勇者、出撃す(8)さっそくケンカになってしまう!
魔導大学院のエントランスにはすでに4人の男女が出迎えていて、そのうち一人、妙齢の女性が魔導大学院の学長、ダンス・トレヴァス女史。こちらの人物も魔法界では有名な攻撃魔導師である。魔法力では最強の炎術士コーネリア・ダスキンに譲るが、四属性の魔法をそつなく使いこなす万能魔導師として世界的に知られている才女だ。
レーヴェンドルフが各人と握手して挨拶を交わしている間、メイリーン・ジャンは軽く会釈だけして小刻みに体を揺らしているのが気になった。不審に思って横目で見ると、足をパタパタさせて靴でリズム?を刻んでいる? レーヴェンドルフはこのメイリーン・ジャンの奇行を緊張感を紛らわせているのだと、そう思った。
「フィクサ・ソレイユどの、お待ちしておりました。いつぞやの魔導書翻訳の件では本当にお世話になりました。ようこそ魔導大学院へいらっしゃいまし……。こちらの女性は? ああ、サンドラ魔導学院の制服を着てらっしゃるということは、見学の学生さんですね。あなたも歓迎しますよ、まずはどうぞこちらへ、御者には馬車で待っておくように言っておきますので……」
学院内を案内され、レーヴェンドルフはまず野外修練場の横を通った。
ここでは学生たちが50人ほど集まって魔導の修練を積んでいるところだった。
学長ダンス・トレヴァスは立ち止まり、修練中の学生たちに手のひらで合図すると、まるで申し合わせたかのように学生たちは一斉に詠唱をはじめた。合唱のように引きびわたる魔導詠唱。一節、二節、三節と積み重ねられてゆく。
これはレーヴェンドルフにも分かった。集団魔導の合同詠唱という高等技術だ。一人ではうまくいかないような大きな魔法を、複数の魔導師が集まって、同時詠唱し、魔法を行使するという。
ざっとみて、学生たちのうち10人ほどが集中力を研ぎらせることなくピタリと息の合った詠唱をしている。
すかさずダンス・トレヴァス学長の方からも詠唱する声が聞こえると、一瞬だけ目の前に透明な何かが覆いかぶさるような魔導エフェクトが見えた。メイリーンはそんなものに気を散らされることなく、何やら大きな魔法を詠唱している学生たちの口元から目を離さず、瞬きもしないでその詠唱されている魔法の正体を探っていた。これは炎系の大きな魔法だ。しかしメイリーンの知らない魔法でもある。
詠唱が二十三節まで完了すると学生たちの杖の先から、または指輪に施された魔導石から光がほとばしった。上空でそれらがぶつかり、一つにまとまるとまずは腹に響くようなドカンという轟音が響いた。
レーヴェンドルフは驚いて二歩ほど後ずさらずにいられなかった。
光の集まったところ、爆発音のしたところ、そこに激しい炎が上がりファイアピラーの魔法が立ち上がった。メイリーンはその時風が集まってくるのを感じた。ファイアピラーは渦を巻いてうねりはじめ、どんどん大きく、そして高温に成長しながら修練場をぐるぐると回り始めた。
学生たちの詠唱はまだ終わらない。ファイアピラーを練り上げた10人の魔法使いたちの背後で見ていた学生たちも各々で魔法詠唱を続けている。風を起こす魔法を継続している集団あり、下からどんどんファイアボールを投げ入れてどんどん火力を上げる役目を担う集団もあった。まるで次々と薪をくべるように火力を上げてゆく。
やがて炎の竜巻はゲイルキャッスルにも届くのではないかというほど高くまで立ち昇った。
「おお、すごいな。これほど大規模な集団魔導は見たことがない。息もあっていて炎が消えないどころか火力を増しながらうねり、回転しながら周囲を焼き尽くすのか。しかもその動きはまるで生きているようであった」
レーヴェンドルフは魔法を使えないが、魔導書の翻訳などをしていた関係で魔導知識だけは豊富だ。
