勇者、出撃す(7)メイリーン、面接に合格してしまう!
確かに魔導大学院は頭が堅く、まるで岩盤のようにそびえ立つ一枚岩の縦社会だ。戦力になる魔法使いを出せと言えば他のメンバーと比べても遜色のないばかりか、最も戦功を上げるであろうコーネリア・ダスキンを惜しげもなく出し、王国内での発言力強化を狙っているのだろう。
これは騎士団や王国軍の後塵を拝してきた王立魔導大学院が仕掛けた高度な政治闘争だ。
レーヴェンドルフは目の前で行儀よく座っていて声がかかるのを待っているであろうメイリーン・ジャンに問うた。
「えっと、もう一度再確認するけど、志願するって? 勇者パーティに?」
「はい」
「勇者パーティの任務は偵察じゃなくて、我が国の北方にある獣人たちの拠点、セイカ、ハルセイカ、リューベンのうち、重要拠点とみなされているセイカ要塞を急襲し、速やかに攻め落とすことにある。本来ならば職業軍人が数千から万単位を動員していかねばならない事案なのだ。それを勇者とはいえ……たった」
「はい。銀河・フィクサ・ソレイユですね。学年は3つ違いますが、サンドラの学院でも勇者の噂は聞こえていますし目立った存在なので、もちろん存じ上げております」
「ふむ……、キミは獣人との戦闘経験もあるといったね? ならば獣人たちがどれだけ恐ろしい力を持っているかということも、当然知っていながら、またあの土地に戻って道案内してくれると、そいうことかね?」
「はい。ですか私は道案内のためだけにセイカに戻る気はありません。セイカを取り戻すのは私の人生をかけた戦いです。私が獣人どもを皆殺しにして、セイカを取り戻します」
「なっ、戦闘員として志願する気なのか? いや、キミは見たところ魔法使いだろう? メンバーにはすでに世界最強の炎術士と言われる魔導大学院のコーネリア・ダスキンが選ばれているのだが」
「繰り返すようですが、私はセイカ村の出身で、村の防衛戦を戦った生き残りです。村は要塞化しているとのことですが、周辺の地理については狩人が通るような山道、獣道から巨樹の枝ぶりに至るまですべて頭に入っているのです。防衛戦で敗れた経験を活かし、次こそ勝利する作戦を提案します。そのためにまずコーネリア・ダスキンをメンバーから外し、私を推薦していただきたいのです」
「コーネリア・ダスキンをメンバーから外す? 彼こそ王国最強の炎術士だろう? 私も一度だけ彼の炎演武を見たことがあるが、あれはすさまじい炎だった。煉獄の炎というのはああいうのをいうんだろう?」
「はい、その通りです。だからこそコーネリア・ダスキンを加えては遠征は失敗します、あの男の魔導は森で役に立ちません、むしろ仲間を窮地に追い込むものです。あの男の出番など大平原で敵が密集している場面だけです。ですがあの出しゃばりな自信家が指示のあった時にだけ魔法を振るうなどということをするでしょうか? あの男の性格では必ず自らが作戦の主導権を取り、率先して全てを焼き尽くそうとします。そういう男です。パーティ―リーダーが私より3つも若い16歳のギンガ・フィクサならなおさらです」
「ふむ。それは私も危惧していたところだ。パーティでは誰が行動の決定権を持つかが重要なんだ、いちばん若く実戦経験もない銀河に主導権を渡すなんてことはないだろうが、誰がそのリーダーを務めるのかということだね。ではキミはいったいどのような作戦を提案するんだい?」
「はい。私はゲリラ戦を提唱します。少人数で千近い敵に囲まれないよう気を付けて戦うのには常に危険が伴います。メンバーのうち一人、二人が戦闘不能になったときの事も考えると、常に森を背負って戦い安全マージンを確保しつつゲリラ戦を行うのが現実的だと考えます。敵の主力、オーク戦士の武器は巨大な斧です。森の中では思ったように振り回せません。数万の規模で正規軍を率いて進軍する場合ならばコーネリア・ダスキンも存分に戦えましょう。ですが今回の遠征では私の方が絶対に役に立ちます」
「その自信の根拠を聞いてもいいかな?」
