 元カレだったけど、いまは複雑になってしまったわね、娘婿だからえーっと、義理の息子? うっわ、そう考えるとまた腹が立ってきた……」


「はあ? 歳の差を考えたことあります? じゃあ今の男の子は? ディムさんの面影があるんですけど?」


「私の言ったことに嘘はないわ。彼と付き合ってたのは私がまだ異世界に居たころの話よ。セイヤのことが好きなあなたにとって面白くない話かもしれないわよ? それでも聞きたい?」


「はい、ぜひ」


 長話になるかもしれなかったが治療にかかりそうな時間も考慮し、ヒカリは子どものころの話から始めた。パトリシアはまさかそんな人生の最初の方から話が始まるものだから、明後日ぐらいまでかかるんじゃないかと思わず噴き出してしまったが、それでも黙って聞くことにした。


「私とセイヤはね、家が隣同士だったの。んー、違うか、私の家が2階で、セイヤの家が1階。この国にも街に行けばあるわよね、4階建てとか5階建ての集合住宅。物心ついたときにはもう一緒にいて、そうね、私の弟みたいな存在だったんだけどね」


 パトリシアは話の相槌を打つでもなく、黙々と作業をしながら話を聞いていた。

 心なしか微笑んでいるようにも見えた。ヒカリはそんなパトリシアを横目で見ながら、話を続けた。


「初めてセイヤを男として意識したのは、うーん、そうね……。身長で追い抜かれて、なんだか背中が広く、大きく見えたときかなあ」


「ええっ? それで恋したんですか?」


「ええっ? ないない。当時の私はまだ子供で夢見がちな少女だったのよ。2つ年上の、すっごく背が高くてカッコいい先輩のことが好きだったなあ。でもセイヤには『現実を見ろ』って言われたのよね。それが逆にムカついたの覚えてる。じゃあセイヤは現実を見て誰のことが好きなのさ!って聞いたら……」


「聞いたら?」


「ん。お前のことが好きだって言われた。それが最初だったかな」


「へー。やっぱ勇者さまもノロケるんですね。頭痛くなってきた。それで付き合っちゃったんですか?」


「うふふふ、それがさ、ビックリして、まさかそんなこと言われるとは思ってないし、その前に現実を見ろって言われてたしさ。あいついつも言葉が足りないのよね、あんなセイヤみたいな冴えない男が現実をみて、お手頃な安い女を選べば私になりましたみたいな意味に受け取っちゃったのよね。その時は本当に頭に来たなあ。で『私はセイヤのことなんてキライだ!』って言ってしまってさ。そのまんま背を向けて家に帰った。セイヤがついてくるから『ついてくんな!』って言ったけど、セイヤが帰る家も同じ方向だったせいで、セイヤはずいぶん遅く帰ってきたわ」


「キライだって言ったくせに帰宅時間までチェックしてるんですね」


「団地は床板が薄いのよ。下の部屋の会話とか普通に聞こえるし。でもなんであんなこと言っちゃったんだろうね。それから妙に意識しちゃってさ、朝学校に行くときも時間をずらしたりして、少し落ち着くまでは避けてた」


「しばらく避けていたら落ち着いたってことですね? じゃあ落ち着いたらどうなったんですか?」



「私? 何もなかったことにしたわね。あの日、私はセイヤに何も言われなかった。何も聞かなかった。だからこれまで通り、私の方がお姉さんでセイヤは弟。私の方が上で、セイヤが下。ああ、そっか。分かったわ。私の方が強くて、セイヤが弱い。うふふ、私の方がかしこくて、セイヤはバーカ。そうね、あははは、私やっぱりセイヤのお姉ちゃんで居たかったんだ」


 ヒカリはパトリシアに昔話を聞かせてやりながら、こんな機会でもなければもう二度と思い出すことがないような、本当に些細なことまで鮮明に思い出せることに驚きを隠せないまま、それでも過去に回帰したかのようにフラッシュバックする記憶にその身をゆだねた。




 異世界の思い出、セイヤと過ごした長い時間……。



 そうだ。ヒカリは生まれて初めて自分のことを客観的に見ることになった。

 2つ年上の先輩の事が好きだと言ったその言葉にウソはなかった。先輩はただ目立つ、見栄えのいい人だ。どんな人なのかも良く知らない。そんな人の事を好きになれるとしたら、きっと誰でも良かったのだろう。


