勇者、出撃す(11)レーヴェンドルフの推しメンはメイリーンだった!
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ガタガタと騒音の絶えない馬車の中、上機嫌になって鼻歌交じりのメイリーンを送ってゆくとき、レーヴェンドルフは一つ気になっていたことを聞いてみることにした。
今日の戦いをそばで見ていた雑感というものだ。
「メイリーン・ジャンさん勝利おめでとう。見事という他なかった。だけどあれはコーネリア・ダスキンが予めどう動くのか予測していなければ出来ない類の動きだった。あなたの目的から察するに、一か八か命を懸ける価値がないとはいえないが、あまりに危険な賭けではないのかい?」
メイリーンは魔導大学院の聖門をくぐって敵地に乗り込んだ時よりも幾分かリラックスしたような表情をみせて応えた。
「こう言っちゃズルいかもしれませんけど、私は自分の魔法を高めるため、コーネリア・ダスキンの魔法が見られる独演会などには積極的に参加してたんです。彼の魔法はたぶん、すべて見たと思います。この国の魔法使いの中では彼が最強だと誰も疑いませんでしたから、私はその強さの秘密を研究したんです。呼吸のクセも、詠唱するスピードも、どのタイミングで魔法が発動して、標的に狙いをさだめてからどれだけの時間で着弾するか。もちろんその時はまさかダスキン本人と戦うことになるだなんて夢にも思っていませんでしたが、頭の中では何百と戦ってシミュレーションを重ねてきた相手です。最初のころはまるで勝ち目なんてありませんでしたが、ここ2年ほどは負けたことないですよ」
「じゃああの挑発は? 最初から勝てると思っていたのかね?」
「違いますよ。どうせソレイユ家の推薦でダスキンをクビにするなんて言ったら政治的な思惑が先に立つと思ってました。ソレイユ家に大きな魔法を見せつけて完全勝利するところを見せるため最大の魔法で来ると考えてたのですが、誤算がありました。コーネリア・ダスキンは私を小娘だと思って手加減しようとしたのです」
「だから怒らせたのか」
「はい。怒らせて大きな魔法を使ってもらいました。手加減されると何が来るかわからないのでやりにくいです……。うふふ、実は他人を悪くいって怒らせるなんて初めての経験だったので、思いつく限り罵ってやったんですが、うまくいってよかったです」
「そ? そうなのかい? 私にはあの挑発も場慣れしてるように見えたのだが」
「うふふっ、私は挑発なんてしませんよ。ムカついたらブン殴るだけですから」
そう言って微笑むメイリーンに、レーヴェンドルフは苦笑いをしてみせるのが精いっぱい。
少しホッとしたような優しい目をしながら、馬車の窓の外、ゆっくり流れる景色に魅入っていたのが印象的だった。
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メイリーンをサンドラまで送り、フィクサ・ソレイユ家に馬車が到着したのはどっぷりと日も暮れた後だった。レーヴェンドルフは古文書を下ろし、離れの書斎に持ち込むとまだ飯も食ってないというのに客が訪れた。陸軍省の急使だという。
話を聞くと、コーネリア・ダスキンが負傷し再起が難しくなったとの一報が陸軍省に届けられると、すぐさま勇者パーティ組織委員会が招集されたとのことだった。
コーネリア・ダスキンの首をメイリーン・ジャンに挿げ替えるだけで満足していたが、そう言えばレーヴェンドルフもその組織委員会とやらに首を突っ込んでいた。
せっかく7冊の古文書を開いて解読しようと思っていた矢先、また馬車に乗せられてしまったレーヴェンドルフ。何の用事かは分かっていたが、まさか即日召喚とは考えてなかったが、こういうものは早ければ早い方が良いものだ。準備するのに時間があればあるほど良いに決まってるのだから。
深夜の勇者パーティ組織委員会緊急会議は思った通りの議題で始まった。
コーネリア・ダスキンはこの日、正式に勇者パーティ参加の内定が取り消され、レーヴェンドルフとダンス・トレヴァス魔導大学院学長の推薦で、メイリーン・ジャンが推されることとなった。騎士団の代表として駆けつけたソレイユ家の当主、アンダーソン・ソレイユも弟レーヴェンドルフが何をしでかしたのかと興味津々だったが、トレヴァス学長のこめかみに浮き出た血管がいつブチ切れるか分からないほど不機嫌だったことを察して、今日のところは問い質すという事をせず、ただ議題に沿った決定をしたにすぎない。