いま見せられた魔法がオリジナルの新スペルであることは一目見ただけで分かったし、新しい魔法を作り上げることがどれほど困難かは、過去の英知を詰め込んだ書物に嫌というほど書かれてある。
感嘆の声を上げるレーヴェンドルフにトレヴァス学長は、さも自慢げにフッと鼻を鳴らして答えた。
「ファイア・トルネード。学生たちが修練している攻撃魔法の名です。この魔法は我が魔導大学院の誇るコーネリア・ダスキンが苦心の末あみだした完全オリジナルスペルであります。今のは集団魔道としてお見せしましたが、コーネリア・ダスキンはこれをたった一人で唱え切る魔力を持っておりますので次はダスキンの単独詠唱でお見せします。我が魔導大学院は今回の勇者遠征にて必ずや手柄を上げ、優秀な学生たちが卒業して王国に仕える宮廷魔導師になるころには、陸軍省などの後塵を拝してきた魔法庁も、必ずや魔法省へと格上げされることでしょう」
「おおっと、私はこれでも王立騎士団を与るソレイユ家の男なのだがね? 恐ろしい野望を聞かされてしまったようだ」
「ふふふ、もはや剣を持っての戦など時代遅れも甚だしいことを知っていただきたかったのです、たった今みたように、これからは魔法の時代なのですから」
熱弁を振るうダンス・トレヴァス学長の視線の先、ぺこりと頭を下げてから一人の男がこちらに向かって小走りで駆けてきた。レーヴェンドルフも見たことのある男だ。
コーネリア・ダスキン。42歳という若さで宮廷魔導師筆頭を任され、天才の名を欲しいままにしている。合図があるまでどこか学生の陰にでも隠れていたのだろうか、タイミングよく現れたことに、さすがのレーヴェンドルフも演出がきついなと思ったことは確かだ。
しかしまさかメイリーン・ジャンが微笑みを過ぎて失笑してしまったせいで、場の空気は少し良くないものとなった。
自慢の魔法を披露して笑われてしまったのでは立場がない。トレヴァス学長はまずレーヴェンドルフにくっついてきた女性に対してたしなめるよう言って聞かせた。
「あなたも魔導学院の学生なら分かっているでしょう? いま私が耐火障壁を展開していなければファイア・トルネードの放射熱であなたの髪はちりちりに焼けてしまってその美しいお顔が火傷で台無しになってしまうところでした。いくら客人であっても、魔導学院生である以上、失礼は許しませんよ」
「大変失礼しました。私てっきり獣人と戦うための魔法を見せていただけるのかと構えてましたが、まさかこんな大道芸が始まるとは思ってもみませんでしたので、ここは笑うのが礼儀かと思ってしまったのです。本当に申し訳ありませんでした」
メイリーン・ジャンのこの物言いは悪い。失礼しましたと言いながら大変失礼なことを言ってるし、申し訳ないだなんて爪の先ほども思っちゃいない。そんなセリフをこんなにも屈託のない笑顔で吐くだなんて、物言いが悪いどころか完全な挑発だった。
確かにトレヴァス学長はこのデモンストレーションを計画していたのだろう。用意されたお膳立ての上に乗っかって、まるで劇場のように炎の演出を見せつけられたのだ。しかしこれは軍事的なデモンストレーションでもある。力を見せつけることに意義があるのだ。
だがレーヴェンドルフはいまメイリーン・ジャンの言うことに一理あると思った。なぜなら思った通り、魔導大学院は国家の中枢に食い込み権力を得ることを目的に勇者パーティ遠征を利用しようとしている事が分かったからだ。権力欲しさに功を焦るコーネリア・ダスキンがパーティを危険にさらす気がしてならない。
「レーヴェンドルフ・フィクサ・ソレイユどの、こちらの学生、少しお行儀が悪いようでございますね、名を名乗りなさい、サンドラ魔導学院に学生の礼儀作法からしっかり教えるようきつく言いつけておくとしましょう」
