[19歳] さらばラールの街
第八章 完結しました。
次話から最終章 始まります。
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ディムたちが外の様子に気が付いたのは、こちらギルド酒場に居た冒険者たち、ディムがいるアパートに向けて炎魔法が放たれたのを見て、助けに入ろうとしたパトリシアが衛兵に取り押さえられたのとほぼ同時だった。
「あああああっ、ディムさん、ディムさーん! 誰か、誰かディムさんを助け……」
「うおおおおぉぉ!」
ギルド長がアパートを取り囲む国軍に殴り込み道を開くと、すかさずアルスがその背後を走り、王国軍の集団に突っ込んだ。ディムのいる部屋の外には槍を構えた者たちが今にも飛び出してくるのを待っていて、ドアが開かれたのを合図に、飛び出してきたディムを貫く作戦だ。
「ディム! ちょっと待ってろよ、俺が出口を作ってやるからな!」
アルスがいかにシルバーメダルの傭兵だとしても、武器も持たず丸腰の状態で、なにをトチ狂ったかフル装備の兵士たちに殴りかかったとて、所詮は多勢に無勢、装備の差もあり、暴れまわるアルスも上から3人の兵士が体重を預けると身動きが取れないまま、鉄靴で踏んだり蹴ったりという、暴力的な制圧力を見せつけられる。
「うおお、ディム! くっそ、俺が! 俺があああ!」
腕っぷしの強い国軍にボコられ衛兵に引き戻されようとするアルスとギルド長の奮闘も空しく、アパートは炎上し、もう三階にまで炎が到達している。
パトリシアの叫びがただ絶叫に変わった時、異変が起こった。
―― ドバン!!
ドアか壁が破られる音がすると、上階から何か大きなものが降ってきた。
パトリシアが階上を見上げると三階の一室、扉が破壊されているのが見えた。
だがしかし地面に落ちる音はしなかった。しかしアルスの目の前に立っていて、同時に首から大量の血を流しながら倒れて行く王国兵たちの間をただゆっくり歩いてくる、人影にも似た、定かではない何かが居た。
ディムだ。
「やってくれるね……本気で殺す気だってことがよく分かったよ」
「ディム! 無事だったか……だが殺しちゃダメだろ、おまえがお尋ね者になっちまうじゃねえか」
「ギルド長さん、アルさんを引っ張ってギルドに。パトリシアも通りからこっちには来ないようにね」
ディムはアルスが引きずって行かれたのを確認すると、国軍の中から一歩前に出ている、たぶん司令官だろう男に向かって言った。
「悪いけど、こっちも本気だという意思を見せるよ。大切な女が攫われたんだ」
「お前の働きは聞き及んでいる。いずれ酒を酌み交わしたい男だと思っていたが、悪いがこれも運命だ。俺はお前と酒を飲むのを諦めるから、お前は女を諦めろ」
「バカ言っちゃいけないな、ぼくはアンタらと話し合いで穏便に済ませるのを諦める。だからアンタらは無事に家に帰ることを諦めてほしい」
「くはははは、なるほど、気に入ったぞ冒険者! 全軍、この男は腕が立つ、仲間の屍を踏み越えてでも斬れ! 一太刀いれるまで死ぬことは許さんからな。掛かれええええええっ!」
「トールギス! ヴェルザンディ! 気配消しを使って隠れてた諜報員以外は殺していい。ただしギルドに居た人は殺しちゃダメだ。通りに線を引いてこっち側だけ皆殺しだ」
「わかった」
『わかりました』
ディムの身体がぶれたと感じたのと同時に人垣が血飛沫を上げる。
そして掻き斬られた喉から噴き出す血液のシャワーが地面に落ちる前に、これまで見たことのない規模での炎魔法が大波のように通りを向こう側まで焼き尽くし、炎を避けて逃れた者たちは悉くがトールギスの雷に見舞われた。
王国軍将校の号令で始まった戦闘だが、三つ数えるまでに王国軍は敗れた。ギルド入り口を抑えていた衛兵たちの中には腰を抜かして小便を漏らす者までいる始末だ。
通りを挟んだギルドの方はヴェルザンディも手加減したので人的被害もそれほどではなかったが、王国軍たちのいた側、焼かれたアパートと、ヴェルザンディの炎魔法で焼き尽くされた広場から漏れた炎は周辺の家屋にも延焼していて被害は甚大だった。
ギルド長も、アルスも、そしてパトリシアも、ディムがもう戻る気がないことを悟った。
「ディム……おまえ……もう帰る気はないんだな」
「ありがとうねアルさん……、ヴェルザンディ、アルさんとギルド長に治療をお願い。トールギスは隠れてる者を捕まえてここへ」
「わかった」
『はいっ』
トールギスは黒焦げになった死体だらけの中、もはや人目をはばかることをやめ、グリフォンの姿に戻って飛び立ち、ひと羽ばたきで屋根の上にいた諜報員の背後に回り込み爪の付いた前足でしっかりと捕らえた。
