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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
【不定期連載】 ~ 後日談・サイドストーリー:本編完結につき『人を探すお仕事』はしていません ~
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[レーヴェンドルフ] 勇者に恋した男(2)

 レーヴェンドルフ少年が少し落胆したような顔をしたのを受けたアンは机の上に何枚ものイラストのような絵を広げて見せた。

 そこにはレーヴェンドルフが本で見た子どもの夢のような格好のいい飛行船が描かれていた。旅客船のように多くの窓が並んでいる図案に見合う大きさを想像してみると、現在いる格納庫ほどの大きさになるだろうか。本に書かれた情報の出所はここなのだという事がはっきりわかるほど、レーヴェンドルフにはどこかで見たような絵だった。


「これはね、教会に残っていた古文書にあった絵を拡大して模写したもの。えーっと、クイズを出そうかな。じゃあこれ、誰が描き残したか分かる?」


 為された偉業をもとに歴史上の人物名を答えるというクイズなど、学校ではレーヴェンドルフにかなうものが居ないほどだったが、この問題そのものがある種の問題をはらんでいる。

 古文書というのは現代ではなく、大まかに言うと、ここでは古代の言語体系で書かれた文章の事を言う。

 ハーメルン王国でも三代国王パッセル・ハーメルンが王国内の言語と文字を統一する以前の文書を古文書として扱うことになっている。実に800年も前のことだ。


 そんな古代に飛行船を考えて図画にするなど考えられない。



「この図案はあなたのご先祖様。ソレイユ家の祖、伝説の勇者が描き残したものだと言われるのだけど、教会に保管していたのを王家の御用学者が見つけて国王もノリノリでさ、それで飛行船プロジェクトが始まったってわけ。どう?幻滅した?」


 伝説の勇者が描いたと言われる飛行船の絵をレーヴェンドルフに見せたところ、しばらく凝視した後、感嘆の声をあげた。


「あっ……」

「どうしたの? 何か?」


「ねえアン、燃えないガスと、燃えない風船ならどっちが難しいの?」

「え? 燃えなくて人を浮べられるほど軽いガスのほうが、よっぽど難しいわ。燃えない風船を作っても、ひとたび事故が起こると内部で爆発的な燃焼をするから同じことになるの、この可燃性ガスを安全に使う方法をいろいろ考えてはみたんだけど、貯蔵施設でも爆発大火災おこしちゃったからね、軍部が兵器に転用しようかって色気だしちゃうぐらい危険な代物なの」


 レーヴェンドルフは眉間を指でつまむ動作をしながらブツブツ独り言をいいながら物思いに耽っている。

 空気よりも軽く、安全で爆発しないものに心当たりがあるようだ。


「どうしたのかな?」

 そういうアンの顔は少しだけ微笑んでいた。アンはレーヴェンドルフがいずれ世界でも名だたる学者になることを知っていたし、考古学者で、古文書解読の権威という肩書ではあるが、母親であるギンガから、飛行船を実用化にこぎつけたのもレーヴェンドルフのアイデアがあったからこそという情報を聞いていたのだ。


「教会の図書館に行きたい!」


 レーヴェンドルフはもう飛行船への興味を失ってしまい、いまは図書館に行きたいといった。

 図書館に何があるのかとアンが聞いたところ、少し前、古代"ツの国"の古文書にあった記述に、箱?のようなものが空を飛んでいる記述があったのだそう。ツの国は1000年前の人魔戦争でハーメルン王国に敗れたあと激しい内乱が起こって滅亡し、大国だったはずが25ほどの小国に分裂してしまったという。古文書に記載されている古代文字はもう失われていて子どもには読めないが、図式の入った書物だったためレーヴェンドルフの目を引いたのだった。


 アンはレーヴェンドルフの言うようにこんどはルーメン教会へと馬車を走らせ、教会図書館の蔵書にある中から目的の書物を見つけ出すのに夜までかかったが、ようやく見つけ出した古文書から図式をトレースして書き写したものを持ち帰った。書物の方は偉い学者さんに解読依頼するとかでその日はお開きになったのだが、レーヴェンドルフの帰宅後あれほど厳格だった父親が、騎士の鍛錬をサボって抜け出したにもかかわらず、すこぶる上機嫌だったのが不思議で仕方なかった。


