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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
最終章 ~ ハーメルン王国 ~
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[19歳] 個人的な戦争

?? なにかプロローグの2話目から最終章が始まってたので、修正しておきました。


 男たちが一様に驚いて目を見張ったのに対して、ディアッカとギンガは急使の言葉に聞き入り、ヒカリは心苦しそうに胸を押さえてうつむいてしまった。


 この王国を守護する騎士たちの中で、いま王都に何が起こっているのかを正確に把握できたのは、三人の女たちだけだった。



 隣でうつむくヒカリの表情を読み取ったのか、夫のレーヴェンドルフが気遣う。


「ヒカリ、これはラールの街で軍事作戦が失敗したという事かい?」


 ヒカリは俯いたまま伏し目がちな眼差しを夫に向けた。ここまでくるともう、あの男の正体を話さずにおくことなどできない。


「そうですね。でも急いで王城に向かう必要はないと思います。急使が慌てて出されたのです、おバカさんたちの案内で襲撃者はもうこの屋敷の所在を知ったと考えるべきでしょう。ここはルシアンさまの安全確保を優先したほうが良いかと。皆々さまにおかれましては、まずは落ち着き、着席ください、慌てて出て行かれますと襲撃者の思うつぼです」


 ディムのことなど歯牙にもかけていなかったルシアンが声を荒げてまで苛立ちを露にした。

「まさか? ラールで殺し損ねたベッケンなんとかという小僧がか? 軍の飛行船を乗っ取って、まさかメナード王宮に落としたのか? 国軍の精鋭部隊が三個小隊もいてなぜそんなことになる! 何者なのか」


「何度も言ってるだろう? 弟王ルシアン。わたしのオトコだ、誰もディムの侵攻を防げない。防げるものか! 頼みの綱の竜騎士も大賢者の爺さんも死んだぞ」


 王族に対し敬称を用いなかったディアッカに父は大声を張り上げた。ただでさえ正確な状況が掴めない上に、動けば襲撃者の思うつぼだと言われて気ばかりが先走っているというのに。

「ディアッカは黙っておれ!」


 確かに急使二人が伝えた情報は衝撃的だった。呆然としながら席を立てずにいる者も居るほどだ。

 大変なことになってしまった。しかしこの場にいる男の中でただ一人、落ち着いて状況を分析している者がいた。

 勇者ヒカリ・カスガ・ソレイユの夫、レーヴェンドルフだ。


「ヒカリ、私も話してほしいと思ってる。彼が誰なのか、ソレイユ家の者には知る権利がある。もちろん、ルシアンさまにも」


「……そう、彼はセイヤ・アサカとう男。異世界で生まれ育った私の幼馴染で、とても良く知る男です」


 ルシアンは異世界人と聞いてようやく精鋭部隊を送っても殺せなかった理由を飲み込むことができた。

 しかし、異世界人を敵に回してしまったことに脂汗が流れる思いだ。


「異世界人! ということは勇者か。勇者ならば戦力の拡充が……、いや、ガルベリーがドラゴンと共に落とされたなど考えられんことだ」


 ヒカリは小さく首を横に振った。


「彼はこの世界に生まれ【アサシン】の加護を受けた『夜叉』の権化です。この世界では耳慣れないかと思いますが『夜叉』とは異世界に祀られる森の神霊。恐ろしい闇の鬼神とも言われています。彼は異世界からの扉を向こう側から一人でこじ開けて、こちら側に来ました。その力は計り知れません」


 問題を起こした元カレの事を紹介する母のその億劫な物憂げに話すさまを不満そうな顔つきで見ていたギンガが、母親への反抗心からか厳しい言葉で批判した。

「母さんはあのひとに殺されても仕方ないと思うけど?」


 アサシンと聞いて腰が抜けたようにがっくりと椅子に崩れ落ち、茫然自失となっていた弟王ルシアンは、ようやく話の内容を理解していたのか、二人の勇者に問うた。


「異世界の神だと? まさかそんなものがこの国を攻めているのか? 隣国を滅ぼしたヨーレイカとの関係は? 獣人の中には恐ろしい力を持つ者がいると聞き及んでおるが?」


 その問いにもギンガが胸を張って答えた。


「ええ、恐ろしい力を持つ獣人はアサシンのセイヤさんが倒してしまいました。私も母さんも、きっとディアッカも確信してますよ。残念ですが、竜騎士ガルベリーも、大賢者ホーセスさまも、彼の前に立ち塞がったのならもう生きてはいないでしょう。急使のもたらしたしらせには信憑性があります」