「申し遅れました。私はメイリーン・ジャン。今回の勇者パーティに志願しました。さっき名乗ろうとしたのですけど、どうやら見学の学生か付き人と勘違いされたらしく自己紹介するチャンスを与えられませんでした。私、メイリーン・ジャンこそがそちらにいらっしゃるコーネリア・ダスキン大魔導士に代わって獣人どもを皆殺しにする者です」
トレヴァス学長の目がすわった。
勇者パーティ組織委員会のソレイユ氏がコーネリア・ダスキンではない魔導師を推薦したと聞いていたからこそ、視察に来たついでに力の差というものを見せつけてやるために、こんなあからさまな演出を用意していたのだ。まさかソレイユ氏が連れてきた、こんなにも若くスマートで美しい女性を推薦していただなんてまるで考えてもみなかった。見学の学生だと思って名乗らせもしなかったのは不覚であるし、礼を失していたのはむしろトレヴァスの側だったということだ。
だがレーヴェンドルフ・ソレイユが推薦するメイリーンはここでひとつの大きな過ちを犯した。
コーネリア・ダスキンが長年の研究の結果、苦心を重ねて編み出した集団魔導を事もあろうに大道芸だなどと言ってコケにした挙句、笑って見せたのだから。その物言いが我慢できないのだろう、コーネリア・ダスキンはいかにも不機嫌な顔をしながらメイリーンを睨みつけた。
だがこの状況、メイリーン・ジャンの狙った通りだったのだろう。周りにいる者みなを不快にさせることに成功し、レーヴェンドルフは不覚にも呆気に取られてしまって言葉が出なかった。
馬車の中での短い相談で、コーネリア・ダスキンとうまく交代させることができなければ、立ち会って勝った方に決めるという言質を取ってくれと言われた。しかし言質を取るどころか、いまこの娘は、自分からその話を持ち掛けるでなく、こともあろうに世界最強とも謳われる炎術士を挑発して、自分のペースにもっていこうとしているのだ。
コーネリア・ダスキンは42歳という若さで魔導の極致に触れ、世界最強の呼び声高くなってからというもの、面と向かってケンカを売られたことなどなかった。それをこんな小娘に挑発されたことで、つい頭に血が上ってしまった。これは勇者パーティの遠征に組み込まれた自分をクビにして他の者を推薦するソレイユ家の男、つまりレーヴェンドルフに対する苛立ちも当然あったのだろう。
レーヴェンドルフの顔を見て眉根を寄せるトレヴァス学長に向かって、黙っていられないコーネリア・ダスキンはわざわざレーヴェンドルフとメイリーンに聞こえるよう挑発で返した。
「学長どの、フィクサ・ソレイユどのは家族に勇者がおられると聞きます。ではこの行儀の悪い娘も勇者とかいう化け物の類でありましょうや?」
相当カリカリ来ているのだろう、いま言葉の端っこに本音が顔を出した。
魔法庁と陸軍省の対立は知っていたが、まさか銀河の出征にすらここまで権力争いの構図が露わになるとは、レーヴェンドルフも考えていなかった。コーネリア・ダスキンの力は侮れないが、シスター・アンが推薦するというメイリーンの力を見せてほしくなった。
いまの侮蔑を含んだ物言いに対し、激昂して言い返すとかと思えば、メイリーンは落ち着いていた。むしろ冷静さを取り戻したように、言葉を選んで語る。
「私にそんな勇者のような力があれば、何も失わなかった。誰も失わなかった。私には力がなかった、だから私は、幼馴染の中でいちばん弱くて、いちばん優しかった大切な友達の命と引き換えに、今ここに立っている」
