[ギンガの初恋] 毒耐性スキルがアルコールに対して無力だった件
後日談シリーズその2(つづき)です。
単純に長くなったから切ったというだけなので、次話は早いと思います。
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それからギンガはディムと普通に接することができなくなった。
ディアッカに5年でディムを振り向かせると豪語したくせに、何ひとつ行動を起こすことができなかった。
変に意識してしまって、何の気なしの普通の会話すら満足にはできず、ギクシャクする心と体のバランスを保とうとしすぎて結果的にディムを避けるという、まったく、自分でも何をやってるのか分かっていないのだろう。
サンドラの外れソレイユ家の屋敷からほど近い王立騎士団の練兵場でディムの目を盗んで、実はこっそりと鍛錬をしていた。メイリーンから教わった拳闘術だ。もちろんヒトの男なんて相手にならないので、相手はトールギスに頼んだ。実は王立騎士団長(産休中)のディアッカは、ここの修理費がやけに高額だということが耳に入っていた。建物や土塀が半壊するなんてことは日常茶飯事なのだ。詳細は意図的に隠蔽されてはいたが、その内訳はディアッカの想像でだいたい間違っていなかった。
ギンガはここのところやけにトールギスと仲がいい。
ディムが大きな橋をつくるとかで現場監督に呼ばれちょっと家を空けると、ギンガはトールギスとヴェルザンディを連れてどこかに消えるのだ。そして騎士団の練兵場が破壊されると、ものすごい金額の修理費が計上されて、ギンガ本人はケロッとしているが、服はボロボロになってるという。
騎士団の者がわざわざ騎士団長であるディアッカに報告しに来ないのは、きっとギンガとトールギスが口止めしているのだろう。どうせ狂ったようにえげつない鍛錬を見せられてるだろうし、ギンガとトールギスが戦っているところを見学するだけでも騎士団にはプラスになるはずだ。
その証拠に、ちょくちょく国王の馬車が練兵場を出入りするらしい。これは執事の目撃報告だ。
きっといい見世物になってる。
"いったい何をしてるんだ?"
なんてわざわざ聞かなくともディアッカには分かる。ギンガはいま鍛錬していて、戦いの腕を上げている。だけど分からないのは、何のために鍛錬しているのかだ。戦争はもうほとんど終わりそうなのに。
ディムは終戦後の国をどう豊かにするのかを考えている段階で、勇者だったギンガはたぶんもう、今後剣を持つことすらないであろうにも拘わらずだ。
もちろん騎士団とは関係のない王国軍を率いるディミトリ将軍には知る由もなかった。
そういう事が続いて、ディアッカが長男を出産するなどのイベントはあったが、ギンガの方はというとディアッカに爽やかな笑いを提供することもなくただディムを避けてコソコソと鍛錬を続けていた。
このままだとアンドロメダが生まれないのではないかとディアッカが心配してしまうほど、何事もなく半年が過ぎた。
産後しばらく、今日は夕食もたべて、お風呂も入った。いつもの暖炉の居間でディアッカが長男プロキオンに乳をのませていて、ギンガはお姉ちゃんのスカアハを寝かしつけている。
ディムはトールギスと指相撲の真剣勝負に苦戦していて、いつぞやディアッカが見せた指分身の術をコピーしたがあっさりと破られ床をのたうち回った挙句10カウント聞かされたところだった。
「トールギス強いな! タカの目に捉えられないスピードを身につけないと指相撲絶対に勝てないぞ!」
「にー。タカの目から逃れることできない。タカの爪は正確無比! 捕えたらもうぜったい逃がさない。最近鍛えてるからトールギス強い」
ディムは暖炉の横に立てていた酒瓶を手に取るとアルコール度数70度超えの蒸留酒をショットグラスで煽りながら、ギンガに問うた。
「そういえば最近トールギスはギンガと仲良く騎士団の練兵場に行ってるらしいな。何やってんだ? ギンガはもしかして気になる男でも居るのか?」
ギンガは答えなかった。ギンガが答える代わりに、ディアッカが割り込む形でその問いに答えた。
「んー、ギンガちゃんの気になる男は目の前にいるわよ、女を磨くのかと思ったら何? 身体ばかり鍛えちゃって。もしかして力尽くで奪う気なのかな?」
いつものディアッカじゃない事に気付いたギンガは反射的に声の主を見た。
伏し目がちにギンガを見る魅惑的な眼差しと、ぺろりと舌なめずりひとつしただけで男を誘うような唇で、言葉の端々から男を誘う妖艶な魅力が醸し出されている。
「ディアッカ? ……違う? あなた誰?」
