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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
最終章 ~ ハーメルン王国 ~
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[19歳] 極大魔法


 アンドロメダの正体? 正体があるってことは、いま何か偽ってて、エルネッタさんがいつもの調子で何かを見破ったということだろうか? 強気なのはいいとしても首に短剣の刃が突き付けられてる。アンドロメダはたった今、どんなトリックを使ったのか分からないが瞬間移動して見せた。エルネッタさんを殺す気ならあの短剣を喉の奥深く突き刺して、次は回復魔法をかけるため飛び出すヴェルザンディを殺すのがセオリーだ。危険な賭けはできない。アンドロメダはもともと獣人の側についてた人間だし、エルネッタさんを傷つけたら弟王が死ぬぞなんて恫喝にどれほどの効果があるかも疑わしい。


「ニヤニヤしやがって……、おまえ性格悪いだろ! チクショウめ、ぼくの負けだ。分かった、分かったからその短剣をしまえ」



「あなた私に勝ったことないのに、いつも負けを認めるのが遅いのよ」


「お前だけなら勝ってたよ。くそが……エルネッタさんをこっちに渡してくれ。ぼくの望みはそれだけだ。そうしたらぼくはもうこの国を去って戻ってこないと約束する」


「ふざけるでない。王都を焼いた疑いのある者を外国に亡命させるなど虫が良すぎる。そんな事が許される訳がなかろう、貴様はもはや危険物を通り越して軍の最重要懸念事項である。外国に逃がすと我が国の脅威であり続ける。今この場で殺しておかねばならんのだ。皆の者、この男をこの場から逃すでないぞ、確実に仕留めよ」


 負けを表明した割にはにこやかな表情を崩さないディムの姿に、一抹の不安を感じたのは他でもない、ヒカリだった。


 ヒカリの勝ち誇ったような顔が僅かに曇る。ディムの表情と仕草に少しだけ違和感を感じ、何かあると感じたことで、いまここにきて朝霞星弥あさかせいや、いやディミトリ・ベッケンバウアーのステータスを覗いてみた。



 ……っ!



「えっ……トールギス?」


 ヒカリは一瞬言葉を失った。

 ディムのステータス鑑定をしたはずだった。しかし表示された名前はディミトリ・ベッケンバウアーではなく、トールギス。種族は異世界人ではなく、メタモルフォスグリプスだった。



「いけない! 騙されたっ!」



 勝ち誇っていた勇者ヒカリの表情が一変し、急を告げる。

 そしてディムのニヤケ顔が満面の微笑みになった。


「にー。あるじ? これでいいの?」


「ああ、よかったよトールギス。さすがだ」


 騎士たちに囲まれているディミトリ・ベッケンバウアーの姿が、満面の笑みを浮かべる白髪の少女へと変貌すると騎士たちの背後に避難したはずの弟王ルシアンの更にうしろ、再びディムの声が響いた。


 さっきまでディムだと思って話していたのは実は変身魔法を使ってディムに化けていたトールギスで、ディムはその前に声がした方向、つまりギンガとヒカリの背後で視覚を誤作動させ、気配を殺しながら潜んでいた。


 最初からそこにいたのだ。


 会話の内容はヴェルザンディとのテレパシー会話を介して頭の中で指示を伝えていただけという、種を明かせば簡単なトリックだった。


 そしてディムは再びこの弟王ルシアンの背後につくと、今度は本当に短剣を抜いて、その細い首に突き付けた。


「動くなよ! 指一本動かすな、大切な客人が死ぬことになるぞ。要求は女だ、ディアッカ・ライラ・ソレイユをこちらに渡せ。この男と永久に交換してほしい」


「イヤですよ。動いちゃいます。だってあなたはその人を傷つけたりしないこと分かってますから。いやー、話には聞いてたけど、本当に二人の痴話喧嘩ってすごいですね、本当にご馳走様でした。このトシになってまだ裏をかかれるなんて思いませんでした。相当ヤバいですね、いい経験をしましたです、はい。未来にまでいい笑い話にします。ところでこちら極大魔法ですが、たったいま座標の入力が完了、術式も完成しています。これで準備はすべて完了しましたから、私たちの勝ちは変わりません。ええ、揺るぎなく私たちの勝利です」


