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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第一章 ~ 探索者という生き方 ~
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[16歳] メイの安否

距離感を修正しました。


 短剣ミセリコルデがディムの腰にぶら下がるようになって、ギルドに戻るともう護衛のメンバーは集まっていたらしくエルネッタさんたちは今日のうち、すぐに出発することになったそうだ。


 護衛の傭兵を雇う商人は集まりが悪いと出られないかわり、メンバーが集まったらできるだけ早く出発したいものなのだそうだ。エルネッタさんたち護衛の傭兵はラール北の集合場所に正午に集合してからの出発で、数時間も歩けばキャンプを張る必要あっても、荷物を少しでも前に進めたいのだという。


 街の入り口で隊商の荷車が集まってるところまでエルネッタさんと一緒に出て見送った。

 護衛一日の距離を往復だから戻ってくるのは二日後だ。ディムは二日分の食料の買い出しに行くついでに、セイカ村から逃げてきた同郷のお姉さんのトコに顔を出すことにした。


 家族や友人、知人の行方を知りたいと思うのは自然なことだ。ディムがあの日、あの濁流の川に落ちてから三年、ここでエルネッタさんのお世話になりながらちょくちょくセイカ村生存者の情報を集めたりしている。もし家族が見つかったりすると『ディムお前は帰れ』と言われるだろうから、エルネッタさんには内緒で活動している。


 優しかった両親やダグラスとメイのその後のことが気にならないわけがないのだ。ただ、行方を知っておきたいのと、心配しているだろうから、自分はここで元気に暮らしていることを知らせておきたいと、ただそれだけの事だけど。


 ここラール市はセイカ村のあったランド領からは気が遠くなるほど離れていて、ちょっと様子を見てくるってな感じで気軽に行くには遠すぎる。しっかり準備をしてトラブルなしの予定通りに進んでも片道で12日かかる上に、セイカ村はもうこの国の領土ではなくなったらしいから行くことも許されなくなった。


 さらにはダグラスやメイたち、そして母さんたちが避難したはずのリューベンも獣人たちの侵攻を受けて、そこから先は、みんな散り散りバラバラで、どこに逃げたのか分からなくなってしまった。もうセイカ村の人たちの行方を知ることすら困難な状況になってしまっている。戦災難民たちの掲示板もないから、やっと有志が手紙で連絡を取り合って連絡網が出来つつあるらしい。


 ディムの向かう先、市場マーケットからほど近いアパートに目的の人が住んでる。

 夜はウエイトレスの仕事をしているので昼間しか会えないのだけど、今日に限ってはアパートの前に差し掛かった通りでバッタリと会ってしまった。


「こんちわチャルねえ、あ? もう仕事に行くの?」

「あっディムひっさ。ん? んんんん――っ! 短剣さしてる? へえ、ディムもいっぱしの冒険者っぽくなってきたじゃん」


 この人はチャルねえさんという、セイカ村じゃあメイんちの近所に住んでた人だ。

 ディムがここにきて一年ほど経った頃、エルネッタさんがどこかギルド酒場以外の酒場に飲みにいって帰ってこなくて、どうせまた酔い潰れてるに決まってるから『羊追い』のスキルを使って迎えに行った酒場で、ウェイトレスやってたのがチャルねえだったという訳だ。


 チャルねえはディムより4つ年上だから、今年で20歳になる。

 本当ならもうとっくに結婚して子どもがいないと行き遅れだとか、行かず後家だとか口を酸っぱく言われる年だというのに、最終的にはセイカに戻りたいとも言っていたし避難民だからということで、この街に腰を落ち着けることなんかこれっぽっちも考えてないようだ。


「んー、これは買ってもらったんだ」

「相変わらずヒモ生活か。働き者の女を捕まえたんだねえ。私も気を付けよっと。ディムみたいなのに引っかかったら人生が終わっちゃう」


「ひどい言われようだな!」


「あ、そうそう。ちょっとまってね、えっと、手紙があるのよ、ちょっと来て来て」


 チャル姉について小走りにアパートの階段を上がると、目的の手紙は部屋の玄関あたりに置いてあったらしく、扉から覗き込むように入って閉じることなくすぐに出てきた。


 チャル姉の話によると、ディミトリ・ベッケンバウアーはセイカで戦死したってことになってる。

 つまり川に落ちて行方不明になった訳でもゴブリンたちに襲われて死んだでもなく、村人を逃がすため勇敢に戦って死んだことになってるらしい。

 そういえば目撃者にも証言者にも心当たりがある。衛兵のおじさんたにも、メイリーンやダグラスにもその姿はばっちりと目撃された。


 ちなみにリューベンには戦死者の墓標があるという。

 つまりディムもそこの墓で供養されているということだ。


 そのあとしばらくしてリューベンの町も獣人たちの侵攻を受け、この国は為すすべなく領地を切り取られた。いまやリューベンは獣人たちの前線基地になってしまって自らの墓参りににも行けないということだ。己の不幸を呪ってもいいだろう。