 兄に聞いたところではどうやら教会の教育長と御用学者の先生があらかじめ根回ししていたらしい。父からは「しばらくの間は騎士の修行はしなくてもいいから、王国より与えられた職務を全うしなさい」とのことだった。


 次の日の朝、迎えの馬車が到着すると馬車に乗っていたのはアンではなく、とても険しい目で人を値踏みするように見る、第一印象のあまり良くない初老の男性だった。あまり機嫌のよくなさそうなイヤな気配を撒き散らす人との接し方には慣れている。自分の父もそういう人なのだから、当たり障りのないよう、ひとつ文句を言われることのないような完璧な挨拶だけしていればあとは問題ないはずとしっかり挨拶をして見せた。


 しかしこの初老の男性の興味はレーヴェンドルフにはなく、レーヴェンドルフが手に持った、薄手のパピルスでこさえられた箱のような工作物にあるようだ。


「ほう……少年、手に持っておるそれは何かね?」

「はい。飛行船です」


 飛行船と聞いた男性は眉一つ動かすことなく、ごそごそと足もとに置いてあるトランクを開くと一冊の書物を取り出した。昨日、アンに預けたツの国の古文書だ。


「そうするとキミは何かね? 私がこの古文書を解読するよりも先に、絵を見ただけでその機構を自作して見せたと、そういうことかね?」


 偉い人を不機嫌にさせてしまったと思い、レーヴェンドルフは恐縮しながら答えた。

「そんな大層なものではありません、これは絵を見て、これが空を飛ぶのだから軽いものだと考えてパピルスと竹ひごで作りました。古文書を解読したのではなく、これは僕のイメージです」


「ほう。では聞こう、してその飛行船は飛ぶのかね?」

「はい。多少改良の余地はあると思いますが、屋敷の吹き抜けをシャンデリアの上まで飛んでしまい、あやうく火事になってしまうところでしたが、父上よりゲンコツひとつ賜っただけで事なきを得ました。これがその時のタンコブです」


「くくく……くぁっはっはっはっ、そうか、そうか……」

 父親にゲンコツをもらったというタンコブを指さしてドヤ顔を決める少年を見た初老の男はついに我慢できなくなり、御者が驚いて馬車を止めてしまうほどの大声で笑った。


「いやいや、すまんすまん。教会の幹部が是非にと推薦するからどれほどの天才かと思うて朝のはようから顔をみに来てみれば、まさかこれほどの学童とは思わなんだ。自己紹介が遅れてすまんな、私は王立アカデミーで考古学科を任されておるタロス・ヘイゼン教授という。まあ、学校で昔の事を研究しておるそこそこ偉い先生のようなものだ。よろしくな、レーベンドルフ・ソレイユくん」


 レーヴェンドルフが作った紙の箱は、紙灯篭、風船灯篭と呼ばれるもので、古代ツの国ではお盆という風習があり、先祖の霊を慰めるため、蝋燭で空気を暖めて何百、何千もの風船灯篭を空に放つというお祭りがあったのだそうだ。それを再現したレーヴェンドルフの功績は大きく、まずは魔法の炎で空気を熱する魔導気球から始まり、それを大規模に数を増やすことで大掛かりな船を空に浮かべることにも成功した。


 レーヴェンドルフはその年、10歳で学者のアビリティが発現してからも、タロス・ヘイゼン教授について考古学を学び、伝説の勇者や聖女様にまつわる書物を現代語に訳して出版するなど、騎士の家系であるソレイユ家の次男でありながら学者としても大成し、ソレイユ家は文武両道であることを世間に知らしめた。


 レーヴェンドルフがアンと会ったのはたった2日だけ。ほのかに恋心を寄せてはいたが、年上のお姉さんに憧れる少年の恋心、それ以上でもなければそれ以下でもなかった。


 年月は流れる。


 ソレイユ家の男で著名な学者という有名人でありながら、若い頃は研究に没頭していたレーヴェンドルフ。見合いの話は引く手あまた、騎士などという厳格な家柄ではあるが学者という物腰の柔らかな次男坊は結婚相手に最適であると、あちこちの貴族や豪商から娘の嫁ぎ先にと、いい縁談が舞い込んできたが、その全てを無碍にお断りし頭髪も薄くなった良い頃合いだからと「私の事はどうか放っておいてください、私は書物に埋もれて死ねれば本望でございます」と言って天涯孤独を宣言した矢先のことだった。


