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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第八章 ~ 勇者、ヒカリ・カスガ・ソレイユ ~
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[19歳] 夜空のお守り

 ここまで話したところで、ディムは少し違和感を覚えた。


 心に"コレジャナイ感"が強く残る。何かがおかしい。でも、何がおかしいのかが分からない。


 25年ぶりに会ったヒカリは確かにヒカリだと思えた。


 いや違う。


 違和感の正体はヒカリの落ち着き具合か。


 まるで先月会っていて、また今月も会ったかのような気軽さ。

 ここで再会することが予め分かっていたかのように、交わす言葉もまるで台本を丸暗記してきたかのような完璧さだ。


 ディムですら再会した瞬間は、頭が真っ白になって、どうしたらいいか分からず背中を向けてドキドキしてたというのに、ヒカリのこの落ち着きようはどういうことだ?


 そして例えようのない苛立ちもはぐらかされてしまった。


 ディムの苛立ちは、心配していたからこその裏返しだった。あんなにも人に心配かけておいて、何食わぬ顔で現れたと思ったらいい旦那にも、可愛い子らにも恵まれていま幸せですという。


 本当に良かったと心から安堵した。ディムはヒカリを不幸にしたと思っていたから尚のことだ。


 だけど、ちょっとした違和感を感じずにはいられなかった。



 最初の言葉からしておかしい。


 こんな異常なシチュエーションでの再会に"やっと会えたのに"なんて言うだろうか?

 ディムは異世界から転生してきた。転移ではなく転生だ。


 日本で一度死んで、こんな異世界でまた新しい命として生まれ、別人の身体の中に入って会いに来ているという、この事実そのものがとてつもなく異常だというのに、眉ひとつ動かさずに、あらかじめその事実を受け入れてから会いに来ているとしか考えられない。


 ヒカリの事は子どもの頃からよく知ってる。いやむしろ朝霞星弥あさかせいやとして、他人の事なんてヒカリのことしか知らないと言ってもいい。

 春日ひかりという女は予定通りならば無類の強さを発揮するが、不測の事態が起こると人なみ以上に動揺を隠せない女だった。勇者になったからと言って、あのころの面影をおくびにも出さないなんてことはあるのだろうか。


 ほんの僅かな、すこし鼻に空気が変わったという匂いの変化を感じたという程度の違和感。

 さっき注意されたばかりだというのに、ステータスを覗き見することにした。

 どうせヒカリのほうもこっちのステータスを覗き見しているのだから、これもお互い様だ。


----------


□ ヒカリ・カズガ・ソレイユ 54歳 女性

〇 ステータスアップ効果(常時)

〇 属性防御障壁効果(常時)

〇 物理防御障壁効果(常時)

〇 フィールド効果

〇 鎮痛効果(強)

〇 解熱効果(強)

〇 呼吸補助(強)

〇 毒耐性効果(強)

〇 状態異常 感染症 真正細菌感染/心筋炎(重度)/肺炎(重度)/膵炎/胃腸炎/肝炎


 異世界人 日本人 レベル066


 体力:060178/244820

 ■■:■■■■■■■

 ■■:■■■■■■■

 ■■:■■■■■■■

 ■■:■■■■■■■

【勇者】S/見通す眼SS/全属性魔法防御★/重力魔法A/光魔法A/片手剣A/盾術A/毒耐性SS/麻痺無効/時間遅遅延無効/状態異常耐性A/全ステータスアップ/全物理属性防御★/経験値ボーナスC/正しき心


----------


 ……っ


 ディムは表示されたステータスを見て息を呑んだ。

 春日ひかりの身体は感染症に冒されていて状態異常のオンパレードだった。


 これが異世界人の末路というものか。この世界の菌類やウイルスに抵抗力を持たない異世界人が、この世界の人ならかからないような、ありとあらゆる感染症にかかっている。

 日本で生まれて育った春日ひかりは、この世界の病原菌に対して免疫がなかったのだ。それを耐性だの属性防御だの状態異常耐性などというスキルを発動して症状を抑え込んでいる。

 根本的な治療はひとつもできていない。すべては症状を抑えるための対処療法、熱が出たからと言って、解熱剤を飲んでいるだけだ。頭が痛いからと言って頭痛薬を飲んでいるに過ぎない。根本的に病気を治療できていないのだ。


