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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第八章 ~ 勇者、ヒカリ・カスガ・ソレイユ ~
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[19歳] 血の触媒

 ヒカリには25年もの間、日本を留守にしていたことで、ずっと気になっていたことがあった。

 そう、日本に残してきた家族の事だ。


「じゃあ質問その1.日本にいる私の父と母と、そうね、あと兄さんはどうしているか聞かせて」


「どうもこうもない。心配しすぎで心労がたたり、母親おばさんは何度か倒れて入院して大変だった。失踪してから6年後までしか知らないけど、ぼくの知る限り、みんな元の生活を取り戻すことはなかった。いま生きてるとしたら80過ぎだからね、ヒカリは親不孝者だ」


「やっぱり心配してるよね……まだ元気だったらいいけどなあ。孫の顔ぐらい見せてやりたいよ」

「ぼくもヒカリが失踪して死ぬほど心配してたんだけど?」


「ふうん。じゃあ質問2、あなたはどうしてたの?」

「ふうんってなんだよ、ふうんって。ぼくの心配は無視か! いいよべつに。なーんもしてないよ。ただネトゲしながらゴロゴロしてただけだし」


「ディム、嘘は良くない。ちゃんと話してやれ」


 エルネッタさんどっちの味方だ……。

「えーっ、こっちのの味方してよ! なんでヒカリについてんだよ」


 エルネッタさんは勝ち誇ったようにニヤニヤしてる。仕方ないので話そうと思うのだけど、どこまで話していいものか分からない。


「面白い話じゃないよ?」

「いいから聞かせて。聞きたいの」


「仕事を辞めて、いなくなったヒカリを一生懸命探したのは3年ぐらいかな。警察に疑われて留置所で寝たこともあるよ。刑事って酷いんだぜ? かつ丼も出してくれないんだ。それでもまあ、何事もなく家に帰ったけど、周りの目は変わってて、それからぼくは怠け者になった。家でゴロゴロひきこもって、ずっとネトゲしてたさ」


「警察? 周りの目が変わった? どういうこと?」

「ぼくがヒカリを殺してどこかに遺棄したんじゃないかって疑われたんだよ。ヒカリの友達の誰かが警察に最近うまく行ってないみたいだって言ったらしい。で、ぼくのアリバイもなくてさ。何度も何度も同じことを質問責めにされただけ」


「ごめんなさい、あなたの人生まで壊してしまったわね……」

「今は充実してるから別にどうってことないよ」


「じゃあ最後の質問。あなたはどうやってこの世界に来ることができたの? 若返った身体を手に入れた理由もちゃんと話してほしい」


 語気を強めるヒカリにディムは少しはすに構えて答えた。まるで尋問されているように感じた。さっきの質問2、ヒカリが失踪してからのことにはあまり興味なさそうだったのに、この質問にはえらく食いつきがいいように感じたからだ。


「さあね、確証のある事なんてひとつもない」


「確証なんてなくていいから、何があって、今現在ここに別人として居るのかを話して」


 春日ひかりが失踪して3年、朝霞星弥あさかせいやは春日ひかりを探し続ける未来に絶望していた。

 仕事をやめて3年もの長い間毎日探して何も手がかりが得られなかっただけでなく、ひかりの友人たちが容赦なく星弥せいやの心をえぐった。


 春日ひかりの友人たちは朝霞星弥あさかせいやのことを決して良く思ってはいなかった。

 ヒカリが"別れてやる"なんて口にして愚痴っていたことも警察に証言として取り上げられたせいで、別れ話がこじれたせいで、なにかトラブルがあったのではないかと疑われた。


 別れ話なんてしたことないのに疑われるなんて酷い話だった。


 朝霞星弥あさかせいやは警察から開放されたあと、疑惑の目に晒されるのが耐えられず、家に引きこもってしまった。


 それでも星弥せいやは月に一度はヒカリの夢を見た。何の手がかりもつかめず、心の底ではとっくに諦めていても、夢に見る恋人の姿が心の支えとなった。


 その夢の中で言われた言葉、商店街から通りにでてガソリンスタンドの角にある国道沿いの公園で月を見てたという、ヒカリが歩いたという道を何度も歩いた。


 星弥せいやは人生をかけてヒカリを探したが、僅かな手がかりも見つけることができなかった。

 最初はヒカリにもう一度会いたいという一途な思いで、いなくなってしまったパートナーを探していたのが、何年もたって、どうせヒカリは見つからないのに、今日も探すのだと思った。


 どうせ駅に行って、後姿の似た女性を見つけても、走って追い掛けて、声をかけるなんてことしなくなっているのに。どうせ違うだろうと、諦めているにも関わらず、ただ惰性でのみ、朝から駅にいって、自分の目でヒカリを探している自分に気が付いたのだ。


 自分の無実を証明するためヒカリを探しているのかもしれない。自分を疑って警察に調べさせたヒカリの友人を見返してやりたいからこそ、ヒカリを探しているのかもしれないと……、そう思ったとき、あれほど真剣だったヒカリ対する思いも、すり減ってしまったのだと知った。


