[ギンガの初恋] ディムの愛した人
「わたしは16歳のときに死を選んだ……。そして、あなたはエルネッタのオトコだし。わたしはまた長い眠りにつくだけ……。今日は幸せにしてもらってありがとうのお礼と、さよならの挨拶をしに来ました」
突然別れを切り出されたディムは狼狽する心を抑えることもせず、説得を試みた。
「ダメだ。そんなのぼくは認めないし、エルネッタさんも絶対に認めない。なあディアッカ、分かっているのか? キミはもう掛け替えのない家族なんだ」
「わたしのことも家族と言ってくれるのね。ありがとう、わたしは幸せ者だよ……」
「当たり前だよ。これからもっともっと幸せにするからさ、ぼくのそばに……」
「あなたも悪魔なら、わたしの気持ち分かるでしょ?」
「え? どういうこと? 兄弟たちの話? ぼくは寂しいよ! 消えてしまって、すっごく寂しい思いをしているよ……。だからさ」
「ディム可愛いわ。わたしを引き留めてくれるのね、決心が揺らいじゃう。でもね、じゃあ、もしあなたの兄弟がいま戻ってきたらエルネッタを抱かせる? わたしを抱かせる? わたしはイヤよ。あなたじゃなきゃイヤだもの。ギンガに何て説明するつもり? 自分じゃないけど、生まれてくる子どもは間違いなく自分の子だから安心して抱かれろって言うつもり?」
……っ!
ディムは何も言えなかった。ぐうの音も出なかった。
「エルネッタはわたしにこう言うわ "わたしが拾ったんだ。だからディムはわたしのものだ" って。そう、あなたを見つけたのはエルネッタだし、あなたと出会ったのもエルネッタ。そしてあなたが愛したのはわたしじゃない……。エルネッタなの……」
何か言わないといけない。だけど、ディムには言葉にならなかった。
考えあぐねて、何も言葉に出来なかった。ディアッカはエルネッタさんとはまた違った人格だ。そうすることですべて丸く収まることは分かっている……。けれどそれは最も残酷な選択だ。
「わたしを幸せにしてくれてありがとうねディム。愛してるわ……………………」
「ディアッカ! まってくれ、ちょっと、本当にまって。今はまだ答えられない、でも必ずいつか……」
ディムが何と反論すればいいか考えているあいだ、ディアッカはそっと目を閉じると、大きくひとつ深呼吸をして、ゆっくりと吐き出す……。
「おわっ! ……ディ、ディム? わたしこんなトコでなにを? ……なんだ? なんでわたし泣いてるんだ? おいディム、おまえ何をした! わたしに何をしたんだ、なぜわたしを泣かせた!」
突然ディアッカとエルネッタが入れ替わったのだろう、エルネッタの慌てぶりで分かる。
よくよく考えてみると、ディアッカとエルネッタが入れ替わったのは、これまで全てディアッカが主導権を握っていた。ディアッカが基本人格で、エルネッタの方が悪魔だというのは間違いないのだろう。
ディムは言葉にすることができず、二度、三度と小さく首を横に振った。
エルネッタはディアッカと入れ替わっていたことがバレたのだと悟った。
「ディム……、すまん。話がある。たくさん話さなきゃいけないことが……」
エルネッタはディムの背中を抱いたまま告白があると言った。
だけどディムはもういいと言った。たったいまディアッカから話は聞いたから。
「ディアッカは幸せだって言ってた。エルネッタさんは?」
「ぐっ……、そんな話をしていたのか。わたしも、同じだけ幸せだ。あのバカ、呼びかけてるのに返事もしない……」
「エルネッタさん? ディアッカと交代してる間も見えてるって言ってなかったっけ?」
「すまんディム、知ってるとは思うが……おまえとディアッカがイチャつくのを見てられなくてな、意識を閉ざして見ないように、聞こえないようにしていたんだ。本当にすまん、話すべきだった」
それからエルネッタさんはギンガも交えて、朝までディアッカの話をしてくれた。もちろん、自分の方が悪魔だということも告白した。とはいえ既に悪魔だと公言しているディムにしてみれば、別にどうってことないし、そのこともギンガには話した。
しばらくしてディムはディアッカと謎の黒髪の女が出会ったという思い出の場所に来てみたが、だだっ広い草原が広がっているだけで、大きな樹なんて一本も生えてなかった。
1000年後にもし二人が出会えなかったら困るかな? と思って、ディムは楠を植えた。
それから数年たっても、基本人格のディアッカがディムの前に現れることはなかった。
もっとも、ディムの留守にちょっと中身が入れ替わって、子どもたちと遊んでやるのに交代することは稀にあるらしいとギンガが教えてくれた。自分の産んだ子よりも、どういう訳かアンドロメダのことがお気に入りらしい。
ディアッカが消えたわけじゃない事を知り、ディムはホッとした表情で胸をなでおろし、ギンガにひとつ伝言を頼むことにした。
「また夜更かしして、語り明かしたいな」
「わかった、次に見かけたら伝えておくけど、それって浮気にならないの? 私にしてみればディアッカはディアッカで、二人いるなんてあんまり意識しないのだけど、明らかに別人なのよね?」
「そうだね。ぼくは浮気者なんだ」
「えーっと、それ私に言う? いい度胸してるわね……」
ディムの、夜更かしをして、語り明かしたいという希望が伝わったのか伝わらなかったのか、定かではないが、やはりディムの知らないところで、ちょくちょく入れ替わっては子どもたちと遊んでくれていたらしいことはわかっている。
アンドロメダが教えてくれた。
「お父さん! お母さんはなぜエルネッタ母さんのことをディアッカって呼ぶの?」
「難しいなあ。エルネッタの中には二人いるんだ。いまはエルネッタなんだけど、ディアッカのときもあったんだよ……うーん、やっぱ難しいな。ギンガうまく説明してやってくれないか」
「私ほんと分かんなかったからなあ……。ディアッカに聞けばいいんじゃないの?」
「お母さん違うよ、いまはエルネッタ母さんだよ?」
「ちょ! アンドロメダ、ディアッカを知ってるのか? 見ただけで分かるの?」
「うん、ぜんぜん違うよ。エルネッタ母さんはエルネッタ母さんだし、ディアッカはもっとこう、お姉さんなんだよ!」
「わかんね! ギンガわかる?」
「分からない……。ディアッカ! いつ入れ替わってるの?」
「さあ。わたしが昼寝してる間に入れ替わってるのかも?……わたし知らなーい」
「何がだよ! そんな露骨に知らんぷりしても分かるんだからな。嘘だ! エルネッタさんは嘘をついている!」
「あははは、ディムがそれ言っても決まらないなあ。それはわたしのキメ台詞なんだ。とらないでくれ。な」
ディムはそういってはぐらかそうとするエルネッタの表情を見て、ディアッカのその後も、けっして悪いものじゃないことを察知した。何かの時にまたひょっこりと顔を出してくれると信じている。
短いですけれど、ギンガの初恋はこれにて完結です。
少しだけお休みをいただいて、次はアンドロメダを追いかけるか、それともダグラスとメイリーンのその後を追いかけてみようかと思います。