 リューベンの町とセイカ村、ハルセイカ村の人たちはみんな戦争難民になってしまった。

 あれから3年してやっと連絡網を作り始めたのだから、皆ようやく他人の事を考える余裕ができたということだ。


「んー、セイカからリューベンに逃れた時は200人いたんだけどなあ、いまは22人しか行方が分かってないらしいよ」


「え? この前きいたときは20人だったじゃん。もしかして2人ふえた?」


「ふふふ、やっぱ分かる? じゃあこの手紙みて。ほら、はやく」


 その手紙には、本人に確認したわけじゃないがメイとメイのお母さんは、親戚を頼ってサンドラに逃れていると書かれてあった。


「おおっ、メイは無事だったか。よかったー。で、サンドラってどこよ?」

「うーん、すっごく遠いらしいよ。だけど大都市だって聞いてる この国の首都だし。わたしも行ってみたいなあ」


 ディムにはその距離感が少しも分からなかったが、どうせまた20日とか30日ぐらいかかるということだろう。

 考えなくとも気が遠くなる距離だ。


 ……エルネッタさんが依頼でサンドラに向かうことがあったら連れてってもらえばいいという、素晴らしいアイデアを思い付いた。さすがだ、エルネッタさんに甘えることにかけては天才的という他ない。

 今日のところはメイの無事が確認できただけで十分だ。


 だいたいディムはチャルの家に来たら、いろいろ故郷の話や、ガキだったころどうだったとか、昔話に花を咲かせて時間を潰していくのだけど、今日は逆に、ディムの方がちょっとした相談を受けた。


「ねえディム、ちょっと聞かせてほしいのだけど……」


 実はいま働いてる酒場の時給が少なくて、この街で暮らしてゆくのにちょっとしんどいのだとか。

 それで冒険者ギルドに併設してあるあの、荒くれものたちの吹き溜まり、ギルド酒場の時給がヨソよりだいぶいいから、口をきいてほしいのだという。


 もちろんディムにしてみればチャルねえの頼みだから口を利くぐらいしてやってもいい。

 口ぐらい利いてあげたのはやまやまなのだけど……、


「んー、どうかなあ。あそこたぶんこの街じゃいちばん治安悪いし、酒場の客はだいたいみんなガラの悪い傭兵ばかりなんだ。時給が高いのには理由がある。女の人が続かないからなんだ」


「でもほら、ディムみたいな子もいて、ガラの悪い子ばかりじゃないんでしょ?」

「誤解してるよチャルねえ。ぼくは探索者シーカーだからあんなとこじゃあまり飲まないの。あそこで酒飲むのは90%が傭兵ランカーたちばかりだからガラが悪いんだってば」


 チャル姉はガラが悪いから時給が高いということの真の意味が分かってない。

 ギルド酒場では酒に酔うとまずは暴れだすエルネッタさんのような客が少なくない。酒の勢いでウェイトレスをしつこくしつこく口説くなんてのは普通だし、ベタベタと汚い手で触られるという事もまったく理解していないらしい。


 問題はなぜ時給が倍になるのかということだけど、経済的な観点で言うと、それだけギルド酒場は売り上げが高いということだ。


 みんな浴びるほど酒を飲むのだ。

 若くして傭兵を引退するような奴はだいたい肝臓が爆発するほどのダメージを受けて引退する。

 そして酒を飲んだ傭兵どもは野獣と化す。エルネッタさんほどの腕っぷしがないと、チャル姉なんかキングコングに捕まえられてエンパイアステートビルを登るぐらい危険な目に遭う。


「そっかー、でも時給が倍になるのは悩める……えーっ、私に絡んだらぶっ殺すとか言ってくれると思ったのに……」


「誰が?」

「ディムが」


「そのセリフぜんぶ言い終わる前にぼくがぶっ飛ばされてるよ……」



 雑談していると時間が立つのが早い。

 もうチャル姉が出勤時間だというのでその場で別れ、ディムはそのまま市場に寄って2日分の食料を買い貯めして帰ることにした。メイの安否情報が入ったのは収穫だった。


 生きてさえいればいつか必ずまた会える。

 必ずだ。


 会いに行けばすぐに会えるのだけど、会いに行かなくともそのうち会えるはずだ。


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