 レーヴェンドルフの兄、アンダーソンたち家族が五穀豊穣を祈る祭事にルーメン教会の祠に入った際、どうやら末娘のディアッカがなにかお転婆をやらかしたらしく、祠に安置されていた魔法陣を起動させてしまい、伝説に言い伝えられる勇者さまが降臨なされたと報告を受けた。


 古文解読の第一人者であるレーヴェンドルフに声がかかるのも当然だったが、勇者の降臨それは同時に、王国になにか良くない事が起こる兆しだと考えられていたせいか、表面上勇者さまさまと歓迎されはしたが、鑑定では勇者とあるが大した力を持っているわけでもなく、ちょっと木剣を持たせて叩いてみれば、まるで普通の女のように力なく倒れ、シクシクと泣いてばかりいるというこの女勇者は、その身柄をルーメン教会からレーヴェンドルフに預けられることとなった。


 レーヴェンドルフが古文書解読の第一人者であったことが理由として告げられたが、その実……ただの厄介払いだったのだろう。ただ、ルーメン教会からの強い要望で、勇者ヒカリ・カスガにこの世界の言葉を教えてやってほしい、また、異世界の文化や風習について聞き取り調査を行ってほしいとの依頼もあった。


 そして勇者ヒカリ・カスガのほうも、言葉が通じないとはいえ、この世界で親身になって自分の話を聞いて、言葉を教えてくれるような人物はレーヴェンドルフただ一人という状況だったため、頼れる人間はレーベンドルフしか居なかった。


 勇者ヒカリは言葉を覚えるのと同時に剣も魔法も少しずつ使い方を覚え……、いや少しずつなどと言っては失礼だ。剣の型、防御の型、魔法に至るまで、まるで乾いた砂に水を吸い込むように吸収すると1年も経たぬ間にハーメルン王国では恐らく誰もヒカリの相手をできないほど強力な剣の使い手となった。


 もちろんレーヴェンドルフの兄アンダーソンや、近衛騎士団長の竜騎士ガルベリーなどは、負けてしまっては格好がつかないことから手合わせにも応じなかったのだが。


 しかし勇者伝説など偽りだと言ってた連中を黙らせるには十分だった。


 屈強な戦士、騎士、魔導師、ことごとく打倒してゆくのだから。しかし、勇者伝説が本物であると現実味を帯びてくると、こんどは王国に危機が訪れるという最後の句に注目が集まった。


 王国の偉い人たちは喧々諤々の議論の末、出した結論は、勇者ヒカリを温存し、王国の守りに就いてもらえるよう、決して王都を出さぬようにとのお達しだった。屋敷を出るときには衛兵の護衛が付き従うことになっていたが、ハーメルン王国最強すなわち世界最強ではないかと思われる勇者ヒカリに、一般の衛兵が護衛についたところで何の意味もなさない。要は逃げ出してしまわないよう監視されることとなった。


 これは王族の考えそうなことだ。


 レーヴェンドルフはルーメン教会から押し付けられてしまった格好となった、この異世界の女に、少しずつ質問して、その人となりを理解するよう努めた。言葉を教えるときは初等部の教科書をもって教えたが、雑談するほうが学習の効果は高かったように思う。


 レーヴェンドルフはヒカリという、その名にどういう意味があるのかと問うてみた。


 ヒカリは答えた。光そのものだと。


 カスガという言葉の意味を聞いてみた。

 春のやわらかな日差しという意味だという。


 レーヴェンドルフはヒカリ・カスガという名のもつ意味を聞いて、剣の道を望んで進むような、そういう運命になく、のどかな、木漏れ日の下、頬を撫でる涼やかな風を彷彿とさせる名なのだと悟った。


 そんなヒカリは、いつも夕食をとりおえると、二階のバルコニーへ出て夜空の星を見上げている。

 レーヴェンドルフは最初、女なのに天体に興味があるだなんて、珍しいなと思った程度だった。

 考古学は天文学にも通じるものがある、これまで勉強した天文の知識をひけらかすではないけれど、もしかすると星々の話ができる人なのではないかと思い、すこしだけいい気になって、夜空の星の話をしてやろうかとバルコニーに立った。