「はい。なぜならあの男は詠唱に時間のかかる高威力の魔法を好んで使うからです。見栄えがいいからです。剣士にできないことをドヤ顔で決めることをカッコいいと錯覚しているような奴です。要塞内でズラッと整列している朝礼中の敵に撃ち込むならまだしも、セイカが6年前のままだとすれば周囲は森と湖と、あと湖から流れる川の源流です。森に隠れてゲリラ戦をするのが最も有効な戦術なのに、その森を焼き尽くしてしまうような大きな魔法に特化したようなものを連れてゆくと必ずや失敗します。あの男は局地戦に向いていません」
「もしそんなことになったら敵が森を焼くだろう? 同じことにならないかね?」
「セイカの村が襲われたとき、森の側からはたったの1兵たりとも獣人たちは来ませんでした。橋の向こう側の丘陵地帯から大群が押し寄せてきたのです。セイカ村の立地ならば東側の丘陵地帯から1本しかない橋を渡って攻めるなんて不自然ですよね? 橋を渡らせるまいと防衛戦が成功したおかげでセイカ村のひとびとは難を逃れて南に逃げることができましたし、獣人たちはセイカ侵攻に手間取ったせいで王国騎士団の防衛線を敷く時間を与えてしまった。おかしいですよね、東側の丘陵地帯から橋を渡って侵攻する部隊と北側の森から一気になだれ込んでくる部隊に分けるべきでした」
「す、すまん。ここにセイカ村の周辺地図がないのでよくわからないのだが、それも奇妙な話だな」
「そうなんです。不審に思ったので調べてみたところどうやらオーク族には森に棲むと言う悪魔『オセ』の伝承があって、基本的に森には手出ししません。特に夜の森には絶対に近づかないとありました。オークは森の近くに住居を構えません。平原を好む雑食性の獣人です。これは新聞で読んだ記事なのでどこまで信用できるかわかりませんが、セイカ村は要塞化していて森と隣接する方にだけ石造りの高い壁を建設していると書いてありました。これが本当ならオーク族は森に入りたがらないでしょう。そして獣人軍の中には少なからずエルフ族もいました。エルフ族は森に棲む賢者と言われていますよね、以上の事からも獣人たちが森を焼くなんて考えられないのです」
「うーむ……、夜の森はオークだけじゃなく、人にとっても危険だと思うのだがね、キミは夜の森を味方につけようというのかね……」
「私は大丈夫ですよ。夜の森が怖いと思ったことなんて一度もありません。森は私たちの遊び場のようなものです。そうだ、それに森の中だったら食べ物に困ることはありませんよ。美味しい木の実やキノコはどこにでもありますし」
レーヴェンドルフは食糧確保が容易だと聞いて素直に驚いた。
「おお、食料を確保できるというのはこの上なく有利だ。だがしかしキノコは危険じゃないのかい?」
そういえば近頃どこか辺境の街で、キノコ由来の毒素を抽出することに成功した研究者がいて無味無臭の殺鼠剤が開発されたらしい。それはゲイルウィーバーでも大きなニュースになった。新しく開発された殺鼠剤を導入するだけでネズミが媒介する伝染病の発生リスクがずいぶん減るのだそうだ。キノコの毒ひとつで猛威を振るっていたネズミたちが一気に姿を見せなくなる。効果は覿面なのだ。もちろんネズミが一掃されたという事実そのものが物語っているのはキノコ毒の危険性という一言に尽きるのだが……。
「うふふっ、だって私セイカの森で育ったんですよ。美味しいキノコを見分けるのは任せてください」
メイリーン・ジャンは輝きとともに百万ゼノの笑顔をみせ、レーヴェンドルフの期待に応えた。
もちろんレーヴェンドルフはこのあとメイリーンが引き起こす騒動のことなんて知る由もなく、アンの推薦を受けるメイリーンを信頼し、どんどん前向きになってゆくのであった。
思えばレーヴェンドルフはメイリーンのこの笑顔にやられてしまったようなものである。
メイリーンがいま言ったのは、キノコに含まれる毒の有無ではなく、美味しいか美味しくないかという味の事だけ。本来気を付けるべき有毒無毒の事になどまるで触れていないことを完全に見落としていたのだ。
もしレーヴェンドルフに相手のスキルまで読める鑑定スキルがあったとするならば気付くこともできたはずだ。だがしかし、レーヴェンドルフもごく普通の一般男性と同じように、若い女性の屈託のない笑顔に絆され、そして騙されたということだ。
