[19歳] 草原にて空を見上げる
GW中に本編完結するかな? という感じです、今後もよろしく。
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「ディム! ディムおきろ」
……っ!
エルネッタさんに揺り起こされていま、どこか分からないけど、風の吹く草原で寝ていることに気が付いた。風に揺れる草擦れの音がさやさやと耳に優しい。眠いわけじゃないけど頭と身体の両方が痺れたような感覚だ。頭から釣り鐘をかぶって108回突いたように耳が誤動作してる。
空の明るさと頬に障るこの冷たい空気感から察するに、この涼やかな緑の香りを運んでいるのは朝の風だ。
「うー、なんか頭がぐわんぐわんする……」
覗き込むエルネッタさんの表情がすぐれない。どうも怒ってる気がする。
なにを機嫌損ねてしまったのかと思って左側の腕が重くなってるのを見てみると腕枕でスースーと静かな寝息を立てているギンガの姿があった。
なるほど、エルネッタさんの不機嫌な理由が分かった。
ここはそれに触れず、ごまかし抜くのが得策かと思った。
「トールギスは?」
「いる」
「現在位置どこか分かるか?」
「こっちのほう知らない。でもさっき空からみたら戦争してた」
「獣人?」
「ん」
「そっか……じゃあ急いで逃げなきゃいけないな」
「ん、わかった。じゃあもう少し遠くまで行って村か町を探してくる」
「ありがとう、気を付けてな」
トールギスがタカに変身して飛び立つと、ディムは草原に寝そべったまま溜息をついて、また左側の様子を見た。
さっきまで眠ってたはずのギンガの目がパッチリと開いていて……まだ寝ぼけてるらしい。じーっとディムの目を見ながら、不思議そうな表情を浮かべている。
息が触れ合うどころか、唇と目が触れ合いそうな距離だったので、年甲斐もなく焦ってしまった。
1秒経過、ギンガはまだぼーっとしてる。
2秒経過、ギンガの脳はまだ眠っているようだ。
3秒経過、ギンガの瞳孔がズババッと開いて、唇が震え始めた。やっと状況を把握したらしい。
「なにするのよ痴漢!」
―― ズドッ!
4秒経過、ギンガの右ストレートがディムの顔面に突き刺さった。
ちなみに今は朝だ。
勇者の力を加減なしに使われてしまうと、いくらディムでもその包容力には限界がある。
「何もしてないじゃん……。てか朝だし、本気で殴ったらぼく死ぬからね!……うお、鼻血が。ヴェルザンディ……回復魔法おねがい」
ギンガはエルネッタさんの胸に顔をうずめてシクシク泣いてる(ふりをしている)。
「その胸はぼくのモノだからね!」
エルネッタさんの汚いものを見るような眼差しが刺さって痛い。
あらためて身を起こし、ぐるっと一回り、辺りを見るとこれがもう見事なまでの大草原のど真ん中で、すこし小高い丘のてっぺんに倒れていたらしい。
「そろそろ落ち着いたか? トールギスが言うにはここは戦場に近いらしい。相手は獣人なんだな?」
「オークもオーガもいたらしいぞ?」
「じゃあここは? ヨーレイカってところなの?」
ギンガの表情がすぐれない。ディムに対してなにか変に意識しているようにも見える。
「それがなあ、ちょっといま分かってることを整理すると、この一面に茂る草には見覚えがある、セイカでも普通に見られた草なのでこれと言って特徴がないんだ……、しかし今の季節は秋口に入った頃だろ? だけどこの草がこの草丈で青々と茂っているのは春だ。いまが秋ならば草丈は腰上まであり、黄金色の穂がたくさん出ているはずなんだ」
「どういう事だ?」
「ぼくたちが春までの半年間、ぐっすり眠ってたんじゃないとすれば、転移魔法で南半球に来てしまったのかもしれない」
「南半球? なんだそれ? まったく分からない。どういうことだ?」
エルネッタさんは惑星の南半球が季節的に異なるということを知らないらしい。もしかすると惑星が丸いなんてことから説明しなくちゃいけないのかも……。転移魔法を使われたことでこんなトコまで飛ばされたのは理解してると思うんだけど。
「アンドロメダが使った極大魔法というのは転移魔法だった。なにが超絶獄炎ジャスティスファイアーだ、騙されたこっちが恥ずかしいよ」
「……じゃあ何か? わたしたちはいま……」
「そう、どことも知れない場所に転移させられて、それが世界の反対側じゃないか? って話。要するに……ヒカリの手のひらの上。ぼくたちはまた、してやられたってことだよ。まったく、ここが異世界じゃないことを祈るばかりだ」
つまるところ、ソレイユ家の面々は全員がグルで、エルネッタさんもギンガも丸ごと纏めて、こんな、どことも知れないような土地にフッ飛ばされたってことだ。
「いくらアサシンが邪魔だからってこれはないんじゃないの? ヒカリも含めてあいつら全員鬼だ。いや、ヒカリがいちばん鬼だ」
「……そうか。お前は本当にヒカリに勝てないんだな。勝ったことがないって? 本当か?」