 そしてアンドロメダはエルネッタを投げてぶつけるようにディムに預けると、その手からルシアンが離されることが予めわかっているかのような動きで弟王を無事に保護した。そのスピードは相当なもので、ディムであっても目で追うのがやっと。


 実力を隠すためボケたフリをしちゃいるが、思った通りなかなかデキるやつだった。

 

 ミイラ男なみの年齢と獣人最強のオーガを置き去りにするような高レベルと、あと数多くのスキルは伊達じゃないということだ。


「座標の入力? 術式? なんだそりゃ?」

「へへへー、今夜は満月だってこと知ってました?」


「知ってるよ。ぼくじゃなくてもランタンなんか要らないぐらい明るいぜ? 満月だからどうした?」

「秘密ですっ」


 アンドロメダがやけに上機嫌なのがちょっと癇に障ったが、どうにも憎めないキャラで、つかみどころがない。ディムは溜息を一つ、おおきく、はあああぁぁっとついた。


 これでディムのほうは手詰まり。だがしかし、やっとの思いでエルネッタがディムの腕に戻った。



―― パン……パン……パン


 ゆっくりと大きな音で柏手かしわでを打つのはソレイユ家当主アンダーソン・ソム・ソレイユ。

 鋭い眼光を残したまま少しだけ表情を崩してディムの戦闘力を素直に称賛した。


「いや、素晴らしい。見上げた男だ、敵として天晴あっぱれである。まさかこれほどの事をたった一人で成し遂げるなど正気の沙汰ではない。クレイジーと言っては失礼だが、他にしっくりくる言葉が見当たらん。最高の賛辞としてクレイジーと言わせてくれ」


「おお、信じられん! 父上が人を、いや敵を誉めるなど初めて聞いたよ」

「バーランダー、おまえはデキが良すぎるのだ。見よ、この男を。まったく、破天荒な男というのは見ていて清々しかろう」

「はい。ソレイユ家に生まれたことを誇りに思います」


 まるでもう戦闘は終わって、感想を言い合うかのようにソレイユ家の面々は廊下から次々と届けられる装備品を受け取って、盾の壁を築きつつある。


 会食の場を襲ったディムはエルネッタをその腕に抱いた代償に、追い詰められることとなった。


 騎士たちは大盾と槍を構え、圧力を強めると、トールギスもディムの傍らに戻った。

 間合いを保持して睨み合いが続く。


 手詰まりになるまで追い詰められているとはいえ、ディムはエルネッタを取り戻した。あとこの場を無事に逃れることができればディムの勝ちだ。


 しかし出入り口はしっかりと押さえられていておいそれと逃がしてはもらえない。

 エルネッタをこの場に残して逃げるならいくらでも手があるが、もう用意していたトリックも何もない。全てを出し尽したあとだ。


 ヒカリが一歩前に出て勝利を宣言する。


「おしまいね。まだ何か言いたいことはある? セイヤ。最後に聞いてあげてもいいわ」


「最後? 勝ったつもりでいるのか?」


「ええ、勝ちました。奪われた彼女を取り戻したあなたはもう満足してしまった。顔を見ればわかるわよ。あなたは甘いの。まあ確かに、その甘さが好きだったこともあったけど?」