「おお、それは心強いな! 素晴らしい。だがしかしコーネリア・ダスキンをひっこめてキミを推薦するというなら、それなりの理由が必要だ。なにかこう、誰にでも分かるような……」
レーヴェンドルフはここでハッとした。ワンテンポ遅く、こんなところでハッとしたのだ。
本来なら『皆殺しにしてやる』などの言動であったり、森で確保できる食料のところでキノコを出してきたあたりで気付かねばならなかった。しかしレーヴェンドルフは気性の荒さを垣間見せた言動やキノコという重大案件を華麗にスルーしたあと、今もうすでに王立魔導大学院の構内に入ったことにハッとしたのだから遅きに失したと言うべきだろう。
さっき御者の言った『わたくしは決められたルートで馬車を走らせるため御者席におります』というセリフも今考えてみるとおかしいなどと本来ならとっくに怪しんでおくべきだった事に今さら気付いたという体たらくだが、もう喉に引っ掛かりそうな部分は溜飲と共に下げられた。
いま怪しんでいるのはレーヴェンドルフが全7冊の禁書を受け取って屋敷に直帰することなく、寄り道をしてメイリーンを乗せたこと自体が御者のいう予め決められたルートだったことだ。
では、なぜメイリーンと二人で馬車に同乗して王都に向かう必要がある?
予め決められていたのだろう、約束があったのだろう、レーヴェンドルフを乗せた馬車は、わざわざ逆の方向に走ってサンドラでメイリーン・ジャンという美しい女性を乗せ、そしていま先ほど王立魔導大学院の門をくぐったのだ。
どうも頭がハッキリしない。記憶操作スキルを使われるとこうも判断力が鈍るのか……などと心の中で悪態を吐いてみるが、単純にぼーっとしていたところに美女が乗ってきたせいで頭が回らなかったという、それだけのことだ。
レーヴェンドルフは手に残ったほうの手紙、燃えてしまわなかったほう。つまり、メイリーンから手渡された推薦状をもう一度開いてみた。
~~~~~
前の手紙に書き忘れてしまったのだけど、あなたを勇者パーティの組織委員会に推挙しておいたのでよろしくお願いしますね。現状では頭の堅い魔導大学院を黙らせる手段がありません。でも大丈夫です、最初の一手としてレーヴェンドルフ・フィクサ・ソレイユの名前でメイリーン・ジャンを推薦しておきましたからね、いまあなたと一緒に馬車に乗ってる女の子ですよ。
~~~~~
なるほど、すでに自分は勇者パーティの組織委員会の一員であり、そして最初の一手として自分の名でこの娘、メイリーン・ジャンを推薦しておいたと。そういうことだった。もうすでに、そこまで話が進んでいたのだ。
そしていま半ば拉致されて強制的に連れてこられたような格好になってはいるが、魔導大学院にメイリーン・ジャンと一緒に来ている。ということはきっと、魔導大学院のお偉方とのアポイントメントはとってあり、これから赴く場所では話し合いの椅子が用意されているということなのだろう。
まったく、準備がいい。
『現状では頭の堅い魔導大学院を黙らせる手段がない』と書かれてある。ということは、自分に頭の堅い魔導大学院のお歴々を説得しろと、そういうことなのだろう。まったく無茶なことをいう人だ。
「ではさいごに確認のために聞かせてほしい。メイリーン・ジャンさん、あなたはどうやってこの推薦をとりつけたのですか?」
「私は今回、ハーメルン王国の国家プロジェクトとしてセイカ村を取り戻す少人数の最精鋭部隊を組織すると聞いて志願しましたが、どこにも取り合ってもらえず、教会のシスター・アンに手紙を書きました。そして先日、教会の使いの者がきて、馬車の日時を知らされ、パーティメンバーを組織する責任者に渡すようにと、シスター・アンからの推薦状を手渡されました」
「なんと、キミもアンを知っているのか」
「はい。シスター・アンは私たちのお姉さんみたいなひとです。セイカにあった小さな教会のすぐそばに私の家があって、私は教会の讃美歌を聞いて育ったようなものです。シスター・アンは修道女として物心ついた頃にはもうセイカに居ました。私ちっちゃな頃から困ったことがあればルーメン教会を頼ってたんですよ、いまもお世話になっています。いつも私たちがいたずらをして、大人たちにこっぴどく叱られているのを助けてくれるのはアンでしたし、子どものころから本当にお世話になりました。実際に会ってお礼を言いたいのですけれど、なかなか会えなくて……」