 セイヤは現実を見ろと言った。だけどそれじゃあダメだ、誤解されてしまう。

 このときヒカリは『お前なんかじゃ無理だ』と、そう言われたと思った。だけど真意は別にあったと考えるべきだ。セイヤはいつも言葉が足りない。


 現実を見ろではなく、一歩引いた位置から自分のことを客観的にみてみろと、そう言いたかったのだ。

 ヒカリは腹が立ってセイヤの胸倉をひっ捕まえて文句を言ってやろうかと思ったが、やはり照れくさくて何も言えず、ただ次に何か衝突するようなことがあったら言い負かしてやるための材料を頭の中に置いておくことにした。


 中学の卒業前、カップルは駆け込み需要を迎え、もうすぐ離れ離れになってしまうことから、勇気を振り絞って告白する人がことのほか多い。とりわけ、中学3年の冬、クリスマスからバレンタインデーまでのイベントラッシュでは新しく出来上がるカップルが多い。


 セイヤはここでも一度告白した。

 クリスマス前にすればよかったのかもしれない。だがセイヤは元旦、初詣のとき神社でばったり会ったヒカリを捕まえて、露店のタコ焼き屋さんの裏にまで引っ張っていってから、真正面を向いて、しっかりと目を見ながらゆっくり、言い聞かせるように告白を口にした。


 このとき初めてセイヤは『付き合ってほしい』と願望を口にした。

 ヒカリも2度目だったせいか、手を引かれて参道から外れた瞬間、もしかすると告白あるかな? って思った。そして告白はあった。


「ねえセイヤ、あなた私のほかに好きな人いないの?」

「いないよ、そんなの」


「私のことを好きって言ってくれるのは嬉しいけど、それって単に私がいつもセイヤにとって一番近くに居たからじゃないの? セイヤにとって私が一番だとは限らないよ」


 ヒカリはセイヤの言う『好き』を訝った。幼馴染で姉弟きょうだいのように育ったことで何か誤解を受けているのだ。彼女が欲しいからって手を伸ばせば届くところにいる、いちばん身近な女に声をかけるそのお手軽さが気にくわなかった。


 ヒカリは何人もの友達が恋愛で経験したことを傍らで見てきた。彼氏ができた。付き合った。デートをして、キスをした。だけど1か月ぐらいで心離れて別れて、また別の人を好きなって、季節ごとに入れ替わるのを見てきた。


 ヒカリはグループの中でも奥手だと思われている。恋愛というものへの考え方が意固地に凝り固まっていて、お気軽に異性と恋愛関係になりたいだなんて考えなかったのだ。


 別に最初からそんな意固地でもなかった。堅っ苦しい女でもなかった。

 ヒカリの初恋は2つ年上の学校で一番カッコいいイケメンの先輩だった。だがしかしセイヤに『現実を見ろ』と言われ深く考える機会を得た。ただそれだけの事だ。


 もちろんヒカリとしては2度目の告白を受けたわけだから少し心が動いた。

 一度キッパリ断ったのにそれでもまだ自分を好きでいてくれたのだと思うと、心が高揚するのを感じたのも確かだ。セイヤの事はよく知っている。片づけができなくて、今日やらなくていい事は明日すればいいを地で行く怠け者だということも知っている。強くもないくせにケンカっ早くて、よく負けて生傷絶えないし、友達もものすごく少ない。だけどヒカリは知っている、セイヤが本当は優しい人だということを。


 いまは手ごろな女がひとりしか居ないから自分を選んでいる。だけど100人と知り合って、1000人を見たらきっと見る目が変わる。自分は地味な女だ、こんな女を好きになるなんて考えられない。セイヤは本当に好きな人と付き合うべきだと思った。


 なにしろ春日かすがひかりは中学校を卒業するまで告白を受けたのは下に住むセイヤだけなのだ。いま付き合ってる相手が居ないのだから、別に特別好きじゃなくても付き合ってみるという選択肢は当然あった。だがしかし、先ほども言ったようにヒカリは多くの友達の恋愛の結末を見てきた。ちょっとしたケンカからいとも容易く心変わりしてしまう、セイヤのことは好きだったが家族としての好きとなんら変わらない。そんな恋愛ごっこで消費される相手になってほしくはなかった。


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