とはいえ、メイリーン・ジャンという無名のうら若き女性をこの国の最高戦力に推薦するのだから、メイリーンを見たこともない者たちは頭をひねって訝るのも当然のことだ。
だがしかし、レーヴェンドルフは勇者である自分の娘ギンガ・フィクサを戦場に出すのに、その信頼できる仲間として選出し、実力を見せつけた結果は陸軍省病院の治癒師の方がよく知っていることと、立ち会った場所がコーネリア・ダスキンの最も有利だとされる魔導大学院の野外修練場であり、50名もの弟子たちの眼前で倒されたという事実に加え、メイリーンの出自が獣人たちに奪われたランド領で、いちばん最初に侵攻を受けたセイカ村出身だったということと、まだ19歳と年若く、その容姿が美しいとなると戦時国債の売れ行きが跳ねあがるとの期待で、財務省をはじめとする役人から組織委員会に入った者も手放しでの大賛成となった。
そして今ここに同席するダンス・トレヴァス学長ですら、眉をキッと吊り上げてメイリーンを推薦したのだから実力的には申し分なしと太鼓判が押され、全会一致でメンバー交代が決定した。
つまるところ、内心では最も反対したいであろうトレヴァス学長が賛成したのだから誰も反対することなく、勇者パーティで空席となった魔法使い枠にはメイリーン・ジャンが入ることとなった。
数日内に、メイリーンの住むサンドラ魔導学院の女子寮へと辞令が届くだろう。
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メイリーンがコーネリア・ダスキンを倒し、レーヴェンドルフたち組織委員会のあった数日後、メイリーン・ジャンは再び王都ゲイルウィーバーに招聘され、着たこともないような豪奢なつくりの魔導ローブと、使ったこともないきらびやかな杖を持たされ、ギンガ・フィクサ・ソレイユたちパーティメンバーと初顔合わせを果たし、ついには王の御前に出されることに決まった。
ギンガ率いる勇者パーティが国王から直々に勅命をいただくのに、式典が用意されるのだという。
レーヴェンドルフはギンガがゲイルキャッスルに行って国王と謁見するという前日の夕食時、ヒカリの機嫌がよくないことに気が付いて、何気なしに話を聞いてみた。
「どうしたんだいヒカリ?」
テーブルに置かれたスープ皿から視線を上げることなくヒカリは不満を口にした。
「レーヴェンのことなんかキライです。話しかけないでください」
今日のヒカリは怒った顔も見せず、ただ平然と不機嫌だった。最近ギンガの反抗期のアオリを受けて八つ当たりされることがよくあるのだが、今日の機嫌の悪さは他に原因がある。
レーヴェンドルフが勇者パーティのメンバー選定委員に選ばれていたことがヒカリにバレてしまったとしか思えない。いったい誰がそんな正確な情報をヒカリに伝えたのか……。いや、王都ではもう周知の事実だ、誰がヒカリに告げ口したかなんて犯人探しをするつもりはない。いまは弁明だ。
「私の力では魔法使いの首を挿げ替えるぐらいしかできなかった。それだけだ」
「なら勇者の席を私に替えてください! あなたのすべきことはギンガを戦場に送り出さないことじゃないのですか? なぜギンガを戦場に出すのですか」
レーヴェンドルフは痛いところを突かれた。何しろ自分が幼いころほのかな恋心を抱いていたシスター・アンが絡んでいて、絶対大丈夫だからと手紙に書かれていたからだとは口が裂けても言えなかったのだ。
しかもいま研究室で首っ引きになって読んでいるプロキオン・ソレイユの魔導書の解読もままならない状況だ。ギンガが戻ってくるまでの間に解読を済ませておかなければならないと言うのに。
王国の真の危機は出征したギンガが戻ってきた後に訪れると聞いた。レーヴェンドルフには心当たりがあった。『勇者現れるとき、王国は乱れる』という言い伝えだ。そもそも勇者はハーメルン王国を襲う未曽有の危機を救うために、異世界から来るのだ。実戦経験のないギンガがそんな恐ろしい危機に立ち向かうよりも、少しでも経験を積ませておいたほうがいい。世界の情勢はあれもイヤだこれもイヤだなどと言って逃げ回ることを許さない。