 結果"夢"などという儚くも不確かなものに縋ってしまうのは誰にも責められることではない。



「なあヒカリ、夢の中で話したことは覚えてないか? ガソリンスタンドの隣の公園で月を見ていたって言っただろ?」


「…… あなたの夢は何度も見たわ、そりゃ当時は……。今はもうすっかり見なくなったけどね」


 あの夢を見て、覚えて、ヒカリが失踪した公園に行ったことを話すと、当のヒカリも覚えていたらしい。夢の中で会って話すなんてこと、誰の夢でもあることだ。まさか意識が繋がっていて、テレパシーのようなもので会話していたなどとは、いまこうやって星弥せいやに指摘されても信じられる話ではない。


 それは当の朝霞星弥あさかせいやもそんなことあるわけがないと思っていた。夢なんて脳が作り出した幻想だと、そう思っていた。しかし、夢の中でヒカリが月を見ていたという言葉に引っかかった。


 もともとズボラな性格の朝霞星弥あさかせいやが、やけにリアルで目が覚めたあとにも会話の一言一句が記憶に残り続けるという、不可思議な夢を見た日をカレンダーにマルを付けていたおかげで、ある日、一本だけ細い、とても細い糸が垂れていることに気が付いた。


 会話の内容まで覚えてる、リアルにはっきりした記憶が残るのは満月の夜に見る夢だけ。

 満月の夜にはヒカリと夢の中で会う可能性が高い。


 それは星弥せいやにとって大発見だった。

 次の満月はいつか、次にヒカリと話せる日が分かったのだ。


「夢だと思ってたよ。けどな、満月の夜にだけ夢に見る事に気が付いたんだ、とはいえ会えない日も多かったけどな、夢で会えたのは決まって満月の夜だった」


「ええっ? そうだったの? 私そこまで気が付いてなかった」


「気が付いた後に調べたけど、ひかりが行方不明になった日は満月。2011年12月10日は皆既月食だったんだ」

「……そうだったわね、わたしは夜の公園のベンチに座って、赤く欠けゆく月を眺めてた。もしかして月食がなにか関係してるの?」


 月食が何か関係しているかと聞かれたら、関係していると思い込んでいたというのが正しい。

 星弥せいやはヒカリが歩いたという道に備え付けてある店の防犯カメラを見せてくれと頼み込んだ。しかし見せてくれるところが少ない上に、3年も前のカメラ映像を保管してある店は稀で、どこの店も消去済みだった。


 警察の令状がないと見せることはできないと頑なに断られたガソリンスタンドへは運よく店長が変わったところを見計らってバイト面接うけた。ガソリンスタンドだけは"消去したからもうない"ではなく、"見せられない"といって断られたことから、映像が残っていると判断したのだ。


 星弥せいやの思っていた通り、内部に潜り込んでこっそり見た防犯カメラ映像にはヒカリの姿が写っていた。カメラの画像が荒く、誰も気が付いたものは居なかっただろうが、ベンチに座っていた女性と思しき人影がフッと消えるシーンが記録されていたのだ。


 ガソリンスタンド前の歩道を軽くヒカリの姿を見て、やっとひとつ、たったひとつ手がかりのようなものを見つけた。同時に、満月の夜、ヒカリと話す夢も、単なる夢ではないという確信めいたものを感じていた。



「それで? どうやってこの世界に来たの? 日本に戻る方法はあるの?」


 ヒカリは事の経緯いきさつには興味がないとでも言いたげに話の続きを急かした。


「帰る方法は分からない。結局、手がかりはそこまで。ヒカリは夢で、ガソリンスタンド隣の公園でベンチに座ってたと言ってたから、そこまでだった。でもさ……ガソリンスタンドが3年も4年も前の防犯カメラの映像を残してるって珍しいんだ。しかも、ピンポイントでヒカリがいなくなった日の映像が記録として残されてた。なぜだかわかるかい?」


「もったいぶらないの。続けて」


「ヒカリがガソリンスタンドの前を通り過ぎてから8分後、目の前で交通事故が起きてる。重軽症者合わせて5人、運よく誰も死んでないけれど、現場は血まみれだったそうだ」


「ああっ、そうそう。何かすごい音がしたわ。でも、気が付いたら別世界だった……それがどうかしたの?」


「まあガソリンスタンドのバイトはすぐに辞めたんだけどさ、それから3年後かな、あの日と同じ条件の、皆既月食の夜、ぼくは公園に向かったんだ」


 思わせぶりなディムの言葉に、ヒカリはすこし怪訝そうに眉根を寄せる。


「……バカなことをしたなんて言ったら許さないからね」



 朝霞星弥あさかせいやは、2018年1月31日、白く煙る息を吐きながらポケットに手を突っ込み、真冬の皆既月食を見上げながら、あの夜のヒカリがそうしたように、公園のベンチへと向かった。


