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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第一章 ~ 探索者という生き方 ~
14/238

[16歳] ここは武器と防具の店だ。何か買うかね?

20180206改訂


 ギルドのボードに依頼が貼り出されるのはだいた、いつも午前中。

 やっぱり朝イチでこないと割のいい依頼は先に来た者たちから先着順でとられてしまうから、こんな午後にもそもそと起き出してくる夜型男なんだから、朝早く起きてボードを見なければいけないというのは、なかなかに厳しい現実を突き付けられた気分だ。


 今日は遅かったのかもしれないし、それとも最初からなかったのかもしれない。

 近くの森での薬草集めとか、薬効キノコ採りとか、初心者向きの依頼はなかった。


 傭兵マーシナリーのボードを見ていたエルネッタさんは貼られてあったカードを一枚手に取った。

 依頼を受けるつもりなのだろう。


「ディムは今日どうだ?」

「ないなあ。また明日みにくるよ」


「わたしはさっきアルスが言ってた護衛を受けることにしたよ。ちょっと報酬が渋いけど近いし、すぐに戻ってこられるからな」


 だいたいいつもこんな感じで仕事が決まる。今夜の予定も何も決まってない状態から突然何日分かの仕事が入るので、傭兵の家族というのは明日の予定すら立てづらい。だから必然的に、行き当たりばったりのその日暮らしという不安定な暮らしになる人が多い。


「わかった。じゃあ気を付けてね。アルさんも」


 エルネッタさんたち護衛団の出発はあと一人の募集が集まり次第ということだから、すぐ集まるだろう。こういうのは席が埋まってくると駆け込み乗車のようにバタバタ集まるものだ。


 エルネッタさんに声をかけて護衛に誘ったアルスさんは、頑強な男くさい傭兵の中じゃあ細身の身体で剣を振るう。技術はないがパワーよりもスピード派。エルネッタさんに言わせれば強くはないが堅実なんだそうだ。それでいてディムに対しては兄貴分を名乗ってる。


「なあディム、実は俺も肩と腰がこっててさ、ちょっとほぐしてくんない?」


「ダメだアルス、ディムはわたしのモンだ。おまえの身体を触った指でわたしの身体を触られたくない」


「うわっひでえ、みんな聞いたか? これは差別か、差別なのか」


 エルネッタさんと護衛に出る前のアルさんだけはいつもステータスを覗くことにしている。

 相棒なんだから気にならないわけがない。アルスさんの体調が悪いとエルネッタさんの命にもかかわるから。

----------


□ アルス・ヘンドリクス 28歳 男性

 ヒト族 レベル033

 体力:21200/23116

 魔力:-

 腕力:D

 敏捷:D

【戦士】D /両手剣/パーティ戦闘


----------


 アルさんのステータス。

 ちなみにその日の体調なんかは、体力のところにある、数値の差でわかる。

 ステータスを見れば体力の最大値が23116で、現在の体力が21200になってる。

 この数値は、まあ体調は悪くないってことだ。


 アルさんはBランクの傭兵ランカーで、ヒト族にしてレベル33は相当なものだけど、もう1年ぐらいレベルがひとつも上がってないのが気になってはいる。きっと訓練とかやってないのだろう。


「よし! 受けてきた。んじゃディム、2日で戻るから留守番お願い……あ、そだダガー買いに行こう今から。近所の武器屋でいいよな?」


 そのまま手を引かれてギルドを出るとエルネッタさんと二人、近所の武器屋の前に立った。

 ガラスのショーウィンドゥの向こう側にはものっすごいキラキラな装飾のついた剣や、女神の彫り物の入った大仰なカイトシールドが陳列されていて、それがそのままこの武器屋の名前になっている。

 神の剣と女神の盾。別に伝説の武具などではなく、ただの大仰な装飾がついた祭事用品と言ってしまえば夢のない話だけど、"神話の武器屋"とも呼ばれるここはレジェンド武具店だ。


 高ランクの傭兵から包丁を振るう料理人まで、この界隈では最も信頼できる鉄をリーズナブルな価格で提供していることから人々に親しまれている。



―― カランカラーン


 ドアチャイムを鳴らして店内に入ると腕っぷしの強そうなヒゲの店主が迎えてくれた。

 試し切りするのに辻斬りとかしてないだろうな? って風貌の見た目だけは恐ろしいおっさんだった。チラ見したレベルは言わないでおいてやろう。だってこの人は商人なんだから、いくら腕が太くったって顔が怖くったって、現役で戦う人たちとは比べられない。