次の瞬間にはアルスに回復魔法を施しているヴェルザンディの頭の上を飛び越えて、精密爆撃をするように、掴んでいた諜報員を倒れているアルスのすぐ隣に投げ落とし、光ったと思うと着地した瞬間には既に少女の姿に戻っており、1ブロック離れた街路樹の陰に隠れていた女も捕まえて投げた。
女は放物線を描いて、たったいまさっき落とした男の上に重なるように落とした。
プロバスケットボール選手になれば3ポイント連発決められるほどの精度だ。
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□ セイラ・ブラウン 28歳 女性
〇気配消し効果
〇聞き耳効果
〇足跡消し効果
ヒト族 レベル030
体力:24492/25125
経戦:E
魔力:-
腕力:C
敏捷:B
【狩猟】/短剣B/諜報活動B/足跡消しD/気配消しB/聞き耳C
□ キース・ブラウン 32歳 男性
〇気配消し効果
ヒト族 レベル034
体力:35902/36619
経戦:D
魔力:-
腕力:C
敏捷:A
【狩猟】A/刺突剣B/二刀流C/諜報活動B/弓術C/気配消しB
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夫婦か兄妹か?……。いや、左手薬指に揃いの指輪がある。
夫婦だ。
「よし、お前らそこに座れ。二人ともだ。おかしな動きをしたり、生意気な態度をとったら……」
「とったら? どうする気だ?」
―― ドスッ!
「がはあっ!」
女の太ももに短剣を突き立てた。大腿動脈は避けておいたので今すぐ命に別状があるわけじゃない。しかし切っ先は大腿骨を突いていて女の顔が激痛に歪む。
「ぼくたちには時間がない。質問に答えるか答えないかだ」
「あなた!、負けないで。こんな奴に……」
「誰が話していいといった?」
―― スブッ
女が不用意な発言をしたという理由で、こんどは男の胸に短剣が刺さった。
肋骨の隙間、正確にだ。
「お前たちは暗殺者の見習いか? なら分かるだろ、第二肋間に短剣を突き刺した。ぼくがこの手をちょっと左右に動かしただけで肺動脈と大動脈に傷がつくぞ。何度も言わせるな、時間がないと言ってる」
「くっ……この……殺せ、殺せよ。妻の前では絶対に屈しない」
「そうか……だが何度も言うように、死ぬのはお前じゃない」
ディムは次の瞬間、もう一本の短剣を抜いて女の首に短剣を突き立てた。
「頭の悪いお前たちに言っておく。お前たちの言動、行動は全て自分自身ではなく、パートナーに降りかかるからな。まずは女が死んでゆくさまを見物すればいい」
ディムが短剣を抜くと破れたホースから水が噴き出したかのように血液が流れ出した。
男は、自分の妻の熱い血液をシャワーのように頭から浴びて言葉も出なくなった。
「血って熱いだろ? でもすぐに冷たくなる」
女の目から光が失われてゆく。女が男に向けて何か言いたそうにしたが、言葉は途切れ、伸ばそうとした手も脱力し届くことはなかった。
強気な態度を崩さなかった男だったが、ようやくディムの言葉を理解したのか、さっきまでの態度を改めるしかないと観念したのだろう、さっきまでの強気はどこへ消えたのと思えるほど狼狽し、弱い言葉を吐いた。
「セイラ! うわああ、たのむ、回復魔法を使ってくれ。何でもする! なんでもするから」
「使えないなあ。ぼくが神官にでも見えるのかい? あーもうどうでもいいや。お前に喋らせるための問答が面倒なんだ」
「隊長から聞いたんだ、あんたら強力な回復魔法を持ってるんだろ? 協力させてくれ! 頼むから。セイラを助けてくれ……」
そう言えばあの毒手使いにヴェルザンディの回復魔法見られたっけか。
しかし今の今まで人を殺そうとしてたくせに、いざ自分の愛する者が殺されるとなったら命乞いをするなど、この男の節操のなさに辟易してしまう。
まったく、自分の女が殺されるなんて考えてなかったのだろう。想像力の欠如は罪だ。
「ん。じゃあ一度だけチャンスをやる。お前たちを動かす権限があるのは誰だ? 弟王の何とかってやつか? 名前知らないけど……」
「そうだ。弟王ルシアン・マティス・ハーメルンの勅命だ。話した、話したから!」
「そいつはどこにいる?」
「王都にあるメナード王宮。王城のすぐ横にあるメナード王宮にいて王国軍の最高司令官だ。諜報部も弟王の指揮下にある、あああ、早く、早く回復魔法を使ってくれセイラが冷たくなってきた……頼む。協力してるじゃないか」
「じゃあ最後に、さっき連れていかれたソレイユ家の女性はどこに行った? ソレイユ家ってのは王都にあるで間違いないんだな?」
