勇者、出撃す(12)隠しスキル
しばらくして、ギンガをはじめとする勇者パーティは王都とサンドラの間に位置する広大な国軍の訓練所にパーティメンバー全員揃って合宿に入り、これまで個別に各々が技を磨いていた者たちが共闘するにあたって様々な場面を想定しての訓練をすることとなった。
己を高めるために鍛錬し仲間を守るために、より強力な敵を打ち倒すための連係をつくるための合宿だった。万が一、仲違いや感情のすれ違いなどがあっても早期のうちに解決できるよう、お互いがお互いの力を認め、信頼を得るいい機会でもあった。
メンバーは【勇者】ギンガ・フィクサ・ソレイユを筆頭に、以下の5名が名を連ねる。
・【聖 騎 士】 ターミナル・グラナーダ
・【 剣 士 】 ショウズ・セネガルシス
・【 狩 猟 】 ダービー・ダービー
・【魔法使い】 メイリーン・ジャン
・【 神 官 】 聖ジャニス・ネヴィル
コーネリア・ダスキンを殺しかねない勢いであっさり倒したという魔法使いの噂は、魔導大学院によって緘口令が敷かれていたが人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、軍関係者の間ではすぐ王都中に知れ渡っていた。国王との謁見の折、初めて姿を現したメイリーン・ジャンの姿を見た者は、みな目を疑った。あの最強と謳われた炎術士ダスキンを倒したのが目を奪われるほどの美女だと言うのだから尚更だ。
勇者パーティが一堂に会した合宿の初日、初の手合わせを行ったとき注目されたのは勇者ギンガではなく美麗なる魔女メイリーン・ジャンのほうだった。
この国の最高戦力が集まる勇者パーティに於いて、まさかこんなにも可憐で美しい女性が、あの世界最強ともいえる炎術師を逆に焼き殺す寸前にまで追い込み再起不能にしてしまった、その実力にこそ注目が集まった。
パーティ各々が自分の力を存分に見せつけるために手合わせをする。仲間の強さを知れば信頼が生まれ、弱点を知っていればいくらでもカバーできる。勇者パーティ初の手合わせには宿舎から遠いが、観覧席の完備された王立騎士団の鍛錬場が使われることとなり、広いはずの鍛錬場が雑踏と人混みに埋まるほどの見物人が溢れた。
そこにはギンガを見送るためについてきた、母ヒカリの姿もあった。
メイリーンがこれほどまでに注目を浴びたのには事情があった。
魔法庁と対立を深めていた陸軍省の上層部は、かのコーネリア・ダスキンがコテンパンに打倒され、虫の息で救急馬車に乗せられ陸軍病院に担ぎ込まれたことから、何があったのか詳細を知りたかったという、ただそれだけの理由で衛兵隊の警察組織が『事件性あり』とこじつけた。要するに魔法庁の恥を晒すことが目的だったのだが、どうやらコーネリア・ダスキンを殺しかけたのは陸軍省の重鎮、王立騎士団を率いるソレイユ家ゆかりの者だったというから、あまり掘り下げて調べると藪をつついて蛇が出ることにもなりかねない。警察組織の捜査は打ち切られ、魔導大学院に押し寄せていた大勢の衛兵たちはまるで潮が引いてゆくように泡となって消えていったという。
だからこそ軍のお偉方はみな、自分の目でメイリーンの実力を見たかったと、それだけなのだ。
高位の回復魔法を使う神官、聖ジャニス・ネヴィルは、ルーメン教会外部の者でありながらあの『アンディー・ベック』の推薦を受けたというメイリーンに興味がないわけなどなかったし、【聖騎士】ターミナル・グラナーダはここに来る前、自らの直上の上司であるアンダーソン・ソレイユから、メイリーンは弟レーヴェンドルフ・ソレイユ秘蔵の懐刀であると聞かされていて、こちらもまた興味津々だった。
各陣営の思惑などややこしいものがいろいろと交錯する中、ひとりの男が名乗りを上げた。
「よし! 俺だ俺っ! 俺にやらせろ! 俺はショウズ・セネガルシス。【戦士】の加護を受けて剣を使う。あのコーネリア・ダスキンを殺しかけたと言う、その実力を見せてくれ。背中を任せるんだ、知っておきたい」
真っ先に手を挙げたのは王国陸軍でもナンバーワンの実力者、ショウズ・セネガルシスだった。
突然巨漢の筋肉男が躍り出てきたものだから、驚いたメイリーンはきょとんとしていて、少し混乱しているような困惑の表情だったが、やはり挑まれると後には引けない性格が顔を出した。メイリーンはたったいま立ち合いを挑んだショウズ・セネガルシスに、首をかしげ、上目遣いで微笑んでみせた。
「ふふふっ……、えっと、あの。はい、分かりました。でも勘違いをしておられるようです」
「おお、どんな勘違いなのか教えてくれないか。共に戦うんだ、誤解や勘違いなど、早々に解消しておきたいものだ」
「はい、私が前で、あなたは後ろです」
歩きながらそう言い、鍛錬場と観覧席を隔てる手すりの付いた鉄柵に脱いだ上着をかけるメイリーン。
魔法使いの後ろを守れと言われたガチ脳筋ショウズ・セネガルシスは一瞬何を言われたのか分からない様子で大勢集まった見物人たちに『いったい何を言ってるのか分からない』とお手上げのジェスチャーで応えた。見物人たちの中では一部でだが、どっと笑いが起きた。