 不機嫌そうな顔をしながら剣を拭きながら輝きを陳列しようとする店主も、ギルドのトップランカーであるエルネッタが店に顔を出したのだから表情はパッと明るくなった。

 とはいえ店主が生まれ持ったのだろう凶悪な面構えまで優しそうになるなんってことはない。


「お、いらっしゃいペンドルトンさん。いい両手剣が入荷したよ。ダムル工房の白刃だ……」

「おおっマジか!……でも今日は違うんだ。両刃の短剣を見せてほしい」


「はあ? 天下のエルネッタ・ペンドルトンが短剣? 爪でも切るのかい? それともペン先を削る用かい?」

「ちがうって、今日はこっちのほら、うちのディムがさ、探索者シーカーライセンスなんだけど短剣が欲しいって言うもんだからさ」


「おおっ、初めてってことは短剣スキルもってないよな、じゃあ両刃のダガーよりも片刃のナイフのほうが使い勝手いいぞ?」


「短剣スキルもってるよ。爪をきったりとか、ペン先を削ったりとかのときによく使うからね」


「わははは、ボウズそれはスキルとは言わない。いつもはどんな短剣を使ってた?」

「えっと、台所にあったやつ」


 そう言うとエルネッタさんは小さな声で教えてくれた。

「あれは果物ナイフだ」


 ディムはこれまで森に出かけるとき台所にあった果物ナイフをポケットに忍ばせていた。

 薬草を摘むのにも、薬効キノコを採取するのも、正直言ってこれまで果物ナイフ一本あれば十分で不自由を感じた事はない。しかし台所にある刃物が果物ナイフ一本だけというのも、ほとんど外食しかしないという荒れた生活を物語っている。


 店主のおっさんに言わせると、果物ナイフは短剣じゃないのだそうだ。

 とにかく剣の攻撃を受けることができないようなペラペラな刃物が剣を名乗ってはいけないらしい。

 剣と言うのはまず、鍛治職人が魂を込めて槌を振るい、鍛え上げられたはがねから削り出されたもののことを言うらしい。


「ボウズは探索者シーカーライセンスなんだな。じゃあ……こういうのはどうだ? ちょっと重めだけど幅広でスコップ代わりにもなるし、波刃が付いてるからロープも滑らずによく切れる」


 幅広でスコップ代わりになるのはいいかもしれないけど、おっさんに言われた通り、ディムは勧められた短剣を手に取るとそれだけで重いと感じていた。これはスコップにも使えるよう、無駄に幅広なせいだ。


 ディムには短剣スキルあるから波刃なんてついてなくてもロープぐらい上手に切ることができる。だからスコップも波刃も、重いのもいらないのだ。

 シンプルに硬く鋭く殺傷能力の高いものが欲しいと考えていた。


「ワイルドボアに襲われたときにちゃんと身を守れるぐらいのやつで、もうちょっと振りが軽いのがいいかも」

「ワイルドボア? んなもんこの近くじゃ目撃情報もないぞ?」


 ワイルドボアはセイカの森ではしょっちゅう会った大型のイノシシが狂暴になったような奴だ。

 猛獣とモンスターの相の子みたいな奴なんだけど……そう言われてみるとこの辺では見たことがない。もっと北の深い森にしか居ないのだろう。


「じゃあ、かなり戦闘向きのダガーになるが……こういうのもある。ただこれは盗賊などが好んで使う高速戦闘用だ。片手剣と比べたら一撃の威力はかなり劣るが、満足に剣を振ることができない室内や森の中など、窮屈な状況になればなるほど威力を発揮する」


 おっさんの手からダガーを受け取り、シースのホックを外すと、するりと短剣が顔を出した。

 ちょっと軽く振ってみるとヒュッ、ヒュッと風切り音がして短剣スキルの発動していない昼間であっても思った通りの軌道を描ける。


 ディムが短剣を軽く無造作に振るのを見たエルネッタは、その速さに感心した。

 短剣は簡単な武器ではない。単純に力任せで振っても片手剣に劣り、力任せに突いても槍に劣る。

 斧や両手剣など重量武器の攻撃を受けきることが困難なこともあって、およそ剣を持って戦う職業にあるものは短剣をベルトに忍ばせておく非常用のサブ武器として持っている。


「あ、このバランス好きかも」

「おおっ、ボウズなかなか詳しいな。こいつはミセリコルデ。慈悲と銘打たれた短剣だ。だいたい短剣ってのは狩人ハンター探索者シーカーの万能ツールとして選ばれることが多いからこれほど戦闘用のバランスに仕上げることはないんだが……ただこいつはちょっとした片手剣が買えちまうぐらい値が張る。いい物は高い」