「何を言っている? 弱くて力がないなら、戦いは男に任せておけばいい。メイリーン・ジャン……今の言葉で思い出したよ、キミは北の国境付近にある外れの村の生き残りなのだろう? 獣人などという低能な蛮族の侵攻で大勢が亡くなったと聞いているよ。だがもう安心だ。私が行くのだからな、キミの大切な友達の仇は私が討ってやろうではないか。獣人なんぞ私の獄炎魔法で全て焼き尽くしてくれる」
「言葉を返すようですみません、何を言ってるのか私には理解できません。さっきの大道芸のような魔法はカーニバルの見世物に使えば受けるでしょう。しかし獣人と戦うには役に立ちませんよ? まったく、なんの役にも立ちません。あなたは13歳のころの私と同じ間違いをしています」
「はっはっはっ、私が13歳のキミと同じだというのかい? 見たところキミはサンドラ魔導学院の学生なのだろう? 私のことは知っているね? 私をこの大魔導師コーネリア・ダスキンと知りながら、そんな舐めたことを言うのかね? 行儀が悪いでは済まされないことになるよ」
「いいえ、私があなたを舐めているのではありません。あなたが獣人を舐めているのです。なぜならあなたは獣人の恐ろしさをまったく知らないのでしょう? 獣人たちと一度でも戦って、奴らの恐ろしさを知っていればあんなアホな魔法を開発するなんてことに貴重な時間をつかわない。そんな役にたたない魔法にかまけていたという事実こそが、あなたの実戦経験のなさと、そして無知を証明しているのです」
「アホな魔法と言ったか?」
「はい。無知とも言いましたが何か?」
「キミは大きな間違いを犯そうとしている。本当にバカなことだと思うよ?」
「バカなことを言ってるとは思いませんが?」
「違うよ、バカはキミじゃない。こんなところで無駄に命を捨てようとするキミを救うために命を投げ出したキミの友人こそが、バカなことをしたと言ってるんだ。なんて無駄なことをしたのかと、いまあの世でハンケチの端っこを噛んで泣いているぞ? ああ、なんで無駄死にをしてしまったんだろうってね?」
……っ。
……。
メイリーン・ジャンはあの地獄のような夜のことが今でも目に焼き付いて離れずにいた。
家々は焼かれ、炎の上がる中で獣人たちの侵攻を防ぎ、橋を守る大人たちに混ざって決死の防衛戦を繰り広げていて、圧倒的な数に押しつぶされそうになった時、いちばん先に逃げていて欲しかった幼馴染のディミトリが飛び込んできて救われた。
何度刺されても、踏みつけにされても、おもちゃの人形みたいに地面に叩きつけられても、何度倒されてもディムは立ち上がった。そして決して逃げずにメイリーンとダグラスを助けた。
メイリーンは人の意志の力を見た。ディムは世界の誰よりも強かった。
弟分だと思っていた弱い幼馴染の男の子が、森を走ればついて来るのでやっとというドン臭い男の子だ。そんなディミトリがいつの間にかメイリーンの憧れの存在になっていた。
自分がディムほどに強ければ、ディムほどの勇気があれば、いまも悪ガキ3人で過ごせていただろうか? あれから6年間、メイリーンはずっと後悔しながら自問自答しているというのに、ディムがどんなに強く優しく勇敢だったかという事をまるで知らないような男に、知った風な口でバカにされたことでこんなにも頭に血が登る。困惑するほどに。
腹から湧き上がってくるこの怒りを、いったいどんな言葉で表現したらいいのか分からなかった。ただ、奥歯をかみしめる音がギリギリと頭蓋骨に響き、握り締めた拳の裏側、爪が手のひらに突き刺さる。
メイリーンにとってあの夜の地獄はまだ終わってないのだ。
「おや? メイリーン嬢、もしかして泣いているのか。もういいから、今日のところは帰りなさい。無礼な言葉は忘れてあげるからね、反省するんだ」
……。
メイリーンの目から涙が溢れていた。これは悔し涙だ。
「反省? 反省しろといったのか? 私に?」
「いや、私も反省しなければならないな。ちょっとムキになってキミのような若い学生を泣かせてしまったのだからね」