「なあヒカリ、おまえんち金持ちなんだろ? 抗生物質ぐらい買えよ」

「女性のステータスを覗き見するなんて感心しないわね。抗生物質なんかどこに売ってるの? 教えて欲しいわ」


 そう言えばこの世界は二重人格を悪魔憑きとか言って火あぶりにする酷いところだった。むしろこの十把一絡じっぱひとからげの状態異常こそ異世界人であることの証なのだ。

 病気のせいで体力の低下が著しい。もしかすると、もう長くないんじゃないかと思えるほどに。


「ヴェルザンディ、ちょっとつかぬことを聞きたいのだけど、病気って治せる?」

『無理です。病気を治す魔法なんて聞いたことがありません。回復魔法は傷を治すまで。病気を治す、それは医術の領分です』


 ディムが小声でヴェルザンディに話した会話を聞いてヒカリの表情がすこし曇った。

 そして眼力を強めてじっとこっちを見ている。たぶん、どこまで見えているのかと訝しんでる目だ。


 これ以上言うなとでも言いたいのだろう。ならばこの問題にあまり固執しすぎるのは良くない。

 だけどこのヒカリの違和感だけは心に留めておこう。



「母さん、このひとに何を許してもらったの?」

「うーん、母さんね、異世界に住んでたころ、この人と付き合ってたのよ」


「えええっ、付き合ってた? うそでしょ、恋人だったの?」


 ギンガにそう言われ、右手の薬指にある青い宝石のついた指輪に手をやり、愛おしそうに目をやった。

 もともと左手の薬指に付けていた指輪だ。いまは鈍く光る銀色の結婚指輪にその座を譲り、お守りとしてヒカリの指を飾っている。


「そうよ。この指輪はね……、この人にもらった婚約指輪なのよ」


「じゃあなに? 25年もたつのに、まだ別れてなかったの?」

「あのねギンガ、約束にいつまでという期限はないの。よく覚えておくことよ」


 そう言ってヒカリは自分の指から青く光るサファイアの指輪を外すと、テーブルの上にコトっと置き、丁寧に両手の指先をそっと添え、ディムのほうにスッと滑らせ、差し出した。


 返すという意味だ。


「これはお前がギンガにあげたものだろ? ならもうギンガのものだと思ってたんだけど? もしギンガが要らないならどこか海にでも投げるのが正しい作法じゃないか? こういうのって」


 婚約指輪を突き返されても、それならと新しい恋人の指に鞍替えするようなことはできない。質屋か何かに売り飛ばすぐらいが関の山なのだ。


 朝霞星弥あさかせいやが春日ひかりに渡すのに、半年もかかった。この指輪は当時の朝霞星弥あさかせいやにしてみれば思いが詰まっているなどというものではなく、想いそのものだった。


 それが質屋に売り飛ばすだなんて、そんな末路しか辿れない可哀想な指輪になってしまった。せめてギンガの指にお守りとしてあってくれたほうがいい。



「私がもらっていいの?」


「え――っ? これセイヤの婚約指輪よ? ギンガはこんなのが欲しいの?」

「こんなのって言わないで。私にはお守りなの! 私を守ってくれたの……」


 ヒカリにそう言われたギンガには、少し考えるところがあった。


 この指輪は母が父と出会う前に付き合っていた元カレから贈られた指輪だという。

 しかしギンガにとってこの指輪の経緯などどうだってよかった。ただ、あまねく星は本当にギンガの身を守り、そして攫われてしまった仲間もすぐに助けられ、本当に無事に帰ってきた。


 あれほど苦戦した獣人たちの要塞に囚われていたにも関わらずだ。セイヤ・アサカはギンガに『もう剣を抜かなくてもいい』と言い、それを証明してみせた。

 あれほど強固な守りを誇っていたセイカ要塞をわずか半刻もしないうちに攻め落とし、囚われていた仲間は、いともたやすく解放されたのだ。


 獣人支配地域に奥深く入り込み、敵司令官を倒すという任務に失敗したのはギンガの失策、仲間を奪われたことには重大な責任を感じていた。短く浅い睡眠の中、星の王子様が颯爽と現れて、ギンガと仲間を助けてくれるという都合のいい夢も見た。焦れば焦るほど状況は悪くなっていった。


 もし仲間の命が奪われていたらと思うとぞっとする思いだ。


 このお守りの指輪は本当にギンガを助けた。あまねく星がギンガを救ったのだ。

 そしてギンガは、最も欲しかった言葉を聞いた。もう剣を抜かなくていいと言ってもらえた。

 嫌なことはしなくていいと、言葉をもらえたのだ。


 星弥せいやとヒカリは、そんな指輪を押し付け合っている。なんという罰当ばちあたりなのか。

 ギンガはこの指輪を手放すのはとても心苦しく思った。


「セイヤさん、このお守りを受け継ぐものとして、私は相応ふさわしいものでしょうか」

「どういう意味? ちょっと分からないんだけど」


「この指輪は、あなたと母さんの大切な思い出の詰まったものだということは分かりました。でもこの指輪は私にとっても大切なお守りなんです」


「ならぼくに聞くまでもないんじゃないか? ギンガのものなんだから、ギンガの好きにすればいい」

「ありがとう……」


 そういうとディムは指輪を手に取り、身を乗り出すとギンガの手のひらに乗せて、包み込むようにそっと握らせてあげた。

 そのときギンガの頬が少し赤くなったのを知ってか知らずか、ヒカリが母親の顔をのぞかせた。


「ふうん。なにそれ……。私の大切な娘に触らないで欲しいんだけど……」

「大切な娘なら戦場に出すなんてことするな、怪我でもしたらどうするんだよ」


「なんか腹立つ。セイヤがギンガに触れたのが気に入らないんだけど……、まあいいかな、今日だけ。じゃあ、セイヤとは25年ぶりに会ったし、ディアッカとも13年ぶりだし、私からいくつか質問があるんだけど、いいかな?」


「わたしもディムに聞いてみたいことがいくつかあるんだ。いつもなら簡単にすかされて煙に巻かれるところだが、ヒカリがいてくれたら無敵だな」


「わかった。構わないよ」


「まて、ディムおまえヒカリに対しては素直じゃないか。腹立つな……」

 ヒカリに続いてエルネッタさんの機嫌まで損ねた。なぜそうなるのか理由がサッパリだ。


「ちがうって、断っても無駄なんだ。絶対に話さざるを得ない状況にされるんだ。抵抗するだけ無駄だよ」


「そんなことしないわ、べつに断っても構わないわよ。まあ、強いて言うならあなた達の結婚に反対するぐらいかな。可愛いディアッカの夫になる男が隠し事をするなんてね、相応しくないわ」


「ほら、これだ」

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