[19歳] 戦闘介入!
GW中に本編完結させるためちょっと頑張ってます。
ディムが立ち上がって尻と背中についた土を払っていたら、スッカーンと抜けるような青い空に白いタカが飛来した。情報収集に出ていたトールギスの帰還だ。
リュックの中を確認してみると戦闘食が10食分、こんなのこの人数だと節約しても2日でなくなる。 すぐさま最寄りの町を見つけてもらって早めに移動する必要があった。
「おかえりトールギス。どうだった? パッとみて街道も見あたらないのだけど」
「あっちに大きなまちある、でも歩くと一日かかる距離。ちいさな村はもう焼かれてた。まちにしか人いない」
トールギスが言うにはこの草原をひたすら歩くと森があって、その森を抜けた先に大きな街があるらしい。でもあちこちに獣人たちがうろついてるので、うまく避けていく必要がある。
しかし……。
「じゃあまずは街に向かおう……えっと太陽は東から顔を出したばかりだから、あっちは南だね」
「ディム! この服も靴も歩きにくい。乗せてくれ!」
「こんな大草原にドレス着てくるなんて……」
真っ白でスカートの広がった見合い用のドレスを見てギンガは呆れたように言った。
だってこれ、もっと若い子の着るドレスだ。胸元のフリルも肩のないデザインも。ソレイユ家では王族に嫁に出すのに恥ずかしくない格好をさせたのだと思うけど。この大草原にこれは逆に少し恥ずかしい。
「好きで着て来たわけじゃないからな、ディムの乱入したタイミングが悪いんだ」
「それ言うならこっぱずかしい魔法でブッ飛ばしてくれたアンドロメダのせいじゃん。ぼく悪くないからね!」
「うるさい。アウトロースターがわたしに口答えするな」
「アウトロースターは関係ないじゃん!」
ディムの背負っているリュックは捜索者用の、動きを妨げない形状で身体にフィットするタイプのもので、容量が少ない。エルネッタさんの着替えはリュック容量の70%を占めるほど持ってきたけど、着替えを持ってると言えばきっとこのドレスとはもうオサラバだろう……ここは持ってないフリをするに限る。
アウトロースターなんて言った罰だ。もう服を出してあげない。
「うふふふっ、お姫様みたいなカッコして、お姫様だっこでずーっと移動するの? なにかのおとぎ話みたい。セイヤさんが王子様の服着てたら絵本そのまんまなんだけど?」
「この人はもう楽を憶えてしまったダメ人間なんだ、もっと罵ってあげて」
ってか、この大盾、スクトゥムのような四角い盾じゃなくて、下部が尖ったカイトシールド形状なのにスクトゥムより重い。重い盾ほど攻撃を受け止める性能が高いのは分かるけど、重すぎだ。槍もいいハガネを使ってるせいか肩にズッシリだ。
聖騎士って装備が重くてホント大変だ。これに金属鎧フル装備なんて、いつも軽装のディムには考えられない。
エルネッタさんをかかえての移動にも慣れた。でもこの長い大盾は背負うのが難しい。
試行錯誤しながらリュックに括りつけたりしていたけど、結局上下を逆に背負ったほうが安定することに気がついて、順調に歩き続けることができるようになった。
トールギスの案内で街に向かって、ようやく森を抜けたのが夕刻ごろ。トールギスの距離感はだいたい正しいことが分かった。森の木々もセイカと大して変わらない。ここが南半球だとしても気候的にはハーメルンと大差ない事が分かった。
森を突っ切る道には荷車の通った轍がくっきりついてる。商業が発達しているという期待からか早足になる。ギンガはさすが勇者ということもあり小走りでの移動にもさすがに遅れることなくついてくる。