「初心者向きじゃなくてもいいからお手頃なのがいいよ」

「そうか、ならえっと……」


 値段が高いと聞いて、いまの今まで "これいいな" と思っていた気分を削がれてしまったようだ。

 ディムはまた別な短剣も見せてもらうことにした。別に高いものが欲しいわけじゃないのだから。だけど店主のおっさんが陳列ケースに向かったところで、エルネッタさんから待ったがかかった。


「ストップだディム。いまの短剣はどうだったんだ? わたしにはとても相性がいいように見えたけど?」

「うん、刃物でいいと思ったのは初めてだよ。でもさ……」


「オッサンこれにする。いくらだ?」

「30万。だが正直これ売れなくてな、ペンドルトンさんとこのボウズが使うってんならおはつの祝いも込めて25万でどうだ? もう限界の値引き幅を超えてんだからこれ以上値切るのは勘弁だぜ?」


 25万ゼノ! ディムには考えられないような高額商品だった。

 日本でちょっといい鋼材を使ったサバイバルナイフでも3万円も出せば買えたはずだ。この中世後期のような、誰でも剣をぶら下げて歩いてるような世界なのに、需要と供給の関係を持ち出せば、もっと安く作れないのかと。


 ちなみにこの世界のゼノという貨幣価値は、個人的にマーケットで見た限りでは日本円とほぼ等価だと計算した。


 25万円。

 これを高いと感じるか安いと思うかはお金を出す者の金銭感覚に委ねるしかない。

 ディムの感覚だと、品物はいいので高いとは感じない。だけど短剣を買うのに25万というのは金額が大きすぎると思った。


「うう、高くて逆に使えないよ……ちなみにそっちの安そうなのいくら?」

「最初の多機能ナイフが8000ゼノで、いま出そうとしてたのが28000ゼノなんだが」


「エルネッタさん、25万は高すぎるって……」

「ディム、よく聞くんだ。いずれお前も剣を持つようになるだろう、だがな、短剣は剣を持っていても、常に懐に忍ばせておける。お前を守ってくれる最後の切り札になるかもしれないんだ。手に合わないものを持たせて、もしお前が死にでもしてみろ。わたしは一生悔やむ。値段が高ければいいってもんじゃないが、手に馴染む物が一番なんだ。カネなんか働けばいくらでも手に入るからな」


 そう言われてしまうと何も言い返せないのだけど……、そんな無駄遣いさえしなければ、エルネッタさんはいまほど頻繁に傭兵の仕事を受けなくてもいいはずだ。

 護衛に出た傭兵を家でずっと待ち続ける身としては、無駄遣いをせず家にいる時間をもっと増やしてほしいと思った。


「この短剣がディムの助けとなるよう女神アスタロッテの加護を……、ん。これで短剣はもうアミュレットになったぞ。お前のものだ、お前の加護だ。これはお前の命を守るものだ」


 エルネッタさんは真剣な眼差しの上に、微笑を重ねたような、とても優しい表情で、たったいまアミュレットになったミセリコルデを差し出した。ディムが短剣を受け取るとき、なんだか本当に女神さまが加護を与えてくださったかのような幻が見えた。


 ディムがレジェンド武具店を出るときには、腰につけるナイフベルトと砥石もサービスしてもらって、腰にひとつ高価な短剣をぶらさげていた。ナイフベルトもサービスしてもらうには気の毒な値段のするものだけど、ここからがエルネッタさんの本領を発揮したんだ。


 短剣を決めるのは早かった。値段も最初から限界値引きだったんだから25万は揺るがなかった。しかしそこからさらにあれを付けろこれを付けろと30分、侃々諤々(かんかんがくがく)の交渉をして、武具屋のあの凶悪な顔を情けない泣き顔に変え、結局『もってけ泥棒』と言わせてしまったのだから、エルネッタさんの粘り勝ちといったところだ。


「ありがとうエルネッタさん。大事に使うよ」


 エルネッタさんはこの短剣をお守りだと言った。


 ディムは大切なもの、大切なひと、兄弟、セイカ村、何ひとつ守れなかったのに……そう思うとぶわっと涙があふれてきた。


「おいおい、何も泣くことないだろう……」

「泣いてないし」


「泣いてるじゃん」

「泣いてないよ」


「絶対泣いてるってほら」

「泣いてないったら泣いてない」


「あははははは、ディムおまえ本当にかわいいな」

「笑うな! くそっ、笑うなってば」


 エルネッタは優しく微笑んで、涙ぐむディムの肩に手を回すと、ちょっと乱暴に首を決めるように、抱きしめた。ディムはこういう、エルネッタのガサツな優しさに、心の底から安堵していた。


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