「わたし? ディムに聞いてみればいいわ。ギンガの事はこーんなに小さな頃から知ってる。わたしがディアッカ。久しぶり、何年振りかしらね? ギンガ」
ディアッカの言ってる意味が少し理解しづらかったのか、ギンガは横目でディムを見た。いったいどういう事なのか答えなさい! と言わんばかりの眼差しで。
「んー、エロネッタさんだよね」
「エロネッタなんて呼ばないでね。わたしがディアッカ……、ディアッカ・ライラ・ソレイユはわたしなの」
「話の流れからするとエルネッタさんが別人格で、キミが基本人格ってことなのかな? ぼくは区別してなかったはずだけど?」
「そうね、あなたはわたしを区別しなかった。そしてわたしは、察しのいい人が好きなの」
「区別しなかった? もしかしてぼくの知らない間に入れ替わったりしてたのか?」
「うふっ、察しのいい人は好き」
「待ってくれ、最低でも入れ替わったときは知らせてくれないと、その、キミとほら、ベッドの中とかで」
「え? もう何度もしたのに?」
「嘘だ。そんな事エルネッタさんが許すわけないじゃん」
「ちゃんと話し合いで、平和に解決したわ。エルネッタの方がディムを独占する気なら、わたしはディムを諦めて他の男を探すわ。だって寂しいもの。傷ついたハートを癒してくれる優しい男がいいわ。それでもいいの?」
「ぐっ……そ……、それは困る」
「あーあ、わたしもしかしてディムに嫌われたかも……。拒絶されちゃった。どうしよう、わたしに優しくしてくれないなら……」
エルネッタさんを人質に取られた気分だった。
「参った。降参だ。エルネッタさんと代わってほしいのだけど?」
「ダメ。今夜はわたし。エルネッタはフテ寝してるから起きてこないわよ」
混み入った話になりそうだ。
「ギンガ、トールギス。ちょっとディアッカと話があるから、子どもたちを連れて席を外してくれないかな。寝室で寝かしつけてくれたらありがたい。ヴェルザンディも頼むよ」
「ん。わかった」
『わかりました』
「……。わたしはすぐに戻ってくるわ。詳しく話を聞かせて欲しい」
ギンガたちはスヤスヤと寝息を立てる子どもたちを連れて、居間を出ていった。
ディアッカはドアが閉まるのを確認すると、ディムに確かめておきたかったことを聞いた。
「ねえディム。わたしはあなたの子を5人産むことになってるの。あと3人ね。でもあなたは8人の子をもうけることになる。あと3人、誰に産ませる気?」
ディムは3年前、エルネッタさんから予言のように確定した未来と、ソレイユ家の歴史を言い渡され、その事はできるだけ考えないようにしてきた。
「あんまり考えたくない。ぼくはエルネッタさんのことが好きで、きっと、ディアッカ、キミのことも分け隔てなく好きだ。だから……」
「ディム、あなた本当に優しい。でもね、それは嘘。あなたは自覚し始めている。もし、わたしの他に誰かもうひとり女性を愛するとしたら誰? 他の誰かに取られたくない女性は? いない?」
「ギンガの事を言ってるんだな」
「んっ。察しのいい人は好き。ギンガは可愛いわよね。そしてギンガもあなたのことが好き。ねえ、想像してみて。ギンガが他の男に取られちゃうことを。ねえ、他の男に抱かれてるところを想像してみて」
ディアッカはいつぞやの仕返しのように、想像しろと言った。それは因果応報とも言える酷い想像だった。
「待ってくれ。ぼくはエルネッタさんに誓ったんだ。エルネッタさんだけを愛するって」
「ショック……わたしの事は愛してないのね……」
「ちがっ、違う」
「じゃあなに? さっきわたしとエルネッタの区別ないって言ったのは嘘なの? わたしのことも愛したくせに、あなたが愛しているのは、わたしの身体だけなの? 心は二人なのに、あなたが愛しているのは、エルネッタだけなのね?」
「違います。ごめんなさい、本当に勘弁してください」
「ん。嘘はないようね、じゃあギンガのことは?」
「ギンガは可愛いさ。可愛くないわけがないだろ? ぼくが側室をもらったという歴史があるとするなら、そりゃあぼくも男だし、意識もするさ。でもいまはまだ葛藤してる」
「そ? ならいいかな。葛藤してなさいな。話おしまい、わたしと愛し合いましょう。今から」
「ここで? ソファーしかないじゃん」
「あら? 去年わたしはソファーで……」
「あの時ディアッカだったの?! くっそ、全然気が付かなかった……」
ディアッカがロッキングチェアから立ち上がって、はだけた胸を隠そうともせずモンローウォークでディムの隣、ソファーにどっしりと腰を下ろすと、その柔らかな絡みつく腕でディムに巻き付いた。
「ゴホン! さっき私戻ってくるって言ったはずなんだけど、何なの本当に、年がら年中サカリの付いた猫みたいに……」