「ド……ドラゴンだぞ? あれが倒されるなど考えられんことだ」

 ルシアンはドラゴンに守護された王都ゲイルウィーバーを世界でも屈指の防御を誇る城だと考えていた。

 落とされたと報告を受けた今もまだ個人がどうこうできるような代物ではないという考えがあって、にわかには信じられずにいた。


 ドラゴンを使役する竜騎士のガルベリーは、ディアッカの父アンダーソンとは政敵の関係にある。

 竜騎士というこの世界においても類稀たぐいまれなアビリティにより、ドラゴンを使役するという見映えのよさも手伝って、事実 "人として"の戦闘能力が劣っているくせに近衛騎士団長などという、騎士の中ではもっとも重要な地位にいることがソレイユ家の面々には面白くない男だった。


 娘のディアッカに惚れた男が "あの" ドラゴンと共にガルベリーを落としたなどと言うのだから愉快痛快、アンダーソンは自然に湧き上がってくる笑いを堪えることができなかった。


「はっはっはっは……なんとあの小僧がアサシンだと? アサシンとはそんなクレイジーな奴だったのか? 飛行船を乗っ取って王宮に突っ込むなど気が狂っておるとしか考えられんというのに、人の身であのドラゴンを落としたなどと言う。まったく、あの化物をどうやれば落とせるのか見たかったな ……だがそう考えると弟王さまがこちらにいらしたことは不幸中の幸いであろう」


「おじさま、彼のクレイジーさを理解していただけたようであとの説明が楽になりますけれど、なにか安心できる要素がありますか? 彼は絶対ここに来ますよ? ディアッカを取り戻しに」


「ああ、もしかするともうここにきてるかもな。わたしは服を着替えていいか? こんなドレスを着ていたんじゃディムを喜ばせてしまう」


「ここに? まさか……それはいくら何でも常軌を逸しておる」

「そうやっていつものように他人を見下していると足もとを掬われるぞ父上。わたしは帰る。さもなくばソレイユ家も、ハーメルン王家も終わりだ」


「どんな脅しにも恫喝にも屈しないのがソレイユ家だと言ったはずだ、何度も同じことを言わせるな」


 ソレイユ家当主アンダーソン・ソレイユがもうアラサーだというのに反抗期真っただ中の娘に呆れたような口ぶりで言葉をかぶせた時だ、申し訳なさそうな小さな声で、父娘おやこの会話に割り込むよう口を挟んだ者がいた。


「あのー……、それがもう来てるんですけどね。あと脅しも恫喝もするつもりはないんだけど、すみません。急使の男と一緒に入ってきました」


 ディムの声だ。ヒカリとギンガの背後から聞こえる。


 この場にいる全員が驚いて声のした方を一斉に見た。

 ヒカリもギンガも、そしてディアッカもみんなだ。


 しかし誰もいない。


 そう、誰もいなかった。

 しかし皆の振りかえった更に背後、集まった視線の反対側にいた弟王の背から耳元で囁く声がした。


「やあ初めまして。ぼくはディミトリ・ベッケンバウアー。こういう場ではアサシンの加護を受けているとでも言えばいいのかな? 実は行儀の悪いアンタの手下にぼくたちが一緒に暮らしてた愛の巣が焼かれてしまってね、聞けばアンタの命令だというからさ、せっかく飛行船ぶつけてやったのに、こんなとこに居るんだもんな……」


「ぐっ……いつのまに……」

「おおっと、動くのは得策じゃないよ王族サマ」


 全員が裏をかかれて再び振り返ると、弟王ルシアンの背後にぼやっとした影のようなものが実体化していた。レベルの低いものや危機感に疎いもの達の中には、未だ声はすれど見えていると認識できない者もいる。ディムは『視覚誤認』と『知覚遮断』のスキルを使って、案内される急使と共にここまで門から部屋まで堂々と入ってきた。ヒカリやギンガにも気付かれず同室に居たことが最大の脅威だ。



「ディム、……来てくれたことは嬉しい。だがやりすぎだバカ。王宮を焼くだなんてお前らしくないぞ」


「国軍が名指しでぼくを殺しに来たんだよ? ならこの国は敵で、ぼく自身の意志とは関係なく、もう戦争が始まってるんだ。ぼくたちのアパートも焼かれてしまったからね、やらせた本人も家を焼かれないと不公平でしょ?」