メイリーンは手のひらで涙をぬぐいながら言った。
「いいえ、悪かったのはこっちです。最初から現実を教えてやればよかった。あなたのようにプライドだけ一人前のつまらない男の鼻を、挨拶のついでにへし折ってやればよかった、なぜ私の大切な友人をバカにするなんてことを許してしまったのか。侮辱することを許してしまったのか。あなたなんかよりも13歳の友達の方がよっぽど強い。私は今でもあの夜のディムに追いつけずにいる。だけどあなたからは強さなんてまったく感じられない。私の英雄を侮辱するなコーネリア・ダスキン。弱いくせに強がるな。いい気になってつけ上がるな、あなたは獣人を相手になんの役にも立たない。忠告はした、これ以上は許さないからな」
獣人の侵攻があった夜にメイリーンたちを逃がすために命を落とした同い年の少年の、その英雄的行動を侮辱されたことでメイリーンは怒りを露わにした。だがしかし、これまで褒められたことしかなかった天才が年下の、まだ20歳に満たない、たかが魔導学院の学生の上から目線の忠告が素直に受け入れられるはずがなかった。
対してコーネリア・ダスキンは自らの強さの源である魔法力を侮辱されて怒った。
19歳の若い女性に弱いと言われたぐらい笑って聞き流すこともできたろう、だがしかしメイリーンは魔導大学院の下部組織であるサンドラ魔導学院の、一介の生徒であり、特に優秀だと言う噂も聞こえてこない。そんな女学生と対等にケンカする理由は、きっと50人からなる弟子たちの前で恥をかかされたからであろう。その証拠に弟子の方が我慢ならないようで、今にも殴り掛からんばかりの剣幕であった。
コーネリア・ダスキンは女に対して掴みかかる勢いで歯噛みする弟子たちを手のひらで制止すると、メイリーンをひと睨みして応えた。
「おいおい、大貴族さまの客人だから大目に見てやってるのが分からないのか? 私がこれ以上何を言うと許さないんだ? その英雄クンを侮辱したことが許せないのか? ならもっと言ってやろう、その英雄クンはとんだ無駄死にだった。キミのような愚か者を助けるために命を捨てたんだ。今ごろは計り知れない後悔をしていることだろう」
「あなたが権力欲しさに見栄えの良さだけを求めて開発してきた炎の大道芸など何の役にも立たないことを証明すればその口を塞ぐことができるのですね。分かりました。コーネリア・ダスキン、あなたに決闘を申し込みます。日時は今から。見届け人は……ソレイユ家のレーヴェンドルフさんにお願いしたいが、よろしいですか」
レーヴェンドルフは『来た!』と思った。最初からこうなることが狙いだったわけではあるまいが、結果的にコーネリア・ダスキンを引きずり下ろすため、この展開は予想していたことだ。
「ふむ。コーネリア・ダスキンどの? どうですかな? 私で不満ならトレヴァス学長にお願いするが?」
黙って事の成り行きを見守っていたダンス・トレヴァス学長はこの場の成り行きがメイリーンのペースで進行していることが気に入らなかった。だいたいコーネリア・ダスキンと言えば世界でも有数の炎術士だということを知らないわけがないこのレーヴェンドルフですら、かんしゃくを起こした女学生の無謀な挑戦を諫めようともしない。ゴリゴリ騎士道万歳のソレイユ家の人間のすることだ、どうしても魔法庁と陸軍省の権力争いが目の前にチラついて、つい訝って見てしまう。
「ソレイユどの? この決闘は仕組まれたものですか?」
「いいえ、私の目的は勇者パーティを率いるのが自分の娘ですから、最強の布陣で臨んでほしいという、たったそれだけのことなんです」
「それなら止めるべきではありませんか?」
