勇者、出撃す(14)理由
銀河たち勇者パーティは出征式という形式上の式典を済ませたのち、家族に見送られて飛行船に乗り込んだ。陸軍が誇る兵員輸送の飛行船で遥か北方にあるケスタール砦近くの飛行場まで飛び、その後は土地勘のあるメイリーンの案内でセイカに向かった。
メイリーンは隠密行動を提案したが、本番の砦攻めのときまでに獣人たちとの戦いに慣れておきたいのと、コンビネーションや連携を確かめるという意味でも多少は戦闘をしながら進んだ方がいいということで納得し、可能な限り神出鬼没を心がけ敵軍に現在位置を悟られないよう小規模な戦闘を繰り返しながら北に北にと前線を押し上げていった。
獣人たちの前線基地があるリューベンを避けて迂回するルートを取った銀河たち勇者パーティはルーメン教会の斥候と落ち合い、予め先行して入った斥候が設置してくれた食料の隠し場所などを確認した後、集団墓地へと向かった。
雲ひとつなく晴れ渡る夜空は一般人の目にも明るく映り、小高い丘の上にある集団墓地は周囲を見渡すことができる絶好の休憩ポイントだった。
もっとも夜の墓地など死者の領域だと信じている王都民には気持ちのいい場所ではなかったが、ダービーが一夜の休みを取るならば最適のロケーションだと太鼓判を押したせいで、勇者パーティは墓場で一泊する羽目となる。
小高い丘の上にある集団墓地だ、ろうそくの明かり一つつけただけで遠方から監視している獣人たちに見つかってしまうことになる。灯りは空から降り注ぐ星明かりだけ。
石造りの霊廟のなか、冷たい石畳に腰を下ろし、壁にもたれて仮眠をとろうとした銀河はメイリーンが居なくなっていることに気が付いた。
ここは獣人の支配地域だ。みなぐっすりと熟睡するような者はいない。耳と鼻を鋭敏なセンサーにして、浅く短い眠りで休憩する。そんな中、銀河にも気付かれることなくメイリーンが姿を消した。
気配消しのスキルを発動し、足音を消して外に出て行ったのだろう。
それは誰にも気づかれたくないという明確な意思表示だった。
しかしここは敵地だ。パーティメンバー全員が目の届く位置に居てくれないと、次の瞬間、戦闘が始まってしまうと離れ離れになってしまうことすらありうる。
銀河が音もなく立ち上がったことでダービーが目を覚まし「どうしたの銀河?」と声をかけたことで、パーティ全員が目を開けた。どうやら銀河はメンバーの短い休息を妨げてしまったらしい。
「メイリーンが居ないの。ちょっと気になって……」
剣士のショウズ・セネガルシスは剣を担ぎ、聖騎士のグラナーダは壁に預けていた盾を左手に装備する。
いつ戦闘が始まっても構わないという準備をしたうえでみな霊廟を出た。
メイリーンは探すまでもなく、霊廟からすぐ近くに建立されたまだ新しい無銘の石碑に花を手向け、跪いて祈りを捧げていた。パーティメンバーが傍らに立っても無言の祈りを続けていたが、やがて周りを見渡すと、パーティの仲間たちも黙祷をささげているのが見えた。
「遅くなってごめんね、帰ってきたよ……」
メイリーンは立ち上がると石碑にコツンと拳を合わせ、まるで仲の良い子ども同士が挨拶したように屈託なく笑いながら、いつの間にか集まったパーティメンバーには気まずそうに肩をすぼめて見せたが、ひとりで涙を流していたのだろう、その涼し気な瞳は潤んでいた。
銀河も仲間たちもそのことに触れるのは野暮だと思ったが、何も聞かないでいると逆に気を遣ってる感ありありと伝わってよくない。皆の視線が銀河に集中したことで、銀河はパーティを代表してちょっとだけ話を聞いてみることにした。
「ねえ、メイリーン。セイカ村ってどんなところなの?」
メイリーンは少し恥ずかしそうにしながら潤んだ瞳から涙を拭うと「そうね、立ち話もなんだから座って話そうか」などといって、こんな墓場の片隅にある慰霊碑にしか見えない石碑の前で座った。
メイリーンは風光明媚なセイカの姿を自慢げに、ギンガに説明した。
幼馴染の3人、一緒に森で育ったこと、身体が大きくて力持ちなくせにおっとりした性格でケンカになったら役に立たないダグラスのことや、3人の中じゃ一番ちいさくて、いちばん身体も弱いけど、かくれんぼだけは異様に強かったというディミトリの話をした。