「まったく、この国と戦争してどうすんだ。ヒカリもギンガもみんな敵になるじゃないか」


「エルネッタさんのお兄さんに言われて分かったんだ。"ソレイユ家の娘が平民の嫁になるなどと本気で思っているのか"ってね。あまり考えたくなかったんだけどさ、たしかに言われた通り、ぼくは平民だし、異世界人だし、なにより嫌われ者のアサシンだからね……なりふり構っちゃいられないよ。エルネッタさんが攫われてからぼくの戦争は始まってるんだ」


「戦争なんかするな! 今すぐやめろ。まったく、飛行船も、あの凶悪なドラゴンも落としてしまったのか? ゲイルキャッスルの守護をしてるドラゴンだぞ?」


「空中戦は初めてだったから貴重な経験をさせてもらったよ。だけど人に飼われてるドラゴンなんかトールギスの敵じゃなかったし。種族的に優位でも実戦経験がないなら動物園のでっかいトカゲと変わんない。レベルを上げてから出直してこいって感じだった」


 弟王ルシアンはディムの軽口を聞いて、やっと自らの置かれている立場を認識したようだ。

 軍の最高責任者という地位は伊達じゃない。一人の男を殺せと命じて失敗するということイコール、次は自らの命を狙われて当然なのだ。


「竜騎士は落ち、王都はもはや丸裸。アサシンが余の花嫁を奪いに来た結果がこれか……」

「ちゃんと恋愛して、何年もかけて口説いた大切な女なんだよ。それを力で奪おうとしてるのはアンタのほうだろ? ひとりの女を男二人で取り合うんだ、酒でも飲んで殴り合えば済む話なのに、軍を動かして亡き者にしようとするから戦争になった。これはアンタの失態だ……」


 ヒカリはこの会話の中、わずかな空気の変化を見逃さなかった。


「ストップよセイヤ! 殺さないで。ここでその人が殺されたら王国もソレイユ家も立ち行かなくなる。2000万王国民が戦乱の渦に巻き込まれるわ。そんなことあなたは望まないでしょう?」


 たった今この男の首にナイフを突き立て、すべてを終わらせようとしたディムはその気を削がれた。

 スキを見て立ち上がり、逃れようとする弟王ルシアンを離さない。もとよりこんな男がアサシンのスキを突いて逃げるなどできるわけがない。ディムはこの男の背後から後ろ手に関節を極めて盾に取るにとどめ、短剣はまだ抜かないでおいた。


「すごいなヒカリ。未来でも見えるのか? だがソレイユ家が立ち行かなくなるだなんて、騎士の一族がそんな情けないお願いをしてもいいのかい? 脅しにも恫喝にも屈しないなんて言いながら裏で靴を舐めるなんて恥ずかしくないのか?」


 ディムが小ばかにしたような口調で挑発するとヒカリは思わず感情を露にした。

 口をいて出た言葉も反射的だった。


「口を慎めセイヤ! ギンガ、私の剣を取ってきて! 急いで。ほんと嫌なヤツ。このバカだけは絶対に許さない」


 ギンガは一瞬だけディムを見た。本当に剣を持ってきてもいいのかと確認の意味も含めて。

 だがディムは優しく微笑んでいるだけ。構わないからどうぞと言ってるように見えた。もちろんヒカリが娘のギンガを会食場の外に出したのには別の理由もある。


 ヒカリの知り得る限り、最強の援軍を呼ぶためだ。


 だがギンガにはいま母親に対する反抗心が芽生えている。

 昔の恋人とは言え、仮にも愛した人が異世界から血を流しながら、命を捨てて追いかけてきてくれた人に対して、氷のように冷たく応えたことが許せなかった。

 たとえ愛はなくとも、ギンガの恩人でもあるセイヤ・アサカに対して誠実な対応をしなかったことに腹を立てている。


 ギンガには忘れられない美しい思い出があった。

 この男はあの夜、戦いに出る前、ひと雫だけ涙をこぼした。母が幸せだと聞かされた時の、あの表情の変化を憶えている。とてもいい表情で微笑んだ、あの優しい笑顔は強烈な印象として瞼に焼き付いている。


 ギンガは迷いを振り切って客間に向かった。

 会食場には誰も剣を持ち込まない、全員が丸腰なのだ。この場を流血なしにおさめたいと、それだけを願って。

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