「ヒカリ、私の力が足りなかった。だからこそ万全を期すために魔法使いの席を替えさせてもらった。これは陸軍省と魔法庁の政治的な争いなんて関係ないよ。私はギンガが無事に戻ってこられるよう、万全の体制を作った。そして今はサポートを充実させるためルーメン教会と協議中だ。戦場の奥深くまでパーティ単位で潜入する危険な任務なんだ、バックアップ体制を固めている。パーティの動向は常に把握しておく必要があるからね。私は私にできる事を精いっぱいやってるつもりだ」
ベーコンをフォークに刺して口に運ぶ途中で、うんうんと頷いたギンガ。
「父さんは凄いよ、陸軍省のひとに聞いたらメンバー選定委員に選ばれたのは先週のことだって。それであのいけ好かない宮廷魔導師を外してメイリーンに代えてくれたんだ。陸軍省のひとは父さんのことを凄いって言ってたよ。私もコーネリア・ダスキンは苦手だったのよね、何かにつけて人より前にしゃしゃり出てくるし、目立ちたがりだし。メイリーン素敵だよ? だってすっごく綺麗だし、わたし彼女を見てびっくりしたわ。あんな綺麗なひと王都にもいないわよ? 騎士団のひとたちも全く知らなかったって。父さんあんな子どこから見つけてきたの? どんな魔法を使うのか楽しみだわ」
ギンガは父を擁護したかったのだろう。しかしその言葉はヒカリを余計に怒らせるだけの結果に終わった。
「へえ、私の聞いた噂じゃあフィクサ・ソレイユ家の隠し子って噂だったけど? メイリーンって言うんだ……ふうん、そんなに奇麗なのね」
「まてっ!!! 違う違う違う違う違う違う! 誰だそんな根も葉もない噂を流しているのは! 断じて違う、私が愛しているのはヒカリ、おまえと家族だけだ」
メイリーン・ジャンの出現は突然でセンセーショナルな大事件だった。
まったく誰も名前を知らない、20歳にも満たない、ぱっと見はただ美しいだけの女性で、きらびやかなドレスを着ていれば社交界でも目を引くほどの逸材が、あのコーネリア・ダスキンを殺す勢いで倒したのだ。その出自に対して様々な憶測を呼ぶことは誰の目にも明らかだというのに、虎の子の最高戦力だったコーネリア・ダスキンをあっさり倒された魔導大学院が緘口令など敷いて、あの修練場で起こった決闘騒ぎについて口外無用としたことで、確かな情報よりも、噂話の方が先行してしまった。
そして面白おかしく尾ひれの付いた噂の方が、広まるのが早い。
その噂と言うのがいま聞いた『あの美しい女性こそ、レーヴェンドルフ・フィクサ・ソレイユの隠し子』という、根も葉もないものだったと、そういう事なのだ。
「フン、何を焦ってるんですか? 知っていますよ。彼女はメイリーン・ジャン。私が出征するはずだったランド領で最初に侵攻を受けたセイカ村の生き残りです。ちょうど出産と重なってしまったから、彼女につらい思いをさせているのは私の責任でもあるの」
ヒカリはそれ以上何も言わないことにした。言うとまたギンガと言い合いになってしまう。
ギンガはギンガで体調を崩している母の身を案じ、大嫌いだった剣をとって戦場へ赴き、勇者としての務めを全うしようとしているのだ。自分さえ万全でいればそんなことはなかったのだろう、だがしかし焦ったところでヒカリの体調が戻ることもない。
ギンガが戦場へ出ることに賛成までは出来ないが、ギンガの前で反対だという事はやめようと、ヒカリなりにそう心に決めた。
ギンガはその後、予定通り王の御前で跪き、勅命を受けた。
それからというもの、ギンガは陸軍省の訓練施設や、王立騎士団の鍛錬場などをハシゴする形で、毎日、朝から晩まで戦闘訓練を受けていた。
そもそも剣が嫌いだといって、剣に触れることもなかったギンガが、嫌だとか、辞めたいだとか、ただの一言も泣きごとを言わず、朝もグズグズ言うことなく、一人で準備して出てゆくのをみて、ヒカリどころかレーヴェンドルフも驚いたというのが正直な感想だった。
ギンガも16歳、もう大人なのだ。戦えない家族のために自分が剣を取ることも必要なのだという、大人としての自覚が出てきたにすぎない。レーヴェンドルフもヒカリも、本来ならば娘の成長を喜ぶべきなのだろう。だがしかし、その行く先は戦場だ。手放しで喜ぶことなんて出来るわけがない。複雑な感情がそこにあった。