さすがに街が近付いてくると道の踏み跡もハッキリしてきて、街道としても一人前だ。人の営みというものが景観の随所にみられるようになってきた。小川を渡す石造りのアーチ橋も、小さな小屋が散在していたり、大勢に踏み荒らさた足跡が残されて入るが、草原を切り拓いて麦を植えていたであろう広大な畑も見かけた。
森を一直線に突っ切る荷車の道を早歩きで抜けると。森の切れ目から遠目に町が見える。いや、規模的には街といって差し支えがないだろう、ラールと同じぐらいか、いやもっと大きく見える街だ。
しかしその様子に愕然とした、街というよりも防護壁のような城塞に囲まれていて、ごく小規模ながら城が見える。つまり王もしくは土地領主の住まう街でもあり、城下町でもあるということだ。
「城だよねあれ。ってことは小規模な都市国家?」
「うーん、えらく古風な城だな……見たことがない、いまどこに居るかすら分からん」
そしてその城下町の門は固く閉ざされていて、門の前には1000人規模の兵が攻撃の陣形を作っている。こんな夕刻だというのに、今まさに戦闘が始まろうとしているところだ。
その1000の攻撃陣の背後、丘の下には500ほどの予備役兵がスタンバイしていて、ひときわ大きな大将旗が掲げられている? あそこに将軍が居ることを示す旗だ。
「ねえエルネッタさん、大将旗だよねあれ……」
「えらく古風な奴が居るみたいだな、前線の兵士たちは後ろに最強の武将が居ることで戦意を鼓舞され、敵の部隊は恐れおののき士気が下がる。昔はソレイユ家も大将旗を掲げてたらしいぞ?」
大将がどこに居るかバレたらそこ集中攻撃されるからあんまりよくないでしょ……。
でもまあ一つはっきりしていることは、あの城塞のほう、建築様式から察するにヒト族の街で、門の外に陣を張っていまにも攻め込もうとしている1000人規模の軍隊ほうは、約7割が獣人で編成された軍ということだ。
偵察に飛んだトールギスによると、獣人はオーガが僅か、オークとエルフそしてゴブリンが大半を占めていて、約3割がヒトなのだそう。
ヘスロンダ―ルが滅ぼされたあとのヨーレイカとかいう獣人の国なのか、とにかく獣人たちと人族が混成で軍が成り立っていることに違和感を覚えた。
ま、それならばここは南半球じゃなくてハーメルン王国の隣国なんだけど……。
「あの門がぼくたちよそ者に対して開かれるのはいつだと思う?」
「あの戦闘が終わるまではダメだな。今日、明日というわけにはいかない」
そうなんだ、いま目の前で起ころうとしている戦闘の結果によっては、ここで何日も足止めを食うことになるという意味だ。よくよく考えたらディムは女連れだった。
まだ夕刻でアビリティのアサシンは発動してない。エルネッタさんもギンガもトールギスも、その気になったヴェルザンディもべらぼうに強いから奪われはしないだろうけど念のため隠れておいた方がいい。
こんな見ず知らずの国の戦闘に介入なんかしたら面倒ばかりだ。
街の様子が窺える程度に隠れて、森でこの戦闘をやり過ごすことにした。
いまは夕刻過ぎ、西の空は真っ赤に燃え上がっていて上空は藍色に沈み、今にも星が輝き始めそう。
よって森の中は相当に暗い。実は夜目が効かず夜の森を歩けないのはエルネッタさんとヴェルザンディだけなんだけど、ヴェルザンディは翅があって空を飛んで移動するので歩く必要がないうえに、自らが発光してランタンなみの明るさを誇るから暗い森でも特に不便はない。
木の根に躓いたりして満足に歩くことも出来ない、エルネッタさんだけが夜の森を嫌う。特にいまのエルネッタさんは不慣れな踵の高い靴を履いている。