「ルシアンさまが王都におられる以上は王都に向かう事だけは確かだ。そこから先は知らない。知らないんだ!」
「ま、そんだけ教えてもらったらいいや。じゃあヴェルザンディ、この二人に回復魔法を。適当に動けるようにしてあげて。衛兵に聞かれたからこいつらもう逃げるしかない。反逆罪だ」
『はいっ、分かりました』
「衛兵!、妻は何も言ってない。反逆罪は私だけだ!」
諜報部の二人がどうなろうと知ったことじゃあないし、この二人にはもう用はない。
ディムは通りに出て、ギルドのドアで肩を寄せながら密集隊形をとる衛兵たちに向き合う。
トールギスはグリフォンの姿に戻っていて、視線だけで衛兵たちの動きを止めていた。睨みを利かせただけで、パトリシアを捕まえていた者もギルド長を取り押さえていた者も、音を立てて引き波のように下がってゆく。
「衛兵! お前たち、生きて帰りたいのならここで起きたことは忘れて立ち去れ」
「いや、立ち去りたいのはやまやまだが、これだけの死人が出ているし、火災のほうも心配だ。消火活動にも従事せねばならないからな。この男たちが暴れたことを忘れればいいのだろう?」
「そういう事だ」
「了解した。異議のあるものは挙手して前に出よ」
挙手して前に出た者は殺される。みすみす手を上げるようなものなどいない。
ならば衛兵とは事を構えずに済んだという事だ。
「アルさん、ギルド長。本当にお世話になりました。パトリシアも元気でな。ペニシリン頼んだぞ。ぼくはエルネッタさんを迎えに行ったら、そのまま二人で外国にでも逃げるつもりなんだ。大変だろうけど、あとの事はお願いしておくよ。ぼくとエルネッタさんの依頼完了金が合わせて1000万ゼノあるから、ペニシリンの研究開発費と飛行船の旅客運賃にでも使ってほしい。余ったら首都サンドラの薬学科に通えるか? 足りないかな? ギルド長、依頼完了金はパトリシアに渡しておいて」
「ああ、聞いたよ。ネコババせずきっちり渡すから安心しろ」
「ディムさん! ディムさん……もう帰ってこないのですか?」
「んー、このありさまを見るとね、帰ってきたらまたラールが戦場になるからなあ……」
「ディムさん、……また必ず会えますよね」
「ああ、またどこかでな」
「ディム! 追いかけるんだろ? 早く行け、そしてまたいつか必ず、俺に礼を言いに戻ってこいよ。そして風俗酒場1回分貸しだ。わかったな、帰しにこいよ!」
「アルさん、ありがとう、またいつか。ギルド長も……」
「ディムくん、これを持って行け。これは勇者捜索依頼を達成したお前のものだ」
ギルド長はポケットに手を入れ、何かキラリと光るものを取り出すと、ディムに向けて投げた。
受け取ったディムが手のひらを開いてみると、冒険者ギルドのプラチナメダルだった。裏側にはラールを表す文字と1番のナンバリングがされている。
ラールのギルド始まって以来、初のプラチナメダルをディムのために用意してくれていたのだ。
ディムは首から下げていたゴールドメダルを外すと、それを無言でパトリシアに託し、ギルド長に礼を言った。
「ありがとう、プラチナメダルの冒険者として恥ずかしくない働きを約束します。じゃあ行こうか、トールギス、ちょっと乗せてくれ」
ディムは踵を返すともう振り返ることなくトールギスの背に飛び乗り、慌ててディムの後を追うヴェルザンディがポケットに入るのを待ってから空へと消えていった。
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衛兵たちはもとより、この夜はパトリシアやアルスにとっても忘れられない夜となった。ディムがグリフォンに乗って空へ飛び立ったあと、半刻ほどすると、国軍兵士を弔うため端っこに並べる作業をしていた者や、火災の消火活動に従事していた衛兵たちが慌ただしく騒ぎはじめたのだ。
西の郊外に停留していた王国軍に所属する最新鋭機055号という大型の飛行船が奪われたという報告が交錯し、事実確認に追われたのだ。
ラールの街で突然、何の前触れもなく起こった戦闘での死者は、王都から飛行船に乗ってきた一個小隊40名と獣人に対処するため近隣の砦に駐留していた二個小隊80名あわせて120名の国軍すべて。小隊長と、アパートに火を放った魔導師5名を含む王国軍はたった三人を相手に壊滅的な被害を受けて全滅したが、幸い戦闘の余波による火災で延焼した8棟の民家は住民の避難を徹底していたため犠牲になった者は居なかった。
衛兵たちは約束を守り、国軍に殴り込んだギルド長とアルスはお咎めがなかった。
ディムたちはゆっくり上がりつつある満月を背に、徒歩で50日かかると言う首都サンドラを目指す。