「ディム? どうした? まだここから逃げないと……」


 勝ち誇るヒカリにアンドロメダが何かOKサインを出しながら耳打ちすると、こんどはヒカリの方が一歩下がった。何かしてくるつもりだ。


「極大魔法! 超絶獄炎ジャスティスファイアーの魔法で、あなたたちを消し炭にして差し上げます」


「はあ? なんだって? 魔法の名前をもう一度頼む、よくわからなかった」


「お別れね、セイヤ。あなたのことは好きだったわ。昔ちょっとだけね」


 大きな魔法が起動したのか、この大きな屋敷が小刻みに振動しはじめた。地震だ。

 ただならぬ気配を感じとったギンガはディムと母の間に割り込んで、この愚かな闘争を止めようとする。


「母さんやめて。やめてよ。セイヤさんこんなにいいひとじゃん、母さんおかしいよ、どうかしてる!」


「極大魔法の準備!」

 まるでギンガの願いなど耳に入っていないとでも言いたげにヒカリは号令をかけた。


「耐熱障壁、対炎結界も同時に展開する。みんな一カ所にかたまれ」

 ディムは中二病丸出しの魔法名から炎の魔法だと推理し、エルネッタを守るためトールギスたちも皆で障壁を重ねていた。

 睨み合うアンドロメダの両手のひらから陽炎が立ちのぼる。


 まるで血の通っていないような母の冷たい目を見たギンガは自らの持つ障壁魔法を力の限り展開し、ディムたちのもとへと駆け寄ると、渡せなかった母の剣をゆっくり抜いて……構えた。

 真剣を抜いて、母に向けたのだ。


「母さんも父さんも……ソレイユ家も嫌いです。私はディアッカとセイヤさんに付きます!」


「ギンガ、本気なの? そっちにつくのね? あとで後悔しても知らないわよ?」

「いいです。私は "正しいと思ったことは信じて貫け" と教わって育ちました。その通りに行動します」


 ギンガの覚悟を受け、ヒカリは冷たく言い放った。


「いいわ。やっちゃって」


「分かりました。術式を起動します!」


「よし、こっちはいいぞ」

「わたしも」


「これでいいんだな?」

「ディアッカのためなら私も……」


「ディアッカ……、元気でな」

「ギンガ! ……身体に気を付けてな」


 ディムもギンガもトールギスも、みなが持てる力を尽くして対魔法防御の障壁を張り巡らせ、撃たれるであろう大型の火炎系魔法攻撃に備えていたというのに、ソレイユ家の面々はみな揃って手首をナイフで切りつけ、この会食の場におびただしい量の血液を流出させた。


 ディムは過去に一度経験したことがあるこの浮遊感に襲われながら、またひとつ、完全に『してやられた』ことを知った。


 ディムの敗北が確定したところで、アンドロメダがむちゃくちゃいい笑顔で勝利宣言をした。


「レーヴェンが『天文学』スキルを持ってて計算してくれたの。今夜は満月でも、普通の満月じゃなくて、皆既月食なんですよ。きっといま夜空を見上げたら、美しく欠けゆく月を見られるんですけどね、残念でした。あなたたちはこの世紀の天文ショーを見ることはできません。でもまた会えたらバルコニーで一緒に月を見ましょう。では、この夜にさようなら。また会う日まで」


 大きく手を振るアンドロメダの姿をじっと見つめるディムは、ソレイユ家の屋敷にいながら、別の場所にいるような、いや別の時間軸にいて自分の体の外から眺めていて、時空に身体を持って行かれるかのような変調に襲われた。


 ……っ!



 時間が静止したかのように血液の滴は地面にまで落ちることなく空中に浮かんだまま視界を埋め尽くしたかと思うと、フィルムの逆回しのように血飛沫は終息し、手首に戻ってゆくという逆行の現象がみられた。