「ヒカリは勝てる勝負しかしないだけだよ。負けたらすっごく悔しがるからね、トランプやかけ事はぼくの方が強いからヒカリは徹底的に勝負を避けてた。今日は勝ったと思ったんだけど……だけどあのアンドロメダが現れたあたりから雲行きが怪しくなったな。なあギンガ、アンドロメダってあいつ何者なんだ? 知ってるんだろ?」
「うん。私の『見通す目』というスキルが鑑定スキルなんだけど、それである程度は……でもこれはごめん、いまは話せない。もし……話せる時が来たら必ず話すから」
「そっか、いいよべつに。隠し事は慣れっこだし。いつか話してくれるならそれでいいや」
「……そういえば、父上があんな笑顔でディムの事を褒めてたのには驚いたな」
「そう、何あれ。叔父さまが人を褒めるだなんて初めて見た。実の子でもあんな顔で褒められたことないんじゃない?」
「ないっ! わたしが証人だ……。ああそうだ、ディム、おまえ最後にヒカリから何か言われてたろ? なんて言われたんだ?」
「ええっ? 何で知ってるのさ」
「ごまかすのは隠し事とみなすぞ!」
くっそ……これ言っていいのか? なんだか絶対誤解されそうな気がする。
あの時、ギンガはヒカリに盾突いて、こっちの味方をすると言った。ソレイユ家に戻れなくてもいいから、こっちに付くといった。もうギンガはこっちの身内なんだ。
そして母親のヒカリが、娘ギンガの覚悟を聞いた上でディムに伝えた言葉……。
「ギンガをよろしくお願いしますって言われた」
「よろしくだとー? なんだそれ? じゃあ何か? ギンガもソレイユ家からしたら家出娘って事になって、ディムはソレイユ家専属の家出娘付添人か何かか?」
「家出娘付添人って何だよ! お転婆なお姫様の付き添いとかゲームではありがちな設定だけどさ!」
「私は父にも母にも言って家を出たから家出したわけじゃないよ。反対もされなかったし。引きとめもしないなんて逆にショックなんだけど……。なんか腹立ってきたわ。でもいい機会だと思う、私も勇者なんてイヤだったし、せいせいするわ」
「おおっ、ギンガ勇者やめるの? じゃあぼくもアサシンやめるわ」
「なあディム、おまえギンガとよろしく何をするつもりだ? 側室にでもする気なのか?」
「どういう意味?」
「ヒカリによろしくお願いされたんだろ?」
「うん、お願いされた」
「そしてディムはヒカリのお願いを絶対に無碍にできないんだよな」
「あのクソ女、怒らせたら面倒臭いからなあ……。エルネッタさんも思い知ったでしょ?」
「ああ、思い知った。ギンガに聞かせる話じゃないと思うが……性格の悪さはディム以上だった。おっかない女だな……ありゃ」
「そう! あれが春日ひかりって女なんだ。短気が服を着て歩いてる」
ヒカリの話になった途端、ギンガの表情が少し曇った。
「ちょっと気になることを教えて欲しいのだけど、お母さんの身体……本当にもう長くないの?」
家を出たとはいえ、母の健康状態はギンガにとって気になるのだろう、ディムがあのときレーヴェンドルフにいった言葉だ。
「春日ひかりは異世界人なんだ。だからこの世界の病原体には抵抗力がなかった。ギンガの鑑定ではそこまで見えてなかったのか?」
「弱ってるのは分かってたの。でも何度聞いてもお母さんは大丈夫だって」
「んー、あれは大丈夫じゃないな。肺炎と心筋炎は死に直結する感染症だ。だからパトリシアに薬の作り方を教えておいた。抗生物質は異世界の薬だからね、何か月、いや何年かかるかしれないけど、パトリシアならきっと完成させてヒカリの病気を治すよ」
「パトリシア? えっと……どちらさま? ……かな」
「ギルド酒場に居たろ? ギンガと同い年の女の子なんだけど、あの子は研究熱心な秀才だ。コロリタケの毒成分を抽出して殺鼠剤を作った。パトリシアのおかげでラールではネズミが媒介する伝染病が激減してるんだ。家が貧しいから医学、薬学を学ぶため学校に行くことはできないけど、実力はぼくが保証する」
「……そ、それは本当ですか? あんな酷いことをしたお母さんを、あなたは助けてくれるというの?」
「助けるのはパトリシアだからね、ぼくは作り方を教えただけ。それに実はそんなに酷いことをされてないんだ、ヒカリが言いたかったのは、なりふり構っていたら女を守ることはできないんだから、甘いことやってんじゃねえってことだよ」
「いいえ、それだけじゃないです。それだけじゃ……」
ギンガが何を言ってるのか分からないディムはギンガの表情を読み取り、なんだか辛気臭い話になりそうなので、早々に話を切り上げることにした。
「……? んー、そんな事どうだっていいんだよ、ぼくとヒカリは幼馴染の友達で、物心ついたころにはもう隣に居たんだ。これまで数えきれないほどケンカしたし、確かに一時期は色恋沙汰もあったけど、友達であることには違いないだろ? たまたま、いまケンカしてるだけだ」
ディムの言葉を受けたギンガは言葉を遮られたように、次の言葉が出せなくなった。
その代わりと言っては何だが、少し落ち着いたようにも見えた。