その笑っていた陸軍省の制服組の中から、男がひとりセネガルシスに駆け寄って何か話している。
二人のやり取りを遠くから見ていた勇者ヒカリは不正が行われるとまでは考えていなかったが念のため五感を研ぎ澄まし、この二人の男の会話を聞いた。勇者のスキルとまで言えない、単なる身体強化を聴覚に割り振っただけのものだ。
「セネガルシス隊長、あの女、普通の【魔法使い】ですが『拳闘』のスキルを持っています。体術に自信があるタイプだと思われますが、ステータス評価は隊長の足元にも及びません。残念ですがコーネリア・ダスキンより腕が立つとは思えないですね。ステータスに出ない何かあるかもしれないので、一応気を付けてください」
「そうだな。神官の聖ジャニス・ネヴィル司祭が言ってたんだ。あの女、ルーメン教会最高指導者『アンディー・ベック』の推薦を受けたんだとよ。あのネヴィルですらアンディー・ベックがひとりの人間を推薦するだなんて考えられないことだと言った。何もないだなんて思ってないよ」
そう言って背中に担いだ両手剣を下ろし、木剣に持ち替えるショウズ・セネガルシス。
なんだかピリピリとした空気感に変わってしまった。
二人の会話を聞いたヒカリは、ギンガと運命を共にするパーティメンバーの顔を見に来たついでにステータスを覗き見てその実力を値踏みしていた。
ギンガが圧倒的に強いのは分かっていたことだが、夫レーヴェンドルフ・フィクサ・ソレイユが推薦したメイリーン・ジャンという19歳の美しい魔法使いのステータスを見て眉根を寄せた。
ヒカリのもつ勇者のスキル『見通す目』では名前、年齢、種族と性別は言うに及ばず、各ステータスはヒカリに分かりやすいようアルファベット記号で表示されて見やすくなっており、発動中のスキルまで分かるというチートだ。その辺の監視者とは得られる情報量も情報の質も違う。
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□ メイリーン・ジャン 19歳 女性
ヒト族
解毒効果[強] 常時
[復讐者] 効果
身体強化[強] 発動中
物理防御強化 発動中
対魔導障壁 発動中
気配消し 発動中
ステータスアップ効果 発動中
体力:D(→S)
経戦:D(→A)
魔力:C(→C+)
腕力:B(→S)
敏捷:B(→SS)
【魔法使い】C
/炎術C(→C+)
/風術D(→D+)
/拳闘B(→S+)
/悪食A
[復讐者]
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勇者のチート『見通す目』で見たメイリーン・ジャンのステータスはレーヴェンドルフの言った通り、間違いなく魔法使いだった。
確かに【魔法使い】アビリティを得ているのに得意魔法の『炎術』が評価Cなのに対し『拳闘』スキルのほうが高評価になっている。そして謎スキル[復讐者]効果によって、身体強化、物理防御強化、対魔導障壁、気配消し、各ステータスアップ効果まで備わっていて、【勇者】には及ばないものの、ステータス的には恐ろしい力を秘めていた。
ステータスアップ効果なんて【勇者】アビリティに付随するものでしか見たことがない。
これは異常なことだ。常識では考えられない。
一方、『見通す目』で鑑定したショウズ・セネガルシスのステータスは、
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□ ショウズ・セネガルシス 33歳 男性
ヒト族
身体強化 発動中
物理防御強化 活動中
体力:A
経戦:B
魔力:ー
腕力:S
敏捷:A
【戦士】A
/両手剣S
/両手斧A
/片手剣A
/体術 B
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稀に【戦士】アビリティに付随する『身体強化』『物理防御強化』の効果が出ていて、真面目に肉体を鍛え上げ、技を磨いた者であることは分かる。
さっき監視者とセネガルシスの話を聞いていたヒカリは、メイリーンのステータスを鑑定した監視者の目には隠しスキル[復讐者]が見えていないことが分かった。
[復讐者]の効果がステータスを数段上にまで引き上げているのにも関わらず、それに気付かず間違ったアドバイスをしたのだ。もともと立ち合いの前にステータスを覗き見て、それをこっそり聞き出すという行為自体が褒められたことじゃない。
鑑定されたステータスを見るに、隠しスキルが発動してさえいなければ、メイリーン・ジャンの自力ではショウズ・セネガルシスには歯が立たないだろう。セネガルシスがよほど油断でもしなければ、まともな勝負にもならないステータス差がある。
だがしかし[復讐者]が発動している今はステータス差が逆転している。
聞いた話ではメイリーン・ジャンには実戦の経験があるという。
それが本当ならばショウズ・セネガルシスに勝ち目はない。