「そ、そうなのか。なるほど、ようやく話が見えてきたよ。キミはアンを知っていて、そのアンが私に推薦状を書いてよこしたと、そういうことだね?」
「はい」
「では今日ここで私はコーネリア・ダスキンを外し、キミに挿げ替えればいいのだね?」
「はいっ!」
「だが、コーネリア・ダスキンをメンバーから外すのは難しいぞ? 私はどうすればいい?」
「実力を見せるという方向に話を持って行ってもらってダスキンと模擬戦を行い、その勝者に決めるということで言質を取っていただければ」
「おいおい……本気かね? 相手はあのコーネリア・ダスキンだぞ? 勝算はあるのかい?」
「あの男が役に立たないことを証明してみせます。私をそのステージに上げてくれさすれば、こっちの思うつぼです。お願いです。私を信頼していただければ、必ずや期待に応えます」
アンはこの女性を幼少期から知っていて推薦するという。このメイリーン・ジャンに全幅の信頼があると、そう考えて間違いない。ならばレーヴェンドルフは心配するよりも、アンの思惑通りに事を進めるのを優先させた方がいいと考えた。
「よし分かった。面接は合格だよ、私はキミを全面的に信頼し、パーティメンバーに推薦しよう」
「ありがとうございます! 必ずや期待に応えてみせます」
メイリーンの表情がぱあっと明るくなり、屈託なく喜んで見せた。
レーヴェンドルフは自分の命よりも大切な娘、銀河のパーティメンバーとして志願したメイリーン・ジャンという女性を面接し、こともあろうに合格させてしまったのだ。
未来を知る者たちからすればレーヴェンドルフ一生の不覚と言ったところだろう。
将来、勇者パーティの足跡を検証し評価する者があったとしたら、きっとレーヴェンドルフ下した決定は失敗だったとして歴史に残る。
神妙な雰囲気を吹き飛ばし、一気に元気になったメイリーン・ジャンは、レーヴェンドルフに礼を言うと、ちょうど馬車はエントランスにまで到着して停まった。
御者は何も言わずドアを開けてくれ、まずはレーヴェンドルフが馬車を降りた。
レーヴェンドルフが手を差し出すと、優雅にその手を取り、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるメイリーン・ジャンも王立魔導大学院へと降り立った。
メイリーン・ジャン19歳 首都サンドラの魔導学院始まって以来の跳ねっ返りと言われ、魔法使いという稀有なレアアビリティを得たにもかかわらず精密性、正確性を求められる魔法使いにあるまじきウルトラアバウトな性格であった。どっちかというとハッキリ肉体派を標榜している。
いったん闘争ともなれば、もっぱら己の拳をもって殴り倒すという戦法を得意としていることを、レーヴェンドルフは知らなかった。
サンドラ魔導学院に通う同級生の間でもメイリーンは非常に気が短く喧嘩っ早いことで知られ、魔導学院に入学すると新入生でありながら最上級生である5年生の教室に殴り込んだ話はとても有名だった。結果、己の拳のみで学内でも一番強いとされていた筆頭魔導師を殴り倒して舎弟にし、それから以降サンドラの魔導学院を魔法力ではなく、腕力で支配しているスケバンだということも学内でしか知られていない。要は王都にある王立ゲイル学院で一番ケンカの強い銀河がやたらと好戦的な性格でしかもいま思いっきり猫をかぶっているといえば分かりやすいのだろうが……。
レーヴェンドルフは知る由もなかった。
メイリーン・ジャンの容姿がこんなにも麗しく可憐な女性だったからこそ、見た目に騙されてしまったのだ。
ちらっと見えた拳に火傷の痕が見えたことに留意していれば、あるいは、もしかすると、ちょっとしたことで見抜けたのかもしれない。
メイリーン・ジャンが、ただひたすらに美しく、やたらめったらケンカが強いだけの暴力バカであり、スキル『悪食』を持っていて強力なキノコ毒をほぼ無効化することからなんでも食べてしまうアホだということも、レーヴェンドルフは知らなかったのだ。