「うー、ヴェルザンディすまん、灯りになってくれ。ギンガおまえ夜の森なんてよくついて行くよな……怖くないのか?」
「まあ短い間だったけどセイカの森で暮らしてたし。スキルで暗闇は見通せるし、不便なことはないよ?」
「セイカの森はいいところだよ。メイに毒キノコ食べさせられてトラウマにならないというのも幸運だったよね。あの聖騎士の人、毒で激痩せしてたしさ……」
「あの時は本当にお世話になりました。同じもの食べてたから毒を食べてたという発想がなくて……」
「ダメだこいつらマジで似合いのカップルに見えてきた……」
「お姫さまは間違いなくエルネッタさんだからね」
とりあえず森と草原の境界線にまで戻った。今夜はここでキャンプだ。
だけどトールギスに戦闘食を食べさせると「おいしくない」なんて不満を言い始め、パタパタと飛んで行ったと思ったらすぐにウサギを二羽とってきてくれた。
飲み水もトールギスの水魔法で出してもらうし、ヴェルザンディの炎の魔法が絶妙の火加減でウサギの肉を焼いてくれるもんだからバーベキューパーティのようになった。……トールギスとヴェルザンディが居てくれるおかげでこの旅はずいぶん快適なものになっている。
まさかこんな事態になるとは考えてなかったのでロールマットを持ってこれなかったのが悔やまれるが、トールギスがグリフォンの姿に戻ってくれれば朝方の冷え込みも寄り添って寝ることで緩和されるだろう、一枚、大きめのレジャーシートのような帆布を持ってきたので、街道の端っこに敷いて座り、戦闘が終わるのを待つ形となったが……。
「んー、籠城戦になったとしたら、わたしたちがあの街には入れるのは数か月後だな」
「数か月後まであの街が残ってたらいいわね……包囲する側が圧倒的に有利だもの」
「備蓄してある食料が尽きる前に打って出て名誉の戦死を選ぶか、無血開城で領土の全てを明け渡すか、まあどっちかだろうな」
どうやら女たちには現実しか見えていない。
ディムのような希望的観測に基づく発言なんてこの場では通用しないらしい。
「んっ、あっちからひとがくる。大勢……スピードはやい。たぶん馬」
トールギスが気配を察知した。街の裏門から出てきたようだ。大きく回り込んで森の近くまで来た。
暗がりに乗じて右サイドから奇襲する気なのだろう、松明ももたない騎兵がゾロゾロと丘の上に整列しはじめた。
次々と集まる騎兵たち……それでも獣人たちの圧倒的な数にはまるで及ばない。
「ディム、どうなんだ? 月明かりじゃ細かいところまでよく見えないんだ」
「街を攻める獣人たちが1000近い数、騎兵のほうはヒト族ばかりで50騎ほど。特別に強い奴もいないな、最強でもレベル50だし、何か策でもなければこの数であそこに突っ込むのは無謀だよ」
「どうするんですか?」
「戦争やってるらしいからね、介入したら大変なことになるから隠れてやり過ごす」
そう言われても月明かりのもとよく見えないなりに槍を準備し始めているエルネッタをみてギンガはなぜ? と思ったのだろう。
「ディアッカ? 戦闘には介入しないって言ってるよ?」
「獣人が1000で騎兵が50の戦闘なんだろ? 一方的になる。ディムはわたしたちの安全を考えるから決断が遅いんだ。だが黙って見ていることもできないから急に飛び込むことになるぞ。お前もソードベルトをつけておけ。わたしはこのドレスよりもこんな踵の高い靴のほうが不安だ、どうにかならないのかこれ」
エルネッタが戦うことも考えて準備をし終えた頃、騎兵たちに動きがあった。
―― ウオオオオオオォォォォ!!