特にディミトリという少年の話をしているときは寂しそうに笑ってみせた。ターミナル・グラナーダはメイリーンが時折見せる寂しそうな表情のわけを知りたくなった。
「メイリーンはそのディミトリって男の子のことが好きなのかい?」
「好き? えええっ? そんなことはないわ。だって私の子分だし……ずっと私がディムの面倒を見てきたし年上のいじめっ子のいいマトにされてさ、いじめられたらぜんぶ私が仇とってやったのよ?」
ここまで話すとメイリーンの目からは再びウルウルと涙が溢れ、頬を伝って、ポトリ……、ポトリと落ちる。
「でもね、ディムは誰よりも強かった。私は魔法が使えるようになって、うぬぼれていただけ……」
ターミナル・グラナーダは自棄になったように自分を責めるメイリーンを力づけるためその言葉を否定した。
「違うよ。メイリーンが強いことはここにいる皆が知っている」
メイリーンは少し目を伏せてグラナーダに謝意を示し、これまで誰にも語らなかった侵攻の夜の真実を語り始めた。
最初は予想だにしなかった火事から始まったことを。
村のいくつもの家から同時に火の手が上がり、あちこちの家から悲鳴がきこえて、当時13歳のメイリーンが家から飛び出すと獣人たちが松明をもって家々に火をつけて回っていた。
気が付いた時にはもう侵攻は始まっていて火を消すことに意味がないほど時間的に切迫していた。
獣人たちは川向の向こう側の丘陵地帯の方から橋を渡って村になだれ込んでいることが明らかだったので、ケンカ自慢の男たちが橋で防衛しているあいだに戦えない女や子どもたちを逃がすことになった。
幼馴染だったダグラスの祖父と父親は橋の防衛戦で死んだ。メイリーンの父親も橋を流すため湖の堰を壊しに行ったきり戻ってはこなかった。
獣人の侵攻があった夜、セイカに住む村人たちは生活のすべてを奪われてしまった。橋の防衛戦に参加して時間を稼いでいたメイリーンも初めての実戦で勝手がわからず大きな魔法ばかり使ってすぐに魔力が尽きたこと、騎士の訓練を受けていたダグラスも口ばっかりで、ゴブリン相手に苦戦を強いられ、怒涛のように押し寄せる獣人たちの侵攻を食い止めるなんてできなかった。
「よく生きてたものだ……」
ショウズ・セネガルシスは絶望的な戦場を生き延びたメイリーンを賞賛した。
だけどメイリーンは何度も何度も首を横に振って否定した。
「獣人たちの大規模侵攻に対して、少しでも戦えるなんて考えるのは浅はかだった……。私は戦えなかった。私の魔法なんて数体のゴブリンを焼いただけ。千を超える獣人が一斉に襲い掛かってくる戦場では、私の力なんて無力だったわ。ゴブリンだけでも数が多すぎて私たちの手に負えなかった。魔法と自分の力を過信してたせいね、魔力が尽きてフラフラになるまでそう時間はかからなかった。『ああ、私はここで死ぬんだ』って本当に死を意識したの。でも私は死ななかった。もうとっくに逃げたと思っていたディミトリが飛び込んできて、助けてくれたの」
メイリーンの話に聞き入っている仲間たちは、思った通りディミトリという少年がヒーローとして現れたことで身を乗り出して話に乗ってきた。
「な! やっぱりディミトリがヒーローだったろ」
「そうこなくっちゃな! メイリーンはそれで子分だと思ってたディミトリ少年に助けられて恋に落ちたんだろ?」
「あははは、そんなロマンチックな話じゃないわよ? 続きを聞きたい?」
「ぜひとも、メイリーン嬢の危機に飛び込む名誉があるなら私もあやかりたいものだ」
ターミナル・グラナーダは聖騎士として女性の危機を救うため飛び込むような場面に恵まれれば、それは騎士の誉れだといって胸を張った。
「そうね、ディミトリは私のヒーローになった。信じられなかったわ、だってディミトリが助けてくれなかったらもっともっと、大勢が死んでた」
「13歳の少年が? なんという勇敢な少年だ。ディミトリはどんなアビリティを受けていたんだ?」
「羊飼い」
「? 羊飼い? とは?」
「そう、ディミトリのアビリティは【羊飼い】だったわ。いま思えばユニークアビリティだったのね、きっと何かに化けたんだと思う。でも私が意地を張ったせいでディミトリは槍で貫かれた。私を庇って……」