「それがですね、無意識だったのでしょうね、あの男は私の娘のことを『化け物』と言いました。そんな者が信頼のできる仲間になるとは思えません。それに彼女は強いですよ、友達のために涙を流せるような人は例外なく強いです。私はあの子の涙に賭けます」
それにアンディー・ベックの推薦する魔導師でもある。その実力を見たことはないが、レーヴェンドルフに不安はなかった。むしろこの傲岸不遜な男をぎゃふんと言わせてほしいとまで思った。
「そうですか。私もコーネリアの失言には苦々しく思います……では、コーネリア・ダスキンに聞く、メイリーン・ジャンの申し込んだ決闘、受けるか?」
「ははは、私がこのような小娘の相手など本気で? ご冗談を。勝って当たり前、万が一負けでもしたら大恥。しかも顔に火傷でもさせたら一生恨まれるという三重苦です。私にはメリットが一つもございません」
決闘を避けようとするコーネリア・ダスキンに、あらかじめ用意していたような言葉でメイリーンが畳みかける。
「あなたはそう言って逃げると思ってました……。逃げるなら追いません。ただし勇者パーティからは辞退してくださいますよう」
「おおっと、最初からそれが目的だったな」
「ええ、もちろん。セイカは私の故郷。私の手で獣人どもを皆殺しにして開放します。セイカの開放は私の悲願でもあり私の戦いでもあります。あなたのような大道芸人の出る幕はありませんので、ぜひお引き取りを」
「いや、私は実戦で手柄を立てねばならんのだ。それに決闘となると命を落とすこともある。日時を改めようではないか、ルーメン教会に頼んで治癒師を呼んでおけば回復魔法を使ってもらえるから火傷の痕は残るかもしれないが命までは落とさない」
その提案を聞いたメイリーンは呆れたように言った。
「また魔法をただの見世物として使う気なんですか? 最初から派手な見世物を披露してお金を稼ぎたいだけならサンドラの噴水広場でやりますか? 火を噴いて見せればものすごい見物人が集まりますよ」
「ははは、言うね! キミの魔法を見せてほしくなった。見世物だとは言わないのだろうね?」
「はい。ですが人を相手に手加減することなど想定していませんのでお覚悟のほどを。私の魔法は獣人どもを殺すために磨き上げたものです」
「では、見届け人はレーヴェンドルフ・フィクサ・ソレイユどのと、ダンス・トレヴァス学長にお願いしよう。50人の弟子たちも証人になる。こんな小娘に手加減なしで魔法を使って非難されてはかないませんからな。これほどのことを言われたのだ、これほどの屈辱を受けたのだ。しっかりと言質を取っていただきたい」
「承知した。このダンス・トレヴァスが見届け人を務めよう」
「レーヴェンドルフ・フィクサ・ソレイユも見届け人になることをここに宣言しよう。では、メイリーン・ジャン、あなたはこちら、コーネリア・ダスキンに対し命を懸けた決闘を挑みましたが、間違いありませんか?」
「はい。間違いありません。たとえ敗れ、命を落とそうともそれは私と友の尊厳を守る戦いです。悔いはありません」
「しかと聞いた。では、コーネリア・ダスキン、あなたはこちらのメイリーン・ジャンより命を懸けた決闘を挑まれまたが、これを受けるか?」
「致し方ない。受けよう」
「しかと聞いた。ではお互いに正々堂々戦うように。……とはいえ、ここでやるとすると、学生たちは離れてみておいたほうがいいな。もっともっと離れて……、っと、これでいいのかい? メイリーン。お膳立てはできたが、どうか気を付けて。コーネリア・ダスキンといえば世界でも最強の炎術士に数えられる魔導師だからね。今更だけど勝算はあるのかい?」
メイリーンは肩をすぼめ、ありがとうの意を込めて応えた。
「負ける気がしませんね、オークの戦士と比べたら、あんなの小動物ですよ」