暗闇に鬨の声が響く。
「アホだ。大声を出したら奇襲の意味がなくなるよね……」
「んー、50倍の戦力差に鬨の声か……このバカさ加減から考えるに、騎兵の正体は騎士だな」
「ちなみに20倍だからね」
エルネッタさん、騎士の家系のくせに辛辣すぎる。自分が聖騎士だってことも棚の上にあげたままだ。
いくら騎兵を擁して奇襲が成功したとしても、わずか50騎では1000もの大軍に相対するに力不足は否めない。続いて街の門が開かれると勢いよく兵が飛び出し、奇襲に混乱する獣人たちに襲い掛かる。
その数……200ぐらいか。作戦は悪くない。
横から馬の機動力をもって奇襲する騎兵たちに対するは敵本隊の右翼側のみ。そこへ正面から200の歩兵が雪崩のように襲い掛かった。後方からは弓兵が混戦になってからも火矢を降らせている。
戦闘を遠目に見ながらギンガが呆れたようにこぼした。
「あーあー、味方に当たってる」
「余裕がないんだ」
エルネッタさんの見立て通りだった。戦士たちも奮闘したが、獣人たちの戦闘力は人族のレベルを大きく超えていて、多勢に無勢という事もあり、あっけなく、ものの15分ほどで戦場の雌雄は決した。
騎兵50含む200の兵たちは奇襲も含め勇敢に戦ったが、オークとオーガ混成軍のまえに、わずか50ほどの敵を倒しただけという、パッと見ただけでは敵の数を減らした様にも見えない。
蓋を開けてみれば無謀な戦いだった。
戦いに敗れたヒト族のほうは、わずかに30人ほどを残して全滅。幸か不幸か生きながらえている騎兵は落馬してひと固まりに包囲されている。
今はもう完全に囲まれていて、円陣を組んで背中を守り合う陣形で防御しているけど……降伏の勧告をしたようにも見えない。獣人たちは笑いながらなぶり殺しを楽しんでいるように見える。
「ディム。ヴェルザンディを借りてもいいか? 暗いと良く見えないんだ」
「大丈夫だよ、ぼくがひとりで行くから……」
「ほらな、こんなことを言う。ギンガも慣れろよ」
「うん、そうだね。やっぱりセイヤさんはこんなの我慢できないよね」
ギンガも目の前で起こるなぶり殺しは見るに堪えないのだろう。剣なんか大嫌いだと言いながらも、いざとなったとき頼れるのは剣だ。そして勇者の力は伊達じゃない。
「あるじ、やる気。わたしもやる」
『わたしはエルネッタさんに付いていればいいですか?』
「なんだよ皆やる気なの? 本当に気を付けろよ? エルネッタさんはヴェルザンディ死守でお願い。5歳児ぐらいの体力しかないからね」
「ああ、分かった。死守するのは得意なんだ」
『私こう見えて素早いです。剣を振り回すだけの攻撃には当たりませんから』
「ぼくは闇に紛れて遊撃に出て背後で騒ぎを起こす。ギンガとトールギスはいっしょに飛び込んで、そっち手が足りるようならぼくは大将旗のトコ行ってくる」
「ん。了解!」
「わかった」
エルネッタはトールギスに運んでもらって空から包囲の中心に向かうと、上空、まるで昼になったかのような閃光が走った。ヴェルザンディがファイアバルーンの魔法を打ち上げた事により、戦場はまるで昼間のように照らしだされた。
奇襲した兵たちを囲んでなぶり殺しを愉しんでいた獣人たちも、背中を合わせて必死の防衛戦を戦っていた騎士たちも一瞬、空に目を奪われた。
ディムたちの奇襲攻撃だ。
暗闇に慣れた目に眩しい光が突き刺さり、しばらく幻惑させたのち、包囲された輪の中心からは妖精の光に照らし出された聖騎士が姿を現した。
包囲の中にあって、いままさに命を奪われようとしていた者たちにとって、その姿はまるで女神が降臨したかのように、神々しく映った。
高貴な者が着る白いドレスが翻った。
およそ戦場には似つかわしくないほど、美しい出で立ちで、誰も扱いきれないような、常識はずれとしか思えないほど大きな盾を構える。
背筋をピンと伸ばす独特の美しい姿勢で槍と盾を構えると、巨大なオーガの戦士を真正面に捉えた。
包囲戦を仕掛けられ蹂躙される騎士たちは満身創痍で抵抗する力も失い血泥にまみれた身体を鼓舞してやっとの思いで立っている。
エルネッタは心折れず決死の抵抗を見せる騎士たちを庇うように立ちはだかった。
「ディアッカ・ライラ・ソレイユ、義によって助太刀する!」