 しかし欠け始めた月に魅入ってしまって空ばかり見上げていたせいか、公園の前の国道を横切る横断歩道を渡ろうとしたとき、右折して突っ込んでくる大型トラックの接近に気が付かなかった。


 ひどい事故だった。


 横断歩道を渡り切って、歩道の向こう側が公園だ。


 星弥せいやは公園までたどり着けなかった。あと一歩というところで事故に遭った。


 しかし運がいいのか悪いのか、横断歩道から跳ね飛ばされ、冷たいアスファルトに倒れている星弥せいやを、3年前、ガソリンスタンドでバイトしていた元同僚が助けた。


 朦朧とする意識をギリギリ保っている星弥せいやは言う。


 "公園へ、頼む、ベンチへ……"


 瞳孔はみるみる開いてゆき、視界は光につつまれてゆく。



 星弥せいやの願いが通じたのかどうかは分からない。常識で考えると動かさず救急車を呼ぶべきだ。ベンチまで運んでもらえたのかすら覚えていない。しかしボタボタと血が流れるに従って、月が欠けてゆくのとは真逆に夜空は輝きを増したのはハッキリと覚えている。


 死の間際に幻覚を見ていたのかもしれない。だけど見上げる月は見る見るうちに欠けゆき、星弥せいやの血液を吸い上げたかのように紅く染め上がる。


 まるで流れた血の量に相応するかのように夜空は星々が輝きを増すのだ。


 星弥せいやは肉体が死に瀕していることを意にも介さず、この不思議な現象に魅入ってしまった。

 それが愚かなことだというのは当時の星弥せいやには判断することができない。

 実際に起こる不思議な現象を目の当たりし、あの月の向こう側にヒカリがいるのだと信じて疑わなかった。


 朝霞星弥あさかせいやは凍てつくような真冬の夜に、助けてくれようとしたバイトの元同僚ではなく、燦々と輝く星空に浮かぶ、血の滴るような紅い月に向かって手を伸ばした。


 6年前婚約者が失踪し、参考人として取り調べられたこともある疑惑の男、朝霞星弥あさかせいやが事故死したことを面白おかしく報道されたが、数か月もすると朝霞星弥あさかせいやの名前すら誰も思い出すことはなくなった。


「ある条件が重なったときにワームホールが開いたと思う。あるいは異世界転移の召喚魔法なんてのが本当にあるのかもしれない。血を触媒とした何かの魔法が起動したように感じたよ。ぼくがここにいるのは事故があって、命を落としたからだ。こんなにも薄い、薄氷のように頼りない偶然が重なってここに居るけれど、これは必然だと信じたいよ。だから日本に帰る方法なんて分からないし、もう帰る気もない。日本でひとり暮らすのは、本当にしんどいからね」



 ディムの告白を聞いたヒカリは目を潤ませて頭を下げた。


「……ごめんなさい。でも分かったわ。触媒は血だったのね」

 ヒカリのこの言葉に、ディムの感じていた違和感が不審感に変わった。すこし、ほんの少し警戒心を持って話を続ける。


「謝る必要なんてないよ。ぼくがここに来たのも事故だし、ヒカリだって事故みたいなものだろ? こんな遠いところでいま幸せに暮らしてるってギンガに聞いたときは正直ホッとしたよ」


「私はあなたを不幸にしたよ」

「ぼくが不幸に見えるかい? いますっごい幸せなんだ」


「そうね……いまは不幸には見えないわ。だけど、どうする気なの? 王家から暗殺者が差し向けられた理由ぐらい分かってるんでしょ?」


「それぐらいぼくにも分かるよ。王族の嫁になる女を横から奪うんだ、ケンカにもなるさ」

「それが何を意味するか分かる? ソレイユ家もあなたの敵になるのよ? あなたはディアッカの肉親を倒せる? 私と本気で戦える?」


 春日ひかりという女は甘くない。八方美人とは真逆を行く見上げた根性の女だ。

 自分の好きな者、愛する者と、そうでない者とはハッキリ線を引く。そして残念だがディミトリ・ベッケンバウアーはヒカリの引いた線の外側にいるということだ。


 朝霞星弥あさかせいやが信頼していた通りの女だ。一本筋の通った信念を持っていて、絶対に譲らない。エルネッタさんと同じく心の強い女だ。


 敵対する前にこの国から逃げ出すのが得策なのは言うまでもない。


「ぼくたちは二人で逃げ出すよ、ソレイユ家と敵対することもないし、もちろんヒカリともギンガとも戦わない」


 ちょっとドヤ顔で言い放ったディムに、ヒカリが勝ち誇ったような微笑を浮かべながら返したことば。


「そ。じゃあ早く逃げないと間に合わないんだけど?」


 なっ? ……。


「あるじ、ひとがいっぱい外に」

「えええっ? 囲まれてるの? もしかしてヒカリとギンガは時間稼ぎだったのか?」


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