 次の瞬間にはディムたちの立っていた床が消失し、全てが真っ白に見えるほどの輝きの中へと落ちて行った。


「くっそ、これは転移魔法か」


 激しく輝く青白い光に飲まれ消えて行くディムたちを見送る勇者ヒカリは最後に小さな声で語り掛けた。


「セイヤ……ギンガを……、ギンガをよろしくお願いします」

 そういってディムにギンガを託したヒカリの表情は、朝霞星弥あさかせいやの知らぬ母の顔だった。


 エルネッタの父アンダーソンは娘ディアッカのため、豪奢な彫刻が施された自慢の大盾と、業物の槍を投げて渡した。


「持って行け、それは餞別だ」



 転移魔法を起動する触媒には大量の血液が必要だというのは、ギルド酒場で再会したとき、セイヤがヒカリに教えたことだった。


 ヒカリはディムから得た情報をアンドロメダに伝え、レーヴェンドルフが皆既月食の日時を計算で導き出し、ここに転移魔法を完成させたのだ。


 身体が無重力状態になり、浮遊したあと落下する感覚に支配されながらもディムは最後、ヒカリに何かを投げて渡した。


 これがディム最後の意思表示だった。


 ヒカリがそれを手で受け取ったのを確認するとディムはニヤリと負け惜しみのように笑って見せたかと思うと、この世界から跡形もなく消失した。


 その場には何も残っていなかったし、誰もいなくなっていた。

 ディムもディアッカも、ギンガたちも。全員のことごとくが消失してしまったのだ。



 しばらく沈黙の時間が流れたが、その静寂はけたたましく破られた。



「キャアアアアァァァァッ!!!」


 絹を引き裂いたような女の悲鳴……、声の主は勇者ヒカリ・カスガ・ソレイユだった。


 ヒカリがディムから受け取ったのは蛇。エルネッタにあれほど触るなと言われていながら、たまにポケットに忍ばせておくビックリドッキリメカだった。


 ディムはヒカリが世界でも最も苦手な生き物である蛇に『視覚誤認』をかけて、何かに包まれた小箱のようなものだと誤認させた上で、ヒカリにトスし、まんまと手に握らせたのだ。


 これが転移魔法で飛ばされる刹那に思いついた精いっぱいの仕返しだったけれど、効果は絶大だった。


 血を流しながらも用意されたエリクサーをガブ飲みするという荒療治を始めたソレイユ家の面々たちに爽やかな笑いを提供してしまった。蛇を握らされて、最後の最後に逆襲されてしまった勇者ヒカリの姿は、この大変な攻防を見ていた側からすると、結末としてはまったくもって秀逸なオチが付き、笑いが止まらなかったのだ。


 ソレイユ家の中ではヒカリが蛇を掴まされて涙目になったということが、いつまでも酒の席では語り草となった。


 もちろん王都ゲイルウィーバーの被害は甚大だった。

 焼け跡からドラゴンの亡骸と、竜騎士の鎧を着込んでいなければ判別の付かないほど焼けただれた遺体が掘り出され、襲撃者の力がどれほどのものだったのかを知らしめた。


 弟王ルシアンについては、兼ねてから決められていた婚約者を奪われた上に、飛空艇を墜落させて大火災となったメナード王宮は全焼した。弟王ルシアンが手塩にかけて育てた庭園も同時に破壊されたことで、立ち直れないほどのショックを受け、熱を出して二週間寝込むこととなった。


 ソレイユ家はそもそも西と南に隣接する大国の強大な軍事力に対応するため、国境の守りを担っていた騎士の家系。王都ゲイルウィーバーを守れなかったのは衛兵隊と近衛騎士団を率いるガルベリー家の失態であり、弟王ルシアンのもとへ襲撃者を案内した急使の男も併せて同様に激しく糾弾された。


 当のソレイユ家は眼前に迫ったアサシンから弟王ルシアンを守護し、更にルーメン教会の秘術、極大魔法を使用し、アサシンとその眷属を跡形もなくこの世界から消し去ったことで、確たる実力を見せつけることになった。当の弟王ルシアンがその力を目撃していたのだから誤魔化しようもない。


 王都ゲイルウィーバーが焼かれ、兵士たちの人的被害も含めて総被害額は算出できないほどだったが、勇者を殺し王国を崩すと言い伝えられていたアサシンを葬ったのだから、被害は最小限に食い止めたと言えるだろう。


 何事もない平和な時代だからこそ政治力がものを言い、王の近衛を務めるガルベリー家には王都を守護する力などなく、あったのは政治力だけだということが証明され、王宮は力あるものに近衛を任せると発令。以後はソレイユ家に近衛が任されることとなり、ソレイユ家は更なる繁栄を約束された。


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