「あらギンガ。もっとゆっくりしてきてもよかったのに」
「イヤよ、ソファーでしないで! 私も座るんだからね。二人ともホントに汚らわしい。はい、あなたはセイヤさんから離れて。得体の知れない人を近付かせたらディアッカに怒られるし」
ディアッカは面倒くさそうに立ち上がると、テーブルを挟んで対面するソファーに深く腰を沈めた。
「だーかーらー、わたしがディアッカで、ここ何年かずっと表面に出ていたのは、ディムの言葉通りに言うと、わたしの別人格。ギンガにも分かりやすい言葉にすると、悪魔なの」
「悪魔? どういうこと? ディアッカが悪魔憑き?」
「そ。察しのいい子は好きよ、ギンガの事もね」
「そ……それは、まあ、分かったとして。あなたが何の用?」
「何の用って……だいたいいつもエルネッタばかりイチャついててさ、わたしも触れて欲しいじゃん? だから今夜はわたしの番。邪魔しないで欲しいかな。それとも一緒に三人で楽しむ?」
「なななななな! 何を言うの、そんなことするわけないでしょ!」
「ええっ? ギンガあと4年と半年でディムを振り向……」
「わああああああっ! わあああっわあああああっ!うるさいうるさいうるさい! ちょっと黙ってもらえるかな!」
「まあまあ、二人ともケンカしちゃダメだよ。ギンガも、この人はエルネッタさんより面倒な人格だけど、エルネッタさんその人なんだからね……」
「そ。ディムもギンガの事が好きだっ……」
「わあああああああっ! ちょ、ちょまてやあああああああぁぁぁぁ!」
二人して大声を出したので、ディアッカはちょっとだけ驚いた様に肩をすぼめてみせた。
ディムはこれ以上ディアッカの好きにさせるのは得策ではないと考えた。それはギンガも同様だった。
ディムは無言のまま立ち上がると壁際の酒瓶とグラスの並べられた棚からショットグラスを取り出し、二人の前にコトッと置き、酒を注いだ。
アルコール度数70%の燃えるようなスピリッツだ。まずは解毒スキルもちのギンガに目配せをする。
するとギンガの方からも目配せが返ってきた。
ここで奇妙な共闘関係が生まれた。エルネッタさんは信頼できるがディアッカはどうやら口が軽いと見た。いろいろと秘密を握られている以上、ディアッカには穏便に黙っていただくのが得策だ。
ディムは波々とスピリッツの注がれたグラスを持ち上げて言う。
「乾杯しよう。ディアッカに」
待ってましたとばかり、ギンガが続く。
「そうね、まさかディアッカが二人いたとは思わなかったわ。もう一人のディアッカに乾杯」
「まあ、ありがとうディム。ギンガも。なんだか感激しちゃうなあ、まさかわたしに乾杯だなんて」
―― ぐいっ! …… カッ!カカッ!
3人、強い酒を一気に飲み干すと空になったグラスをテーブルに打ち付けるように置いた。
「ちょ、これ喉が燃えるじゃ……」
「あれ? ディアッカはお酒飲んだの初めて? この時代のお酒はこれが普通なんだ。まさか、お酒飲めないのかな?」
「ばかにすんなおら、これぐらいで音を上げるほどヤワなディアッカ姉さんじゃないよ」
ディムは何も言わず3つのグラスにお代わりを継ぐと、また全員で同時にグイッと一息に飲み干し、
―― ぐびっ! …… カカッ! カッ!
「くー、効くねこれ。安酒だけどこの足にくる感じがいいんだ」
「まららいじょうぶら! りむ! つげおらー」
「はいはい、次いきますよー。まだまだ夜は長いからね」
ディアッカの無謀な挑戦は、ちょうど酒瓶が空になった頃、ディムとギンガの思惑通り終わりを告げ、ソファーの上で動かなくなった。ディムの完全勝利である。
ディムとギンガは共同戦線でディアッカに勝利した。そのことを祝うため、まずはハイタッチで祝福し合う。
「よしゃあ! ディアッカのときもこの手が通用するなら大丈夫だ。お疲れさんギンガ」
「ちょっとここに座りなさいセイヤ」
「え? ギンガ? なんでだ? おまえ解毒スキルあるじゃん。使えよ? てかもしかしてそれって酒に効果ないタイプの解毒スキルなのか?」
ディムの見立て通り、ギンガの解毒スキルは普通の解毒スキルだ。ディムの『拾い食い/摂食』スキルのように、肝臓の分解能力が異様に高いといったものではなく、身体を蝕む毒素が入ってきたときにだけ自動的に発動するタイプのものだ。女の子にしては強烈に酒に強いと言わざるを得ないが、それでも呂律が回らなくなる寸前といったところ。
見た感じ、目がすわってて、顔は真っカッカ。いきなり不機嫌そうな顔をしている。
しかも絡むタイプときたら飲み会じゃあ嫌われるタイプだ。