 えへんと咳払いでもしようかと思ってヒカリの背後に立ったとき、レーヴェンドルフは少しだけ違和感を感じた。ちょっと様子がおかしいと。人の接近を感じたヒカリが振り向くと、その瞳にからは涙がいっぱいに溢れ出していた、潤む目で星を見上げていたのだ。


 どうやら勇者ヒカリはただ天文学に興味があるからという理由で夜空を見上げていたわけではないようだ。世界で一番強いかもしれない勇者が、これではまるで普通の女ではないかと思った。

 その時レーヴェンドルフは、幼少期、騎士の鍛錬をしていた頃の事を幻視した。年下の少年にも叶わず、木剣で打たれ、腫れ上がった腕をさすりながら涙を流していたのをアンに見つかってしまい、その涙の意味を必死で誤魔化していたのに、これほどまでに強い勇者ヒカリも涙を流し拭おうともしなかった。


「ご、ごめんなさい。レーヴェンドルフさん。お恥ずかしい所をお見せしました」

「いえ、涙は命の洗濯といいます。お邪魔して申し訳ない。ただ、私も星空を見上げるのが好きなのです。もしよろしければご一緒できればなと思っただけなんです」


「ああ、そうでしたか。でもこの星空をみて分かったのです、ここは私の住んでいた世界ではないのですね。月は見せる表情が違うし、私の世界から見ていた月よりもはるかに大きく見えます。距離が近いのかもしれませんし、もしかすると単純に大きいのかもしれません。太陽について沈んでしまった宵の明星が2つと、あれと、そしてあれが惑星ですね。星座は私の慣れ親しんだものがひとつもありません……。私はもう、もと居た世界には帰れないのでしょうか」


 空を埋める満天の星空を指さして惑星を言い当てたヒカリは、この世界にきて2年、外の世界を見て回るでなく、ずっと屋敷に缶詰めにされておきながら、ずっとここのバルコニーから星空を見上げてこの世界が異世界であることを知ったという。さっきの涙はもう帰る手段がないし、誰も自分を探して、迎えに来ることがないと知った絶望の涙だ。もうヒカリはどこにも行くことはできないし、もう愛する家族のいる元の世界へ帰ることはできないのだ。


 レーヴェンドルフはこれまで女性に興味すら示さなかった。飛行船の完成に携わり大きな功績を残したことで有名人となったが、それでもレーヴェンドルフの本職である学問、考古学などを語り合える女性などただの一人もいなかったからだ。


 レーヴェンドルフは女性の興味の対象、つまりお洒落に関することだとか、どこそこのスイーツが美味しいだとか、そういったことにはまったく興味を示さなかった。女性の側もレーヴェンドルフの興味の対象である、考古学やら歴史学などといったことにまるで興味がないのと同様にだ。むしろ血を分けた兄弟である兄アンダーソンも、曰く「過去にばかり拘って何になる、前を見よ、人の目は前にしかついておらん、それは前だけを見て進むことを運命づけられているからだ」などとのたまう。


 そして世の中の女性というものは、そういって前向きな発言をする強い男に惹かれるのが常であり、レーヴェンドルフに寄って来る女と言うのは、ソレイユ家というブランドにたかる蛾のような存在ばかりであった。自然と敬遠するようになってしまった。


 そんなだから女性に対する扱いというものを学ぶ機会など一つもない青春時代を古文書と首っ引きで過ごしたレーヴェンドルフも例にもれず、涙を流す女性を目の前にして気の利いた慰めの言葉などかけてやれなかった。

 だけどこの女性の力になってやろうと思ったことも確かだ。


「素晴らしい見識ですね。敬服しました。もと居た世界と言うのがどこなのか、私には想像すらできませんが……ここに来られたのなら帰ることも出来ると考えたほうがいいでしょう。私の取り柄は学問だけですから、きっとあなたの助けになると思っています」


 この言葉を聞かされたヒカリは少し驚いた顔をした。

 春日ひかりは、この世界にきて2年、自由にさせてもらったことなどただの一日もなかった、常に監視状態で外出もままならない。それなのにこの一番そばに居て監視しているこの男が"帰る助けになる"と言った。


「私をもとの世界に帰していただけるのですか?」

「はい、あなたがそれを望むのなら、私も力になりましょう」


 レーヴェンドルフとヒカリ、お互いがお互いに見る目を少しだけ変えた、そんな出来事だった。


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