ヒーローが登場したことで少し盛り上がる気配を見せた仲間たちも言葉を失った。
しかしメイリーンの話はまだ終わらなかった。更に悲惨な戦いの記憶が語られる。
「ディミトリのお腹から血が噴き出したわ。私はそれ以上血が流れないよう手で押さえることしかできなくて、でも止まらなくてディミトリは血を吐いた。私はディミトリを抱き上げてその場から逃げようとしたんだけど、力が及ばなくて……。でもそれはまだ始まりだった」
「メイリーンがディミトリを助けたのかい?」
小さく首を横に振ったメイリーン。寂しそうな表情のまま話を続ける。
「デイムが私たちを助けてくれたの。橋の下の暗闇を渡って奇襲してきたゴブリンをディミトリが倒して、お腹に刺さった槍を抜いて、それをゴブリンに突き刺して殺したわ。ディムは血を吐きながら立ち上がって、素手でゴブリンを倒した。訓練のとき立ち合いで使ったのはそのときディムが使った歩法を真似たものよ? ついてこられたのは銀河だけね」
立ち合いでボコられるばかりだったショウズ・セネガルシスも、ターミナル・グラナーダも13歳の少年が使って素手でゴブリンを倒してみせたという技に懐疑的ではあったが、それを真似たというメイリーンにことごとくしてやられたのだから反論などできようはずがない。
「ディミトリはダグラスのヘタレが負けそうになったのを援護したせいで脚に矢を受けた。返りの付いた鏃を抜いた時にはゴブリンの短剣がディミトリの胸に刺さってた。お腹を貫かれた槍を抜いてものすごい血が出て、血も吐いて辺りは血まみれなのに、とどめとばかりに短剣で胸を刺された。あんなに傷ついてるのにゴブリンは攻撃の手を緩めようとしなかった。それでもディミトリは自分の脚から抜いた矢をゴブリンに突き刺して倒した。まるで闘神か戦神が乗り移ったようだったわ。私にはもう目の前で起こってることが信じられなくて……。ディムは何度倒されても、そのたび立ち上がって、私たちを助けようとしたの。そんなとき私たちは戦う力も、逃げる体力もなくしてしまったのに最悪の敵が現れた。オークの戦士が2体、巨大な斧を振り回しながら橋を渡ってきたことで防衛線は一気に崩れたわ。オークの戦士は絶望的な力を持っていて、大人たちの手には負えなかった。ダグラスも斧の攻撃を辛うじて防御したけど、かすっただけで盾ごとフッ飛ばされた。もうダメだと思った。でもね、ディミトリはたったひとりで2体のオークを食い止めたの」
そしてディミトリはもう立ち上がることもできず、オークの戦士に弄ばれるように何度も何度も死ぬようなダメージを負わされながら、最期はオークの足にしがみつき、短剣で足を刺して転ばせるることに成功して、メイリーンたちを逃がすことに成功したのだと言った。
話を聞いた仲間たちはそんな生命力をもつ少年がいるなどにわかには信じられなかった。酒場でウソ半分の話に聞いたのなら笑い飛ばすところだが、メイリーンの寂し気な表情がそれを許さなかった。
メイリーンは助けてくれた衛兵のおじさんがディミトリを置いて逃げたことを、泣いて、泣いて責め続けたことも今は反省してると言った。あの衛兵のおじさんは自分のできることを精いっぱいしてくれたのだ。
「私はね、ディムも一緒じゃないとイヤだといってわめき散らした。でもね、衛兵のおじさんに担ぎ上げられてセイカ村から無事に出られたら、こんどは心のどこか隅っこのほうで助かったって思ったの。助かってよかったって思ったのよ。私はそんな自分が許せない。こんな卑怯者は絶対に許さない。ディミトリが自分の身を犠牲にして助けてくれたのに……、それを……、それを……。私は許されざる者だ。セイカは私がこの手で取り戻す。邪魔する奴はゴブリンだろうとオークだろうとかまわない、皆殺しにしてでもセイカを取り戻す。ディムが守った橋のたもとに立ってあの日をやり直したい。私は逃げたことをディムに謝りたい」
メイリーンの戦う理由は復讐だと言った。
だけど一番許せないのは自分自身だとも言った。
セイカに戻るのは復讐のためだというが、心の中にあるのは悔恨と、慙愧の念だった。




